世界的なコロナウイルスの流行により、アメリカと中国の関係に緊張感が走るなか、台湾のリーダーシップが注目されています。2期目に入った台湾・蔡英文政権のリーダーシップから日本が学ぶべきものとは何なのでしょうか。前回、台湾のコロナ対策やその政策を支えた人物について話を伺った、元新聞記者で中国・台湾を中心とするアジアの政治や経済を研究している、経済学部の近藤伸二先生に引き続き解説してもらいました。
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今回は、アフターコロナにおける台湾国内の動き、それに伴う外交の変化などがテーマです。
ビフォアコロナとアフターコロナ
中国への依存
(編集部)蔡政権の1期目の成果についてはどのように評価していますか?
(近藤先生)蔡政権は、対中政策では政権発足時から現状維持路線を堅持していますが、選挙運動や香港でのデモで中国が求める「一国二制度」による統一に強い反対の姿勢を打ち出すようになり、支持率の上昇にもつながっています。
内政面でも各種の改革に取り組みましたが、道半ばだったり、合格点には満たなかったりする取り組みも見受けられました。
経済面では、中国への依存を下げることを目指していますが、輸出や対外投資に占める中国の比率はあまり変わっていません。一方、中国からアメリカへの輸出に高い関税が課され、中国に置いていた工場が台湾に戻ってきています。規模も大きく、台湾への回帰投資はこれまでに日本円で約3兆円に上っています。コロナ禍の影響もあり、方向性としては今後も続いていくでしょう。
(編集部)反対に、1期目で批判を浴びた政策にはどのようなものがあるのでしょうか?
(近藤先生)最も評判が悪かったのは、週休2日を法制化した労働法制改革ですね。一見国民受けが良さそうな改革案ですが、土曜に営業する企業は出勤手当の支払いが義務付けられ、負担が大きくなりました。
他にも、同性婚の合法化は若い世代からの支持は高いものの、地方の年配者や宗教団体などの間では反対が強く、社会を二分。反原発政策も賛否が分かれています。
こういった政策はリベラル政党である民進党の理念に沿ったものであり、まだ社会全体が受け入れるには至っていませんが、政権の支持率は高まりつつあり、今後はもっと進めやすくなるでしょう。
中国からの観光客
(編集部)蔡総統が就任してからの4年間で、中国と台湾の関係はどのように変わったのでしょうか?
(近藤先生)2008年~2016年の馬英九政権(国民党)では、WHOにオブザーバーとして参加していました。しかし、1期目の蔡政権成立後に中国側が「『一つの中国』の原則を受け入れないならWHOのオブザーバー参加は認めない」という立場を取り、現在に至ります。国民党政権時に頻繁に行われていた実質的な政府間交渉も、蔡政権に変わってからは無くなっています。
中国から台湾への観光客は年間最大約400万人でしたが、蔡政権スタート後に中国政府が団体旅行を制限し、2019年8月からは個人旅行も停止しました。2020年1月の選挙を見据え蔡政権に圧力をかけた形です。人の移動が大幅に減っていたことは、台湾が中国からの入境禁止措置を決断しやすかった要因でもあります。
今後の外交はどう変わる?
(編集部)コロナ禍を受けて、国際社会での台湾の立ち位置に変化はありますか?
(近藤先生)台湾にとっては追い風と言える状況です。中国と台湾が全く異なる検疫体制であることが分かったことで、世界に「中国と台湾は別」というイメージを与えました。しかも、中国が強権的な手法を取るのに対して、台湾は情報公開を徹底することで感染の封じ込めに成功し、民主社会の優等生と称賛されています。
また、一部で反中感情が高まっていることもあり、WHOに台湾を参加させよという声も挙がっています。台湾はマスクの生産規模を世界2位まで強化し、友好国や欧米日へ輸出する「マスク外交」を展開していますが、この状況は外交をより良いものにするための絶好のチャンスです。台湾が望んでいるTPPやRCEPといった広域自由貿易協定への加盟も視野に入れ、積極的に動いている状況でしょう。
トランプ政権の影響
(編集部)世界が変化する中で、中国と台湾の関係はどう変わってきているのでしょうか?
(近藤先生)今のところ変化はありません。中国側からは「疫病を利用した独立運動だ」という発言も聞かれ、蔡総統も5月20日に行った2期目の就任演説で、現状維持の方針は変えない姿勢を示しました。
中国と台湾の関係は、米中関係の影響を強く受けます。台湾の国際社会での後ろ盾としてアメリカは重要な存在ですが、トランプ政権は台湾を支援する法律を次々と作っています。このため11月に行われるアメリカの大統領選挙は台湾にとって最大の関心事です。しかし、トランプ大統領率いる共和党から民主党に政権交代が起きても、台湾への支援は大きくは変わらないでしょう。
かつては「中国が豊かになれば民主化に向かう」といった期待もありましたが、近年、中国への見方は厳しいものです。一方で、歴代の米政権は、発足直後は中国に強硬姿勢を取るものの、しばらくすると経済面を考慮して態度を軟化させることも多く、読みにくい状況です。ですが、2000年頃と比べると、中国への見方が厳しくなっているのは間違いないでしょう。
(編集部)先生は、蔡政権にどのような印象をお持ちですか?
(近藤先生)蔡政権はたくましくなってきましたね。初めて民進党が政権に就いた時、台湾で特派員として取材にあたっていましたが、その時は立法院(※)で国民党など野党が多数派を占めており、思うような政権運営はできませんでした。蔡政権では、1期目も2期目も民進党が立法院の多数派を占めていますので、かなりやりやすいのではないでしょうか。
(※)国会
経済の立て直し
(編集部)今後、台湾に求められる政策とはどのようなものなのでしょうか?
(近藤先生)今後はコロナの流行で大きなダメージを受けた経済面での立て直しを進めることが求められます。
台湾では世論調査が毎週のように行われるほど政権評価への関心が強く、蔡政権も1年半で支持率20%台~70%台までの急激な変化を経験しました。立て直しができなければ支持離れの可能性が高いでしょう。
1期目から、受託生産産業に代わる新産業の育成を模索してきたものの、具体的な成果はまだ見えず、2024年選挙で民進党が勝つためには、2期目で目に見える成果を出すことが必要です。
そして現在、蔡政権は中国への依存度を下げる方針を掲げています。世界的なマスク不足で各国が気づいたことでもありますが、依存は数字だけの話ではなく、サプライチェーンを中国だけに頼るのは高リスクだということです。
中国への依存をある程度解消できれば、蔡政権の方針の「対等な立場での対話」に向けて実務的な交流を続けていくことができるでしょう。短期間では難しいですが、これからの4年間で道筋をつけ、継続して取り組んでいくべき課題です。
まとめ
近藤先生が「たくましくなってきた」と評価した蔡政権。始まったばかりの2期目も、蔡総統率いる天才IT大臣や鉄人大臣たちの活躍に期待がかかります。コロナ対応で高まった国際社会の台湾支援の声を追い風に、台湾がこれからどのような道を進んでいくのか、今後も目が離せません。