勉強はテストのためじゃない!定期テスト・宿題のあり方を見直し、子どもの価値観をリセットする追手門学院中学校の教育改革

池谷 陽平

池谷 陽平 (いけたに ようへい) 追手門学院中・高等学校 探究科主任 探究デザイナー 中1学年主任

勉強はテストのためじゃない!定期テスト・宿題のあり方を見直し、子どもの価値観をリセットする追手門学院中学校の教育改革
中間テストにかわり実施された1学期中間プロジェクト(出典:追手門学院中学校News【中1】1学期中間プロジェクト)

グローバル化や人工知能・AIなどの技術革新が急速に進み、目まぐるしく変容する現代社会。この社会をたくましく生き抜く人材を育てるために、文部科学省は2017年より学習指導要領を改訂。ペーパーテストでの成績評価ではなく、自ら課題を見つけ、主体的に学び・考え・判断して行動し、よりよい社会や人生を切り拓く「生きる力」を育む教育へと舵を切りました(※)。

改訂より6年目となる現在、教育現場はどのように変化してきているのでしょうか。今回は先進的な探究の取り組みに続き、定期テスト・宿題のあり方を見直すことでさらなる教育改革を進めようとする追手門学院中学校の池谷陽平先生にインタビュー。同校の教育改革の現在地を紹介します。

【※参考】
政府広報オンライン「2020年度、子供の学びが進化します!新しい学習指導要領、スタート!」)

主体性を育むことがゴール!追手門学院中学校の今

主体性を育むことがゴール!追手門学院中学校の今
出典:O-DRIVE【中学 #1】マインドセット

探究学習で進めてきた教育改革を、次のステージへ

(編集部)追手門学院中・高等学校では2020年に教科として「探究の学び」を進める「探究科」を発足し、池谷先生は探究科の教科主任として、中高の教育改革を進めてきたそうですね。

(池谷先生)探究科については5年目を迎えました。本校の探究学習の最大の特徴は、中学校の「総合的な学習の時間」と、高校の「総合的な探究の時間」、これだけを教える教員が5人もいるという環境です。専任の教員が揃い、独自のプログラムを一から作り上げ、しっかりと取り組んでいます。

(編集部)追手門学院中・高等学校の探究プログラムにはどんな特徴があるのでしょう。

(池谷先生)探究学習に多いのが、社会や企業の課題解決に取り組むプログラムを採用する方法です。しかし現実問題、今の学校システムの中で中学生がSDGsや企業の課題を「自分事」に感じられるかというと、それは難しいですよね。興味を持つ生徒もいますが全体的に見るとわずかです。

私たちは、中学期にまず必要なのは、生徒がさまざまなことに好奇心を持ち主体的に取り組めるようになる「マインドセット」だと気付きました。そこで、プログラムも好奇心を育てることを目的とした内容へとシフトさせています。

(編集部)これまでの取り組みで、どのような手応えを感じていますか?

(池谷先生)進路実績のような数字面での成果に現れることはないでしょうが、ある卒業生が「学校の授業で一番役に立っているのは探究だ」と評価してくれました。大学ではチームを組んで研究・発表を行うことが増えますが、そこでスマートに能力を発揮できているのは探究での経験があったからだと感じているようです。つまり、知らないうちにアウトプットに対する自信がついているのではないかと考えています。

(池谷先生)また本校では今年度入学の中学1年生から、宿題や定期テストのあり方を見直すことにしました。これは教育改革をさらに推し進めるために必要な取り組みだと考えています。

教育理念に込められた能動的な創造性

(編集部)宿題や定期テストのあり方を見直すというのは、保護者からすると挑戦的な取り組みに思えます。どのような考えからこの取り組みに至ったのでしょう?

(池谷先生)本校は管理職から若手の教職員までが、文部科学省が掲げる新しい教育のあり方を本気で実現しようとしています。また追手門学院中・高等学校の生みの親である八束周吉先生(1891-1971、追手門学院初代学院長)は、自らの教育理念を“知性の発芽”という概念で表し、「知性の発芽は先ず驚異に始まる。驚異から懐疑へ、懐疑から煩悶へ、煩悶から発見へ、発見から推究へ、推究から応用へと、無限の発展成長を遂げていく。知識の詰め込み教育だけで、その美しい芽が培われるものではない」という金言を残しています。学びはまず驚異に始まり、そこに疑いを持って悩むとき探究が始まり、そうやって知性は育まれていく…ということですね。

(編集部)探究学習や学習プロジェクトは、この教育理念があっての取り組みなのですね。

(池谷先生)だからこそ私たちは、単に大学入試を成功させるための教育ではない、新学習指導要領が求める本質的な教育につながる探究学習に力を入れてきました。ですがそこで問題に直面したのが、中学入学当初の生徒の意識や価値観です。本校は中高一貫の私学ですので、生徒は受験を経て入学してきます。だからでしょうか、「勉強はやらされるもの、テストのためにするもの」といった価値観が刷り込まれており、それが私たちが育みたいマインドセットを阻んできました。

勉強は必要です。しかし問題なのは、偏差値で評価されるシステムを小学生のうちから経験したことで、「テストで点数を取れる人が良くて、できない人は悪い」といった、「できる・できない」を「良い・悪い」に転換し、それを当たり前の価値観だと生徒が捉えてしまっていることです。でもこれは受験経験の有無に関わらず、小学校教育自体にも潜んでいる問題です。

(編集部)周囲に教えられてきた判断基準に縛られ、世の中で当たり前だとされてきたことを疑わない…。つまり批判的な思考が育っていないわけですね。

(池谷先生)中学入学当初の生徒たちの言動で多いのが、友達の行為やズルを教員に告げ口することなんですよ。協働する人間関係を作って欲しいのに、狭い価値観にとらわれて変なマウントを取ろうとするような意識を変えるには、誤ったフィルターを外さなければいけません。そこで本校は、宿題の出し方を変え、また定期テストではない成績評価方法に切り替えることにしました。「勉強はやらされるもの、テストのためにするもの」という価値観をまず取り払おうと考えたからです。

勉強は苦行なのか? 子どもの幸せから考える学びのあり方

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効率性重視の「やらされ勉強」の弊害

(編集部)新学習指導要領でも、ペーパーテストで評価される教育のあり方を変えようとする方針が示されています。従来教育の問題点はどこにあると先生はお考えですか?

(池谷先生)求められているのは自発的な勉強なのですが、今の教育は「やらされ勉強」になっています。子どもに対する導きは必要ですが、「やらされている」と感じるような導き方は変えた方がよいですね。

私たち大人が経験してきた「テストで点数を取らないといけない」という教育。これは「テストで点数を取れれば偏差値が高い大学をめざせ、一定の企業に就職して生活が安定する」ということが信じられてきたからです。しかし、中学卒業生1000人を対象とした某追跡調査によれば、4年制の大学を卒業し、3年以上離職せずに働くことができる人は、対象者1000人に対し163人、つまり16%程度だという結果が出ています。

また、教育が偏差値の輪切りで進むシステムは、生徒たちの進路を「テストが出来る、できない」で狭めてしまうのではないでしょうか。ですが、それを変えられるのが、生徒本人の主体性…自分で未来をつかみ取ろうという「やる気」です。 本校の教育でやる気に火をつけ、「楽しいから学ぶ」「自分で選んで学ぶ」「やりたいことが見つかったから学ぶ」という姿に転換を図る、そのためのマインドセットに時間をかけようじゃないかというのが、今回の取り組みです。大学に行かなくていいと言っているように勘違いされることがあるのですが、むしろ高いモチベーションで大学に行くだろうと考えています。大学に行くことだけが選択肢ではないということも考える生徒も出てくるだろうし、多様な選択肢はすでにある。自分で選ぶことが大事ですよね。

これからの教育のキーワードは「ウェルビーイング」

(編集部)日本の教育現場では、子どもの自己肯定感の低さがよく言われます。これも「やらされ勉強」の弊害なのでしょうか。

(池谷先生)世界の経済・社会福祉の向上を促進する活動を行う国際機関OECD(経済協力開発機構)は、「教育の目的は、個人のウェルビーイングと社会のウェルビーイングの2つを実現することである」と掲げています。これまで、さまざまな調査で日本人の自己肯定感の低さが指摘されてきました。同時に、2024年に6カ国に対して行われた18歳意識調査でも、「自分の行動で、国や社会を変えられると思う」という質問に同意した日本の子どもは45.8%と1番低いなど、自分と社会に関する意識は低いと言えます。(※)

【※参考資料(PDF)】
自己肯定感に関する調査(文部科学省)
社会参画に関する調査(日本財団)

(編集部)ウェルビーイングの考えに立ち、子ども自身が自分のやりたいことができる喜び、社会の役に立つ喜びを得るために学ぶ教育でなければいけないというのが、国際的な考えとなっているのですね。

(池谷先生)そうですね。こうした話をすると「先生は理想論ばかり追いかけて」と言われがちなのですが、本校としてはそこをめざすべきだと考えています。なぜなら現実問題として私たちの目の前に、テストの点数が悪いだけで「自分は駄目な人間なんだ」と思い込む生徒がいるからです。「テストだけであなたの人間性は否定されないよ」「テストのために勉強するんじゃないんだよ」と伝えなければという使命感があります。

不登校児童や心を病む社会人の存在が社会問題になっているのも、今の日本の教育では、人間関係や自分との向き合い方を学びにくいからだと思います。狭い価値観やルールで子どもを縛ってしまっては、社会で協働する人間を育てるのは難しいでしょう。

(編集部)とはいえ、自己肯定感が高い人ばかりが揃うのも、日本人としては何だか違和感と言いますか、文化にそぐわない気がするのですが…。

(池谷先生)日本人は他者との関係性から生まれる自己有用感が自己肯定感に及ぼす影響が、多文化圏より大きいのではないかと指摘されています。そこでOECDは、以前は西洋の価値観だけに寄っていたのですが、現在は文化によってウェルビーイングに違いがあることを認識し、「日本版ウェルビーイング」の研究も進められています。この研究結果は、今後の学校教育でも活用されていくはずです。

(編集部)「日本版ウェルビーイング」なるものがあるんですね。

(池谷先生)日本の文化で大切にされてきた人とのつながり・関係性に基づく要素について解像度を上げて捉える機会になること。また、逆に大切にされてこなかった自己理解についても考える機会になるといいですね。そのバランスの中でウェルビーイングを感じられれば良いのです。

これは私の個人的な考え方ですが、自己肯定感についても常に全員が高く保つ必要はなく、他者と協働することで自己肯定感が高まるというようなあり方で良いと思っています。子どもたちは「誰かの役に立ちたい」という気持ちを非常に強く持っています。本校の生徒も、「あるイベントのスタッフをしませんか?」と持ちかけるとすぐに手を挙げてくれるほどです。その意欲がテストの点数の高い・低いで失われ、社会参画への関心を失っていくのは非常にもったいないと思います。

当たり前を疑う、追手門学院中学校の取り組みがめざす先

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変化し続ける教員側の工夫

(編集部)宿題と定期テストのあり方を見直す今回の取り組みについて、これは中学3年間を通じた取り組みですか。

(池谷先生)3年かけて中学校の全学年で実施をめざします。まず宿題については、4月からの2ヶ月間は荒治療として全く出さないという方法を取りましたが、今後は生徒自身の考えを問うレポート形式の課題などを出していく予定です。一方で、個々の回答に対して教員がフィードバックしていくことにこそ価値があると考えているため、公式を覚えて問題を解くといったドリル的な反復学習の宿題は出しません。

(編集部)定期テストについてはいかがでしょうか?

(池谷先生)定期テストは行わず必要に応じて授業の中で単元テストを実施します。これも成績に関わるものから、自己診断として実施するものまで、さまざまです。また、従来の中間や期末テスト期間には、プロジェクトとしてワークショップのような教科横断型の特別授業を行います。今年6月の中間テスト期間に行った4日間のプロジェクトでは、アメリカからの留学生も交えて「ことば」をテーマに、身の回りのことばをオノマトペや英語で表現したり、感じ方の違いを話しあったり、五感を通じて想像力を深めました。(※)

【※参考映像(YouTube)】
【追手門学院中学校】アメリカ中高生体験が体験!国語×英語×探究 中間プロジェクト(追手門学院中・高等学校)

(編集部)学ぶことについての発想が変わる、面白い取り組みですね。

(池谷先生)これは特別なプロジェクトですが、実は定期テストがないと普段の授業が面白くなるんですよ。先生たちもその教科が好きで教員になっているわけですから、テストを意識した授業を行わなくて良いとなれば、教科の本質に迫るような魅力的な授業を企画するようになるからです。

(池谷先生)追手門学院高等学校で3年前に新設した「創造コース」では、定期テストを行わないというのを特色のひとつとしています。これにより各教科の教員たちが対話的な魅力ある授業を行うようになり、生徒の勉強姿勢も能動的になっています。

(編集部)定期テストがないとなると、どうやって成績を評価していくのでしょう?

(池谷先生)新学習指導要領ではルーブリックでの評価を求めています。技能や表現力、理解度が目標に対しどこまで達成されているか、興味・関心や意欲、態度を評価する方法で、本校もこれに則り単元ごとに学習目標を掲げて達成度を計り、成績を評価していきます。

(編集部)なるほど。ですが保護者の中には、この教育でいわゆる「良い大学」に進めるか不安に感じる方もいるのではないでしょうか。

(池谷先生)7月1日から4日間で実施した期末プロジェクトで確信したことがあります。テスト以外の動機づけで知識は定着します。それどころか、思考力や表現力まで引き上げることが可能だと思います。評価に関係のないプロジェクトの中で、今回でいうとみなに発表することがモチベーションになって、自分たちの力で必死に教科書を読み、インターネットで調べ、まとめるんです。自分でできたことが自信となり、次に繋がっていく。振り返りも素晴らしいものばかり出てきます。普段の授業をこの形に近づけていきたいと考えています。

【※参考映像(YouTube)】
【追手門学院中・高】中1・1学期期末プロジェクト〜グローバル化とアイデンティティ

社会が目まぐるしく変化するように、大学受験の形も大きく変わってきています。例えば英語でも単なる文法問題は年々減り、長文を読んで文構造を理解したうえで思考しないと回答できない問題に移行しつつあります。本校が進める学び方は、そうした大学受験の変化にも対応できる能力を育むものです。最終的には自分たちで成果を挙げられる素晴らしい結果がついてくるはずだと考えています。

もちろん、お子さんのためを思って頑張って勉強させてこられた保護者にとっては、従来のような宿題や定期テストがなくなるのは、不安で仕方がないというのも理解できます。しかし一方で、賛同してくださる保護者の方も少なくないんですよ。ある保護者の方は「会社で指示待ちの部下に悩まされている。うちの子をそんな人間にしないための教育なのであれば歓迎です」と、私たちの背中を押してくださいました。嬉しい言葉でしたね。

子どもたちがやる気を起こす学校環境とは

(編集部)最後に改めて、子どもの主体性(やる気)を起こすために、学校現場はどのようなことに注力する必要があるのか、先生のお考えを聞かせください。

(池谷先生)最初にお話ししたように、まずは子どもの価値観をリセットすること。変化の早い今の世の中では、価値観が変わっていくスピードも速いものです。既成概念や固定観念を保ち続けた結果、社会の変化に取り残されるようなことがあってはいけないですよね。

また今の子どもは頭でっかちな傾向があります。当たり前を疑うためには、安易に頭で判断せず、まずは体を動かし行動させることが必要でしょう。「とりあえずやってみる」ことで、新しい気づきが得られるからです。

そして子どもたちがやる気を起こすには、「関係性」「個性」「貢献」の3つが大きく関わります。関係性から生まれる創造性を楽しむ環境を学校現場が創ることで、生徒が協働の結果を振り返る価値が生まれます。自分について新たな気づきを得てアイデンティティを積み重ねる。そして忘れてしまっていた誰かのために貢献する喜びを思い出し、大きなモチベーションにつなげていくのです。学校現場がこれらを具体的に取り組むことで、子どものマインドセットは確実に変わってくると考えています。

まとめ

変化の激しい時代を生きる力を育むためには、教育現場も変わっていかなければならないこと。そのチャレンジの一つとして、追手門学院中学校が定期テスト・宿題のあり方を見直したこと。またそれは文科省が掲げる新学習指導要領に則った改革であることがわかりました。 受動的な「やらされ勉強」が当たり前だった私たち保護者世代にとっては、「定期テストや宿題がない」と聞くと「子どもが勉強をしなくなるのでは」との恐れを抱きがちです。しかし世界に目を転ずれば、国際社会の分断や対立が激化、経済格差や環境破壊などの問題が山積しており、求められる正解は一つとは限りません。これからの社会を生きる子どもたちには、物事を多様な角度から検討し、論理的・客観的に理解し、協働して解決にあたることが必要であり、社会の変化にあわせて教育自体を大きくアップデートしていく必要があるのだと実感しました。

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池谷 陽平

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プロフィール

池谷 陽平

池谷 陽平 (いけたに ようへい) 追手門学院中・高等学校 探究科主任 探究デザイナー 中1学年主任

2014年~大阪府立高等学校(府立箕面高等学校)で英語科教諭として8年間勤務。公立高校での経験を経て、教育の本質を追求することを決意。2018年~追手門学院中・高等学校に赴任。2020年に「探究科」を立ち上げ、「総合的な学習の時間・探究の時間」を各学年に2単位設定し、独自のプログラムを開発。日本や、それぞれの学校文化の中で、子どもたちが生きる教育を創造、実践するとともに、先生がチームで働く環境作りにも力を入れている。

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