「被災地の日常」と「旅の非日常」が交差する被災地。災害復興を支える観光のあり方とは

間中 光

間中 光 (けんちゅう ひかる) 追手門学院大学 地域創造学部 地域創造学科 准教授専門:観光社会学、災害復興論、地域研究(インドネシア)

「被災地の日常」と「旅の非日常」が交差する被災地。災害復興を支える観光のあり方とは
東日本大震災の震災遺構のひとつ軌跡の一本松(岩手県陸前高田市気仙町)|出典:iStock.com/Credit: odango

近年、世界的に「ダークツーリズム(災害や戦争など死や苦しみと結びついた場所を巡る観光)」への関心が高まっており、日本でも東日本大震災の被災地や、記憶に新しい能登半島地震の被災地へ、復興支援や学びを目的に訪れる動きが見られます。こうした「被災地を訪れる観光」は災害復興や防災教育に資するものとして期待される一方で、現地との間に摩擦を生むこともあるのだとか。

人を呼び、良くも悪くも地域を刺激するというこうした観光は、災害からの復興のカギとされるレジリエンス(回復力)とどのような関係があるのか? 今回は、「災害復興と観光」をテーマに研究する地域創造学部の間中 光准教授に、現地で起こる摩擦と、観光を災害復興に活用するために不可欠な要素を聞きました。

被災地の消費? 復興の阻害?「まなざしをめぐる軋轢」が生む違和感

被災地の消費? 復興の阻害?「まなざしをめぐる軋轢」が生む違和感
出典:iStock.com/Credit: Mikhail Spaskov

観光客の「非日常」と、被災者の「日常」が衝突するとき

(編集部)近年、復興支援や学びを目的に被災地を訪れる観光の動きが見られますが、現地の人々との間で摩擦を生むこともあると耳にします。先生が指摘する「まなざしをめぐる軋轢(あつれき)」とは、具体的にどういった現象なのでしょうか。

(間中先生)まず前提として、被災地を観光で訪れること自体は決して悪いことではありません。防災への学びや経済支援など、社会的に意味のある行動だと言えます。しかし、そこで見落とされがちなのが、訪れる観光客と迎え入れる被災者との間にある認識のズレです。

一般的に観光という行為は、非日常の体験を求めるものです。旅先に被災地を選ぶ人々も、倒壊した家屋や津波の跡地、現地の人々の震災経験といった非日常に触れることで防災の大切さなどを感じようとします。 ところが、被災者の側から見れば状況は全く異なります。彼らはある日突然日常を奪われ、望まない非日常の中に放り込まれてしまった。そして当人たちにとっての「復興」とは、その非日常な状態を、かつての当たり前だった「日常」へと戻していくプロセスを指します。 被災者が日常を取り戻そうと日々を過ごしている場所に、観光客が非日常を求めてやってくる。私が「まなざしをめぐる軋轢」と呼んでいるのはそこで、観光客が求める「非日常」と、被災者が取り戻そうとしている「日常」との間に生じるギャップのことです。このズレが、現地の人々に複雑な葛藤や違和感を抱かせる原因になります。

(編集部)「被災地から学ぼう」という外側の想いが、現地にとっては「悲劇の場所として消費される」違和感に変わるということですね。

(間中先生)その通りです。たとえば、もともと豊かな自然や美味しい海の幸、伝統文化などの魅力的な「日常」があった地域でも、震災後は、災害関連の非日常の姿ばかりが取り沙汰される。するとどうしても違和感を抱く人、「悲しい文脈だけで語られるのはつらい」と感じる人が出てくることは想像に難くないですよね。

災害遺構をめぐる葛藤とは。「風化防止」の正しさが持つ暴力性について

(編集部)そのすれ違いは、被災した建物を保存するかどうかという「災害遺構の継承」の議論にも直結しそうです。

(間中先生)構造は同じです。観光客や行政の視点から見れば、災害遺構は「出来事を風化させないため」「防災教育のため」という、正しくて誰も否定できない強い大義名分を持っています。しかし地域で暮らす人からすると、その遺構はつらい記憶を宿す非日常の象徴でもあります。それが生活圏の中にずっとあり続けることに、しんどさを感じる人もいる。

ここで私たちが注意したいのは「防災のため」という正しさが持つ暴力性です。 被災者の人たちも防災の大切さはじゅうぶん分かっている。しかし、その正しさが強すぎるあまり、「悲しい記憶に向き合い続けるのがしんどい」という被災地の方々のデリケートで当然の気持ちが、押しつぶされてしまっている部分があるのではないでしょうか。

きれいごとの論理だけで議論を終わらせず、現地の人々が受容できる災害遺構の在り方とは何か、「暮らし向きをよくしたい」「よい地域にしたい」という地域の「日常」的な想いと災害遺構をいかに接続させるのか、こうしたことを問い続けることが求められます。

異国で目撃した「被災地観光」の衝撃

(編集部)先生自身が、こうした“観光と災害復興の交差”にある違和感に目を向けたきっかけは何だったのでしょうか。

(間中先生)私自身の原体験は、大学院生時代の2010年に留学していたインドネシアでの出来事にあります。留学時に、居住地の近くにあったムラピ山という火山が大噴火を起こしました。人々が被災し、避難所から仮設住宅へと移り変わっていく復興のプロセスを間近で見ることになったのですが、その時に被災地にたくさんの観光客がやってくる光景を目にしたんです。そして、それを被災者の方々がなんだか積極的に受け入れているように見えたことに驚きました。

それまで私の中で、地域の切実で喫緊の課題である災害復興と、余暇に行うものである観光は全く違うものだと認識していました。しかしそれらが現場で結びついている現実を見て「一体これは何なんだろう?」と思ったのが最初のきっかけです。 はじめこそ不謹慎ではないかという違和感でしたが、被災者の人たちが受け入れている姿を見るにつけ「被災地観光は地域にとってプラスになる可能性を秘めているのではないか」と感じ、研究テーマの一つになりました。

非日常をたくましく生きる。インドネシアに見る「観光×復興」の好事例

非日常をたくましく生きる。インドネシアに見る「観光×復興」の好事例
四輪駆動車で噴火跡をめぐる「ムラピ山ジープツアー」| 出典:iStock.com/ Credit: Sukarman karman

観光が日常を支える。「地域産業の下支え」となった火山遺構を巡るツアー

(編集部)深刻な被災地でありながら観光客を積極的に受け入れていた、というインドネシアの人々の姿勢は、どのようにして生まれたのでしょうか。

(間中先生)ムラピ山の事例は、地域独自の背景も含めて興味深いポイントがいくつかあります。 被災地域では火山噴火で家々や田畑が焼けてしまったのですが、もとは観光地ではなく、畜産業や農業など山の暮らしをする人たちの地域でした。 観光客が訪れ始めたきっかけはメディアの影響です。現地には王宮に「ムラピ山の番人」として仕える男性が住んでいました。この男性は、過去の噴火の際、彼が山にとどまってお祈りを捧げ続けたことが、職務に忠実な人・勇敢な人として注目を浴び、国内に広く知られる人物となっていました。その方は、2010年の噴火の時にも自宅に留まり祈りを続けたのですが、火砕流にのまれ亡くなってしまいました。このストーリーは、ニュースなどで連日取り上げられ、彼の住まいがあった集落に観光客が訪れるようになりました。

住民たちも家族や家を失っており、まごうことなき被災者のはずなのですが、たくさん訪れる観光客を受け入れて駐車場を臨時に整備し、ガイド業を立ち上げ、お土産物を売り始めたのです。現在も観光の目玉として展開されている、四輪駆動車で噴火跡をめぐる「ムラピ山ジープツアー」(※1)も現地コミュニティから自然発生的に始まりました。 ジープツアーでは収益をコミュニティの中でどのように行き渡らせるかという仕組みがうまく回っていて、観光に関わっていない人たちの納得感も含め、地域としての落とし所のバランスがうまく取れている事例だと思います。

(編集部)一部の人だけが儲かるのではなく、地域全体の仕組みとして成り立っているのですね。

(間中先生)それだけでなく、このジープツアーは復興の過程において「地域産業を下支えする役割」も果たしていました。 本来、この地域の主軸だった第一次産業を復旧させるには、かなりの時間がかかります。主産業が元に戻るまでの空白の期間、住民の生活をどう維持していくかが課題となっていましたが、自分の被災体験を語ることや地域を案内する被災地のツーリズムが、一次産業が復興するまでの時間をつなぐ貴重な収入源となった。人々が新たな日常へ戻るまでの時間を確保することができたのです。

【※1 参考】 Bagus Bintang Tour Travel 『ムラピジープツアー』

レジリエンスを駆動するエンジンは「開放性」と「共同性」

(編集部)その回復力こそまさに、地域レジリエンスですね。でも、観光業に携わったことがない住民たちが、どうしてそのような事業を立ち上げるほどの力を発揮できたのでしょうか。

(間中先生)私は、地域レジリエンス(回復力)を高めるためには特に重要な2つの要素があると考えています。それが「開放性」と「共同性」です。2010年のムラピ山噴火の後には、この2つが非常にうまく機能したと見ています。

一つ目のポイントである「開放性」とは、よそものとのせめぎあいをいとわない地域の特質を指します。被災地には国内外から多くの人々の注目・関心が寄せられます。そして、それはこれまでになかった新たな出会いやつながりをその地域にもたらします。ムラピ山では、被災した地域には観光に携わっていた人はいませんでしたが、近隣の地域で観光業に携わっていた人たちにノウハウを教えてもらい、協力してツアーを立ち上げていました。外の人たちの持っている経験やネットワークを柔軟に取り入れる開放性があったからこそ、ゼロからのスタートが可能だったのです。

そして二つ目のポイントが「共同性」です。これは、開放性によって生まれた新しい活力や利益を、地域全体に広げていく(広範化させていく)ために必要なものです。端的に言えば、収益分配の公平性を担保するための仕組みです。

入域料徴収や被災知の語り部など地域住民らが運営に携わる「ムラピ山ジープツアー」|撮影:間中 光准教授
入域料徴収や被災知の語り部など地域住民らが運営に携わる「ムラピ山ジープツアー」|撮影:間中 光准教授

祈りと遊びが同居する船。災害遺構をコミュニティの資産へ

(編集部)インドネシアには、他にもこうした事例があるのでしょうか。

(間中先生)2004年に起きたスマトラ島沖地震で津波被害を受けた、スマトラ島北部・バンダアチェにおける災害遺構の話も好例と言えるでしょう。ここでは津波で陸地に残された大きな船が災害遺構となっていますが、式典や住民の集まり、子どもの遊びの場といった地域活動の場としても機能しています。観光客にとっては非日常を体験できる場所ですが、住民にとっての生活の場としても活用されており、観光と生活の接続が図られています。

さらにその災害遺構の入り口では、住民の人々が「モスク(礼拝堂)を再建する」といった名目で入場料代わりの「寄付」を呼び掛けています。観光収益を住民が日常的に利用する施設のために使うことで、地域住民の納得性を高めました。これは、災害観光、または災害遺構という存在を住民の「日常」と接続し、受容をはかる仕組みとして良い例だと思います。

「不謹慎」を超えて。被災地観光は地域レジリエンス向上の特効薬となり得るか?

「不謹慎」を超えて。被災地観光は地域レジリエンス向上の特効薬となり得るか?
能登半島地震およびその後の豪雨により、田んぼの約8割で亀裂や地滑りが発生した「白米(しろよね)千枚田」(石川県輪島市)|出典:iStock.com/Credit: Spuyan

行政主導の限界と、復興政策・観光政策の分断

(編集部)外部の力を受け入れる「開放性」と、それを地域に広げる「共同性」。どちらも新鮮な視点だと感じます。日本でもこういった視点を備えれば、地域レジリエンスという観点から被災地観光を活用する可能性が高まるでしょうか。

(間中先生)もちろんです。ただし、日本の災害復興において観光を地域の力にするには、現状としていくつか課題があると感じています。

一つは、日本の復興政策が政府・行政主導になりがちであるという点です。政府が必要な領域をカバーするのは、地域にとってありがたいことですが、それゆえに住民が創意工夫できる余地をどう残すかという課題を生みます。

また「復興政策」と「観光政策」が分かれがちな点も大きな課題です。 日本では2011年の東日本大震災以降、復興政策の中に観光が入ってきましたが、「以前からあった観光業をどうやって立ち直らせるか」「防災教育にいかに活用するのか」という話に傾きがちです。 しかし、被災後の地域において観光が生み出す収益を、災害前に観光に関わっていなかった人や主産業を失った人の生活再建とどう接続していくのか、という点をもっと考えなくてはいけない。観光業と人々の生活再建が別々に位置づけられている気がするので、もう少し一緒に考える余地があると考えています。

「無償の美学」からの脱却。災害地観光を産業化・やりがい化したっていい

(編集部)観光業と人々の生活再建……。たしかに、地域産業の下支えとして機能したインドネシアの事例に比べると、日本の災害系関連のツーリズムは無料で施設が公開されていたり、無料ボランティアでまかなったりするところも少なくありません。地域に還元されているというイメージが弱いかもしれません。

(間中先生)日本だと「防災のためにやっている」という意識が強く、経済的な側面に目を向けることが難しいということもあるかもしれません。また、行政が主体となる活動では、地域の個々人にお金を振り分けるような柔軟な仕組みを作ることは難しいですよね。

日本とインドネシアでは宗教や文化、そこから生まれる死生観も異なり、災害関連の物事と経済活動を接続することに対することに対する人々の受け止めも異なります。そのため一概に比較することはできませんが、学べることは確かにあると思います。 「災害関連の物事を使ってお金を儲けることは不謹慎である」と一蹴する前に、立ち止まって考えてみてもよいかもしれません。

(編集部)「不謹慎」という前提を取り除き、観光を経済圏につなげて、持続可能な仕組みにする必要があるということですね。

(間中先生)観光が生み出す経済的な側面は大きなパワーを持ちます。 被災した地域の人々がその場所で生活を営み続けるためには当然ながらお金が必要です。被災という非日常から自分たちの日常を取り戻していく手段として、災害に関連する観光を、お金や経済的なものに落とし込む仕組みを作ることは否定されるべきものではありません。 加えて、観光を復興につなげる話は、必ずしも経済化させるだけが答えではありません。無償ボランティアの活動であっても、それが地域の人の生きがいになっていたら、それも一つの成功だと思います。

要するに「地域の人の日常の幸せや暮らしやすさに、観光がちゃんと機能していること」が重要なのです。そのつながり方は、雇用やお金という経済的な意味かもしれないし、自分の経験を共有するという生きがいかもしれない。 「観光は誰を幸せにするのか?」ということを住民の目線から考えることが必要です。

国境を越えて育む市民の視点。ゼミ生たちのアクションと未来

(編集部)間中先生のゼミでも、今ご紹介のあったような視点をベースに活動していると聞きました。

(間中先生)私のゼミでは、まさにこの開放性と共同性を学ぶことを目的とし、インドネシアでの活動を行ってきました。具体的には、2024年にゼミの学生がムラピ山周辺地域の観光パンフレットを作成しました。地域創造学部の当時3年生の学生と、現地のガジャマダ大学の学生が協力して実施したものです。

パンフレットは現地で行われている被災地ツーリズムを紹介するものです。ジープツアーで回る場所の詳細や学べる内容、語り部となっている住民の人たちからはどういった話が聞けるのかを具体的に紹介しました。学生たちは実際に語り部の方々にインタビューしに行き、集落移転や畜産業の復興といったそれぞれのテーマを記事にしてまとめました。

冊子は日本語とインドネシア語で2パターン作成し、インドネシア語の冊子は現地の大学関係者にお渡しするとともに、ムラピ山で観光業に携わる被災者の方々に広報資料として活用頂いています。また、日本語の冊子は、阪神淡路大震災30年にあわせて開催された防災・減災イベントで配布しました。 また、翌年の2025年度には、現地の学生と協力して被災地ツーリズムの土産物をテーマとした調査を実施しました。

(編集部)学生たちの活動も、まさに日本と現地をつなぐという点で先ほどの開放性につながりますね。今後の予定はいかがですか。

(間中先生)これまでの実績をもとに、本学とガジャマダ大学の交流協定が締結されることが決まりました。今後は学生間の共同学習や教員同士の共同研究などが推進されていく予定です。私自身も2027年度はガジャマダ大学にて海外研修(サバティカル)を予定しており、これまでの研究をベースに、さらに深く現地の教員の方々と共同研究できたらと思っています。

ムラピ山周辺地域の被災地ツーリズムを取材・調査した間中ゼミの学生のようす|撮影:間中 光准教授
ムラピ山周辺地域の被災地ツーリズムを取材・調査した間中ゼミの学生のようす|撮影:間中 光准教授

観光は「誰」を幸せにするのか? 地域レジリエンスの土壌づくり

(編集部)最後に、これから観光や復興に関わろうとしている人に向けてメッセージをお願いします。

(間中先生)今、観光は、「地域活性化の切り札だ」と期待される一方、オーバーツーリズムに象徴されるように「地域の生活を邪魔する存在だ」と非難されることも多く、その評価は二極化しているところがあります。しかし観光とは、観光地化したから地域が活性化するという単純なものでも、観光客の存在が必ずしも地域に悪影響を及ぼすというものでもありません。

むしろ考えるべきは、観光が良い悪いではなく、「観光を通じて地域のどういう問題を解決したいのか」「観光を通じて一体誰を幸せにしたいのか」といったことです。 被災地の観光が地域の困難を乗り越える力になり得るかどうか、地域レジリエンスを発揮しうるかを考えるには、まずベースとして地域にどういう問題・課題があるかを把握し、それを解決する手段として観光が本当に使えるのかを考えていくことが大事です。

また、施策を進める上ではコミュニティの合意形成も欠かせませんから、日頃のコミュニケーションのあり方や、地域の文化的環境にも意識を向けておくことが大事になるのではないかと思います。

まとめ

観光は、被災地の復興を後押しする有効な手段になり得る一方で、収益分配の公平性ややりがいなど地域住民の受容がない状態ではマイナスに働くこともある。重要なのは、観光を単なる需要喚起策としてではなく、地域の生活と持続性を支える「仕組み」として受容されることなのだと分かりました。

日本では不幸な出来事に接したとき「ちゃんと悲しまないといけない雰囲気」がありますが、不謹慎がってばかりいて、前に進むパワーを取りこぼすことがあればそれはもったいないですね。「観光は誰を幸せにするのか?」という問いを起点に、そのあり方を捉え直す必要があると感じました。

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細井 雅代

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プロフィール

間中 光

間中 光 (けんちゅう ひかる) 追手門学院大学 地域創造学部 地域創造学科 准教授専門:観光社会学、災害復興論、地域研究(インドネシア)

日本学術振興会(特別研究員DC2)、四国学院大学 社会学部(助教)などを経て現職。
自然災害からの復旧・復興など、地域社会が抱える課題を解決・緩和する手段としての「観光」を取り上げ、その可能性と課題について調査研究を行っている。近著に『災害ツーリズムの勃興:インドネシアから問う観光のレジリエンス』(2026年、単著)がある。

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