プロ野球・北海道日本ハムファイターズの新本拠地として、北海道北広島市に2023年3月開業した新球場「エスコンフィールド北海道(ES CON FIELD HOKKAIDO)」。球場を核としたエリア「北海道ボールパークFビレッジ」では宿泊施設やレストラン、体験型アクティビティ施設、農業学習施設など地域パートナーと連携した開発が進み、スポーツ以外も楽しめる大型施設として期待が寄せられています。
今回は、スタジアムやアリーナ観戦におけるスポーツ消費者行動について研究を進めるとともに、マツダスタジアム(Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島)の設計や横浜DeNAベイスターズファーム施設基本構想、ZOZOマリンスタジアム観客席改修計画など数多くの大規模スポーツ施設の改革に携わってきた社会学部の上林功准教授に、エスコンフィールド北海道の魅力や可能性を聞きました。
INDEX
誰もが気軽に楽しめる。国が推し進めるスポーツ施策のポイント
共創をコンセプトにスポーツの価値を共有する
(編集部)2023年3月に注目の新球場・エスコンフィールド北海道が開業しました。メジャーリーグの球場を思わせる見た目が印象的ですが、上林先生が見るこのスタジアムの大きな特徴はどこにありますか。
(上林先生)注目しているのは、「ファンの喜び」や「新しい観戦スタイル」をコンセプトに臨場感のある球場づくりに努めている点、そしてスポーツ観戦にとどまらない「自由な楽しみ方ができる場」として、スタジアム、公園、エンタメ、レジャーなどの魅力が集まった一つの大きな街が整備されている点です。
東京2020オリンピック前後を通じて、スポーツ界に登場したキーワードとして「共創」があります。2022年3月にスポーツ庁が発表した『第3期スポーツ基本計画』でも、スポーツの価値を高める新たな視点として、スポーツを「つくる/はぐくむ」、スポーツで「あつまり、ともに、つながる」、スポーツに「誰もがアクセスできる」の3つが掲げられています。エスコンフィールド北海道では、スタジアムを中心にして、これらの要素を街全体で体現する「共同創造都市」をコンセプトに掲げています。
エスコンフィールド北海道は何が新しい? スタジアムを核とした街づくりの可能性
かつてない大規模な街づくり。官民連携が生んだスタジアム
(編集部)以前お伺いした「新時代のスポーツ観戦についての記事」でも、近年スタジアムが単体で完結せず、日常の延長線上につながる空間へとシフトしている流れを伺いました。
(上林先生)私が設計に携わったマツダスタジアム(Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島)では、寝そべりながら観戦をしたり、スタジアム内を移動して買い物をしたり、食事をとりながら観戦したり。多様な観戦スタイルが取り入れられました。また駅から球場まではなだらかなスロープで繋がり、街との連続性が保たれるなど、スポーツ観戦にとどまらない「ボールパーク」を目指していました。そうした観点で、エスコンフィールド北海道は、さらに規模を大きくした、まさに“街での暮らし”とスタジアムが一帯化した国内史上最大規模の施設であり、実験的な試みが詰まっています。
街づくりを意識した開発が新たな経済価値を生む
(編集部)街全体がスタジアムという考え方は面白いですし、球場ができる北広島市内へ経済波及効果も期待できますね。
(上林先生)2022年に公表された、スタジアムと経済行動の関係に関する海外の研究(※)で「プロスポーツのホーム拠点を作る行為は、本当にその地域に経済価値を生むのか?」というテーマについて、1970年以降にアメリカ各地の拠点となったスタジアムやアリーナを対象に経済効果の調査・分析を行った研究があります。 結果は、簡潔に表現すると「一見、新たな経済価値を生み出しているように見えるが、大体においてそうではない。スタジアムの存在は、実は経済行動の“移動”を促しているに過ぎない」ということが明らかにされています。
どこかで食べるはずだった食事、どこかで実行されるはずだった購買行動がスタジアム内、またはその周辺に移動しているだけだということを指摘しており、大変興味深い結果です。この研究結果に鑑みたとき、エスコンフィールド北海道はスタジアムだけでなく街全体をつくろうとしている点に注目できるかと思います。スタジアムを含む北海道ボールパークFビレッジにはホテル、レストランに加えてアスレチック、サウナ、ミュージアム、農業学習施設など多彩な体験型アクティビティが集まっている。スタジアムを含む街づくりで従来よりも広範囲な“街としての経済効果”をつくろうとしている。局所的な施設に経済効果を偏らせるのではなく全体最適を図っている点に新規性があります。
(編集部)上林先生が設計に携わったマツダスタジアム(Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島)も同じ方向性だったのではないでしょうか。
(上林先生)方向性は同じです。ただ、マツダスタジアムは街中の立地であることから新しい街づくりをするには限界があり、街の一角を作り込むことでスポーツビジネスの収益最大化を計るというコンセプトでした。 一方でエスコンフィールド北海道は、広大な土地で周りがほぼ自然に囲まれた環境。そして球場を核にしながら地域のパートナーたちが共同で開拓していこうとしています。今後どんどんエリアを拡大していける点にも大いなる可能性を感じます。
新たなステージを迎えた官民連携の共同創造プロジェクト
(編集部)エスコンフィールド北海道は官民連携においてもポイントがあるということですが、これまでと異なる仕組みがあるのでしょうか?
(上林先生)エスコンフィールド北海道を含む北海道ボールパークFビレッジは、民間企業側が行政に対し「官民でつくる共同創造都市」を提案したことがプロジェクトのスタートでした。 このこと自体が特筆すべき出来事でもあるのですが、さらに組織間の繋がりがDAO(自律分散型組織)の体制に近い点が興味深いです。DAO(自律分散型組織)とは、従来の中央集権的な組織ではなく、それぞれが意見を持ち判断する上下関係のない組織のこと。 これまで、特に行政所有の球場では、自治体が周辺の街づくりも含めてコントロールする傾向があったんですね。それが近年、風向きが変わってきた。 行政所有の広大な土地を舞台に、自治体と参加企業が同じ価値観をもってバランス良く繋がり、意欲的に事業展開しながら街をつくる。とても実験的なチャレンジであると注目しています。
敷地内の郵便ポストがビレッジのコンセプトカラーである黒色だったり、JR新駅の設置計画が進んでいたり。複数の公共サービスが展開されていることからも行政側の意気込みが伝わってきます。
(編集部)新しい官民連携の在り方が生まれているんですね。
(上林先生)スタジアム運営に限った話ではありませんが、これまで官民連携といえば「民間に任せすぎると公共性が損なわれる」。逆に、「行政の指揮が強すぎると制約が多くて面白みに欠ける」と偏った結果に収まる事案が多い印象でした。 それが時代の流れとともに官と民の間に信頼関係が構築され、連携方法もバージョンアップ。結果としておもしろい試みが徐々に生まれてきています。
ことスタジアムに関しては、各地の年代物のスタジアムに建て替え需要が出てくると、地元に根ざした企業などが「私たちが地域を盛り上げます」と名乗りを上げ、担い手として共に新球場を作るケースも増えてきています。
スタジアム中心の街づくりがもたらす地域活性化
(編集部)スポーツやスポーツチームの存在を核とした街づくりのメリットはどういったものですか?
(上林先生)スポーツが生み出す価値とは「社会価値」だと言われます。社会全体の人々に元気やにぎわいを与えるもの。そしてスポーツは、地域住民すべてが価値観を共有できる「シンボル」になり得る存在です。熱心なファンでなくても、スポーツチームの存在にポジティブなパワーを感じる人は多いでしょう。 先ほど紹介したスタジアムの調査研究においても、「スポーツチームの存在は地域のプライド、いわゆる社会的な価値に非常に大きな影響を及ぼしている」と分析されています。 スポーツの巻き込み力があってこそ、街づくりを通じて人が集まり、街全体の活性化に繋がる。それがスタジアム中心の街づくりのメリットではないでしょうか。
(編集部)となると、エスコンフィールド北海道の在り方は、社会価値を最大化していくための実効的な手段の一つと言えるのでしょうか。
(上林先生)その通りです。スタジアム建設が最終目的ではなく、あくまでも地域を盛り上げる手段ですね。エスコンフィールド北海道のケースでも、北海道日本ハムファイターズは市民や道民に対して「北広島市を起点にしつつ北海道全体を盛り上げていきます」とのスローガンを掲げています。 ファイターズのようにスポーツを軸にする組織が中心にいることで、人々の健康な暮らしやアクティビティ体験に貢献する開発がダイレクトに実践できる。多様な企業・行政が関わることで、スポーツ以外が目的の人も訪れたくなる街づくりが目指せる。これも新しい官民連携が成立しているからこそですね。
世界的潮流からみるスポーツと都市の新たな関係
街全体をスタジアムに! 国内で来年お目見えの新世代スタジアム
(編集部)新たなスタジアムのかたちとして、上林先生が注目する国内外の事例をいくつかご紹介ください。
(上林先生)国内の事例からご紹介しましょう。 まず、2024年に完成予定の「長崎スタジアムシティプロジェクト」(長崎県長崎市)です。ここは民間主導の官民連携で開発が進められていて、サッカースタジアムとアリーナを中心に、オフィス・商業施設・ホテルなどの施設が集まります。 設計のポイントは、都市の中にスタジアムがあるようなつくり。試合のない日でもスタジアム内で飲食やアクティビティを楽しめるよう計画されていて、誰にとっても身近な存在になろうとする意気込みを感じます。
もう一つが、同じく2024年完成予定の「広島新スタジアムパークプロジェクト」(広島県広島市)です。 特徴は、運営母体が地域のプロクラブ(サンフレッチェ広島)であるサッカー専用スタジアムと、行政(広島市)・民間企業が連携して行うパークPFI事業(※)、この2つを連携させた“一体整備”であること。パーク=公園がこのプロジェクトのキーになっていて、都心部のオアシス、ひいては地域コミュニティの核となる開かれたスタジアムパークとなるようです。
キーワードは「持続可能性」。世界に学ぶ新しいスタジアムのかたち
(編集部)続いて国外の事例をお願いします。
(上林先生)海外でも都市のスタジアムやスポーツ施設のおもしろい例がありますよ。
たとえば、2022年のカタール・ワールドカップ会場として建設された「スタジアム974」は、世界で初めての分解・移動・再構築可能なスタジアムとして話題を集めました。 大きな大会のために建設し、終わったら解体、輸送して次の地域で再建築する。より小規模なスタジアムに造り替えることも可能とされています。一度でもスタジアムができれば人々の営みが集まりますから、周辺エリアの資産価値を上げるという観点からも意義があると感じます。
2024年パリオリンピックの試みも斬新です。「コンパクト五輪」を謳っていて、パリ市内や郊外の名所を各競技会場として活用する点が大きな特徴です。 街全体が会場という発想で、たとえばセーヌ川は開会式の選手入場の会場として使用されるほか、水泳のオープンウォーターやトライアスロンがおこなわれます。コンコルド広場はBMXやスケートボードの競技会場に。パリ万博の会場として建設され美術館として名高い「グラン・パレ」もテコンドーの会場として使用され、木造仮設によって作られる「グラン・パレ・エフェメール」ではフェンシングがおこなわれます。施設の95%は既存、または仮設のものが利用され、大会終了後は仮設施設がなくなるそうです。
この2つの例をはじめ、世界の潮流を見ていると、スタジアムやスポーツ施設の建設においては「持続可能性」がキーワードになっています。
(編集部)移動させて使い続けられるスタジアムとは、まさに持続可能性の象徴ですね。一方で、パリ五輪では新しい施設をあえて造らないという点に、スタジアム974とはまた別の観点からの持続可能性が見えてきます。
今を生きる人だけでなく、後世の人がどう使うか?
(編集部)持続可能性というキーワードが出ましたが、これからのスタジアムはどうあるべきだと考えますか?
(上林先生)スタジアムって、器に過ぎないなんです。そこに人々が集い、関わり合いを造るからこそ新しい価値が生まれる。 そのことを今一度しっかり前提において、「アクティビティそのものを建築化する視点」が大切だと考えます。 腰を落ち着けて決められた観客席からスポーツ観戦する。そんな楽しみ方ももちろんあっていいのですが、コンコース内を親子で探検しながら試合を楽しんだり、広々とした空間でビールを味わいながらチームを応援したり、はたまたスポーツ以外の用途で気軽に立ち寄ったりと、新しい観戦の楽しみ方があります。 人々に親しまれる場所であってこそ、スタジアムは社会的価値をさらに共有・拡大できるでしょう。
(編集部)いろんな目的を持つ人が、いろんな用途で集まる場所ということですね。
(上林先生)そのためには一つ注意が必要で、はじめから時代やニーズの変化に対応できるような“余白”を残して計画・設計しておくこと。 完成度の高すぎる設計では後で融通が利かず、「こんなことにも活用できる」「こういう設備を足せばさらに良くなる」といったニーズに対応できません。 近年は、スタジアムも街も「多用な人たち、国内外の人たち、後世の人たちがどう使うか」を意識してつくることが大事だという考え方が主流になりつつあります。 施設自体はハードでも、ソフトな発想を持って考えることが重要です。
まとめ
2023年春開業したエスコンフィールド北海道。地域一丸となってスポーツを共有する意識をもち、官と民が同じ価値観をもって取り組む官民連携の共同創造プロジェクトであることが分かりました。また、国内外で進む新たなスタジアム構想では、地域の将来、後世の人々を見据えた開発にふれる中で「持続可能性」というキーワードが挙がりました。スポーツも都市も持続を意識した取り組みが大切なのですね。
スタジアムといえばスポーツ観戦やライブ観戦など特別なイベントの際にしか訪れないイメージでしたが、広く開かれた新世代のスタジアムなら気軽に足を運べそうです。変わりつつあるスタジアムに、これからも注目したいと思いました。
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