2023年7月に公開された宮崎駿監督の10年ぶりの長編アニメ映画『君たちはどう生きるか』。作中、戦時下の異界を舞台とした作品を通して、宮崎駿監督は混迷の時代を生きる私たちに強いメッセージを投げかけていたようです。 時を同じくして編集部で公開した「『紅の豚』に込めた宮崎駿監督のメッセージ」(※)では、アニメーション・文学研究者の奥田浩司文学部教授とともに宮崎監督の「非戦」の思いを紐解きました。 今回は、2024年の夏に宮崎駿監督の精神世界をたずねてパリに滞在・調査した奥田教授に、宮崎駿作品とパリの知られざる関係について聞きました。行き先をパリに決めたのは、『ハウルの動く城』で描かれた有名なシーンが、とある建物を舞台としているのではと考えたからだそうです。長く続く階段、市民革命の足跡、多様な人々が共存する暮らし……研究者がパリで見てきたものとは?
INDEX
『ハウルの動く城』とパリ

ジブリ研究者の2週間のパリ滞在。その狙いは?
(編集部)フランス・パリで2週間の調査を行ってきたそうですね。現地を訪れるのは奥田先生の研究スタイルなのでしょうか?
(奥田先生)私たち研究者は、資料を読むこと、そして現地へ赴くことが大切です。現地取材では脚で稼ぐ大変さはありますが、現地だからこそ手にできる情報や感じられる空気があります。 今回はパリでいちばん高い丘にある街・モンマルトルを中心とするエリアを中心に2週間調査しました。坂道の多い町なので移動が大変でしたが、多くの情報や着想を得ましたし、パリと作品の関連性について確認できたので実りの多い調査でしたよ。
(編集部)きっかけになった作品とは、何でしょうか?
(奥田先生)2004年に劇場公開された宮崎駿監督・脚本の『ハウルの動く城』です。イギリスの児童文学作家ダイアナ・ウィン・ジョーンズのファンタジー小説『魔法使いハウルと⽕の悪魔』を原作とする長編アニメーションで、科学と魔法が混在する世界のとある王国を舞台に、魔女の呪いで老婆の姿に変えられてしまった少女・ソフィーと、人々から恐れられている魔法使い・ハウルが出会い、心を通わせていく物語です。
そして現地調査のいちばんの目的だったのが、パリのモンマルトルにあるサクレ・クール寺院です。というのも、『ハウルの動く城』を初めて観た時、最も印象に残ったのが主人公・ソフィーと荒地の魔女が、王宮の入口へ続く長い階段を登るシーンだったからです。 ソフィーにとって荒地の魔女は自分に呪いを掛けた相手であり、圧倒的な強さを持つ敵。そして、非常に尊大な態度で接してくるイヤな存在。ソフィー自身、その気持ちを隠そうともしません。しかし長い階段を並んで登るうちにソフィーの態度は軟化し、つらそうな荒地の魔女を励ますようになる。 このシーンは明確な意図をもって丁寧に描かれており、非常に興味を持ちました。
作中に登場する長い階段の先は、サクレ・クール寺院だった!?

(編集部)一般的に、ハウルの動く城で描かれる風景はフランスのアルザス地方がメインだと言われているようですね。たしかに、モンマルトルやサクレ・クール寺院は聞きません。
(奥田先生)そうなんです。実際、スタジオジブリ=文春文庫編『ジブリの教科書13 ハウルの動く城』(2016年、文藝春秋)では、参考にした場所としてフランス・アルザス地方が明記されており、取材班がアルザス地方を訪れたとしています。ですから、アルザス地方を参考にした風景が多く登場するのは間違いない。 ただ、たとえばハウルの城が回転式スイッチで繋がる街の一つ、キングズベリーという場所はまるでパリのような町並みが描かれていますし、決してアルザス地方だけではないことも確かです。そう考えて改めて資料をあたっていくと、先ほど参照した『ジブリの教科書』という書籍で、作画監督がキングズベリーについて「パリのような都会」と発言しているのが確認できました。
そうするとサクレクール寺院が気になります。サクレ・クール寺院はパリでいちばん高い丘の街・モンマルトルにあり、入り口に長い階段を有します。階段の上から臨む町並みがパリなら、やはりパリのサクレ・クール寺院をモチーフにしているのではないか? と考えたのです。 またサクレ・クール(Sacré-Cœur)とはフランス語で「聖なる心臓」を意味します。『ハウルの動く城』は、ハウルの心臓を巡る話。サクレ・クール寺院は、作中でキーとなる「心臓」と重なるモチーフと言えます。これらのヒントから、あの長い階段はサクレ・クール寺院なのでは……と考え、それを実際に確認しようと思って現地に行ってきました。
ファンタジーの中で描かれるパリ。カギはパリ・コミューン

なぜパリが描かれたのか?
(編集部)実際に現地を探索して、確認できたことはありましたか?
(奥田先生)渡仏前は半信半疑でしたが、行ってみて確かめることができました。風景や建物の雰囲気もそうですが、モンマルトルという地域そのものが、宮崎駿監督が『ハウルの動く城』で描くメッセージと合致すると思えたからです。
まずサクレ・クール寺院は、普仏戦争とパリ・コミューンに参加し犠牲となった市民を慰霊するために建てられました。パリ・コミューンとは、1871年に労働者階級が革命によって立ち上げた自治政府のことで、以前の『紅の豚』を解説した記事でもふれました。
宮崎駿作品では、パリにおける市民社会の歴史に共鳴しているとみられる描写が多数あり、パリ・コミューンを彷彿とさせるモチーフもその一種です。さて、パリ・コミューンは短い期間で終わった革命でしたが、非常に理想的な世界をめざしたと言われています。それが権力者のいない世界。パリ・コミューンが夢見たユートピア的な世界の縮図は、ハウルやソフィーたちが繰り広げる、他者を許容する暮らしぶりに投影されているのではないかな、と考えます。
(編集部)たとえば、荒地の魔女が最初は対立する相手として描かれていたのに、一緒に暮らすようになった後は、打ち解けている様子が見られましたね。
(奥田先生)そのとおり。作中では「ぼくら家族?」「そう家族よ」というマルクルとソフィーの会話が出てきます。他者が集まって家族的なコミュニティをつくり出すことはパリ・コミューンに繋がるのかも知れません。そうするとパリ・コミューンと縁の深いサクレ・クール寺院の存在が際立ってくると思いませんか。
また、サクレ・クール寺院はモンマルトルの丘の頂上にあります。寺院までの長い階段にはケーブルカーが併設されていますが、私は作品の世界を辿りたかったので滞在中は何度も階段を登りました。長い階段を登るのは非常につらく、夏場の暑さも重なり心臓が破裂しそうな苦しさでした。 そんな中で作品に思いを馳せると、荒地の魔女が階段を登りながら溶けそうなほど汗をかいていたことや、その様子を目にしたソフィーが、憎いはずの相手にいたわりの姿勢を優先させたことが思い出されました。 それまで“魔女とおばあちゃん”だった2人は、階段のシーンを経て互いを理解し、「あんた」と呼び合う親しい仲になった。つまり、宮崎駿監督は、家族のような関係性を築く前段階として、「相手の苦しみが分かった時に人々はわかり合える」という姿を描きたかったのではないでしょうか。

さらに、王宮の階段=サクレ・クール寺院であるという考察が確信に変わった決定的ポイントは、モンマルトル全体を包む市民社会への強い思いです。 サクレ・クール寺院の裏手にあるモンマルトル美術館を訪れた際、ロートレックやユトリロなど巨匠の作品が展示される中、1階の誰もが目に付くところにパリ・コミューンの史料がたくさん展示されていて非常に驚きました。パリは「芸術の都」といわれますが、そのベースには、フランス革命を筆頭に市民が「自由・平等・博愛」を勝ち取ってきた思想・革命の深い歴史があります。アートへの探究心と深く根付く市民社会への思い……モンマルトル美術館の展示は、それを象徴していると感じました。 宮崎駿監督はこういった思想に強く共鳴している人ですから、ここまでお話しした諸条件に鑑みると、作中の王宮=サクレ・クールを思い浮かべることは不自然ではないと考えます。
(編集部)作中の長い階段がサクレ・クール寺院ではないか、との指摘は初めてお聞きしました。
(奥田先生)いままで余り指摘されてこなかったように思いますが、米村みゆき著『映像作家 宮崎駿』(2023年、早稲田大学出版部)で指摘されています。一般的には作品で描かれる風景はアルザス地方で、王宮は想像上の建築物だと認識されていますが、米村氏の指摘はとても参考になります。同時に、サクレ・クールについてはフランスの歴史を踏まえて考え直すことができるように思います。今回得た情報をもとに、今後はこの説をさらに深く検証していきたいです。
『ハウルの動く城』でフランスが多く描かれるのはなぜ?

宮崎監督の描く自由とフランス
(編集部)『ハウルの動く城』では戦争が描かれますが、それにしても宮崎駿監督がフランスのモチーフを多く採り入れたのはなぜだと考えられますか。
(奥田先生)『ハウルの動く城』が公開されたのは2004年、イラク戦争の翌年でした。宮崎駿監督は公開時のインタビューで「イラク戦争に大きな影響を受けている」と明言しています。そして、『ハウルの動く城』には、フランスのエッセンスがコラージュのように散りばめられている。いかにもフランスらしさが伝わる町並みの描写、パリ・コミューンを思わせる建造物、そしてハウルが流星を飲み込むシーンやハウルの心臓は「子どものまんま」といった表現は、フランスの小説家・サン=テグジュペリ著『星の王子さま』に通じるものがあり、これらを読み解くと「なぜフランスか」の明らかな意図が見えてきます。
(編集部)具体的にどういうことでしょうか?
(奥田先生)それは宮崎監督が、イラク戦争に反対していたからではないでしょうか。イラク戦争の時、フランスは、戦争ありきの姿勢で武力行使するアメリカ・イギリスに最後まで反対の姿勢を表明していました。 原作の『魔法使いハウルと火の悪魔』の作者はイギリス人で、作中の舞台もイギリス社会がベースになっていたはず。その原作を、あえてフランス文化で装飾したことに、イラク戦争に対する「ノン」の意味合いを見出すことができるのではないでしょうか。
心臓(ハート)に込めた子どもの心の重要性

(編集部)フランスのモチーフが入っていること自体が、反戦・非戦を指示するメッセージ担っているということですね。
(奥田先生)そうです。また、純粋に生きる子どもと、無邪気な心を失い争いに走る大人の対比を盛り込んでいる点にも戦争批判を見ることもできます。
先に引用した米村みゆき著『映像作家 宮崎駿』では、宮崎駿作品で描かれる戦争アメリカ同時多発テロとの関係性が論じられており、ハウルが爆弾を抱えて落下する映像について「アメリカのイメージに抗う側面もほのみえるかもしれません」と指摘されています。 この点に着目して私なりに考えを展開してみました。ハウルはソフィーに対して「ようやく守らなければならない者ができた」といった旨の発言をします。ソフィーの存在が、ハウルが戦う大義名分になっているんです。
ハウルはもともと純粋で、周囲の目を気にするような繊細さと矛盾を持ち合わせ、自由に生きようともがく、いわば若者の象徴として描かれたキャラクターでした。 それなのに、「守るものができた=戦うべき相手ができた」時に、若者としてのいきいきとした要素は削がれ、兵士として描かれる。ここに「大義名分ができた瞬間、人は兵士になってしまう」という宮崎駿監督のメッセージを感じます。 そして、ひとたび兵士となったハウルは、心が戦いにしか向かわなくなり、結果として暗く冷たく、動けない状態になる。これは戦争が精神の自由を奪うことを表現しているのでしょう。
ソフィーを守ろうとするハウル。しかし守り/守られる関係というのは、権力関係ではないでしょうか。言い換えれば、支配/被支配の関係への入り口なのです。
(編集部)物語終盤では、ハウルを元の姿に戻すため、ソフィーが荒地の魔女から受け取ったカルシファー(少年の頃のハウルが自らの心臓を与え、生き延びさせるとともに契約を交わした火の悪魔)をハウルの体に埋め込もうとしますね。
(奥田先生)カルシファーはハウルの心臓を共有している相手で、ソフィーがハウルに心臓を返すことでハウルは元の姿に戻りました。その際にカルシファーが「子供の時のまんまだからさ」と発言している。このことからハウルの心臓とは、純粋な存在=子どもの自由な心を表現しているのだと理解できます。 兵士となって心を失い、姿かたちまで醜く様変わりしたハウルが、子どもの心を取り戻したことで自らをも取り戻す。この一連の流れには、子どもの心を失い、戦争に走る大人の世界への批判が込められていると考えられます。
(編集部)「イラク戦争に大きな影響を受けている」という宮崎駿監督の思想が大いに反映されているようですね。
(奥田先生)時代状況に鑑みた時に、戦争に対して明らかに異を唱える思いが込められていたのではないかと思います。宮崎駿監督は明言していないので、あくまで推測ですが。そういった観点から改めて認識できる側面があるのではないかと、思案しているところです。
パリで受け入れられる宮崎駿とジブリの世界

日本のポップカルチャーとして人気を誇る宮崎駿作品
(編集部)日本で多くの人に愛されているジブリ作品ですが、フランスではよく知られているのでしょうか?
(奥田先生)フランスの人々、特に若い世代からは、日本のポップカルチャーの一つとして人気を集めています。パリ市内にあるジュンク堂書店にはジブリ作品を扱う一角があり、書店員の方に尋ねたところ人気だそうですよ。例えばフランスの歴史ある日刊紙『ル・フィガロ』や『リベラシオン』でもよく取り上げられていて、文化・芸術としても受け入れられている印象があります。
(編集部)そこまで受け入れられているのは、宮崎駿監督がフランスのモチーフに込めた思想的な部分が汲み取られているということでしょうか?
(奥田先生)いえ、思想的な部分までは明確な理解は進んでいないように思います。新聞記事を見てみると、『ハウルの動く城』では美術的な部分に関心が向いていると見受けられます。私が調べた中では「バロックの完成形」と表現する記事がありましたし、鈴木敏夫プロデューサーの発信によると、フランスの『リベラシオン』で、城のデザインについて「現代のピカソ作品」と評されたこともあるそうです。
パリの雰囲気・気質と宮崎駿監督の親和性
(編集部)フランスではジブリ作品がアートとの関係で捉えられる傾向があるんですね。興味深いです。
(奥田先生)しかし「思想への明確な理解は進んでいない」とは言いつつ、全体のストーリー展開から非戦や他者への寛容といった哲学的な深みを感じ取っている印象はあります。 フランスは移民の受け入れには長い歴史をもち、今や世界中の人種が集まる人種のるつぼです。しかしパリの人々を見ていると、そうした状況をも受け⼊れて、多様性の中で共存・変容していく街としての覚悟があるように感じました。 人々が「自由・平等・博愛」を無意識のうちに共有しているからこそ、精神の自由が実社会で機能するのでしょう。「個」ありきの文化ですが、他者への共感、人間の尊厳を守ることを決して忘れない。これは宮崎駿作品が描く人間関係に通じるものがあります。パリの町の雰囲気を肌で感じるにつれ、宮崎駿作品との親和性を強く覚えるようになりました。
(編集部)前回の記事で、『紅の豚』では「非戦」の思想が描かれると解説されました。『ハウルの動く城』でも同様に「非戦」のメッセージが込められていると理解しましたが、フランスの人々はこの作品のメッセージに無意識に共鳴していると言えるでしょうか?
(奥田先生)フランスの人々がおしなべて反戦・非戦の精神を持ちうるとは言えません。ですが、反戦・非戦を持ちうる文化であることは否定できないように思います。 それをよく現すのが、2023年11月に日本でも劇場公開された映画『僕は君たちを憎まないことにした』(※)です。この映画は、2015年のパリ同時多発テロ事件で妻を失った青年ジャーナリストがSNSで発信したメッセージと、その後の著書が原作です。青年はテロリストに対して「君」と呼びかけ、「ぼくは君たちに憎しみを贈ることはしない」「君たちはぼくが恐怖を抱き、他人を疑いの目で見、安全のために自由を犠牲にすることを望んでいる。でも、君たちの負けだ。ぼくたちは今までどおりの暮らしを続ける」と発信しました。 憎しみや恐怖を共有しない、武力を使う同じ土俵には立たないという宣言です。 これはフランスのお国柄を象徴する考え方でもあると感じます。そして宮崎駿監督が『ハウルの動く城』に盛り込んだフランス的エッセンスにも通じるように感じます。
(編集部)憎しみが精神の自由を奪う。憎悪や恐怖への執着から解放され、日常の生活を守ることが非戦に繋がる、と言うことなのかも知れませんね。
「大人も子どもも楽しめる」ジブリ作品が本当にすごい理由
(編集部)普通に観ても楽しめるのに、知見をもって深掘りするとさらにおもしろい。それが宮崎駿作品のすごいところですね。
(奥田先生)宮崎駿監督は自分の思想を語る作品ではないから、楽しく見てもらえばいいと考えていらっしゃるように思います。でも、ちゃんと哲学的な背景がある。深く考察すればいろんな哲学や思想を見いだすことができる。その一方で、子どもが見ても楽しめる映像世界。本当に豊かな作品だと思います。 鈴木敏夫プロデューサーは『もののけ姫』について「映画にも哲学的なメッセージが必要な時代」と発言していたのが印象的です。 人によって作品への印象や、受け止めるメッセージは異なるかも知れない。それでも、読み解くことで見えてくる思想や哲学があります。今回の現地調査で得た情報をもとに、これからさらに考察を深めていきたいです。
まとめ
2週間におよぶパリ滞在を経て、宮崎駿監督の精神世界にどっぷりはまる経験をされた奥田先生。文学者的聖地巡礼とは、ずばり“様々な思索にふけながら何度も現地を調査すること”だそうです。今回の滞在中に歩いたパリの風景と街の気質から見えてくるのは、「非戦」「精神の自由」を大切にする人々の姿だったようです。これまで多くの作品で戦争への思いを描いてきた宮崎駿監督。パリの独特の情景、風土が監督の作品に与えた影響は少なからずあり、作品に通底する「非戦」のメッセージは、時代や場所に関わらず、今を生きる私達にとって普遍的なものなのだと実感しました。
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