地方金融業界では今、「事業性評価」が注目されています。第2次安倍改造内閣発足後の2014年からスタートした「地方創生」。東京一極集中を是正し、各地域がそれぞれの特徴を活かした持続的で自律的な社会を創生することを目指し、官民挙げて様々な政策が実施されています。地方創生に欠かせないのが、地方経済の主役である地元の中小企業とそれを支える地方銀行や信用金庫などの地域金融機関です。
地方で加速度的に進む少子高齢化と人口減少に伴い地域経済の衰退は否めず、地方創生の取組が地域金融機関に求められます。そこで近年地域金融機関に求められる取組として企業の将来性を評価する「事業性評価」に基づく融資を介した中小企業の育成・支援が必要とされています。おりしも政府も2019年に債権の償却・引当の基準を定めた「金融検査マニュアル」を廃止し、金融機関の自主的な融資を促す方向へと転換しました。
地方創生の名のもと、地方経済浮上の切り札として期待される「事業性評価」は今どのような状況にあるのか。どのような課題と可能性があるのか。事業性評価研究の第一人者として金融機関を対象に講演活動や研修を精力的に行っている水野浩児経営学部長・教授に、その最前線を聞きました。
INDEX
中小企業と地方金融機関の現状
コロナ禍で厳しい環境にある中小企業
(編集部)経済のグローバル化に伴う産業構造の変化や少子高齢化による担い手不足といった要因に加え、コロナ禍が地方経済を直撃しています。地方経済を支えている中小企業は今、厳しい局面を迎えていると思われますが、現状はどうなっていますか。
(水野先生)現状を維持するのに精いっぱいというところだと思います。2020年5月から取り扱いが始まった通称ゼロゼロ融資(実質無担保・無利子融資)という事実上の政府支援によって、各金融機関から大量に資金供給がなされました。全体としては、これによっていったん資金繰りに目処がつき倒産は防げています。しかし肝心の利益は出ておらず、BS(貸借対照表)は整っても成長へとつながるPL(損益計算書)は低調というのが現状です。企業も借り入れをしたからには返済していく必要がありますので、今後は本業を通じてPLを改善させていくことが課題となります。
中小企業支援のために地域金融機関に求められる役割
(編集部)今後、中小企業支援の要である地方銀行や信用金庫に求められる役割も大きくなると思います。どのような役割が期待されていると考えていますか?
(水野先生)本業支援の実施が求められており、それを指導できるコンサルティング機能の発揮が期待されています。その核心部分が「事業性評価」と言えるでしょう。金融検査マニュアルが廃止された令和の時代は、金融機関が本来的な役割を果たすうえで「本番」と言えるとき。中小企業を一層支援すべきコロナ禍の今は、事業性評価にとっても本番のスタートです。地域金融機関は「融資=担保」という旧来の考えを改めると同時に、事業性評価に関するノウハウを磨いていく必要があります。スキル面が成熟していない点に懸念があります。
今なぜ「事業性評価」なのか?
事業性評価とは?
(編集部)事業性評価とは、教科書的にまとめると「担保・保証に必要以上に依存することなく、借り手企業の事業の内容や成長可能性などを適切に評価すること」だと思いますが、改めて事業性評価とは何でしょうか。
(水野先生)端的に言えば「企業の将来性の評価」です。企業の将来性をみて、金融機関と取引先企業が一体となって本業支援につながるようなお付き合いをしていく取り組みとも言えます。重要なポイントがあって、債務者(企業)の協力なくして債権は実現できないということです。債務者と債権者(金融機関)はあくまで対等の関係にあり、同じ目標に向かって走る仲間。融資というよりも、仲間になる、腹をくくるというのが金融機関に求められる認識と言ってよいでしょう。その関係を基盤に信頼関係を築いていくことが事業性評価の出発点です。貸す側と借りる側を上下関係と誤解してしまうと、その時点ですべてがおかしくなります。
事業性評価が導入された背景
(編集部)金融検査マニュアルが廃止され、事業性評価による融資が推進されている背景は何でしょうか。なぜ事業性評価が必要とされているのでしょうか。
(水野先生)金融機関が本来的な役割に立ち返るためです。銀行業の歴史を概観すると、戦前から昭和の後半までは融対物件、つまり担保のあるところにしか貸し出しませんでした。それには地価の上昇という前提があったわけです。また、情実融資という属人的な融資もまかり通っていました。担保価値に見合ったお金を貸すという経営モデルのもと、預金さえ集めれば銀行は安泰だったのですが、この時代までの金融機関は本来の銀行業務を果たしていたとは言えないでしょう。そして昭和から平成に移行したとき、バブル崩壊が起きます。そこで銀行を潰さないために金融検査マニュアルをつくり、金融の安定化を図ってきたというわけです。
金融検査マニュアルは引当などの判断基準を細かく規定していましたので、赤字企業への融資には多額の引当金を積む必要があり、臨機応変な対応ができませんでした。結局、担保や財務情報ばかり目を奪われるようになり、対話を通じて中小企業を支援・育成するという銀行の本来的な機能が弱まるという副作用が生じていたのです。
事業性評価のような仕組みの必要性については、以前から議論があって、平成の中頃には地域金融機関がめざすべき経営モデルとして「リレーションシップバンキング(リレバン)」の機能強化が掲げられました。金融機関が企業との信頼関係を構築して、コンサルティング機能を発揮する、「事業性評価」の促進をめざしたのですが、一方で金融検査マニュアルが存在したこともあり、うまくいきませんでした。その後地方創生の流れもあって2019年12月に検査マニュアルが廃止されました。この意図するところは、これから金融機関は“真のリレバン”を進めなさいということなのです。
事業性評価の実践に向けて、金融機関の課題は何か
(編集部)事業性評価は新たな発想ではなく、地域金融機関が本来取り組むべき理念につながるものだと思いますが、事業性評価には「企業と金融機関との信頼性の構築が大事」とのことですが。
(水野先生)専門的なスキルの問題だと思われがちですが、実はコミュニケーションなんです。事業性評価は、「情報の非対称性の解消」と言い換えることができます。債権者である金融機関と債務者である企業。両者の情報をしっかり一致させることが極めて重要であり、そのためのヒアリング能力、コミュニケーション能力の向上が今、金融機関における最大の課題です。なぜコミュニケーションがうまく図れないのか。信頼関係が築けていないからです。事業性評価に基づく融資のキーワードは心理的安全性です。長期借り入れを延長したり、無理のない返済計画で支えたりするなど、企業に寄り添う姿勢が重要であり、その前提が相互の信頼です。
一方、企業側にも問題はあって、銀行にだけは本音を話さないと構える経営者もいます。しかしそれも、金融機関がこれまでに信頼されない行動を取ってきたことが招いた結果なのですから、金融機関側の主体的な行動変容は不可欠だと考えています。
若手行員への向き合い方など、企業体質の改善も必須
(編集部)金融機関の行動変容とは、例えばどのようなことでしょうか。
(水野先生)地域金融機関同士が不毛な競争をして、結果的に企業の信頼を損ねるということがあります。私は「競争から協調へ」と訴え続けていますが、競争はしちゃダメなんです。金融行政サイドも、地域金融機関は本来の理念に基づいて行動するようにメッセージを出しています。理念とは“地域を支える”ことにほかなりません。このことが現場レベルにまで浸透していけば、行動も変わっていくはずです。
もう一つ、マストなのが企業体質の改善。残念ながら、銀行には今もなお若手行員の行動を否定からみる企業風土が残っています。事業性評価の主な担い手は若手行員です。否定から入る旧態依然とした管理職のもとで成功することはあり得ません。管理職は若手の声にしっかりと耳を傾け、最後には「応援しているぞ」などの言葉を添えてほしいと思っています。
企業側の意識改革も必要
(編集部)情報の非対称性の解消には、企業側にも金融機関とのコミュニケーションを盛んにしていく意識が必要になると思います。企業の行動にも何らかの指針があるのでしょうか。
(水野先生)その点は経済産業省が力を注いでいて、まさに中小企業の意識を変えようとしています。具体的に推進しているのが、「ローカルベンチマーク(ロカベン)」といういわば企業の健康診断シートです。ロカベンは企業側と銀行側の共通言語をつくるうえで有効です。情報の非対称性を解消するための重要なツールとなることが見込まれており、実際に浸透率も上がってきています。この状況をより広めるべく、中小企業庁が「ローカルベンチマークガイドブック/企業編・支援機関編」を作成し、私も研究者の立場から編集メンバーを務めました。
ロカベンは「ミラサポ plus」という補助金事業と紐付けされていて、補助金申請の際、ロカベンによる自己分析の結果を資料として提出することを促しています。中小企業は補助金や給付金というものに非常に興味を持ちますので、ロカベンの普及・浸透にとっていい仕組みができていると言えます。
企業側がロカベンに取り組むならば、金融機関も同じようにやっておけばコミュニケーションの材料になります。だから今、ロカベンを取り入れる信用金庫が右肩上がりで増えていると感じています。事実、私のもとには全国の様々な信用金庫から「レクチャーに来てほしい」という要望が寄せられており、そのたびに熱く語っているという次第です。ロカベンにしても事業性評価にしても地域金融機関は今、こうした新しい流れに対応できる人材育成を急いでいます。
地方創生へ、動き出す地域金融機関
急ピッチで進む金融人材の育成
(編集部)地域金融機関にとって今、人材育成が急務というわけですね。
(水野先生)様々な取り組みが急ピッチで進んでいます。私自身が関わっている事例を挙げますと、ある地方銀行で若手の総合職全員を対象にした事業性評価に基づく融資研修の講師を担当しています。また、ある信用金庫は追大の総持寺キャンパスで年間15回にわたるリレー講座を受講するなど、様々な金融機関で事業性評価を学ぶ動きが活溌になっています。私は事業生評価の研修はトップから始めるべきだと発信していますが、その通りのことを実践している信用金庫もあります。このように人材育成に対する意識は非常に変わってきました。ただし、金融機関の人材育成には時間がかかり、結果が出るまでに10年を要します。忍耐力をもって、時間をかけて育てていく必要があります。
弁護士、公認会計士からも「中小企業に寄り添いたい」との声が
(編集部)水野先生は金融機関で事業性評価融資に関する講義を行ったり、近畿財務局の若手・中堅職員の有志で構成される「ちほめん(地方創生推進メンバー)」で講師を務めたり、様々な社会貢献活動に携わっています。そこではどんな声が挙がっていましたか。
(水野先生)「信用金庫内にロカベンを活用する人材を増やしたい」「会社にノウハウがなかったので参考になった」などの声が挙がっていました。金融機関の実務者が事業性評価の必要性を感じ、積極的に学ぼうとされていることが伝わってきます。さらに最近、弁護士や公認会計士からも「中小企業支援をしたい」「地域金融機関の力になりたい」という声が出ています。一般的に弁護士、公認会計士は敷居が高いというイメージがあるでしょうが、実はこうした思いを持つ人が一定数おられます。そういうニーズが知られていなかったのです。そこで今では、日本公認会計士協会近畿会のアドバイザー的な役割も務めるほか、大阪弁護士会、近畿弁護士会連合会とも一緒に活動しています。私はこれまでに研究者という立場で金融行政と金融機関をつなぐプラットフォーマーとして活動してきましたが、そこに弁護士、公認会計士にも加わっていただければ、金融機関と専門家との距離が近づき、相談できる体制もつくれます。キーワードは地域を支える仲間づくり。私はその先頭に立って後押しをしていきます。
単に融資による支援を超え、企業と地域金融機関が一体に
(編集部)金融機関が企業に一層寄り添うようになれば、単なる融資を超えた関係が育まれるのではないかと思います。
(水野先生)地域金融機関と企業が同じ方向を目指すことになっていきます。その流れを促す規制緩和も進んでいて、2021年5月に改正銀行法が成立し、金融機関による事業会社への出資条件の一部緩和が決まりました。これまで原則5%を上限としていた株式の保有について、事業再生、地域活性化事業および事業承継に関する局面においては100%持てるように変更されたのです。会社の株そのものを担保にすれば、金融機関と企業が目指す方向は一致することとなります。いざとなれば担保権を行使し、銀行から人材を送り込み状況に応じて経営者として移籍する必要性も当然起きてきます。会社を潰すくらいなら経営したほうがよほどいいし、後継の問題や人材不足の問題もクリアできます。また、事業そのものを担保評価の対象とする「事業成長担保権(仮称)」に関する議論も現在進んでいます。
このように担保に関する考え方が柔軟になってくるなど、銀行業を取り巻く規制は今後劇的に変わり、支援のあり方も多彩になってくるでしょう。結局、事業性評価の行き着くところは、金融機関職員が企業の将来性を評価できるスキルを身に付け、企業の本業支援を行う能力やマインドが必要となります。それは、金融機関が地域金融人材の育成機能を担いそれを発揮できることにつながります。
地域金融機関のイメージも大きく変わっていくはずです。地域金融機関は今も人気の就職先の一つになっています。若い人たちが就職先を選択する際、先進的なIT企業と地域金融機関を比較する時代がくるのではないでしょうか。優秀な人材が地元に残って、満足して働ける状況ができると、起業や事業継承も進展し、廃業も減る。その先にあるのは、地方創生だと考えています。
まとめ
「事業性評価」による融資を進め、より中小企業に寄り添いともに成長を志す。金融機関同士の合併が増える中、必要とされる地域金融機関であり続けるためにも事業性評価の役割はもはや不可欠だと思いました。同時に企業側もロカベンの活用などを通じて学び、企業と金融機関の双方が意識を合わせることも大切だと思いました。
一方、ソフト面として水野先生が官民一体で立ち上げた勉強会は「事業性評価」を普及させるプラットフォームにもなっています。評価をするのも評価されるのも結局は「人」です。地域金融支援の側面から立場を超えて様々な立場を巻き込んだこうした人づくりは、まさに地方創生の切り札の一つともいえるのではないかと思いました。