追手門学院高等学校では2022年に定員35名の「創造コース」を新設。同コースでは、生徒が持つ世界を広げ、深め、創造につなげるという想いのもと、これまでの教育に捉われない独自の探究・プロジェクト型の学びを展開しています。
今年5月には「創造コース」の一期生である高校3年生の3人が、教育系ボードゲームの商品化に向けてプロジェクトを進めていることが地域情報誌で報じられました(※)。彼らは起業し、クラウドファンディングでの資金調達をめざしています。 高校生がこのようなアクションを起こしたきっかけは「創造コース」独自の学びにありました。今回はコース長を務める牛込紘太先生に独自の内容を伺いながら、起業した高校生3人にボードゲーム開発の経緯や「創造コース」で過ごす3年間で身に付いた力に迫ります。
(※)【参考記事】City Life News「-茨木市- 追手門学院高校の高校生がボードゲームで起業を目指す」(2024.05.03)
【関連インタビュー】O-DRIVE 古川さんインタビュー(2024.06.19)
INDEX
自分を創造することを使命にした「創造コース」独自の学び
学びのサイクルを意識した特長のある授業
(編集部)まず「創造コース」とは一体どのようなコースなのでしょう?
(牛込先生)問いを立て、 課題を設定し、自分なりのやり方で解決することで知識や経験を得る、探究・プロジェクト型の学びを中心にした授業を展開するコースです。このコースの使命は「自分を創造」すること。すなわち自分が何者かを知り、どう在りたいかを知ることで、人生の局面における選択を自分の意思でできる生徒を育むコースです。
(編集部)「定期考査も実施しない」と伺いましたが…。
(牛込先生)そうですね。他のコースが定期テストを実施している期間は、プロジェクトに取り組みます。 創造コースでは「学びのサイクル」を意識したカリキュラムを独自に展開しています。経験や体験をもとに内省することで理解を深める教科学習。真善美の概念のもと、知らない、知らなかったを認識して当たり前と思わずに思考したり、得た知識をどう使うかなど、学び方を学ぶLHR。これらを同時進行で学ぶことで、生徒独自の視点で学びが深まっていきます。そして、各学期末の考査期間に行われるプロジェクトで、自分の世界を最大限に爆発させて創造します。 時間割は基本的に2コマ連続で実施し、授業ではグループ形式を多く採用しているのも特徴です。また、リフレクションの時間で振り返って気づきを得るというサイクルをぐるぐると回します。これが次の学びやプロジェクトに還元され、生徒の知恵や経験値をどんどん深めていくんです。
(編集部)私たちが受けてきた座学中心の授業のイメージとは全く異なりますね。最近では、探究活動などを通じてアウトプットに取り組む学校も多いと聞きますが、リフレクションによりさらに生徒の本質的な部分にまで繋げているんですね。
コース独自の修学旅行「探究旅行」が開発のきっかけに
(編集部)今回は、教育系ボードゲームの商品化に向けて活動している高校生3名にも参加いただきました。皆さんはなぜ追手門学院高等学校の創造コースを選ばれたのですか?
(中村さん)小学5年生から通っている塾が、生徒同士で学び合いながら授業を進める一風変わった指導方針で、すごく私に合っていたんです。それで同じような高校がないかと母が探してきてくれたのがきっかけです。
(山崎さん)私も同じで、母が私に合ってるし面白そうだから行ってみたらと勧めてくれました。
(古川さん)僕は公立の中高一貫校に通っていて、絵を描くことが好きだったので美術コースを選択。でも中学2年生のときにクラスメイトがそれぞれの作品に優劣をつけあうようになり、違和感を覚えるようになりました。ちょうどその頃に創造コースの話を聞き、自分を表現するところがいいなと思い受験を決めました。
(編集部)なるほど。自分がしっくりとくる環境や、一般的な学校教育ではない学び方を求めて、創造コースに進学されたのですね。ですが高校生で商品開発や起業を進められているというのは驚きです。何がきっかけだったのでしょう?
(古川さん)高校2年生の探究旅行で高知に行き、高知の県民性に魅力を感じ、高知県の人にその魅力を知ってもらうボードゲーム『高知る』を企画したのがきっかけです。
(牛込先生)創造コースでは修学旅行を「探究旅行」と銘打ち、学内で学んだことを実際の社会で実践してみる機会とするのが探究旅行です。今回は高知でしたが、他府県で実践したことをイベントで終えるのではなく、大阪に戻ってきてからも活かせるように考えられたプログラムです。
また方法としては「高知の魅力を高知の人たちに知ってもらうワークショップを実施する」を探究旅行でのゴールに設定。山や町に足を運び、自分たちが高知に触れることから始まり、現地の方々はどんなことを考え、感じているのかインタビューを重ねていきます。そこから見えてくる問題(資源)を魅力あるアイデアにしていくことをターゲットにしました。
(古川さん)僕たちは街で高知の人々へインタビューを行いました。そこで感じた高知の魅力を、探究旅行の2日目の夜に一人ずつ発表。内容を聞いて「この人と組んだら何か生まれるものがあるんじゃないか」と感じた、中村さんと山崎さんとチームを組みました。
(中村さん)そのチームで考えたのが、「高知の県民性の魅力を盛り込んだボードゲームを作ろう」というアイデアです。それが『高知る』というすごろくになり、最終日にその『高知る』を使ったワークショップを高知の人と一緒にやるまでが、探究旅行での体験でした。
(牛込先生)場所こそ教員が用意しましたが、街ゆく高知の人々を呼び込みワークショップを開催したのは生徒たちです。自分たちが考えたプロジェクトをアイデアで終わらせず、実際にやってみることでリアルな反応を得るところまでが探究旅行の目的だったのです。
ボードゲーム「語れるすごろく」開発経緯に迫る
対話を通じて「自分を知る」ボードゲームを開発
(編集部)探究旅行から生まれたボードゲームが、どう教育系ボードゲーム開発へと発展していったんですか。
(中村さん)探究旅行では高知の魅力を伝えるという意図で『高知る』を作ったのですが、実際に高知でワークショップをしたことで、対話の効果が大きいのではと気がついたんです。
(古川さん)ワークショップで高知県の人に「このすごろくって高知のことだけじゃなくて、自分のこともよく知れるね」と言われたのがきっかけです。
(山崎さん)そこから大阪に帰って3人で話し合い、「対話することによって、相手から見た自分を知れるし、自分への理解が深まるよね」という気づきを得ました。そこで「対話することで自己理解ができる」をテーマにボードゲームを作り直すことにしたんです。それが『語れるすごろく』です。
(編集部)どんなボードゲームなのか、簡単に解説いただけますか?
(中村さん)ゲームの進め方は一般的なすごろくと同じで、さいころを振って出た目の数だけ進んでいきます。ただし、さいころは1〜3の数字が書かれたものを使用し、3種類のマスがあるボードを使用します。3種類のマスのうちピンク色は、トークカードを引くマスです。たとえば「一番感動した出来事は?」というカードが出たら、全員がそのテーマで対話。このようにトークカードでは、人の性格や価値観、経験に触れるお題を用意しています。
(山崎さん)青色のマスではイベントカードを引きます。例えば「右隣の人と漫才するならどっちがボケ?」みたいな感じで、相手から見た自分と、自分が考える自分との認識のずれを体感してもらうミニゲーム的な要素になっています。
(古川さん)黄色のマスはストップマス。1回立ち止まって考えてみようっていうコンセプトのマスで、すごろくの対話を振り返って、思考を整理するためのマスになっています。
(編集部)面白いですね! どうしてこんなゲームを発想できたのですか?
(中村さん)創造コースは、普段からすごく対話が多いクラスなんです。また4人の机をくっつけた形で授業を受けるからだと思うのですが、他の人との価値観の違いから自分を知る瞬間が日常的に起こる環境なんですね。以前は無意識でしたが、そこに改めて気付いたことが大きかったと思います。
試作版の反響、商品化に向けて描くビジョン
(中村さん)『語れるすごろく』を作った後は、実際の効果や反応を知りたいとモニターテストをすることにしました。探究旅行でのご縁を伝って、高知の小学校で『語れるすごろく』を使った訪問授業を行い、3・4・6年生を対象とした反響や効果測定のフィードバックをしました。
(編集部)先生に同行いただいて、再び高知を訪ねたのですか?
(古川さん)いいえ、私たち3人だけです。夜行バスで行きました。
(山崎さん)自分たちの高校でのイベントでもモニターテストを行いました。またそこから繋がった教育関係の人たちをはじめ、最近では色々なところからお声がけいただいています。
(牛込先生)本校では探究学習や創造コースの取り組みに注目していただいていることもあり、教育関係者の視察や交流イベントの機会が多く、この子達はそうした機会を利用しているようです。
(中村さん)視察にお越しになった大阪の高校の先生に直談判したこともあります。「開発中でフィードバックが欲しいから、ぜひテストプレイをさせてほしい」とショートプレゼンをしたら、実際にやらせていただくことになったんです。まずは私たちがその高校に行って、有志であつまった高校生20人ぐらいとワークショップを開催。その後、授業の中でも実施してくださいました。
(編集部)体験した高校生の感想はどうでしたか?
(古川さん)「自分の知らない自分について知ることができた」といった、まさに狙い通りの感想のほか、「初めて喋った人の意外な一面が見られる」など相手理解の感想も多くありました。こうしたフィードバックをもとに、ゲームをバージョンアップさせています。
(山崎さん)先ほど紹介した黄色のストップマスが、テストプレイで「どこかで振り返るタイミングがあってもいいんじゃない?」というアイデアをいただいたことで生まれた改善ポイントです。それ以外にもテストプレイをやるたびに、カードの内容を改善し続けています。
(編集部)素晴らしいですね。商品化への期待値も高いのではないでしょうか。
(中村さん)今まで参加したイベントでは、「初めまして同士でも楽しめるから、アイスブレイクとしてもいいね。商品化したら?」という好意的な意見が多かったです。
(編集部)商品化に向けてはどこまで具体的に話が進んでいますか?
(古川さん)クラウドファンディングで商品化を実現する計画です。達成目標100万円を予定しています。
(山崎さん)これは商品を作るだけでなく、全国各地にモニターテストに行く旅費も含めています。
起業はあくまで手段。目的は他にある
(編集部)近ごろ起業もされたそうですね。
(中村さん)まずお伝えしたいのは、私たちは起業をしたくて『語れるすごろく』のプロジェクトを始めたわけではないということです。「自分たちが開発しているボードゲームをいろんな学校で使ってもらいたい」という気持ちが第一にあり、そのためにいろいろ考えて行動するうちに、「起業した方が都合が良いね」となったんです。
(山崎さん)教育現場との取引や商品の販売となってきた時に、今のままだと高校生3人が何かやっているだけ。肩書きを含め遊びでないことの証明の一つとして起業が必要かなと考えました。現在は「わたがし」という屋号で個人事業主として起業しましたが、法人化していくことをクラウドファンディングと同時に進めています。
(編集部)高校生で起業とは驚きですが、事業会社としてのビジョンなどもあるんですか?
(古川さん)「教育現場に自己理解」をというビジョンを掲げ、自己理解学習の副教材を作って販売したりワークショップを行ったりするビジネスモデルを考えています。
(中村さん)学校の副教材としての活用や、教育系イベントなどでのアイスブレイクとしての活用の両方を考えています。最近も、広島の学校から入試イベントで使いたいというお話をいただいていて、興味を持ってくださる学校さんと一緒にやっていけたらと思っています。
(山崎さん)私たちが感じている問題意識に「自己理解の授業って大事なのに、あまり学校でやらないよね」というのがあります。またその背景には、大切さに気づいていない、やり方がわからない、やってみたけどあまり効果がなかったというような事情があるのかなと。そうした現状に悩む学校に対し、自己理解のきっかけを提供したいというのが、私たちの一番の願いです。
「創造コース」で育まれる知性と行動力
生徒の創造のスイッチを入れる
(編集部)今回お話を聞いた3人は、まさに「自分を創造する」という創造コースのミッションを体現しているように感じました。1期生の成長を間近に見てきた先生は、生徒たちの成長をどのように感じていますか?
(牛込先生)ある日突然スイッチが入って活動を進める生徒が出てくることは想定をしていましたが、やはりターニングポイントは探究旅行などの社会とつながるタイミングだと思います。
高校生ビジネスアイデアコンテストのようなものもありますが、アイデアの発表で終わって、実現性を問われないことも少なくありません。ですが創造コースでは、探究旅行をきっかけに実際に社会と接続し、アイデアを実践し、試行錯誤のうえで新しいビジョンを描き、本気で取り組もうとしています。そこが本校の創造コースの強みであり、生徒にスイッチを入れられる部分なのかなと。
実はつい先日なのですが、『語れるすごろく』で彼らは、活育財団が主催する「Next Education Award 2024」で中高生の部・最優秀賞を受賞したんですよ。またこの大会の最終審査に残ったチームは、どこも発表内容に関することを実践ベースで語られるものであったと聞いています。これからの教育で大切なのは、校内にとどまらずに社会を意識しながら、行動を起こすところまでやってみる機会があることだと感じています。
キャリアについての意識の変化
(編集部)最後に、創造コースでの進路指導の方針についてもぜひ伺いたいです。総合型選抜、学校推薦型選抜の活用も想定されていると聞きました。
(牛込先生)そうですね。説明会などで保護者の方々に繰り返しお伝えしているのですが、一般入試で大学受験するのであれば、あえて創造コースではなくてもよいと考えています。もちろん創造コースで学びながら一般入試で大学に行きたいという生徒もウェルカムなのですが、大切にしているのは自分の学力や偏差値に見合う進路選びではなく、生徒の主体的な進路選択です。
(編集部)一期生の皆さんは今どんな進路を描いているのですか?
(山崎さん)私は小学生の頃から心理学に興味があり、漠然と臨床心理やカウンセラーの道を考えていました。ですが『語れるすごろく』の活動をするうちに、社会心理学や産業心理学など、自分が学びたいことがどんどん明確になっていったんですね。そうした分野での活躍をめざし、総合型選抜を利用して大学に行きたいと考えています。
(古川さん)以前から美術の教員になりたいと思っていたのですが、創造コースに来て、先生という存在が生徒に与える影響の大きさを身にしみて感じ、生徒に人生のターニングポイントになるような経験を作ってあげられる先生になりたいと考えるようになりました。進路は、某地方国立大学を志望しています。地域創生や政策などの経済学を学びながら、美術の教員免許が取れるんです。まさに僕のためにあるようなコースで、ここしかないと思っています。
(中村さん)私は建築系の学部に進もうと考えています。理系は無理だと諦めていた進路だったのですが、創造コースで得意不得意関係なくさまざまなことに挑戦したことで、好きなことを諦めなくてもいいんじゃないかと思えるようになりました。まずは総合型選抜に挑戦しつつも、最終的には一般入試で進学をめざしたいと考えています。
まとめ
従来の学力・偏差値を基準とした教育の逆をゆく、追手門学院高等学校の創造コース。1期生が「教育現場に自己理解のきっかけを」というボードゲームを開発し、評価を受けている事実は、まさに今の教育現場に足りないものを指摘しているように感じました。 これまでの教育スタイルを否定するわけでありませんが、これからは多様な学び方を選べることが大切なのでしょう。事実、学力で優劣をつける環境に違和感をいだく子どもたちは存在し、またそうした我が子に合った環境を望む保護者も少なくありません。教育の多様性に一石を投じる、高校生たちの話が印象的でした。
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