新型コロナの5類移行後、入国者の水際対策が緩和され、今後インバウンド需要はさらに増加すると見込まれています。一方、京都や鎌倉などの人気観光地では円安の影響もありインバウンド客が急増。渋滞や混雑などのオーバーツーリズムの問題が懸念されています。
そうした中、今年3月末に国の新たな「観光立国推進基本計画」(観光庁)が閣議決定されました。「持続可能な観光」「消費額拡大によるインバウンド回復」「地方誘客促進」の3つをキーワードとする同計画は、大阪・関西万博が開催される2025年に向けて、都市部や一部の有名観光地に集中している観光客を、地方やこれまであまり知られていなかった目的地へと誘客することで地域経済を潤わせ、中長期的に「持続可能」な観光を実現しようというものです。
今回は、基本計画の中核に位置づけられる「持続可能な観光」すなわちサステナブルツーリズムについて、観光学が専門であり観光地域づくりのコンサルティングにも取り組まれている岡田 美奈子教授による解説です。
INDEX
今なぜサステナブルツーリズムが注目されるのか?
サステナブルツーリズムとは?
(編集部)コロナ禍を経て旅行需要が回復傾向にあります。まずはサステナブルツーリズムとはどういったものか確認していきたいと思います。
(岡田先生)最近はエコツーリズムやアドベンチャーツーリズム、アニメツーリズムなど様々なツーリズムがありますが、これらは観光の“テーマ”に過ぎません。それに対し、サステナブルツーリズムとは観光に対する“考え方”。観光庁が6年ぶりに改定した基本計画の骨子として「持続可能な観光」を打ち出しているのは、これからは観光地域づくりや観光実践において、この考え方をしっかり取り入れていきましょう、ということなのです。
また、サステナブルツーリズムについては国連世界観光機関(UNWTO)が統一の定義を掲げています。それに基づいて説明しますと、現在、そして、将来に渡る経済・社会・環境への影響を十分に考慮し、観光客や観光業界はもちろんのこと、地域住民も満足するような観光を推進しようという考え方です。言葉で説明し、それを理解していただくには難しい部分があるのですが、要は「関わるみんなが幸せになる観光を考えよう」というものです。
(編集部)なるほど、観光に対する“考え方”を示すものなのですね。
背景にあるオーバーツーリズムの問題と国の観光戦略の転換
(編集部)こうした考え方が広まってきた背景には、何があるのでしょうか。
(岡田先生)サステナブルツーリズムは2010年前後、主に海外の観光地から広がったもので、背景にはオーバーツーリズムの問題があります。 コロナ禍で一時は観光の動きが停滞しましたが、世界的には、ここ10数年継続して国際観光が大きく成長してきました。海外からの観光客がもたらす経済効果は非常に大きなものですが、あまりにも多くの観光客が特定の地域に集中して訪れることで、そうした地域の住民が暮らしづらくなるといった課題も顕在化してきました。
例えばイタリアのヴェネツィアでは、住民の数をはるかに上回る数の観光客が訪れるため、常に混雑して住民の生活に影響をもたらし、暮らしづらい状態となりました。スペインではマナーの悪い旅行者に対する怒りから住民によるデモが発生。ディカプリオ主演のハリウッド映画で一躍有名になったタイのピピレイ島は、観光客が殺到したことで自然環境への深刻な影響があり、島を封鎖する事態に陥りました。島が封鎖されたため観光事業者へのビジネスや生活にも影響が出てくることになりました。 こういった状況が世界の人気観光地で目立ってきたため、「持続可能な考え方を観光にも取り入れていくべきだ」という動きが出てきたのです。
(編集部)日本ではいつ頃からサステナブルツーリズムが意識されるようになったのでしょう?
(岡田先生)訪日インバウンドが急増した2014〜2015年頃ですね。私は当時「ツーリズムEXPOジャパン」などの観光の国際会議やプロモーションイベントの企画や運営に携わっていました。国内外のサステナブルツーリズムを推進するリーダーを招き、サステナブルツーリズムのテーマで先進事例を共有するシンポジウムなどをよく開催していました。当時は、日本の観光や地域づくりの関係者の間では、このテーマへの注目度が低かったのですが、京都や鎌倉のように、観光客の急増により課題を抱える地域が増えてきた2016〜2018年頃から関心が高まってきました。 2018年には、観光庁内に「持続可能な観光推進本部」が設置され、国として本格的に「持続可能な観光」に取り組み始めたのです。それ以来、私も国の事業のもとで「持続可能な観光」に関わる国内外の政策調査研究のほか、2020年には、国際基準に準拠する「日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)」の開発、さらには、そのガイドラインの全国への普及や地域での導入支援などに携わってきました。 コロナ禍による入国者の水際対策が緩和された今、国の観光戦略では、「持続可能な観光」の推進を最優先課題と位置付け、「持続可能な観光地域づくり」や具体的なコンテンツ造成に向けた支援などを通して、日本全体の持続可能な観光の推進を強化しています。
地域でのサステナブルツーリズムの取り組み状況
(編集部)地域レベルでは、まだあまり浸透していないように感じますが…
(岡田先生)まず、サステナブルツーリズムの考え方が理解されにくいからだと思います。そのため地域レベルでは何から始めたら良いか分からないという状況が長く続いてきましたし、今でもそうした地域が少なくないと感じています。 また日本では、長く大手旅行会社のパッケージツアーが観光において大きな比重を占めてきました。旅行会社が一定の人数の旅行者を集めて観光地を旅する、いわゆる団体旅行が主流でした。こうしたタイプの旅行では、基本的に旅先では団体で行動するため、観光客と地域住民との関わりが薄い旅行スタイルとなり、地域の人に「観光・旅行は、観光事業者が行うビジネスで、自分たちとは関わりのないものだ」という意識を根付かせてしまったところも少なからずあると思います。
(編集部)長く続いた旅行のスタイルも、観光客と地域住民との分離に影響しているとは意外です。
(岡田先生)観光客にとって、観光は楽しみやリフレッシュなどを主な目的に行う活動ですが、地域にとっては、観光客が訪れることで地域がよりよくなることを目指しています。 来訪した観光客が地域で消費することによって、その経済効果が地域の多様な産業や業種、企業にもたらされ、地域全体の所得の増加や雇用創出につながるなど、地域活性化への貢献が期待されます。また、経済面だけでなく、環境保全、文化の継承や地域社会の発展など、地域内好循環のしくみづくりにも貢献しうることから、観光による地域のサステナビリティ向上への期待が高まっています。こうした、地域の経済、社会、環境や文化面のサステナビリティに貢献する観光が「サステナブルツーリズム」の目指すところです。
観光庁では、近年、積極的に地域におけるサステナブルツーリズム推進のための支援を行なっていますが、多くの地域では、関係者への意識醸成や理解促進が中心で、具体的な実践や訪れる観光客が「サステナブルツーリズム」を体感できる状況となるには、もう少し時間がかかるでしょう。
ポストコロナ時代の観光をひらく国内の先進事例
観光地域づくり法人DMOの役割
(編集部)地域でサステナブルツーリズムを推進するには、何から着手すると良いのでしょうか。
(岡田先生)観光産業は地域の歴史や文化の蓄積の上に成り立っています。そのため、「歴史や文化を継承する」「地域をより良くする」といった考えがベースになければ、持続的に事業を行うことは難しいでしょう。まずは、自分たちの地域は将来どういう地域を目指しているのか、その目指す姿の実現のために「観光」が貢献しうるのか、観光にどのような役割を期待しているのかを明確にすることです。地域づくりや観光関係者、そして住民も含む、あらゆる関係者による話し合いのもとで認識共有、いわゆる合意形成を図ることが不可欠です。次のステップとして、地域が目指す姿に向けて、現状がどうなのか客観的なデータ等をもとに分析し、課題や必要な対応を明確にする。課題について優先順位をつけ、役割分担をした上で取り組みを実施し、その効果を検証しつつ、改善を重ねていく、つまりPDCAのしくみをつくることが必要となります。大切なことは地域全体での“ビジョンづくり”と“マネジメント”です。
(編集部)マネジメントの視点で、地域や観光産業自体を捉え直す必要があるのですね。
(岡田先生)今、地域での観光マネジメントを牽引する存在として期待されているのが、DMOという組織です。DMOとは「Destination Management/Marketing Organization」の略で、観光地域づくり法人を指します。 DMOの主な役割は、観光地域としての魅力を高めるために、地域経営の視点に立ち、地域の司令塔となり多様な関係者と協同しながら、明確なコンセプトに基づく観光地域づくり戦略の策定とその実践をしていくことです。具体的には、統一したマーケティング・マネジメントやブランディングの合意形成を図ること、地域の観光政策やコンテンツづくり、プロモーション戦略の策定と実行など、観光客誘致による地域内好循環のしくみづくりに向けて地域全体をマネジメントする組織と考えてもらうと良いでしょう。
DMOは欧米の観光先進国を中心に発展してきましたが、日本では2015年に観光庁のDMO登録制度が始まり、2023年3月末で270件の地域が登録されています。ただし、中には、DMOに求められる役割や機能が十分でなく、従来の観光協会とほぼ変わらないケースも見受けられますが、人材育成や体制強化による基盤がためを通して、観光地域経営をリードする組織になるとDMOに期待を寄せています。 ここから、サステナブルツーリズムに取り組む国内の先進的なDMOをいくつかご紹介します。
事例1:世界的DMOをめざす田辺市熊野ツーリズムビューロー
(岡田先生)和歌山県で熊野古道を生かし、世界的に競争力のある持続可能な観光地をめざして観光マネジメントに取り組む一般社団法人 田辺市熊野ツーリズムビューローは、国内のDMOで最も先進的な存在で、観光庁より「先駆的DMO(Aタイプ)」の認定を受けています。
田辺市熊野ツーリズムビューローは2006年に設立された組織ですが、設立の背景にはまず2004年に熊野古道が世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」として登録されたこと、翌2005年に5市町村が合併して新田辺市が誕生したことが挙げられます。合併により和歌山県で最も面積が広い市となった田辺市には、「熊野古道」や「熊野本宮大社」などの古い歴史や文化、日本三美人の湯として知られる「龍神温泉」や「湯の峰温泉」などの温泉郷、温暖な気候と風土に育まれた「特産品」など、人々の心と身体を癒す豊かで魅力的な地域資源・観光素材が数多く存在しています。これらの多彩な資源や素材を活用し、国内外に向けた田辺市の総合的な観光をプロモーションすることを目的に、市内5つの観光協会が構成団体となり設立されたのが田辺市熊野ツーリズムビューローです。
(編集部)世界遺産登録のニュースは、とても注目されましたね。
(岡田先生)ただ、こちらでは世界遺産ブームに乗った観光資源の乱開発や大量の観光客を呼び込むのではなく、「自分たちのルーツとしての熊野古道を大切にした持続可能な観光地を目指そう」という方針を設立当初から掲げていました。 観光客についても、熊野古道の歴史や文化、人々の暮らしを理解してくれる旅行者を呼び込もうということで、サステナブルな考え方が生活に根付いている欧米豪のインバウンドをターゲットに設定。世界に開かれた持続可能な観光地をめざしてきたのです。
(編集部)実際にどのような取り組みを進めてきたのでしょう?
(岡田先生)インバウンドを受け入れる体制や環境整備から地道にスタートされました。熊野古道周辺の観光事業者といえば小さな民宿が中心です。インバウンド対応の経験がほとんどない地元事業者に向け、インバウンドの理解や対応方法について、たくさんのワークショップを実施したほか、受け入れに不安を感じる関係者への意識面のサポートも丁寧に行いました。また、ホームページやパンフレット類は多言語化して情報発信をするほか、欧米豪の旅行者が読む旅関係の冊子などに熊野古道が掲載されるようプロモーションに力を入れてきました。熊野古道では、表現が統一されていないほぼ日本語のみの案内看板を日英表記に改善。さらに、団体から個人旅行者の増加という変化がみられるなか、誘客に結び付けるためには、数ある地域の観光資源を繋いで実際に旅行商品として販売すること、旅行者を現地まで運ぶ仕組みづくりが必要なことから、「着地型観光」を取り扱う旅行会社をDMO内に設置しました。旅行者と事業者を繋ぐ「中間支援組織(プラットフォーム)」の役割を担っています。
事例2:観光DXで地域の経営基盤を構築する下呂温泉観光協会
(岡田先生)続いて紹介するのは、観光庁より「先駆的DMO(Bタイプ)」に認定された一般社団法人下呂温泉観光協会です。下呂温泉は日本三名泉のひとつ、良質な温泉の持続可能な安定供給のための「集中管理システムの構築」や「地域全体の連携」に取り組んできました。温泉資源保護の先進的な集中管理システムは昭和49年から稼働しています。地域連携の基盤はあるものの、誘客などの観光戦略は、基本的には宿単位での動きが中心で、温泉街に観光客が集中する傾向が続いていました。温泉以外に下呂市内に点在する他の観光資源の認知度は低く、二次交通手段が少ないことから、広域への誘客が進まないという課題がありました。そこで、2016年、下呂温泉を起点とした周遊観光の確立を目指してDMOをたちあげ、下呂市全体の観光振興について、地域での合意形成を図りながら、地域全体のレベルアップを図ろうと取り組みを進めています。
こちらのDMOが素晴らしいのは、観光DX、つまりデータに基づく観光戦略を重視している点です。普通はオープンにしない宿泊情報のほか、観光客の出発地の内訳、移動手段などを集約し、事業者間で共有する仕組みを早期に整え、過去のデータを様々な角度から分析し、下呂市の観光の実態を把握しながら、マーケティングの施策を検討しています。地域全体で強みや課題を把握した上で、観光客の受入体制整備、国内旅行者とインバウンドの比率の調整や下呂のブランティングやプロモーションにふさわしい連携先を選択するなど、地域主体となり観光マネジメントを行なっています。
(編集部)まさに地域をあげてのマーケティング・マネジメントですね。
(岡田先生)下呂地域では、地域の自然環境や歴史文化を体験しながら学ぶエコツーリズムにも早くから取り組んできました。さらに近年ではそこにサステナブルツーリズムの考え方を取り入れています。「下呂市エコミュージアム構想」もその動きのひとつです。エコミュージアム構想とは、地域の自然環境、歴史文化や生活文化を体験できる場所が点在する下呂市全体をミュージアムとして捉え、周遊滞在型の観光地域づくりを目指していくものです。来訪者が地域社会をより積極的に理解するしくみづくりのために、地域住民の協力や参画が重要となります。
データに基づくマネジメントを通して下呂温泉の観光はコロナ後、順調に回復してきていますが、下呂温泉観光協会は、下呂市全体の観光地域づくりの責任を担っています。地域、住民、事業者、そして、観光客のウエルネスを高めることを目標に、「よりよい観光(Tourism for Good)」をキーワードに取り組みを進めています。その戦略のひとつとして、サステナブルなコンテンツを活用した周遊滞在型観光の推進の基盤づくりを推進中です。現在は、岐阜県を代表する観光スポットの小坂の滝を中心に、滝の環境保護や鮎などの川魚の生態保全などのストーリーを体験コンテンツ化し、来訪者と住民との交流を促進することで、関係人口や交流人口の増加につなげる取り組みを行なっています。こうした市内各エリアの特徴を見える化し、市全体のエコミュージアム構想を進めていく予定です。
事例3:UNWTO ベスト・ツーリズム・ビレッジに選定された美山町
(編集部)先駆的DMOに選ばれた田辺市や下呂温泉以外にも、注目の地域はありますか?
(岡田先生)2021年にUNWTOベスト・ツーリズム・ビレッジに選定された京都の美山町にも注目しています。人口約3,400人の小さな町ですが、全域が国定公園に指定されており、国の重要伝統的建造物群保存地域である美山かやぶきの里などが有名です。こちらでは一般社団法人 南丹市美山観光まちづくり協会が2016年にDMO登録を受けています。
ベスト・ツーリズム・ビレッジとは、持続可能な開発目標(SDGs)に則り、観光を通じて地域の伝統・文化の保全に取り組んでいる優良事例を選定するものです。美山町はDMOが中心となりSDGsの達成に貢献する観光の取り組みを実践していることで選定されました。そのベースにあるのは、地域の皆様が長い年月をかけて守り通してきた豊かな自然、伝統文化であり、地域全体での取り組みが世界に認められた証しでもあります。このように小規模な地域であっても、取り組み次第で世界から注目されるというのは、非常に勇気づけられる事例です。
(編集部)今後期待される地域のひとつですね。実際の取り組みはどのようなものでしょうか。
(岡田先生)かやぶきの里の保全のために「北村かやぶきの里憲章」という住民のルールを作り、集落の土地を売ったり無秩序に貸したり壊したりせず守るための取り組みをされています。またその保全にも観光を活用すべく、茅葺きの体験や地元ガイドによる里の散歩、環境に優しい電動自転車でのピクニックランチなど様々なプログラムを企画。環境学習として小規模ですが修学旅行も受け入れています。観光を通して、地域が大切にしていることを理解いただくことで、保全・保護にもつながっていきます。
未来の観光を担う人材育成の課題と展望
観光大国・タイから学びうる観光戦略と人材育成
(編集部)国内の事例に続き、サステナブルツーリズムについて海外の状況はいかがでしょうか。
(岡田先生)海外では、各国や地域で「持続可能な観光」に関わるビジョンを設定し、それぞれの現状を把握した上で、適切な形で計画的にサステナブルツーリズムが推進されています。たとえば、観光大国であるタイは、台風などの災害・天災が多い地域であることから観光における危機管理が以前から進んでいます。また先ほど紹介したピピレイ島や首都バンコクでのオーバーツーリズムがかねてからの課題でした。観光客の分散、受入体制の強化や効果的なプロモーション戦略などの面でも、サステナビリティの考えを取り入れ推進しているサステナブルツーリズム先進国と言えます。
タイは今後の観光戦略として、観光客の数をやみくもに増やすことよりも、一人当たりの消費額の大きな観光客や環境保護などに高い関心を持つ「高付加価値層」の訪問を促すことで、コロナ禍で落ち込んだ観光業を効率的に回復させていく方針を掲げています。
さらにタイには2003年に設立された国の組織「持続可能な観光のための指定地域管理局(DASTA)」があり、ここが主に観光人材教育を行っています。タイ国内でも、DMOがある地域もあればない地域もあります。DASTAでは、持続可能な観光地域づくりに積極的に取り組みたいと希望する地域からいくつかの地域を選定して、地域づくりの支援を行なっています。また、地域に専門スタッフを派遣し、現場で地域づくりや観光関係者に対するワークショップなどを行い、地域の観光推進を担うリーダーを育成しています。中には5〜6年かけて地域支援を行うケースもあり、地域が自立して観光地経営をできるところまで丁寧に支援しているところが素晴らしいですね。
概念の理解と実践の両方に通じた人材を育てる仕組みを
(編集部)日本の観光業界には、どのような人材や取り組みが必要でしょうか?
(岡田先生)地域経営という視点で、マーケティングやマネジメント能力を備え、かつ、サステナビリティの考え方も理解している人材です。観光は、住民を含む、地域のあらゆる資源をベースにしています。観光は持続可能な地域づくりのひとつの手段ですが、地域の様々な方々が関わってきます。サステナブルツーリズムは、社会・経済・環境、そして文化に繋がるものだからこそ、地域の中でマネジメントやコーディネートができる人材が欠かせません。観光推進のための概念を理解し、多様な立場の方々を理解した上でリーダーシップをもって地域で実践できる人材が必要だと思います。
持続可能な観光地域づくりのための取り組みに関して、国も様々な地域支援を行っていますが、すぐに結果が出るものではありません。タイのように長期的な視野で、地域の環境や実情に応じた柔軟性のある支援が増えると、日本においても持続可能な観光地域として国際競争力の高い地域も増え、観光客の分散化にもつながっていくのではないでしょうか。
(編集部)やはり人や事業を育てるには一定の時間がかかりますね。
(岡田先生)これは私たち教育者の課題でもあります。今は地域貢献をしたいと考える学生や若者が増えてきています。人材不足が常に課題となっている地域の現場とうまく繋ぐことができればよいと考えています。また以前、観光業における女性活躍推進をテーマに研究を行いましたが、サステナビリティの向上に関しては、コーディネート力が男性より高いとされる女性の力が発揮できることから、サステナブルツーリズムの推進や持続可能な観光地域づくりにおける女性の活躍にも期待しています。
今回はサステナブルツーリズムについてお話ししましたが、世界ではリジェネラティブツーリズム(再生型観光)という考え方も広まってきています。これは「観光客が訪れた先の地域や住民の生活が、訪問前と比べてより良い状態に再生される、また、観光客もその地域を訪れることで元気になる」という観光の在り方です。すでにハワイやカナダで推進されていますが、サステナブルツーリズムの発展形ともいえるこの観光の在り方こそ、理想的な未来の観光かもしれませんね。
まとめ
サステナブルツーリズム(持続可能な観光)とは、観光によって地域内の好循環を作っていくことがポイントで、従来の観光スタイルを包括するような観光推進の考え方であること。また「観光とは地域づくり」と言われるように、社会・経済・環境の3側面から地域課題に取り組み、地域の成長に中長期的に関わっていく視点こそが大切であることが分かりました。またDMOの先進事例からも、持続可能な観点から地域の観光や資源をマネジメントする人材が強く求められていることが見えてきました。 そして、今後の観光は、観光客側が地域を訪れることに責任を持つレスポンスツーリズムや、観光を通じて地域や関わる人がより良い状態に再生されるリジェネラティブツーリズムまで、世界では観光の考え方がSDGsを意識したものに日々進化しているようです。 ポストコロナ時代、観光に携わる人々だけでなく、時には地域住民、時には観光客となる私たちも意識をアップデートさせることが必要なのだと実感しました。
【関連記事】