対岸の火事ではない。今、日本が台湾情勢を注視すべき3つの理由

近藤 伸二

近藤 伸二 (こんどう しんじ) 追手門学院大学 経済学部 経済学科 教授専門:現代台湾論

対岸の火事ではない。今、日本が台湾情勢を注視すべき3つの理由
2021年6月に開催されたG7コーンウォール・サミットでのG7首脳(出典:getty

2020年の新型コロナウイルスへの初動対応で、感染症対策の優等生として注目された台湾。2021年もかつてないほど世界が台湾情勢に熱い視線を送っています。アメリカ・バイデン大統領就任を契機とした台湾優遇ともいえる外交展開。緊張感の高まる中国との関係。思わぬ感染拡大とワクチン不足に端を発した蔡英文政権に対する支持率の低下。ワクチン提供を通じた日本との関係強化など、台湾をめぐっては様々な国の思惑が交錯しています。今の台湾情勢を知ることは日本に住む私たちにとってどのような意味があるのか?2020年のコロナ対応記事に続き今回も台湾研究の専門家である、経済学部近藤伸二教授の解説です。

なぜ今「台湾」なのか?新たな局面を迎える台湾情勢に注目

なぜ今「台湾」なのか?新たな局面を迎える台湾情勢に注目
台北の街をマスク姿で行き交う人たち(出典:getty

冷え込む米中、存在感増す台湾

(編集部)2021年6月の先進7カ国首脳会議、G7において、「台湾海峡の平和と安定の重要性」が首脳宣言に明記されました。先進国による中国への牽制といえますが、台湾をめぐる現在の世界情勢はどのようになっているのでしょうか?

(近藤先生)新「冷戦」とも言える米中対立の中で、台湾の存在が非常にクローズアップされるようになってきました。米中の貿易対立が激化する一方、台湾優遇のスタンスを取り続けたトランプ前政権。もちろんアメリカと台湾には国交がないので、公式な関係ではありませんが、それに準ずるような関係を次々と構築していきました。バイデン政権になってこうした方針はリセットされるのではないかと予想されていたのですが、引き続き台湾との関係を強化している状況です。それに対抗するように中国は、戦闘機が台湾の防空識別圏に侵入したり、台湾海峡周辺で軍事演習を繰り返したりするなど、軍事的な威嚇も含め台湾への圧力を強めています。

日台友好は一日にして成らず。20年来の災害時の相互支援とワクチン提供

(編集部)2021年5月以降急増した台湾のコロナ感染者。ワクチン確保に出遅れた台湾に対し、日本が世界にさきがけてワクチンの提供を行ったことが大きく報道されました。日本と台湾の関係性は非常に良好に見えるのですが、日台の関係についてはいかがでしょうか?

(近藤先生)台湾は非常に親日的で日台は良好な関係を築いている、そんなイメージを持つ日本人が多いかと思います。例えば、大きな災害が起こるたびにお互いにエールを送りあっていますが、これは1999年に起きた台湾大地震の際、日本が真っ先に救援隊を送ったことが始まりです。それまでは中国に遠慮し非常に冷たい態度をとってきたのですが、その頃から日台関係が非常に良くなってきました。それ以降、災害や大変な事件・事故があった時にお互いに激励し合うという関係が続いています。このような20年ほどの積み重ねで、今の良好な関係があると言えるでしょう。

日本によるワクチン提供が大きなニュースになりましたが、台湾は感染者が非常に少なかったため、ワクチンの確保が遅れていたという背景があります。感染者が急増した2021年5月時点でのワクチンの接種率はわずか1%程度でした。そこで日本がワクチンを提供。台湾独自のワクチンの供給目処がたつ7月までアメリカとともに提供を続けました。台湾にとって一番苦しい時期にワクチン提供をしたことに対し、非常に感謝をされました。

このように台湾支援のムードが高まるというのは、単に感情的なものだけではなく、台湾の生き残り戦略という意味において重要です。蔡英文総統はそのことを非常に意識しています。人道的な支援も含め日本をはじめとした国際社会に、台湾に対して関心を持ってもらうようにすることが大きな柱となっています。

安全保障、経済関係、国際情勢。今の台湾を読み解く3つの論点

(編集部)日本と台湾は地理的にも近く、歴史的にも結びつきが深いです。さまざまな側面において台湾は重要な存在ですが、具体的にどのような視点で考えるとよいでしょうか?

(近藤先生)地理的に近いということは、万が一、軍事的衝突などの有事が起こった際は無関係ではいられません。大きく影響を受けるでしょう。まずは安全保障の視点が挙げられます。また旧植民地ということもあり歴史的な結びつきだけでなく、経済的にも深くつながっています。台湾は産業の米とも呼ばれる半導体の世界最大の製造拠点です。ハイテク分野を含め製造業が盛んな日本にとって欠かすことのできない貿易相手でもあります。2つ目はこの経済関係の視点があります。そして台湾そのものと台湾を取り巻く国際社会の動きを知る必要もあります。3つ目は国際情勢の視点ですね。以上3つの視点を論点に詳しく解説していきます。

他人事ではない、台湾有事と日本の安全保障

地対艦誘導弾の発射訓練の様子
地対艦誘導弾の発射訓練の様子
(出典:陸上自衛隊HPより引用https://www.mod.go.jp/gsdf/fan/photo/index.html

軍事的懸念が強まる台湾。どうなる、どうするニッポン。

(編集部)まず安全保障の視点ですが、仮に台湾で武力衝突が起これば、日本にはどのような影響があるのでしょうか。

(近藤先生)日本最西端の沖縄県の与那国島と台湾との距離はわずか100kmです。仮に台湾有事、中国が台湾に武力侵攻するということがあれば、沖縄にも大きな影響があるでしょう。中国が真っ先に攻撃するのは嘉手納基地や普天間基地など、沖縄の米軍基地だと言われていますから、日本が戦争そのものに巻き込まれるということにもなりかねません。台湾有事はまさに日本の安全保障であり、対岸の火事ではすまされない、ということです。

台湾の対岸に位置する中国の福建省、広東省の一部の基地には、台湾への武力侵攻に備え1200発のミサイルがすでに配備されているといわれており、ミサイル配備では中国が圧倒的に有利な状況にあるとみられます。それに対抗するためには、沖縄にある米軍基地にミサイルを配備し中国を牽制することが現実的な選択肢となっています。 日本としては、地上配備型迎撃ミサイルシステム、イージス・アショア配備を断念した状況で、相手の射程外から発射できる長距離巡航ミサイル、スタンドオフミサイルを増強する、または日本の軍事力そのものを増強するべきだという議論は、今後避けられなくなってくるのではないでしょうか。

台湾の将来と重なる?見過ごせない香港の今

(編集部)中国政府の香港行政への介入強化も話題になっていますが、安全保障の面からはどのように見ていますか?

(近藤先生)香港の場合、中国返還時に「一国二制度」により高度な自治を50年間保障すると国際社会に向けて約束をしたわけです。「言論の自由」や「民主的な選挙の自由」を認めるという約束が、今回の弾圧ともいえる介入によってわずか24年あまりで反故にされてしまいました。このような香港の前例を見ていると、仮に中国が一国二制度という形で台湾を取り込んだとして、どうなるでしょう。台湾の今の生活様式を保障すると約束はするものの、同じように反故にされるという可能性は高いと考える台湾の人たちも多くいます。「今日の香港は明日の台湾である」というわけです。交渉による関係改善が難しいだけに中国による武力行使という選択肢は当然残っているわけです。

この意味においても私たち日本にとって地理的な状況、周辺地域の情勢に気を配りながら安全保障について今一度考える時期に来ていると思います。

経済関係の視点から考える日本と台湾の関係性

経済関係の視点から考える日本と台湾の関係性
(出典:ShutterStock

「産業の米」、半導体生産の世界の中心地、台湾。日本との結びつきは?

(編集部)次に経済関係の視点です。産業の米と呼ばれる半導体は、携帯電話やパソコンなどの家電製品から自動車、インターネット・通信などの社会インフラにいたるまで現在社会に欠かすことができず、製造業大国の日本によっても重要なものです。台湾が世界最大の製造拠点とは驚きですが、貿易はもちろん私たち個人にも影響がある話ですね。

(近藤先生)半導体を媒介にして日本と台湾はお互いに補完し合う経済関係なんです。設計をしない受託生産に特化するファウンドリーのビジネスモデルを確立したTSMCという台湾の半導体メーカーの世界シェアは5割を超えており、世界一です。ハイテク産業中心の今、ただでさえ慢性的な不足が続く半導体・IT産業において非常に大きな存在感を示しています。

日本は半導体の材料となるウエハーや製造に必要な機械を台湾に輸出しています。半導体は装置産業のため製造機械が非常に重要で、その点については日本が非常に強いんです。日本は台湾で生産された半導体を輸入していますが、台湾にとっては日本からの部品や製造機械の供給がないと半導体が作れないわけで、お互いにとって非常に重要なビジネスパートナーなんですね。

台湾がここまでの半導体大国へと成長したのは、TSMCの創業者であるモリス・チャンが半導体設計と受託製造を切り離すファウンドリーを専業とする業態を確立したことが非常に大きいと言えます。半導体の設計はPCと優秀な頭脳・アイデアがあれば可能ですが、設備投資に巨額の費用がかかるため、製造工場を持つことができない企業が大半でした。それまでは受託製造専門の企業がなかったところに、TSMCが台頭してきたことにより、半導体産業は水平分業へとあり方を変えていったわけです。その点、日本は設計して製造して販売するという、垂直統合から抜け出すことができなかったため、半導体の製造分野ではシェアを伸ばすことができませんでした。

また、現在の最先端である5ナノ半導体の製造技術は圧倒的にTSMCが世界一ですが、回路微細化競争はいずれ限界が来ます。それ以降の高性能半導体の生産には、また新たな次世代技術が必要です。経済的な台湾との結びつきもそうですが、新しい技術の開発といった観点からも、日本と台湾は非常に深い結びつきがあり、共に進んでいくことに非常に意味があると言えるでしょう。

日本・台湾・中国、東アジア「経済三国志」。均衡を保つ経済バランス

(編集部)半導体分野以外での経済関係はどうでしょうか?

(近藤先生)半導体の例とも共通していますが、台湾のメイン産業の一つである液晶パネルの製造についても、原料となる特殊ガラスは日本が供給しています。

台湾で液晶パネルを作り、そのパネルを中国に輸出し、中国の工場で商品となるテレビやパソコンを製造する、という関係です。IT産業全体でいうと、基幹部品を提供する日本と台湾の貿易額は日本が圧倒的に黒字なんですね。台湾と中国では同じく部品を供給する台湾が黒字です。そして日本と中国の貿易額は、中国で組み立てられた家電などの製品を日本が輸入することから中国が黒字です。

個別に見るとバランスが悪そうですが、日本・台湾・中国で三角形を描いてみると、非常にバランスがとれているという興味深い関係性にあります。そういった意味でも、中国を含め、台湾と日本は経済的な結びつきが非常に深く、経済的均衡が保たれているという関係にあります。

台湾の内憂外患。ぶつかりあう中国と国際社会の思惑

台湾の内憂外患。ぶつかりあう中国と国際社会の思惑
(出典:蔡英文総統 台湾総統府公式サイトhttps://www.president.gov.tw/NEWS/26125

蔡英文政権が直面するコロナ感染拡大に伴う支持率低下という内憂

(編集部)最後に国際情勢の視点です。まず台湾そのものに目を向けると、新型コロナウイルスの感染拡大の影響もあり、蔡政権の支持率が低下しています。今、台湾はどのような状況でしょうか?

(近藤先生)民進党を与党する蔡英文政権は2020年に2期目をスタートさせました。当初は世界中でコロナ感染が問題となる中でも拡大の抑制に成功しました。感染対策に関する世論調査では、80%以上という高い支持率を得ていました。2期目ということもあって政権基盤も安定してきたように思えたのですが、それまで規制していたアメリカ産牛肉の輸入を2021年1月に解禁すると反発が強まり支持率が少し下がりました。それが5月半ば以降、1日に500人を超えるまで感染者が急増し、ワクチン確保もできてなかったことから30%台にまで支持率を下げる結果になりました。日本にも似ていますが、与野党ともに対して不信感があるという状況です。日本から見ると、感染防止の優等生で蔡政権への支持率は高いと思うかもしれませんが、若干状況は変わってきていると言えるでしょう。

(編集部)主要政策についてはいかがですか?

(近藤先生)中長期的な見方では中国への経済依存からの脱却です。蔡政権発足から5年が経ちましたが、貿易において中国への依存度は全く変わっていません。重要政策の一つ目に「対中依存度を減らす」目標を掲げているのですが、依存度を減らすどころか、逆に増えているような状況です。また、鴻海に代表されるような受託生産中心の製造モデルはいずれ限界に達するため、新しい産業を起こす必要があり、2016年に新しい産業構想を宣言したのですが、まだはっきりとした成果が現れていません。中長期的に見ると、経済・社会ともにどこを目指すのかが定まっておらず、2024年の総統選挙では、そういった点が問われるのではないでしょうか。

台湾へのアプローチを強める、習近平政権の思惑

(編集部)台湾の周辺では大国中国の動向から目が離せません。

(近藤先生)中国の憲法に「台湾は中華人民共和国の神聖な領土の一部であり、祖国統一の大義を成し遂げることが全中国人民の任務である」ということが明記されています。ですから誰がトップになろうとも、台湾統一というのはいわば国是であり、統一に向けて努力をしない政権・リーダーは支持されないでしょう。とはいえ、中国が台湾への武力侵攻の動きを見せれば、アメリカは台湾を防衛すると見られているため、今すぐ台湾を統一に向けた動きをすることは、中国の支払うコスト、経済面でもリスクが非常に大きいことから、現実的ではありません。歴代政権は、表面上は統一に向けた発言をしてきましたが、台湾が独立宣言などをするのではなく、現状が続く限り中国としては静観するというスタンスでした。

ところが習近平政権になり、少しその姿勢が変わりつつあるという印象を受けています。習近平国家主席自身が台湾に近い福建省での勤務が長かったため、歴代トップの中では一番の台湾通であるという個人的な背景に加え、歴代の最高指導者が成しえなかった台湾統一を実現することで更に権威を高めようとする思いが感じられます。もちろん今すぐ武力侵攻するという意味ではないですが、歴代政権と比較すると、台湾統一へのアプローチがかなり強いのはそうした思惑があるように思います。

「権威主義体制」か、「民主主義体制」か

(編集部)アメリカをはじめとする国際社会の動きはいがですか?

(近藤先生)中国は2001年にWTOに加盟したのですが、経済的、技術的にも中国を支援し、今の中国を作り出したのはアメリカです。中国が豊かになれば社会も市場も民主化に向かい、国際社会に対しても協力的になるだろうという期待があったのですが、それは全くの見当外れでした。結局はこのことが今日の米中新冷戦へとつながり、その象徴的出来事の一つが今の台湾情勢なのです。

今の台湾情勢は、単に東アジアの一つの出来事という位置付けではなく、国際情勢全体のあり方に関わることとして捉えられています。台湾の自由な民主主義体制を守っていくのが、世界の民主主義陣営の使命である、という考え方です。中国のような「権威主義体制」か、西側諸国を中心とした「民主主義体制」か。このような大きな体制間の枠組みの中心地に台湾があり、だからこそこれだけ台湾が注目されているのです。

日本が果たすべき役割とは?

(編集部)最後に今日の台湾情勢において、日本の立場はどのように考えますか?

(近藤先生)安全保障の面では、現実的にアメリカとの関係を強化しながら、中国に対応していくしかありません。ただ、経済も含めて日本と中国にはアメリカにはないつながりがあります。中国が台湾に圧力をかけたり、武力行使したりすることは、中国にとってプラスにならない、国際社会から更に警戒を強められるというデメリットが大きいことを、日本独自のルートで中国に伝えていく努力をし続けるべきでしょう。

アメリカや国際社会に任せきりにするのではなく、日中の今までの関係性の中で積み重ねてきたものがあるわけです。中国や台湾、そしてアジアにとってお互いにメリットのある関係をつくり出すことができるのかを中国に対し伝え続けて行くというのが、緊張が強まる台湾をめぐる情勢において、日本に課せられた役割の一つではないでしょうか。

まとめ

台湾情勢は、既存の世界の枠組みを左右しかねない重要な問題だという認識を強くしました。

安全保障や経済関係については地理的にも生活の面でも身近なだけにある程度イメージできましたが、グローバル視点においても民主主義国家の日本にとって正面から向き合わないといけない問題でした。おりしも新型コロナウイルス感染拡大に伴い、人の流れを抑制するための私権制限がしばしば話題に上がります。こうした議論においても国内事情や歴史的経緯はもちろんグローバル視点も含めて考える必要があるかもしれません。何より、日本は国内に閉じられた社会・市場のみで成り立っているわけではなく、国際社会とのつながりの中で今の政治、経済、暮らしがあります。台湾問題を日本との関係に引き付けて考えるだけでも、国際的な感覚を養うことに生きてくると思いました。

この記事をシェアする!

プロフィール

近藤 伸二

近藤 伸二 (こんどう しんじ) 追手門学院大学 経済学部 経済学科 教授専門:現代台湾論

1979年 神戸大学経済学部卒業
1979年~ 毎日新聞社で香港・台北支局長、大阪経済部長、論説副委員長などを歴任。
2014年~ 追手門学院大学経済学部経済学科教授
2017年~2021年 追手門学院大学オーストラリア・アジア研究所長を兼任
主な著書に『彭明敏 蒋介石と闘った台湾人』(白水社、2021年)、『米中台 現代三国志』(勉誠出版、2017年)、『アジア実力派企業のカリスマ創業者』(中公新書ラクレ、2012年)、『反中vs.親中の台湾』(光文社新書、2008年)など

研究略歴・著書・論文等詳しくはこちら

取材などのお問い合わせ先

追手門学院 広報課

電話:072-641-9590

メール:koho@otemon.ac.jp