生成AI、動画配信、クラウド、自動運転――。私たちが日常的に使うサービスの裏側では、かつてない量のデータが血流のように世界を行き交っています。そしてそのネットワークを支え、“情報の血液”を巡らせているのが、光ファイバ通信です。
スマートフォンで動画を見る時も、生成AIに質問を投げかける時も、私たちが意識しないところで、膨大なデータが光ファイバ網を通って移動しています。しかしその通信基盤は、AI時代の到来によって新たな限界に直面しているのです。
今回は、40年以上にわたり光通信工学を研究してきた久保田寛和先生に、AI時代の光通信の最前線についてお話しいただきます。
INDEX
光ファイバは、なぜ世界を変えたのか
スマホの先には、必ず「光ファイバ」がある
(編集部)無線通信が普及した今も、社会インフラを支えているのは有線の光ファイバなんですね。今回は光ファイバ通信についてお聞きします。
(久保田先生)有線通信と無線通信は「適材適所」の関係です。エンドユーザーに身近なのは無線ですが、スマートフォンで動画を視聴する際も、Wi-Fiルーターの先には有線インターネット回線があり、携帯基地局と通信網をつなぐ区間にも光ファイバが使われています。
(編集部)無線は利便性に優れる一方、大容量データの長距離伝送では有線に強みがあるため、ルーターまでは光ファイバでデータを運んでいるわけですね。
(久保田先生)はい。大容量データの長距離伝送においても、コスト面でも、有線が圧倒的に優位です。国内の都市間通信だけでなく、大陸間を結ぶ海底ケーブルにも光ファイバが使われています。
同軸ケーブルの限界から光ファイバ開発へ
(編集部)光回線が日本の一般家庭に普及したのは2000年代前半ですね。それ以前の通信技術と比べ、何が優れていたのでしょう?
(久保田先生)皆さんのお宅まで光回線になったのは、おっしゃるようにFTTH(Fiber To The Home)が普及した2000年代になるのですが、実は光ファイバ自体は、NTTが民営化する前から日本全国に張り巡らせていました。 そしてそれ以前はといえば、「同軸ケーブル」が使われていました。中心の銅線で電気信号を伝送し、絶縁体とシールドで覆った構造で、現在もテレビ配線などに使われています。しかしインターネット普及とともに限界が訪れました。同軸ケーブルでの長距離伝送には多数の中継装置が必要で、増大する通信需要に対応しきれなくなっていったのです。
(編集部)そこで光ファイバが使われるようになったのですね。同軸ケーブルとどのぐらいの違いがあるのでしょうか?
(久保田先生)まず、通信では1秒間に伝えることができるデータ量で通信速度を表します。このデータ量の上限を通信路容量(伝送容量)と言い、数値が大きいほど一度に多くのデータをスムーズにやり取りできます。 同軸ケーブルと光ファイバでは、太さも大きく異なり、同軸ケーブルの直径4〜5mmに対し、光ファイバは0.125mm。その通信路容量をケーブル1本あたりでみると、同軸ケーブルの商用の最大容量は 400 Mbps、光ファイバでは(海底ケーブルなどの場合)20 Tbps以上です。つまり、ケーブル1本あたりで、5万倍の容量になります。
(編集部)なぜ光ファイバはそれほど圧倒的な性能を実現できたのでしょう?
(久保田先生) 大きく二つあります。 一つは、「高純度の石英ガラス」を使うことで、光が長距離を伝わっても減衰しにくくなったことです。これにより、中継装置の数を大幅に減らしながら、都市間や大陸間の長距離通信が可能になりました。 もう一つは、信号のひずみが少ない「単一モード光ファイバ」が実現したことです。光を安定して伝えられるようになったことで、一度に扱える情報量が飛躍的に増えました。
つまり、長距離伝送と大容量伝送の両方を実現できたことが、光ファイバ通信の大きなブレイクスルーだったのです。
(編集部)光ファイバを発明したのは日本人だと聞いたことがあります。
(久保田先生)東北大学総長を務めた西澤潤一先生は、「光通信の父」と言われ、コアの中心に行くほど屈折率徐々に高くなる光ファイバを発明されています。また「ミスター半導体」とも呼ばれる半導体技術の第一人者で、半導体レーザーやフォトダイオードなど、光通信に不可欠な光-電気変換技術の発展を牽引されました。
そして、現在の大容量通信に使われている光ファイバは単一モード光ファイバで、その理論的基盤を築いた人物として知られるのが、2009年にノーベル物理学賞を受賞したチャールズ・カオ博士です。 カオ博士は1966年、高純度の石英ガラスを用いれば光の減衰を大幅に抑えられること、さらに単一モード光ファイバによって大容量通信が可能になることを理論的に示しました。今日の光通信の出発点となる重要な成果です。
高性能な光ファイバと、それを送受信する半導体デバイス。この二つの技術が結び付いたことで、現在の光通信ネットワークが実現したのです。

日本が支えた「光通信革命」
(編集部)光ファイバの普及を支えたのは、どのような企業なのでしょうか。
(久保田先生)日本の通信事業を統括するNTT(旧・日本電信電話公社)、そしてファイバメーカー、光部品メーカー、装置メーカー等の総合力です。低損失な石英ガラスの製造技術、半導体レーザー、そして光増幅器などを革新していくことで、光ファイバの量産技術や品質向上を実現しました。 光増幅器とは、光信号を光のまま増幅する小型装置で、光ファイバの中継器として広く利用されているものです。当時NTTで私の上司であった中沢正隆さん(現 東北大学名誉教授)が開発に成功し、ノーベル賞候補にもなっていたのですよ。
さらに日本独自の光ファイバ製造方法(VAD法)の考案により、巨大なガラス母材から長距離の光ファイバを高品質・低コストで大量生産できるようになり、通信インフラは急速に普及しました。これにより日本は、石英ガラスを用いた光ファイバの汎用品化に成功したのです。
(編集部)光ファイバ製造方法(VAD法)のどこが革新的だったのでしょう?
(久保田先生)海外ではガラスのチューブを先に製造し、内側に光の通り道を設ける方式が一般的でした。しかしこの方法には、チューブ寸法以上のファイバを生産できないという制約がありました。VAD法はこの逆で、先に光の通り道を作り、外側にチューブを取り付ける生産方式です。発注に応じてサイズを柔軟に調整できるため、量産に適していました。ただしガラスが割れやすいというデメリットもあり、量産体制の確立には相当な苦労があったようです。
(編集部)技術者たちの知られざる熱い競い合いがあったのですね。
(久保田先生)そして1985年、日本縦貫光ファイバ・ケーブル伝送路が完成します。北海道から九州まで光ファイバを通したことは、「日本は光で通信を支える」という強いメッセージの発信でもありました。現在では、地球の12.5万周とも言われる膨大な光ファイバ網が、世界中に張り巡らされています。
AI時代における光通信の現在地

「通信」がAI処理の性能を左右する
(編集部)通信をめぐる最近の状況を教えてください。
(久保田先生)生成AIの急速な普及で、データセンターの通信量が激増しました。これまで情報技術の進化の主役は、計算性能の向上でした。しかし近年は、GPUやNPUなどの個々の半導体の性能だけでなく、システム全体の効率的な連携が重視されています。サーバ同士をつなぐ「通信そのもの」が、AI処理の性能を左右する要素になっているのです。
(編集部)AIが社会に浸透していくと、計算性能より通信性能がボトルネックになるのですね。
(久保田先生)そこで、データセンター内のコンピュータ接続や、半導体間の接続を電気信号から光信号へ変えようという動きがあります。 「光コンピュータ」と呼ばれる、コンピュータの中まで光にする研究も進められています。しかし実現はまだまだ先のことですね。現在進んでいるのは、コンピュータの外側の接続を、銅線から光ファイバに切り替える取り組みです。大規模AIは何千台ものコンピュータを連携させて頭脳として動作しており、その足回りを強化しようという動きが、巨大IT企業を中心に広がっています。
日本の「IOWN構想」がめざすもの
(編集部)日本ではどのような動きがあるのでしょう?
(久保田先生)日本ではNTTを中心に「IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)」構想が進んでいます。この構想では、コンピュータ間の接続だけでなく、将来的にはコンピュータ内部の部品間まで光でつなぐことをめざし、大幅な「低消費電力化」と「超低遅延化」を実現しようとしています。
(編集部)NTTのwebサイトには、2030年の普及が目標とありました。
(久保田先生)データセンター内のコンピュータ間接続はすでに光通信化が進んでいます。IOWNとは技術とサービスの総称ですので、今後はスマホアプリからの車の遠隔操作ができるといったサービスが提供されていくと思われます。
光の通り道を増やす、マルチコアファイバの登場
(編集部)IOWNの実現には、さらなる大容量・高速通信を支える次世代光ファイバ技術が必要ですね。
(久保田先生)その通りです。次世代技術として実用化が進んでいるのが「マルチコアファイバ(MCF: Multi Core Fiber)」です。従来の光ファイバが1本に1つのコア(光の通り道)を持つのに対し、マルチコアファイバは1本の中に複数のコアを配置し、一度に送れる情報量を大幅に増やします。この開発では日本が世界をリードしています。
(編集部)日本はいつから取り組んでいるのですか?
(久保田先生)日本におけるマルチコアファイバ開発のスタートは、NICT(国立研究開発法人情報通信研究機構)が主導して「EXAT Initiative」が立ち上がった 2008年1月とするのが一般的です。これまでEXAT研究会を核として多数の産学官連携のプロジェクトが推進されてきました。NTTが2026年に発表した「マルチコア光ファイバを用いた世界最高容量の192コア海底ケーブルシステムの開発」は、その成果の一つです。
(編集部)先生もプロジェクトに参加されていたのでしょうか?
(久保田先生)はい、2013年3月までNTTに在籍していましたので、一部のプロジェクトに関わることができました。現在NTTは、マルチコアファイバの世界標準化を推進しています。光ファイバが世界規模でマルチコアファイバへと移行するには、物理的寸法や接続互換性のための規格策定は非常に重要です。日本に有利な標準を確立すべく、NTTは海外との調整を続けています。
(編集部)世界標準として固まりつつある規格はありますか?
(久保田先生)まずコア数が決定しそうです。マルチコアファイバのコア数は理論上ではいくつでも増やせるのですが、現時点では4コアを有力候補とする議論が進んでいます。
光速に迫る、中空光ファイバへの挑戦
中空コアファイバとは何か?
(編集部)現在、久保田先生が注力されているのが「中空光ファイバ(HCF: Hollow-Core Fiber)」の研究ですね。どのような技術なのでしょうか?
(久保田先生)マルチコアファイバが「大容量」を追求する技術だとすれば、中空光ファイバは「速度」を追求する技術です。まず光は、ガラス中より空気中の方が早く伝わります。そのうえで従来の光ファイバは石英ガラスの中を光が進むため、光速は真空中速度の約70%に低下します。一方で中空光ファイバは、ファイバ中心に空気層を設け、特殊なガラス構造で囲むことで光を空気中に閉じ込めて伝送します。そのため、真空中の光速の98%以上の速度を実現できる可能性があります。
(編集部)真空比70%というと、どのくらいの遅延になるのでしょう?
(久保田先生)東京-大阪間の通信で約1,000分の1秒という、人間の感覚ではほとんどわからない差ですね。しかし通信距離が長くなればなるほど、遅延の差は開きます。 そのため、巨大データセンターを持ち、AI開発を進めるアメリカの企業では、「10,000分の1秒でも短くしたい」と、自社で中空光ファイバ研究を進めているようです。
AI時代に求められる“速度”と“容量”の両立へ
(久保田先生)私がめざすのは、“速度”と“容量”を両立する中空コアファイバです。海外では中空コアファイバとマルチコアファイバを組み合わせる研究が多いのですが、技術的難易度が高く、現状では「容量はマルチコア、速度は中空コア」と適材適所で使い分ける考え方が一般的です。
(編集部)先生はどのように両立させようとしているのですか?
(久保田先生)マルチコアファイバを組み合わせるのではなく、中空光ファイバに空間分割多重や特殊なモード制御を組み合わせる方法を研究しています。
マルチコアは光の通り道(コア)を増やす技術ですが、空間分割多重とは、一つのコアの中で複数の光信号を制御する技術です。例えるとすれば、高速道路に複数車線を設けるイメージでしょうか。特殊なモード制御の方は、光の伝わり方を工夫することで通信容量を2〜4倍に増やす技術です。海外では10倍を実現した実験結果も報告されています。
(編集部)ぜひ次世代の通信技術として実現していただきたいです!
(久保田先生)現在はシミュレーターでの計算段階ですが、なかなか大変で…。両方を掛け合わせた技術開発を目標にしていますが、工学というより情報処理の領域と言えるでしょう。しかし世界的にも実用例がありませんので、頑張りたいと思っています。

日本の光通信の勝負ポイント
社会実装で先行する海外勢
(編集部)中空光ファイバの開発競争では海外が優勢なのでしょうか?
(久保田先生)アメリカや中国が先行しています。特に中国では長距離商用ネットワークの構築が進んでいると聞きます。競争は「理論上どちらが優れているか」から「いかに早く量産・社会実装できるか」の段階へ移りつつあります。
(編集部)日本はマルチコアファイバに注力するあまり、中空光ファイバで遅れを取ってしまったのでしょうか。
(久保田先生)基礎研究段階から遅れていたのは事実です。加えて、日本にはアメリカのような規模のデータセンターを持つ企業がなく、次世代ファイバの主なターゲットがNTT・KDDIなどの一部通信会社に限られていたことも、開発の方向性を見誤らせました。NTT時代の私もそうでしたが、東京〜大阪間のような長距離通信向けの開発を志向する研究者が多かったのです。 しかしAI普及が進むなか求められているのは、データセンター内や拠点間をつなぐ1〜2kmの短距離通信です。開発の要求条件がまったく異なるため、日この領域では海外勢が先行する状況になっています。
日本の勝ち筋をどう描くか
(編集部)今後、日本の通信技術は、海外勢とどのように競争できるとお考えですか?
(久保田先生)量産化におけるコストでは中国勢にかないませんから、日本が得意とする高品質な技術が求められるハイエンド向けの領域で攻めることが良いと考えます。「接続しやすさ」「壊れにくさ」「既存ネットワークとの親和性」といった高品質・高信頼性の領域にこそ、日本の優位性があります。またそうでなければ、日本のファイバメーカーも競争に参入したいとは思わないでしょう。
もう一つは製造技術での勝負です。現在、中空光ファイバは人海戦術で開発されています。ドイツのマックス・プランク研究所では3Dプリンターを活用する方法が研究されていますが、日本にもガラス粉と金型を使う製造方法を開発中のメーカーがあり、私も少しアドバイスをしています。日本がVAD法のように工場で量産できる製造方法を確立できれば、勝ち筋は見えて来るでしょう。
中空光ファイバは全く新しい技術革新です。この先の未来にAIを超える社会変革が訪れ、通信以外の用途が開けてくれば、開発はさらに加速するでしょう。私もAIの先の未来を見据えながら、研究を続けていきたいと思っています。
まとめ
久保田先生への取材後にも関連技術への投資拡大が報じられる(※)など、今後マルチコアファイバや中空光ファイバの開発が加速していくことが予測されます。 次世代光通信技術の開発は、1,000分の1秒、10,000分の1秒を縮める戦いです。生成AIの利用者が急増するなか、社会の通信インフラへの依存はさらに深まり、通信の遮断は、経済・物流・医療・行政といったあらゆる社会機能の停止も意味します。 社会の歩みを止めないためにも、超大容量・超低遅延化、低消費電力化を実現する次世代光通信技術の開発は、今後の社会基盤を支える重要な研究領域であることを改めて実感しました。
【関連記事】






