コロナが変えた観戦スタイル。東京オリンピックに向けたスポーツ観戦の新時代とは

上林 功

上林 功 (うえばやし いさお) 追手門学院大学 社会学部 社会学科 准教授 博士(スポーツ)専門:スポーツ科学、環境心理学、スポーツ環境

コロナが変えた観戦スタイル。東京オリンピックに向けたスポーツ観戦の新時代とは
上林先生が設計に携わった「マツダスタジアム」(写真:PIXTA)

新型コロナウイルス感染症の拡大は、日常生活に大きな影響を与え、人々の行動や意識に変化をもたらしました。ライブやスポーツ観戦など多人数が集まるイベントは、自粛や延期、無観客試合や限定的な開催を経て、徐々にwithコロナ時代に即した取り組みをスタートさせています。東京オリンピック・パラリンピックの開催を2021年夏に控えている今、新しい時代のスポーツ観戦のあり方とはどのようなものなのでしょうか?

今回は、マツダスタジアム(Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島)の設計に携わり、横浜DeNAベイスターズファーム施設基本構想、ZOZOマリンスタジアム観客席改修計画基本設計など、大規模スポーツ施設設計の専門家として数多くのスタジアム・アリーナの改革政策に携わってきたスポーツ科学が専門の社会学部の上林功先生がスタジアム観戦の視点から解説します。

スタジアムの役割と課題

スタジアムの役割と課題
テラス席や寝そべりシートで観戦ができる「マツダスタジアム」(写真:PIXTA)

「モノ」から「ヒト・コト」への転換

(編集部)スポーツ観戦やエンターテイメント、地域社会との連携など、スタジアムの持つ役割について教えてください。

(上林先生)これまでのスポーツマーケティングにおいては、いかにスタジアムという「箱」を多機能に、豪華にできるかという、スタジアムを単体として捉えた議論ばかりに着目されがちでした。この考え方では、スタジアムという施設単体で完結してしまうため、周辺地域とのつながりが非常に希薄であるといえます。しかし近年では、実際にどんなお客様がどんなシーンで、何を求めてスタジアムを訪れるのか、お客様にとって心地いいこととは何か、など「人」「シーン」に着目した議論がなされるようになってきました。そこから見えてきたことは、地域のコミュニティの核となる公園のような、日常の延長につながるスタジアムの必要性でした。

アメリカでは「ボールパーク」(※)と表現されるように、スポーツファンのみならず、地域住民や観光客など多様な人々が訪れ、コミュニティ形成に寄与できるスタジアムであることが、これからのスタジアム運営において重要になってくると考えています。

(※)スポーツ施設としての「スタジアム」に対し、スポーツ以外にもアミューズメントパークとして成り立つように考えられており、「スポーツ観戦を含めた娯楽を楽しむ場所」という意味合いで用いられる。

理想的なスタジアムのあり方とは?

(編集部)先生が設計に携わられ、スタジアム観戦の概念を変えたとも評価されている「マツダスタジアム(Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島)」の事例をもとに、理想的なスタジアムのあり方についてお聞かせください。

(上林先生)マツダスタジアムの設計の考え方は、スタジアムに「広島の縮図」を作ること。スタジアムという新しい何かを作るのではなく、赤ちゃんからお年寄りまで多世代が集うことができて、スポーツ観戦だけにとどまらない「ボールパーク」を目指しました。駅から球場まではなだらかなスロープでつながり、街との連続性が保たれています。スタジアムには客席をぐるりと回遊できる広いコンコースを設け、自由に移動ができる設計となっています。必ずしも観客席に座って観戦する必要はなく、お気に入りの場所を見つけてそこで過ごしたり、スタジアム内を移動して買い物をしたり、食事をとりながら観戦したり。多様な観戦スタイルを受け入れています。

また、小さな子どもや赤ちゃん連れだとなかなか球場に行きにくい、という意見が多くあったため、バックスクリーン裏のエリアの一部を「寝ソベリア」と名付け、人工芝と特製クッションを設置し、寝転がって試合を楽しめるようにしました。赤ちゃんがハイハイをしてもいいし、親子3人で川の字になってお昼寝をしてもいい。多様な人や観戦スタイルを受け入れ、誰もがそこに加わってその空間を楽しむことができる。そんな誰しもが自分の場所を持てるインクルーシブなスタジアムという考え方です。

スポーツ観戦だけにとどまらず、もっと多様な楽しみ方や一体感を共有できるという付加価値をつけることで、スタジアムは多くの人を巻き込み地域を盛り上げていく役割を担っていくでしょう。

スタジアムにおける新型コロナ感染防止対策

スタジアムにおける新型コロナ感染防止対策
横浜公園内に建つ「横浜スタジアム」で開催されたパブリックビューイングの様子 2013年8月(横浜DeNAベイスターズ公式HPよりhttps://www.baystars.co.jp/news)

「応援スタイルの変化」がキーワード

(編集部)新型コロナウイルスの影響によりこれまでのようなスタジアム観戦が難しくなるなか、実際にはどのような対策・対応を行っているのでしょうか。

(上林先生)新型コロナウイルス感染がクラスター化する特徴として、カラオケやライブハウスなど、いわゆる「飛沫」が飛び交う密閉した空間で広がっているという傾向があります。一方で、同じ密閉空間でも、映画館ではクラスター化したというニュースは聞きません。すなわち、人が多く集まる空間でも、飛沫を飛ばす機会が抑えられていれば、クラスター化はしにくいのではないか?という仮説が成り立ちます。

スタジアムにおいては、声を出す代わりに拍手で応援するなど、極力「声を出さない」という応援スタイルをある程度浸透させていく必要があります。「拍手」という応援カルチャーは世界的にも浸透しており、例えば全米オープンテニスのセンターコートでは、選手の集中力を切らさないために、観客は声を出しません。消毒やマスクの徹底、サーモカメラでの体温管理システムなど基本的な感染対策はもちろんですが、応援カルチャーと一体となった対策を行わなければ、スタジアムにおける新型コロナウイルス感染に対抗し得ないのではないのかと考えています。

「パブリックビューイング」が新型コロナウイルス感染症対策に?

(編集部)先日「満員復活実験」が横浜スタジアムで行われていましたが、これからのスポーツ観戦において感染対策につながる取り組みはありますか。

(上林先生)これはコロナ禍以前から行われてきた取り組みですが、横浜スタジアムの事例では、スタジアム周辺の広い都市公園にパブリックビューイングができるビアガーデンを作り、スタジアムからの音や熱気をライブで感じながら、自由に観戦を楽しむことができるスペースを設けています。このような環境は、withコロナ時代に考えるべき「観戦スタイルの多様化」と近しいものがあります。

スタジアムにおいて「密」を避けることができない原因は、固定の観客席があるからです。先ほど述べたマツダスタジアムには、広いコンコースがあるため密を避けることができるのですが、通常の国内スタジアムは、基本的にゲートを入ったら自分の席まで一直線。他には密を避けることができる空間が存在しないか、存在していても試合を見ることができない場所であることがほとんどです。「座って観戦をする」ということを前提に作られているのがスタジアムですが、様々な空間・スタイルで観戦できるパブリックビューイングやICTを組み合わせ、スポーツ観戦を多様化していくことが、新型コロナ感染症対策につながっていくのではないでしょうか。

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2021年東京オリンピックを目前に控え、これからのスポーツ観戦はどう変わるのか

2021年東京オリンピックを目前に控え、これからのスポーツ観戦はどう変わるのか
(写真:SHUTTER STOCK)

お茶の間とスタジアムを「応援」でつなげる

(編集部)2021年に開催が予定されている東京オリンピック・パラリンピック。ヨーロッパ諸国では再び緊急事態宣言が発令され、日本では第3波による感染者数の増加など予断を許さない状況です。バーチャルスタジアム構想などICTの活用が加速化すると考えられますが、スタジアムでのオリンピック観戦において、今までとはどのような点が大きく異なってくるのでしょうか。

(上林先生)コロナ禍を受けて、あらゆるスポーツのWEB配信やリモートマッチなど、様々な取り組みが行われてきました。その中で「無観客試合を定着させよう」という試みもありましたが、事実として、盛り上がりに欠ける結果となりました。様々な施策を行ってみてわかったこと、それは、人は単純にその試合の勝敗が見たいだけではなく、会場が一体となって盛り上がっている、その体験を得るために、スポーツを観戦しているということです。

2021年に開催が予定されている東京オリンピックについて「スタジアム観戦」という視点で考えた時、仮にそれまでにワクチンが開発されても、「大勢の人がいる場所に集まることを躊躇する」という心理が働くと思います。そこで、スタジアムに集まらなくても「賑わい」を作る仕組みを構築することが必要になります。

例えば、今年の高校野球では、母校からの応援をスピーカーで流す「リモート応援」という手法が取られました。このような取り組みは他にも様々考えられており、スマホをタップすると声援が送られる「リモートチアラー」やメガホンを家で鳴らすとスタジアムと連動するシステムなど、「お茶の間とスタジアムをつなげ、お茶の間にいながらスタジアムを盛り上げる」ことを試験的に行っています。

街全体をスタジアムに

(編集部)コロナ禍を受け、スタジアムにおけるスポーツ観戦、またスタジアム運営は今後どのように変化していくとお考えでしょうか。

(上林先生)このコロナ禍によって、来年の東京オリンピックの開催がネガティブに捉えられることもありますが、オリンピックの試合を「スタジアムで観戦する」だけでなく「街全体をスタジアムにし、街全体で観戦する」という発想の転換を行えば、スタジアムの熱気を街中に伝え、地域全体が一体となって盛り上がる、そんな今までにないオリンピックを開催できるチャンスではないかと思います。

今後のスポーツ観戦において重要なキーワードとなるのは「地域との連携」。スタジアムを中心に、熱気や賑わいを街中へと広げていくことで、今まで密集化していたポイントを分散化させつつ、地域全体に波及効果をもたらすことも可能になります。ダイバーシティやインクルーシブを社会に実装するために、スポーツは身近で扱いやすいコンテンツです。様々なものが変容していくこの時代だからこそ、活かせる手段をみんなで知恵を絞って考えていく。そうすることで、「スタジアム」だけにとどまらない、開かれた都市社会やコミュニティの形成につながると考えています。

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まとめ

地域コミュニティの核となり、街全体がスタジアム化し、もっと身近にスポーツ観戦を楽しむ。スタジアムを中心として、賑わいや活性化を地域にもたらす、新しいスタジアムの可能性を感じることができました。このコロナ禍においては、様々な場面で「ニューノーマル」に対応していくことが求められますが、応援カルチャーの変容や観戦スタイルの多様化など、変化をポジティブに捉え、新しい楽しみ方を見つけ出していくことも、スポーツの持つ力なのではないでしょうか。

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プロフィール

上林 功

上林 功 (うえばやし いさお) 追手門学院大学 社会学部 社会学科 准教授 博士(スポーツ)専門:スポーツ科学、環境心理学、スポーツ環境

建築設計事務所にて尼崎スポーツの森、広島市民球場(Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島)などスポーツ施設を担当、スポーツ施設に関するコンサルティングを行う。主な実績として西武プリンスドーム(当時)観客席改修計画基本構想(2016)、横浜DeNAベイスターズファーム施設基本構想(2017)、ZOZOマリンスタジアム観客席改修計画基本設計など。「スポーツ消費者行動とスタジアム観客席の構造」「スポーツファシリティマネジメント」など実践に活用できる研究と建築設計の両輪によるアプローチを行う。

2017年 早稲田大学スポーツ科学研究科 スポーツ科学専攻 博士課程修了 博士(スポーツ科学)
2018年~ 追手門学院大学社会学部社会学科 准教授

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