もはや地域のプロデューサー。高まる地方公務員への期待。

藤原 直樹

藤原 直樹 (ふじわら なおき) 追手門学院大学 地域創造学部 /大学院 経営・経済研究科 教授専門:行政学、経済地理学、公共経済

もはや地域のプロデューサー。高まる地方公務員への期待。
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ベネッセ教育総合研究所が発表・解説している「高校生がなりたい職業ランキング」で1位や2位にランクインする「地方公務員」(※)。近年はコロナ禍の影響もあり、足元の地域に目を向け住民の命と健康、生活を守る地方自治体の公共的な役割が見直されつつあるようです。また超高齢社会を迎え、いかに自治体を存続、活性化させるかといった点も喫緊の課題に。そんな中にあって地方公務員(行政職)の活躍の幅は広がり、多様になってきている様子。

今回は、地方公務員の実務経験を有し、現在は持続可能な地域の発展をめざす自治体の政策や、行政・地域の経営手法について研究を進める藤原直樹教授(本学地域創造学部/大学院 経営・経済研究科)と、変わる地方公務員の今に迫ります。

※参考: ・ベネッセ教育研究所 2020/10/29 一挙公開! 高校生がなりたい職業ランキングベネッセ教育研究所 2021/5/1 高校生がなりたい職業ランキング 一挙公開!【2021年度版】

「お役所仕事」はもう古い!? 地方公務員は「地域のプロデューサー」へ

「お役所仕事」はもう古い!? 地方公務員は「地域のプロデューサー」へ
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コロナ対応で試された自治体の底力、地方公務員の今昔

(編集部)コロナ禍では全国の自治体の動向に大きな注目が集まりましたね。

(藤原先生)新型コロナへの対応で各自治体の底力が試されたな、という印象を抱いています。 住民にとっての自治体って、日頃そんなに意識する存在ではないし、窓口のお世話になることって少ないと思うんです。多くの人には道路整備や小・中学校の運営といった行政サービスも当たり前の存在になっているでしょう。 ですがコロナ禍では、「いつ緊急事態宣言を発出するのか」「給付金の手続きはあの自治体が早い」「ワクチン接種の事務手続きのスピードはあの自治体が」と、自治体ごとの運営能力、サービス提供能力の差が目に見えるかたちになりました。 また報道で、地方自治体の首長が国への要望や意見を発信するシーンを目にする機会もあったかと思います。大都市だけではなく、小さな町でもうまくやっている自治体は目立ちましたよね。

(編集部)公務員について「民間企業と比較すると身分も待遇も恵まれているのではないか……」といった批判は根強くありますが、こういった緊急事態や自然災害の経験を通して公務員の存在を頼もしく感じた人も多くいるだろうと思います。

(藤原先生)そうですね。私は自治体というものは、平常時はある程度の余力があっていいと考えます。たとえばコロナ禍におけるワクチン接種など、緊急を要する行政サービスが実施される場合はマンパワーが必要になります。自治体が日頃からギリギリの人員で仕事をしていては迅速な提供ができませんから。

地方公務員(行政職)はどんな仕事?

(編集部)ここで地方公務員の仕事について、藤原先生と確認しておきたいと思います。

(藤原先生)地方公務員(行政職)は、都道府県・市区町村といった地方自治体で働く公務員です。この自治体が住民のために行う事業は多岐にわたり、行政職はそれらに関する企画・立案から予算編成、事務作業などを担います。水道や交通、消防や治安維持といったライフラインの整備、教育・文化事業、社会福祉、農林水産業の振興、消防、ゴミ収集、上下水道の整備、税務に議会運営などなど、一つの自治体には約3,000もの事務があるといわれているんですよ。

(編集部)冒頭で、日頃から行政の存在を強く感じることはないのではないか、というお話がありましたが、私たちの暮らしを支えてくれているのが行政サービスであり、実にさまざまな仕事があるんですね。

(藤原先生)地方自治体は大きくは都道府県と市区町村に分かれ、それぞれ役割が異なります。 都道府県は、市区町村をまたぐ広域事業を担い、広域的な行政サービスを担当しており、主に農地や都市計画、道路や河川の整備、高等学校の運営、産業振興などが挙げられます。 一方で市区町村は、より地域市民の暮らしに近い場所で、行政の窓口業務を担当。たとえば市役所などの窓口で戸籍や住民登録などの証明書を発行したり、公民館や図書館を運営したりといったことが挙げられます。

もっとも、最近は市役所や図書館の窓口業務は民間の人材企業にアウトソーシングし、自治体職員は政策の企画などよりコアな業務に携わっていこうという流れが生まれています。昔こそ「お役所仕事」と揶揄されるような形式的で非能率な業務体制がありました。しかし民間企業の経営手法を積極的に導入し、行政サービスの質を上げる「ニューパブリックマネジメント」という考え方が全国的に浸透しつつあります。今では町おこしのキーパーソンとして活躍する「スーパー公務員」と呼ばれる人も多く存在するんですよ。

変わる地方行政

(編集部)ニューパブリックマネジメントが浸透しつつあるということですが、地方行政のあり方が変わってきているのでしょうか?

(藤原先生)自治体の最重要ミッションは、住民の生命と財産を守ることです。私自身、大阪市役所での勤務経験がありますが、この点は昔も今も変わらず職員全員が遵守していました。この根幹は揺るぎないものです。 ただ、必要とされる行政サービスは時代とともに変わってきています。何が変わってきているか、社会背景とともに説明しましょう。

戦後から高度経済成長期にかけて日本は右肩上がりで成長しました。そんな中にあって自治体は、国民健康保険や福祉サービスなど憲法25条が保証するナショナルミニマム「健康で文化的な最低限度の生活」の水準をカバーできていれば良かったんです。

それが変わるのが、高度成長も終わりを迎える1970年頃。公害病や環境破壊が社会問題化し、人々は地域に環境の良さや交通利便性といった住みやすさを求めるようになりました。行政においては、医療や教育など全国で標準化されたサービスの提供に加え、住環境を整える役割が大事になっていきます。

そして2000年以降。国の成長スピードが鈍化し、若い世代や産業の地方離れが深刻に。地方では地域のコミュニティや農業、経済が崩壊する可能性が生まれ、自治体は地域活性化の舵取り的な役割も求められるようになりました。そこで地方公務員は、地域に主体的に関わり、地域のことを考える存在として一層重視されるようになったのです。

「地域のプロデューサー」として高まる期待と課題

(編集部)地方行政へのニーズとともに自治体のあり方が変わった、ということは、求められる公務員像も変わったということでしょうか。

(藤原先生)こちらも昔を振り返ってみると、標準化された行政サービスを提供するために必要とされていたのは「法律解釈能力」です。たとえば国民健康保険の事務処理や固定資産税の算出など、法律や国が示すガイドラインを正しく解釈して事務作業を遂行する力が重要でした。

一方、今の地方公務員に求められる能力は異なります。現在の自治体には地域活性化、つまり観光や産業振興に重きが置かれているので、ゼロからイチを生む企画力、観光客誘致のための発信力、企業やインフルエンサーとのコラボレーションを実現する巻き込み力・推進力など、地域をプロデュースするための能力が問われるのです。これらの能力はかつてはさほど重視されていなかったので、明らかな変化といえるでしょう。

(編集部)企画力や発信力、巻き込み力といった能力は、公務員に限らず今の社会で求められる力ですね。

(藤原先生)まさにそうです。自治体の発展には首長のマネジメント能力が大きく影響しますが、それに加えて今後は職員の能力・魅力の差が地域の発展の差に大きく影響すると考えられます。

ここで「これからの地方公務員にはどういう人が向いているか?」を考えると、まず地域を良くしたいという強い思いがあること。そして企画や発信、コミュニケーションに長けていて、地域のプロデューサー的な存在をめざせる人。安定した職業だからこそ、その土地のために中長期的にチャレンジし続けられる人が向いていると考えます。

活性化の事例にみる自治体の攻めの戦略

官民連携による観光振興・移住支援(北海道上川郡東川町の取り組み)

北海道上川郡東川町の取り組み
出典:東川町立 東川日本語学校HP

(編集部)変わりつつある地方自治体。その具体的なケースや、藤原先生が注目する事例について教えてください。

(藤原先生)北海道上川郡東川町は人口流出に歯止めをかけ、人口増加・観光事業の盛況という大成功を収めている好例です。 施策の礎になっているのが、2015年に開校された国内初の公立の日本語学校です。町は日本に関心があり、日本語を学びたい海外留学生を受け入れるとともに、卒業後に日本で継続して学んだり、日本企業への就職を希望する学生をサポート。並行して外国人を含む移住促進も実施し、見事人口増加につながっています。さらに、2021年にはJALとオフィシャルパートナー協定を締結しました。現在はワーケーション事業や特産品のPR・販路拡大などさまざまな領域で協働しています。

子ども・若者育成支援(兵庫県明石市の取り組み)

子ども・若者育成支援(兵庫県明石市の取り組み)
出典:あかし子育て応援ナビHP

(編集部)自治体の未来を担うという点で育児政策に目を向けると、兵庫県明石市の子育て支援の仕組みは画期的ですね。いっとき大きな話題になっていました。

(藤原先生)子ども・若者育成支援の分野では、全国でも抜きん出て成功した事例でしょう。明石市では現在、高校生までの医療費や中学校の給食費、第二子以降の保育料について完全無料化しているほか、子育て環境の整備や教育に力を入れています。 これは下水道などの施設費用を削減して子ども部門に集中的に予算を割り当てたことで達成できたものです。結果として人口は増え税収はアップ。さらに街の整備が進んで移住者も集まる……という好循環を生み出しました。 実現したのは市長の発案、リーダーシップがあったからで、自治体は市長のリーダーシップが絶対的に必要であると感じる事例でもあります。

特産品の新たな価値創出(佐賀県の取り組み)

特産品の新たな価値創出(佐賀県の取り組み)
出典:「ARITA EPISODE 2 – 有田焼400年 新しい時代のはじまり -」HP

(編集部)地域産業での取り組み事例はどうでしょうか?

(藤原先生)2016年で創業400年となった佐賀県の有田焼に関する事例をご紹介しましょう。400周年を迎えるにあたり、2013年から佐賀県庁が主催した有田焼創業400年事業「ARITA EPISODE 2」の中の取り組みがユニークです。 佐賀県は地域産業の支援の一環として在日本オランダ王国大使館と「クリエイティブ産業の交流に関する協定」を締結。その協定をもとに、8カ国16組のデザイナー×有田焼16の窯元・商社のコラボレーションが実現しました。そこから有田焼の新ブランド「2016/」が誕生し、国内外でコレクションを販売。日本の伝統工芸の新たな魅力を発信しています。

これから地方公務員を目指す人へ

47都道府県、1700以上の自治体それぞれにカルチャーがある

(編集部)いろんな自治体が新しい施策で地域を盛り上げようとしているんですね。

(藤原先生)地方公務員というと「どこも皆同じだろう」とイメージを抱きがちだと思うんですが、実際には組織ごとのカルチャーはけっこう違います。首長のキャラクターや地域特性に拠るところが大きく、新しいことに常に挑戦し続ける自治体もあれば安定性を重視する自治体も。 組織体制の違いを具体的な業務で説明するならば、SNSアカウントでの情報発信について、ある程度は担当職員に任されているのか、1件ずつの投稿に上司決裁が必要か、といった点でも違いが出ます。 あくまで私の印象ですが、地方の市町村は自治体存続への危機感が強く、時代の変化をくみ取った柔軟な組織づくりに積極的なところが多いですね。自治体組織も小規模なため、職員の裁量に任せやすいということもあるようです。 もちろんどんなカルチャーが良くて何が悪いということではありませんし、高いスキルを持つ人はどういった環境でも能力を発揮できるものだと思います。

また近年の傾向として、多くの自治体が人材育成や社会人経験者採用に力を入れています。特に職員の能力開発の必要性は以前から叫ばれていて、入職後に多彩な研修がありますよ。多いのは内閣府といった省庁への職員派遣でしょうか。国や他の自治体と連携して地域事業を推進していく、ということを視野にいれた人材育成であると思われます。 国際関係の職員育成のために国の外郭団体を通じた海外派遣も実施されていますし、少数ですが公民間の人事交流として民間企業への出向がある自治体もあります。

採用試験にも変化が。机にかじりつきでは地方公務員になれない!?

(編集部)研修や中途採用に力を入れている、ということは、まさに知識だけでなく経験や引き出しの多さが求められるということですね。

(藤原先生)そうですね。以前は地方公務員試験といえば、行政や社会に関する知識を問うものが主流でした。試験対策=分厚いテキストで勉強、というイメージが一般的だったのではないでしょうか。 ですが近年では、民間企業と同じように適正検査を重視する自治体が増加しています。今回お話ししたように、これからの地方公務員には地域のプロデューサーとなれる人材が求められますから、試験にもその傾向が反映されているといえるでしょう。

追大には地方公務員(行政職)を目指す充実した環境がある

藤原教授と地域創造学部の学生らの伊仙町への調査の様子(2022年2月)
藤原教授と地域創造学部の学生らの伊仙町への調査の様子(2022年2月)

(編集部)追大では公務員試験の合格者が年々増えています。藤原先生が考える追大の強みとは何でしょうか?

(藤原先生)私が教員を務める追大の地域創造学部は、地域を深く理解し、地域に新しい価値を生む力を学ぶ学部であり、公務員を目指す学生も多く在籍しています。 環境的な強みとして挙げられるのが、約20名の教員それぞれがいろんな地域との連携事業を行っており、授業やゼミ活動を通して実践的な学びを得られることです。 地域にかかわりたい、貢献したいという思いから公務員を目指す人にとっては、学生のうちから地域にとけ込んで活動できる点が大きな魅力だと思います。

たとえば、私のゼミでは現在、鹿児島県の離島・徳之島にある伊仙町のまちづくりに携わっています。2022年9月には学生と共に島を訪れ、町の魅力を発信する動画を4本制作。年末に町長や町役場の職員に向けて動画を披露し、現在は町の公式YouTubeチャンネルに掲載されています。

他にも学部内では、茨木市の市議会議員25名と学生50名で卒業後も定住するための議論を行ったり、安らぎのある街づくりを目指して追大の交流スペースに認知症患者さんと家族が気兼ねなく過ごせるカフェを運営したり、実践的な活動を多数展開しています。 追大はこれからの地方公務員に求められる広報や企画、コミュニケーションの能力を高め、「地域のプロデューサー」としての技能を磨くには恵まれた環境だと自負しています。

※関連情報: ・プレスリリース「鹿児島県徳之島伊仙町の魅力紹介動画が完成」(2023年2月10日配信)プレスリリース「鹿児島県徳之島伊仙町の魅力を学生が現地調査」(2022年9月7日配信)

まとめ

時に「お役所仕事」とネガティブな意味で使わることもある公務員ですが、今の地方公務員はそうした事務手続きに留まらない地域のプロデューサーとしての役割が求められ、政府が進めるデジタル田園都市国家構想の担い手としても、期待されています。本文にもあった「ニューパブリックマネジメント」の考えが益々浸透すると、政策推進の過程においてはもはや公務員も会社員もそれほど大きな違いはなく、企画力、発信力、巻き込み力といったプロデュースする力を持った職員がどれだけいるかで自治体間の行政サービスの差も拡大していきそうです。

地方公務員は、その地域における民間企業と比べると身分の安定、好待遇のイメージが先行しているきらいがありますが、こうした雇用条件を超えた「地域を良くしたい」、「地域を守りたい」というアツい信念を持ったプロデューサー職員やそれをめざす若手職員が益々活躍できるよう、住民の一人として応援したいと思いました。

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藤原 直樹

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プロフィール

藤原 直樹

藤原 直樹 (ふじわら なおき) 追手門学院大学 地域創造学部 /大学院 経営・経済研究科 教授専門:行政学、経済地理学、公共経済

政令指定都市の自治体において、地域コミュニティの育成、インフラ整備部門の総務・法務、都市プロモーション、国際交流、企業誘致などの実務に従事した後、研究の道へ。2017年より現職。地域政策、自治体経営、地域国際戦略をキーワードに研究を進め、自治体との共同プロジェクトも意欲的に展開中。近著に『実践から学ぶ地域活性化』(共著・編著)、『地域創造の国際戦略』(代表編著)がある。

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