学習指導要領改訂により、2022年度からこれまでの「総合的な学習の時間」が「総合的な探究の時間」となり、新たに「探究」という授業が始まります。
「探究」とは何を学ぶのでしょうか。また、「探究」は子どもたちにどのような教育効果をもたらすのでしょうか。このような疑問を持たれる保護者の方は少なくないでしょう。
また、いま大学入試でも探究学習が注目されています。ペーパーテストの成績で合否を判定するテストではない総合型選抜(旧AO入試)を多くの大学が導入しています。この試験で主に問われるのは、探究学習で培われる「自分自身を振り返る力」「表現力」「論理的思考力」です。
今回はそんな「探究」について、今年度から探究科を立ち上げ全学年で「探究」の授業に取り組む、追手門学院中・高等学校の探究科主任であり、かつて大阪にある中堅進学校で、いまの「探究」へとつながる学びを推進し、世界のトップ大学への進学者を多数輩出する注目校に押し上げた「大阪の中堅校の奇跡」とも呼ばれた教育改革の立役者の一人でもある、池谷陽平先生に「探究」の教育的価値を聞きました。
INDEX
いま国をあげて探究学習に取り組む理由

探究学習とは
(編集部)「探究」とはどのような学習なのでしょうか。これまでの教科との違いを教えてください。
(池谷先生)学生時代に必死にテスト勉強をしたのに、定期テストや入試が終われば、何をやったか忘れてしまったという経験は、誰しもあるのではないでしょうか。 これまで私たちが学んでいた一般的な科目は、知識や技能を習得させることを中心にした授業でした。その一方で「探究学習」とは、自ら課題を設定し、その課題を解決するためのプロセスを体験しながらスキルを習得し、主体的な学びを行いながら実社会に通用する資質や能力を育てる学習とされています。
文部科学省は、その目的を「教科・科目等の枠を超えた横断的・総合的な学習を通して、課題を発見し解決していくための資質・能力を育成すること」としていて、「自己のあり方や生き方を考えながら課題を発見・解決することが重要」としていることもポイントです。
時代の変化に対応できる人材へ
(編集部)「探究」が新学習指導要領で取り入れられる理由や背景は、どのような点にあると思われますか?
(池谷先生)IoTやAIの発達がもたらした第4次産業革命(※1)やSociety 5.0(※2)によって社会は著しく変化しており、教育にも変革が求められています。一人一人が予測できない社会の変化に対して、自ら課題を見つけ、“新たな価値”を生み出せる人材の育成が求められています。
また、文部科学省が平成27年度に行った「全国学力・学習状況調査」では、探究的な学習に取り組んでいる生徒ほど国語や数学などの正答率が高かったというデータも報告されています。このような背景から、「探究」がいま注目されています。
(※1)IoTやAIの発達によってもたらされる経済・産業界における技術革新
(※2)サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)
(編集部)例えば、どんな授業がありますか。
(池谷先生)ある小学校では、「米作り」をテーマに、農家が行う米作りを調べて、分かったことをまとめて発表するという授業を行いました。調べる中で、「米の収穫量を増やすためにはどうすればよいか」など、子どもたちの中に新たな疑問が湧いてきます。そこで、次はその疑問や課題にして、新たな探究活動に取り組む。こうした一連のプロセスを体験する中で、課題発見・解決力、情報収集力、論理的思考力、表現力など、汎用的な力を高めることもでき、子どもたちは教科書で学ぶ以上に米作りへの理解が深まり、かつ知識量も膨大になったというケースが報告されています。
ただ、このような具体的な学習方法は各学校に任されており、本学では独自に学習プログラムを組み立て、探究学習に取り組んでいます。
追手門学院中・高等学校の探究学習

マインドセットを軸にした変革
(編集部)池谷先生は、大阪にある箕面高校で英語科の教員として、英語学習における変革に携わったとのことですが、なぜいま「探究」を教えられているのですか。
(池谷先生)私は当時、母校でアメリカンフットボール部の顧問をするという夢を叶え、英語科の教員として箕面高校に着任しました。着任して4年目、新たに民間人校長として日野田直彦校長が就任され、国際科のある箕面高校の変革に携わることになりました。当時目標に掲げられていたのは海外でも活躍できる人材を育成することでした。特に、英語科の中で海外大学への進学を見据えた学習プログラムの構築を推進しました。
具体的には、海外への留学で必要とされる英語技能テストTOEFL への対策に取り組みました。TOEFL は日常会話やビジネス英語スキルを測るTOEIC と違い、英語圏の大学や大学院に入学して学業を修めるのに必要な英語力を備えているかを見極めるために作られています。4技能(読む・書く・聞く・話す)全てが試され、ただ英語の文章を読んだり聞いたりするだけでなく、自分の考えを英語で話したり、作文する必要があります。もちろん単一な回答がある訳ではありません。英語力やテクニックだけでなく、クリティカルシンキング(批判的思考力)が求められます。対立した意見を英語で聞き、どちらの主張に賛成をするか、またその理由と具体的な説明、メリット・デメリットを瞬時に組み立てる必要があります。
英語で表現をすることはもちろん、自らの意見をすぐにアウトプットすることはなかなか容易ではありません。特に、高校生はすぐに正解を探してしまい、テスト中ずっと正解探しと、間違った意見を発言することへのためらいで、無言のまま終了してしまうことも多くありました。
そこで感じたのは、批判的な思考力を身に着けることよりも前に、まずは自分の意見が正解かどうかにかかわらず、とりあえず発言をして議論をすることができるか。まさに、「探究」の目的とされている「自己のあり方や生き方を考えながら課題を発見・解決すること」と同じだったんです。
「恥ずかしいことはない。とりあえずやってみよう」というマインドセット(※3)を生徒に作り上げることが必要でした。このマインドセットを身につけさせるために、複数のプログラムを当時の教員たちと開発しました。
(※3)経験、教育、個人の先入観や価値観などから形成される思考や心理状態。マインドセットという言い方は、人の思考や心理は一面的に捉えられるものではなく、多角的な要素が合わさってマインドの全体像を形成しているという考え方から来ている。
(編集部)どのようなプログラムを開発されたんですか?
(池谷先生)プログラムの詳細は、あとでお話ししますが「自分について知る」というプロセスを最も大切にしました。自分のことを知らないと、自分の意見も考えられません。
この「自分を知る」というプロセスをしっかり設けることで、生徒たちは自分のしたいことや夢に積極的に目を向けるようになりました。漠然としていた進路が、自分のやりたいことを実現するために海外大学への進学を選択するという姿勢に変わりました。いま自分が目指すものを実現するためには何が必要か。自ら考え、自ら行動に起こすことができるようになり、社会に出た今でもこの姿勢で活躍してくれています。
この経験から、英語教育に特化するのではなく、探究に特化した学習方法を模索したいと思うようになり、現在は追手門学院中・高等学校で探究に携わっています。
追手門学院独自のマインドセット「DRIVE」
(編集部)追手門学院中・高等学校では、探究学習に適した校舎の新設や、授業の半分を探究にあてるアメリカの私立中学校ミレニアムスクールとの教育連携を経て、探究科が設立されたそうですが、いま取り組んでいる探究学習の特徴を教えてください。
(池谷先生)本学では2020年4月より新たな教科として「探究科」をスタートさせ、中学・高校で週2時間の導入が始まりました。教科の最も大きな目標は、生徒たちの自己肯定感を高めること。その中で、生徒たちには教科を通して5つのマインドセットを身につけてほしいと考えています。
- Design / 自分の人生を自ら設計する姿勢
- Reflection/ 振り返る姿勢
- Inquiry / 知ろうとする姿勢
- Vision / 未来を考える姿勢
- Empathy / 自分だけじゃないと思う姿勢
頭文字全てを繋げると“DRIVE”になります。
“DRIVE”という言葉自体には、「原動力」「自分の人生のハンドルは自分で握ろう」という思いを込めています。
探究学習で自分を知る
(池谷先生)教科の中で特に重点を置いているのは、自分にしか持ち得ない個性から生み出されたもの(意見や考え方、作品)は唯一無二であるという前提のもと、「自分を知る」ということです。
高校生にいきなり「貧困問題についての課題を発見して、改善策を考え発表しましょう」と言っても、インターネットで調べることのできる知識と、上辺だけの思考、表現に終わってしまうでしょう。それは、問題を自分ごと化できないから発生すると考えています。自分がやりたいこと、行動を起こしたいことに出会うことが、探究のプロセスの中でもっとも大切です。
そのために、「自分ってこんな人間だ」ということに気づき、周りに自己開示できるレベルまでブラッシュアップすることを目指し、中学生から高校1年生にかけてたくさんの経験学習(※4)に取り組みます。教育提携を行ったアメリカのミレニアムスクールでも使われる「経験学習モデル」なども参考にしながら、ひたすら経験や体験をして、「ブレインストーミング→アウトプット→シェア→振り返る」という活動を行います。
(※4) 自分が実際に経験した事柄から学びを得る学習方法
また「振り返り」のプロセスも大切にしています。自分にとって価値のある経験であれば、振り返ったときに、「自分が好きなこと」「自分にとって大切なこと」など自己に対する気付きがあるから、振り返りを通して、自分の価値観や考えを具現化・言語化していきます。
中学生から時間をかけ積み重ねることで、高校1年生の時には「自分はどんな人間で、こんな考えがある」といった様に、自らの考えを発信できるようになっていきます。それができるようになってやっと、自らの考えの中から、課題発見ができ、問題提起ができるようになります。
高校2年生からは、チームで情報の発信や受信を繰り返しながら、チームの作り方を練習していきます。クラスメイトに「自分」を見せるのは勇気がいることですが、「自分」を知るための経験と振り返りの過程で、少しずつ「自己開示」できるようになり、チームでのディスカッションで誰とでも意見を交わせるようになります。
さらにそこから、「他者」との関わりのなかでの自分のあり方を考え、「自分は人とどう関わっているか」を見つめる。そうして徐々に、社会・世界にある課題へ共感し、その課題に対して「自分はどう貢献できるか」を考えるステップに進んでいきます。
今後は、アントレプレナーシップ(※5)の手法を使ったプログラムにも取り組ませていく予定です。
(※5) 高い創造意欲を持ち、それに先立つリスクに対しても果敢に取り組んでいく姿勢や発想、能力などを持つ”企業家精神”のこと「アート」を通じて気付く自分と他者

(編集部)経験学習に取り組ませるということですが、具体的にどのような授業をされていますか?
(池谷先生)授業内で行う多くの経験学習プログラムでは「アート思考」を取り入れています。自分の中に潜む興味関心のたねを引き出す「プロセス」だと捉えています。例えば、写真を使った授業です。自分で撮影した写真を見て「なぜこれを撮ったのか」という疑問から自分の価値観を探ったり、雑誌の切り抜きなどからコラージュ写真を作成して自分の好きなものを掘り下げたり。こうした授業から、生徒たちは「同じ写真を見ても、違う感じ方をしている」「着眼点が違う」といった、自分と他者との違いに対する気付きを得られています。
他には、企業の研修などでも使われている「レゴ® シリアスプレイ®(LSP)」(※6)と呼ばれる手法も効果的です。「自分の感情をレゴで表現してみよう」という課題を出します。自分の感情を、言語化する前にレゴで表現していきます。生徒たちは頭をフル回転させて、どのブロックを選び、どういう形にするか。「目に見えないもの」が他の人に伝わるのかを必死に考える。実際にブロックを手に取り、ときには他の生徒に意見を聞き、議論したりして自分の考えを形にしていきます。さらに、完成したところで今度は、何を考えてどういう形にしたかについて発表を行います。
(※6)レゴ®ブロックを用いたワークショップ。2001年にデンマークのレゴ社で開発され、NASA・Google・Yahoo
!・TOYOTAなど世界中の企業でも導入されている。さらに、自分の好きなことを108個あげるという授業でもおもしろい結果が出ています。ある生徒の回答では、「うどん」「夕日」のようにシンプルなものもありますが、一方で「磨かれたスパイク」や「新しいスニーカーを履いて家を出る一歩目」などより具体的なものが出てきます。これは、自分に対してより意識的になる授業をたくさん取り組んだ結果といえるでしょう。
探究科の今後のビジョン

「探究」を重ねて成長する生徒たち
(編集部)先生はこの「探究」を通して生徒の成長をどのように見ておられますか?
(池谷先生)自分の好きなことやしたいことが見つかれば、より自由度が高い活動ができると思っています。例えばスペースバルーンを飛ばすというプロジェクトに取り組んでいたチームがあります。「せっかくなら高く飛ばしたい」と、ある大学の教授にアドバイスをお願いして、成層圏まで上がるスペースバルーンを完成させ、装着したカメラで映像を撮るまでのプロジェクトを成し遂げました。
こうした生徒たちに見られる変化は、成長というより、形を変えながら殻を脱ぎ捨てサナギからチョウになる“変態”のようなもの。その先に初めて成長があるように感じています。
探究学習がもたらす価値
(編集部)探究学習の今後のビジョンについて、先生のお考えを聞かせてください。
(池谷先生)現在、本学で探究学習に取り組んで2年目です。プログラムも完成しつつあるという手応えを感じています。保護者の皆さんにこの教育的な価値を伝えるためには、もっと工夫が必要だと感じていますが、生徒たちの成長の姿が日を重ねるごとに見て取れています。
「自分は何を大切にしていて、どんなことに取り組んでいきたいのか。」生徒たちの考え方や将来に向けたビジョンが日に日に明確になり、授業や行事などへのモチベーションが明らかに良い方向に変容していっているように感じます。
これからは、この探究学習の効果をいかに教科と結びつけていくかが求められます。
各教科の学習方法も変わるなかで、探究で身につけたマインドセットが生徒たちの学習に対するエンジンとなり、自分の好きなこと、実現したいことに向けて、主体的に自分の進路を実現する方向に進んでいけると信じています。
まとめ
大学入試の総合型選抜(AO入試)試験でも、こういった探究学習で培われる「自分自身を振り返る力」「表現力」「論理的思考力」などが求められています。この学びを通して、間違いなく生徒たちの進路実現にもよい影響を与えていくだろうと感じました。
私たちはIoTやAIなどの技術革新、また今回の新型コロナウイルスのような予測不能な出来事によって、たった1年でも社会が著しく変化することを思い知らされました。どのような時代が訪れても、自ら課題を見つけ、考えて行動する力を身につけ、困難を乗り越えながら豊かな人生を生きるためには、何よりまず「自分を知る」ことが大切。探究学習とは「自分」を軸に力強く立ち、歩む力を身に付けるためのものだということに気付かされました。