転機はオリンピックのユニフォーム!?オシャレだけじゃない、スポーツウェアの進化の先

上林 功

上林 功 (うえばやし いさお) 追手門学院大学 社会学部 社会学科 准教授 博士(スポーツ)専門:スポーツマーケティング論、スポーツ都市文化論

転機はオリンピックのユニフォーム!?オシャレだけじゃない、スポーツウェアの進化の先
アシックスが提供する競技用オフィシャルウェア (アシックス プレスリリースより)

スポーツをする人にとって欠かせないスポーツウェア。観る人にとっても、選手が活躍する姿を思い起こせば自然とウェアが思い浮かぶのではないでしょうか。またファッション性の高いスポーツシューズは男女問わず通勤・通学アイテムとして広く普及し、スポーツに興味がない人でもなじみ深いものとなっています。昔は競技用ウェアだったジャージも、今や日常にとけ込んでいます。

もはやスポーツウェアは誰にとっても身近な存在ですが、発展を遂げた背景には何があったのでしょうか。そしてこの先、どこに向かっていくのでしょうか? 実は2021年11月26日付の毎日新聞東京朝刊で「スポーツ×α:ウェア、ファッション革命 デザイン性重視、好循環」という記事が掲載され、スポーツウェアを語る上でオリンピックが一つのキーワードとなっていました。

今回は、毎日新聞の記事にコメントを寄せたスポーツ科学・スポーツマーケティングが専門の社会学部の上林功先生に、オリンピックとかかわりの深いスポーツウェアの歴史と未来を聞きました。

オリンピックの歴史からスポーツウェアの進化を紐解く

スポーツウェアの進化×オリンピックの歴史を紐解く
出典:ゴールドウイン公式HP「ゴールドウインの歩み(1964年 日本代表ユニフォーム)」

ファッション性と機能性、それぞれの進化

(編集部)近年のスポーツウェアは機能性が高いだけでなく、ファッション性の高いものが多くあります。東京2020オリンピックでも選手のユニフォームに注目が集まりましたね。

(上林先生)現代ではスポーティなタウンファッションも当たり前にありますが、これまでスポーツウェアが進化してきた歴史には、機能性とファッション性、2つの側面が絡みあってきたという背景があります。

まず機能面でいえば、オリンピックは世界中の人が注目するスポーツの祭典。各スポーツウェアメーカーが最先端の機能・技術を搭載し、披露する格好の機会といえます。 たとえば、自動車メーカーのホンダがF1に参戦し、トップクラスの技術でエンジンを開発する。そしてそこで生まれた技術が一般市場向けに改良されて社会実装されていく、という流れがあります。

スポーツウェアも同じで、オリンピックに向けて開発されてきた高機能な衣料が、より動きやすく快適なファッションとして人々の社会生活に浸透してきた。そういった一面があると言えるでしょう。

日本代表選手団の体操着がもたらした変革

(編集部)日本におけるスポーツウェアの進化で、オリンピックが転機になった象徴的なエピソードはありますか?

(上林先生)はい。1964年の東京オリンピックで、日本代表の体操チームの競技用ユニフォームが大きな注目を集めました。

それまでの大会では、どの国の選手も各自が選んだ動きやすい服装で出場していました。しかしチーム共通の快適なユニフォームを作りたい、ということで、日本の体操チームがウェア制作を依頼したのが、富山県のゴールドウインという企業。現在はスポーツアパレルメーカーとして有名なゴールドウインですが、当時は肌着メーカーでした。体操チームは肌着ならではの肌との接触感や吸汗機能、伸縮性に着目したんですね。これを契機に、選手の間でパフォーマンスを重視した機能性ユニフォームへのニーズが高まりました。

シューズは別として、当時から一貫してオリンピック選手団にスポーツウェアを提供しているメーカーといえば、世界的に見てもゴールドウインくらいです。同社は現在では主に冬季五輪のウェアに注力していて、機能性と防寒性を両立した先進的なウェアを生み出し続けています。

ゴールドウィン公式HP: https://www.goldwin.co.jp/

ファッションとしての進化の背景には、注目度の高まり

(編集部)ファッション性についてはどうでしょうか。

(上林先生)競技用ユニフォームとしては機能面の進化が重要ですが、今やスポーツウェアといえば洗練されたデザインも欠かせなくなっています。それは、マーケティングの観点から付加価値としてのファッション性のニーズが出てきたからなんです。

(編集部)昔から機能性とファッション性が両立されていたわけではない、ということでしょうか。

(上林先生)そうですね。オリンピックに絡めてお話しすると、日本に限らず人々の観戦に熱が入り出したのが、ちょうど1964年の東京オリンピックの頃です。というのも、それまで衛星生中継の技術がありませんでした。それがリアルタイムでオリンピックを視聴できるようになり、世界中の人々が同じ時間に、同じ熱狂を共有できるようになったわけです。オリンピックへの注目度が一気に加速しました。

スポーツ界のヒーロー・ヒロインが誕生し、オリンピック自体にイベントとしての価値が高まったことで、選手が着用するスポーツウェアにマーケティングツールとしてのニーズが出てきたんですね。

身近な存在となるスポーツウェア。大衆化した時代背景とは

デザイン性の進化に絡む、さまざまな時代背景
出典:ナイキ公式HP「ジョーダン シューズ」

オリンピック熱と相乗して加速するスポーツウェアの大衆化

(編集部)ということは、スポーツウェアのトレンドはオリンピックが契機になっているということですか?

(上林先生)スポーツウェアに時代を象徴するデザインが反映されているのは確かですが、トレンドについては少し複雑な背景があります。

 そもそも、ファッションの歴史はヨーロッパの貴族社会の流れをくむオートクチュールとそれらを担った服飾デザイナーから始まります。それが歴史的に寸断されたのが第二次世界大戦です。ヨーロッパ戦線が拡大する中、欧州発のファッションの輸出が途絶えました。このとき台頭したのがアメリカのデザイナー達です。彼ら、彼女らは、お国柄を反映してより合理的で、動きやすさを重視したデザインを展開しました。中でも有名なデザイナーが、クレア・マッカーデル(Claire McCardell, 1905年-1958年)です。 スポーティという概念をファッションに反映した元祖といわれていて、たとえばレオタードスタイルも彼女の発信で世間に浸透しました。

第二次世界大戦後、一時はヨーロッパのファッションが再び世界を席巻したのですが……1960年代に入り、アメリカのファッションスタイルの世界的リバイバルが起きます。この時のキーワードがUseful(使いやすさ)、Cleanness(清潔さ)、そしてSporty(動きやすさ)です。

この流行が、先ほどお話ししたオリンピック熱の加速と重なるんですね。人々がスポーツに注目する。必然的に選手が着用するウェアにも注目が集まる。そして当時、すでに世はプレタポルテ(既製服)時代でした。 スポーツウェアにしか使われなかったような素材、デザインが、日常のカジュアルウェアとして取り入れられ、広まるにはうってつけの条件が重なっていたといえます。

一つ例を挙げると、ジャージウェアが一般に普及しだしたのが1965年頃です。今では一般的な素材ですが、当時はその動きやすさが注目され、最先端のスポーツウェアだったんですよ。

メーカーの差別化戦略から世界的トレンドに

(編集部)なるほど。いまスポーツ選手が着ている最先端のウェアも、いずれ大衆化するかもしれないということですね。

(上林先生)そうですね。近年ではスポーツウェアを普段着としてとりいれたアスレジャーなども話題になりました。もう一つ、スポーツウェアの普及への重要な要素として、オリンピックの繁栄とともにプロスポーツビジネスが各国で盛り上がり始めたこともお話ししておきましょう。

スポーツアパレルメーカーは、機能性とデザイン性の進化を競い合う中、一般消費者への販売のために新たな付加価値を追求し始めました。その手法の一例が、特定のアスリートとのコラボレーションモデルを販売することです。有名どころでいえば、ナイキとNBA界のスター選手マイケル・ジョーダンがコラボレーションしたスニーカー「エア ジョーダン」です。

プロの競技用に限られていたプロダクトに、世界的トレンドやマーケティング戦略が加わり、カジュアルウェア・スポーティファッションとして一般に普及した。こういった流れがあります。

アスレジャーとは、「アスレチック(athletic)」と「レジャー(leisure)」を組み合わせた造語。スポーツウェアを普段着に取り入れたスタイルを指す。

差別化から多様化の時代。オリンピックの式典衣装にも注目

JOC公式HP「東京オリンピック1964 > 東京オリンピックが残したもの
出典:JOC公式HP「(東京オリンピック1964 > 東京オリンピックが残したもの(1)」より

画期的だった東京オリンピックでの日本のデザイン

(編集部)オリンピックでの選手のユニフォームといえば、各国の選手団が式典で着用する公式ユニフォームにも注目が集まります。

(上林先生)式典衣装はスポーツウェアとしての機能性こそ追求されていませんが、スポーツシーンとファッションが融合するアイテムとして、時代を象徴する向きがあります。話が少し遡りますが、今に続く聖火の導入などの作り込まれたセレモニーが行われるようになったのは、1928年アムステルダムオリンピックの頃からです。開会式での入場行進が定着したのもこの大会からです。各国の選手が正装して参加する流れが形成されました。

長い歴史の中で画期的だったのが、1964年の東京オリンピックでの日本代表選手団の式典衣装ではないでしょうか。男女ともに赤いブレザー×白いスラックスという日の丸をイメージさせる衣装で、色彩やファッション性を取り入れた衣装が当時は大きな話題を呼びました。その後も各国の代表選手団の式典衣装はデザイン性が重視されるものが導入されます。

近年では、民族衣装を着る方にリージョナリズムを感じることもありますし、2020東京オリンピックではイタリア選手団の衣装が国旗色である緑・白・赤の色を日の丸のような形に配置したデザインで、開催国への敬意を感じました。時代の変化とともに、さまざまな国がそれぞれの考え方を表現する場になりつつあるのかな、という印象です。

進むスポーツウェアの個別最適化

(編集部)まさに今、時代は“差別化から多様化へ”と変化していると思います。スポーツウェアの世界では、オートクチュールから既製品へと生産のあり方が変わっていったと伺いましたが、ふたたび一人ひとりにあわせてオーダーメイドするような傾向が進むことはあり得ますか?

(上林先生)Nikeなどは厚底スニーカーなどトップアスリート仕様でありながら市販品を提供していたりしますが、技術が進むことでより便利に進化することは充分あり得ると思います。その昔、シューズはヒモや金具のない、今でいうところのスリッポンの形をしていました。それが大量生産されるに従い、ヒモで各自がフィット感を調節できるように進化した。さらに空気でフィッティング具合を調節できるリーボックの「インスタポンプフューリー」シリーズや、ダイヤルを回すだけで調節できる機能など多彩です。これがもっと発展すれば、履くだけで自分の足に合ったサイズ感に調節できるような靴が当たり前になるかもしれない。まるで映画「バック・トゥ・ザ・フューチャーⅡ」で主人公が履いていた靴のようですね。

また、先ほどお話ししたスポーツアパレルメーカーのゴールドウインは、パラリンピックの冬季競技用ウェアにも力を入れていて、選手それぞれの身体状態に合わせたウェア設計に定評があります。

一人ひとりの体型やパーツに合わせる技術が一般に普及するのはまだ少し先でしょうが、技術が進化した今、再びオーダーメイドの時代……しかもさらに進化した時代が訪れることもあるかもしれませんね。

IT技術がもたらすスポーツウェアの革新

IT技術がスポーツウェアにもたらす革新
出典:ミツフジ公式HP「銀めっき導電性繊維AGposs®」

着るIoTがすでに始まっている

(編集部)今後スポーツウェアはどう進化していくのでしょう。注目しているトピックはありますか。

(上林先生)日本発の進化として注目しているのが「ウェアのIoT化」です。 今、Apple Watchに代表されるウェアラブル端末が普及してきていますよね。腕時計型だと脈拍や活動量を測ってくれたり、メガネ型だとまばたきの数やタイミングで疲労や集中力を計測したり。それを“服そのもの”で実現する技術が生まれています。

開発したのは、京都の西陣織の老舗メーカーであるミツフジという企業。伝統技術の専門性を生かして、ナイロンやポリエステルに銀メッキを施した導電性繊維「AGposs®」を開発し、衣類にしたんです。これによって、ウェア自体で脈拍や体温などのバイタルデータの取得が可能になった。ウェアラブル端末ならぬ、ウェアラブルIoTですね。現在このウェアラブルIoTは、スポーツシーンのみならず建設現場や介護施設で実証実験が進んでいます。

スポーツシーンでの実用化が進めば、競技中の選手の体調監視ツールとして活躍するでしょうし、一般に普及すればビッグデータを元に体調不良を予測し、個別に健康サポートができる……といったことも可能になります。

ミツフジ公式HP: https://www.mitsufuji.co.jp/

(編集部)IoT技術はそこまで進化しているんですね。

(上林先生)実は服に先んじて、シューズではそういったウェアラブル商品が市場に出ています。アシックスの「エボライド オルフェ」というランニングシューズで、アウトソールにセンシング機能が組み込まれており、着地パターンや接地時間など走り方をデータ化して、アプリ上でフォームを評価、コーチングしてくれるんです。

こちらもこの技術がもっと一般化すれば、ビッグデータを元に歩行時の足運びを評価して、外反母趾を防ぐとかおすすめのインナーソールが提案されるとか、そういったことも可能になると思います。

スポーツウェアのサスティナブルな進化も

(編集部)便利だったり着心地が良かったりするだけでなく、健康管理までできるとはすごいです。

(上林先生)私は、テクノロジーとは手段に過ぎないと考えます。実際には「そのテクノロジーを生かす先の目的」があるはずなんですよね。健康に役立つこともその一例ですが、他にもダイバーシティ&インクルージョンの実現、サスティナビリティ社会への貢献もそうです。

そんな中、ユニークな取り組みで注目しているのがアディダスです。靴、特にスポーツシューズって、通常は化石燃料から加工して作られたプラスチックが多く使われています。アディダスは環境課題への取り組みに積極的で、環境保護団体とプロジェクトを組み、自然環境破壊の一因といわれている海洋プラスチック廃棄物をリユースし、プロダクトとして販売を始めています。

大量生産、大量消費が社会課題となっている今、企業も解決の一助となる動きが求められていますね。

2022年北京オリンピックにおけるスポーツウェアの見どころは?

(編集部)2022年冬には北京五輪が開催されますが、スポーツウェアでの注目ポイントがあれば教えてください。

(上林先生)あくまで私の考えですが、IoT技術を発展させた新しいウェアが登場するのではと期待しています。今後、触覚伝送技術が進んだことで次世代の観戦スタイルが出てくると考えています。バスケットボールのBリーグでは、2018年に熊本県で開催されたオールスター戦において、遠隔地にいながらスタジアムにいるかのような臨場感が味わえるパブリック・ビューイングが開催されました。最先端テクノロジーと5G通信を駆使して、映像、音、光はもちろん、試合会場の「振動」までを再現することが可能となっています。「ウェアのIoT」などの登場で、こういった流れが加速するのではないでしょうか。

また別の観点では、オリンピック競技は、すごく過酷な環境でプレーをしています。特に冬季五輪種目のスキーやスノーボードは、雪の中で寒い・摩擦がないという非日常かつ危険を伴う環境です。その観点からユニフォームを見たときに大切なのが、選手のパフォーマンスを上げる機能性に加え、ケガをしないための防護服としての役割です。防護するためにはクッション性を高めれば良いのですが、厚みが出ると競技用ウェアとしてふさわしくない。そのバランスが追及され、素材自体もますます進化していると思います。

 

まとめ

オリンピックにおけるスポーツウェアとは、極限の環境であるからこそ新しい技術を試す価値がある。コンマ何秒という世界で競い合う選手達に寄与する機能が社会実装されれば、私たちの日常着は想像もつかないほど快適なものになるのでしょう。そしてスポーツシーンが注目を集める場だからこそ、時代とともにスポーツウェアのファッション性も進化してきたということですね。 競技の場で必要とされる機能性の進化と、マーケティング戦略からのファッション性の進化が、今のかっこいいスポーツウェア文化をつくっている。大変興味深いお話が聞けました。これからオリンピック観戦やスポーツ観戦をする際には、ぜひスポーツウェアの進化にも注目したいと興味の幅が広がりました。

上林功准教授のほかの記事|コロナが変えた観戦スタイル。東京オリンピックに向けたスポーツ観戦の新時代とは https://newsmedia.otemon.ac.jp/1266/

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プロフィール

上林 功

上林 功 (うえばやし いさお) 追手門学院大学 社会学部 社会学科 准教授 博士(スポーツ)専門:スポーツマーケティング論、スポーツ都市文化論

建築設計事務所にて尼崎スポーツの森、広島市民球場(Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島)などスポーツ施設を担当、スポーツ施設に関するコンサルティングを行う。主な実績として西武プリンスドーム(当時)観客席改修計画基本構想(2016)、横浜DeNAベイスターズファーム施設基本構想(2017)、ZOZOマリンスタジアム観客席改修計画基本設計など。「スポーツ消費者行動とスタジアム観客席の構造」「スポーツファシリティマネジメント」など実践に活用できる研究と建築設計の両輪によるアプローチを行う。
2017年 早稲田大学スポーツ科学研究科 スポーツ科学専攻 博士課程修了 博士(スポーツ科学)
2018年~ 追手門学院大学社会学部社会学科 准教授

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