近年、SNSを通じて未成年者が性被害にあう事件が増加しています。最近では、わいせつな目的を隠し、親切を装って未成年者を手なずける「グルーミング」という卑劣な手法も広がりつつあり、刑法の性犯罪規定の見直しについて議論する法制審議会でも「グルーミング」に対する法規制が検討されています。(※1)
今回は、警察庁犯罪被害者支援室で初めての臨床心理士となった経歴を持ち、犯罪にあった被害者の心理や子どもの性被害の支援、トラウマなどを研究する心理学部の櫻井 鼓准教授が2021年から2022年にかけて行った「SNSを介した子どもの性被害の実態」の調査結果(※2)から、近年大きな問題となっているグルーミングやSNS上での性被害の実態に迫ります。
INDEX
SNSを悪用した子どもの性被害は高止まり傾向。しかし認知件数は氷山の一角!?
児童ポルノ、児童買春、自画撮り画像送信……子どもの性被害の現状
(編集部)警察庁が発表した2021年における子どもの性被害状況を見てみると、SNSに起因する事犯の被害児童数は1,812人だそうですね。
(櫻井先生)前年からは0.4%減少したものの、前年比でほぼ横ばい状態。SNSを介した子どもの性被害は、ここ数年にわたって高止まりにあります。特にTwitterやInstagramといったメジャーなSNSに端を発するものが多いようです。
ただ、ここで明らかにしたいのは、警察統計はあくまでも警察が被害を認知している数だという点です。被害届を出したり警察に相談したり、被害者からアクションがあった件数なんです。たとえば内閣府が3年に一度実施するある調査では「性暴力の被害に遭った人のうち、警察に相談した人は5.6%である」というデータがあり、性被害者にかかわる専門家と話していてもこの肌感覚は一致します。 個人的には、性被害に遭っている子どもの実際の数は、データに表れている被害者数の数十倍にのぼると考えています。
深刻化するオンライン上でのグルーミングとは
(編集部)氷山の一角ということですか。
(櫻井先生)そうですね。特に、近年話題になっている「グルーミング」という手法では、加害者である大人は子どもにとっては“SNSで良好な関係を築いていてくれた相手”となります。そうすると、性被害に遭っても「子どもが被害を認識できない」といったことも往々にしてあります。
(編集部)グルーミングは、わいせつな目的を隠して子どもに接近して、つけいる手法ですよね。
(櫻井先生)法制審議会では「性交等またはわいせつな行為をする目的で、若者を懐柔する行為のこと」と定義づけられています。グルーミングという言葉こそ近年定着してきましたが、親切を装いながらわいせつ目的で子どもに近づく行為自体は昔からありました。
ただ、SNS上では個人の趣味・趣向を不特定多数の人に発信できるため、悪意を持った大人がターゲットにする子どもを見つけやすい。共通の話題を探して共感したり、子どもが喜ぶようなやりとりを繰り返して、「誰かに認められたい、褒められたい」という子どもの気持ちを満たし、友達や恋人に近いような関係性を築くというケースが多いようです。
子どもが自分の裸の写真を相手の大人に送ったとしても「信頼している相手に褒められて嬉しかったから」、わいせつ行為の被害に遭っても「好きな相手だから会いに行っただけ」と、児童本人が被害を認識しないケースもあります。
SNS起因の自画撮り被害と性被害経験、その実態を調査
クラスに1人は被害者!? 身体的な性被害の入口に
(編集部)櫻井先生の研究グループは2021年から2022年にかけて、SNSを介した子どもの性被害の実態調査を実施されたとのことですが。
(櫻井先生)犯罪被害にあった子どもたちをカウンセリングするなかで、SNSを介した性被害が増えているのを感じていて、実態を知りたいと思い、2021年12月に、20~25歳の若年層を対象に、オンラインでモニター調査を実施しました。 自身の過去を振り返ってもらう形で、第1調査では18歳未満での「性的な自画撮り画像の送信経験」と「SNSを介した性的被害経験」それぞれの有無について質問し、その割合を調べました。 第2調査では、第1調査で画像送信の経験が「ある」と回答した人に、画像送信や掲載経験に関する具体的な状況、交友関係など関連要因を尋ね、送信掲載行動につながった要因を分析しました。第1調査では18,564名から、第2調査では230名から有効回答を得ています。
警察庁のデータは、被害の届出件数の数字ですが、本調査はWEBでの大規模なアンケート調査であるため、暗数を含めた実態に近いと考えています。また従来の調査は、女子のみを調査対象としていますが、今回の調査では男子と、男女に属さない性別の人のデータも明らかにできました。
(編集部)一万人を超えるデータが集まったんですね。どのような結果が出たのでしょうか。
(櫻井先生)上のグラフは、18歳未満での性的な自画撮り画像の送信経験(赤)と身体的接触のある性被害(青)の割合を性別ごとに示したものです。
「性的な自画撮り画像を他者に送信した経験がある」と回答したのは全体でみると約2.4%。40人学級で1人程度の割合ということになりました。 さまざまな研究データと比較しても妥当な結果ですが、心理職としては実際の相談件数と比較して多いという印象です。つまり、それだけ被害が潜在化しているのだと感じます。
注目すべきは、性別を問わず性的な自画撮り送信掲載経験者がいること。特に、男性の割合の方が高いという結果になりました。また、性的な自画撮り送信掲載経験者のうち、身体的接触のある被害経験の重複者が20%以上もありました。
性被害者というと女性のイメージが強い方もいるかも知れませんが、性差に関わらず注意が必要であることが明らかになりましたし、教育現場においては性別に関係なく予防教育が望まれます。
自画撮り被害に至る要因、児童の背景にあるのは「孤独感」
(編集部)クラスに1人の割合、と考えるとかなりの割合に感じます。どのような人がこういった送信行動に至るのでしょうか。
(櫻井先生)調査から見えてきたのは、「孤独感」です。 第1調査で送信掲載の経験があると回答した人のうち、分析に必要な諸条件を満たす187名の回答をもとに、自画撮り画像の送信掲載行動に至る要因を分析しました。
分析の結果わかったのは、友人関係がうまくいかない人、家庭内での虐待などつらい経験を持つ人などは、送信掲載行動をとりがちだということでした。 これらの共通点から読み取れるのは、子ども達は「孤独感」が増すほど、リアルな世界よりもネット上での対人関係を希求する傾向があるということです。
(編集部)孤独感につけ込む大人がいるのは許せないですね。子ども達を自画撮り画像の送信掲載行動から遠ざけるには、どうすれば良いでしょうか?
(櫻井先生)家族だけでなく、教育現場など周囲にいる大人が子ども達に孤独感を抱かせないよう居場所を作り、サポートしていくことが大切だと感じます。
子どもの性被害を防ぐには? 心理職が提言する「今、社会に求められること」
被害児童の声に耳を傾けるために、相談窓口はより身近に、気軽な存在に!
(編集部)日本では現在、法制審議会でグルーミングの処罰化が検討されています。ただ、法律ができたとしても、グルーミングを含む性的被害に遭う子どもがゼロになるわけではなさそうです。社会に求められる対応や環境はどういったものでしょうか?
(櫻井先生)いちばん大切なことは「子どもが相談しやすい体制づくり」だと考えます。特にケアや支援の入口となる相談窓口は、現代の子ども達の感覚に寄り添った工夫が必要なのではないでしょうか。近年では「SNS相談」が注目されていて、相談をするハードルを下げようと、公的にも民間団体でも取り組むところが増えています。
(編集部)SNS上での相談なら、テキストを打つだけで相談できるので気軽に感じますね。
(櫻井先生)SNSの活用により相談へのハードルを下げるメリットはありますが、そこから生活支援、カウンセリングなど実際の対面による支援につなげていくことも重要だと考えています。 これまでも、性犯罪・性暴力被害者のために各都道府県に設けられている「ワンストップ支援センター」や民間被害者支援団体など、官民さまざまな団体が子ども達の性犯罪被害に関する相談を受け付け、支援する仕組みを整えてきました。 性被害に遭う児童の中には、家に居づらいがためにネットの世界に繋がりを求めてしまう子もいます。さまざまな角度からの支援を実現するには、支援員やカウンセラー、トラウマに詳しい法律家などの拡充に加え、組織間の連携も強固にしていくことが引き続き求められます。
教育の現場で待たれる、性被害者ケア&支援の体制づくり
(編集部)「性被害は潜在化しやすい」という点を改めて受け止めると、大人である私たちが子どもの性犯罪被害にもっと敏感になる必要があると感じました。
(櫻井先生)これは心理職、教員として子どもたちと接する中で感じていることですが、彼ら・彼女らは現実世界での交友関係とネット上での交友関係を分けて暮らしていることが多く、ネット上で困ったことがあってもリアルな世界ではなかなか口に出すことをしないようです。これも被害が見えにくい一因となっているのでしょう。 となると、ネット上での性被害が潜在化しやすい点も含め、従来型の目に見える非行問題とは異なる性質を持つ点に注意が必要です。
海外の先行研究では、インターネットを通じて性被害に遭う子どもは比較的成績の良い学生であることが示されています。これまで教育現場では「問題なし」として見過ごされてきたような子ども達にも気を配る必要があるということは広く知っていただきたいです。
だからこそ、教育現場での性犯罪に関する予防教育の実施、相談できる環境づくりが重要になってくると思います。たとえば、「情報教育」の授業の中でもインターネット上のルールやモラルを学ぶのはもちろん重要ですが、SNSが使い方によっては危険な大人との接触の場になり得ることなども浸透させる。そして困ったときには相談を受け付け、社会全体でサポートする体制があることを周知することも大切だと思います。
まとめ
心理的距離を縮め、子どもとの関係性をコントロールする「グルーミング」。子どもにとって、信頼している大人から性被害を受けるということは、どれほどショックな出来事でしょうか。 櫻井先生の調査結果から被害児童の背景には「孤独感」があるという点が明らかになりましたが、そのつらさが性被害をきっかけにさらに強まるのではないかと思うと胸が痛みます。また「性被害を認識していないケースもある」というお話には、子どもは社会全体で守っていくべき存在であると改めて考えさせられました。
2017年6月、国会で性犯罪に関する改正刑法が可決・成立し、110年ぶりの改正と注目を集めた一方で、残された課題も少なくないと指摘する声があがっています。このたび法制審議会の試案で示された「グルーミング罪」は、現状に即した一つの対応策となることが期待されますが、法整備だけでなく、困ったときに相談しやすくする環境を作ることも重要なのだと感じました。
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