保存か展示か活用か。コロナ禍、電力高騰が突きつける博物館の未来

瀧端 真理子

瀧端 真理子 (たきばた まりこ) 追手門学院大学 心理学部 心理学科 教授専門:博物館学(博物館研究)、社会教育

保存か展示か活用か。コロナ禍、電力高騰が突きつける博物館の未来
ルーヴル・ランス(2015年8月撮影)

コロナ禍の行動制限解除に伴い、平常を取り戻しつつあった博物館。そこへロシア軍によるウクライナへの軍事侵攻に端を発したエネルギー価格の高騰が続き、今、多くの博物館が経済的苦境に立たされています。

社会の注目を集めるきっかけとなったのは、2023年2月号の『文藝春秋』に掲載された、東京国立博物館の藤原誠館長による政府の支援を求める緊急寄稿(※1)。東京国立博物館では、2020年に一般(個人)入館料(常設展観覧料)を620円から1,000円に値上げしていたものの、光熱費の突発的かつ大幅な支出増には対応のしようもなく「このままでは国宝を守れない」と声を上げたのでした。

外部環境が要因とはいえ、はからずも博物館をはじめ文化施設の苦境が広く明らかになり、改めて文化施設の役割や活用のあり方が問われています。私たち利用者側にも、日常での文化施設との関わり方を見直すときが訪れているのではないでしょうか。

今回は、『美術手帖』2022年12月6日Web更新記事「高騰する美術館の特別展料金。秋の入館料調査が示すもの」(※2)において、各地の代表的な美術館111館の鑑賞料金を調査・発表した、博物館学が専門の瀧端 真理子心理学部教授に、博物館運営をめぐる厳しい現状と存続への展望について聞きました。

(※1)『文藝春秋』2023年2月号(Web記事)東京国立博物館の館長が緊急寄稿「このままでは国宝を守れない」 (※2)『美術手帖』「高騰する美術館の特別展料金。秋の入館料調査が示すもの」(2022/12/6WEB更新記事)

経営ひっ迫で困窮する施設が続出!? 博物館の現状とは

経営ひっ迫で困窮する施設が続出
出典:Adobe Stock

博物館の歴史と成り立ち

(編集部)まずは博物館の歴史と概要から、瀧端先生の解説で確認していきたいと思います。

(瀧端先生)国によって博物館の成り立ちや歴史は異なりますが、おおむね市民社会の成立とともに公共施設として形づくられてきました。 日本では明治維新以降、海外の施設をお手本にして博物館が形成されてきました。日本最古の博物館と目されるのは、1872(明治5)年に湯島聖堂を会場に「文部省博物館」の名称で開催された博覧会です。名古屋城の金の鯱(しゃちほこ)が出品され、鑑覧者を捌ききれずに会期延長するほどの人気で「博覧会は儲かるもの」という考え方がここから浸透したと言われています。閉会後も資料の公開を望む声が強く、引き続き、博物館として公開することになりました。

(編集部)ひとくちに博物館(Museum)といっても、さまざまな施設がありますよね。

(瀧端先生)美術館をはじめとして科学館、歴史館、水族館、動物園などが存在し、それらすべてをまとめると全国に約5,000の博物館があります。博物館は歴史、芸術、民俗、産業、自然科学といった資料を収集し、維持・保存しながら、展示や教育、調査研究に活用することが役割。設置主体別には国立、公立、私立があり、公立では自治体が直接運営している施設もありますが、指定管理者制度が導入され、民間団体が運営を担うケースも増えています。

国公立博物館のさみしい懐事情

(編集部)先頃、東京国立博物館の藤原誠館長による緊急投稿が話題になりました。一般的に国公立博物館の経営状況は厳しいものなのでしょうか?

(瀧端先生)多くの施設が苦境に立たされています。 博物館の収入の柱の一つが入館料ですが、入館料だけで必要経費を維持できるところはほぼありません。 国公立の場合、近年では少子高齢化・人口減少による重点政策の変化のあおりを受け、博物館のような社会教育施設は予算配分が少なくなっています。自治体直営の公立博物館は、自らの収益を運営費とすることができないので自治体の予算頼みなのが悩ましいところですね。独立行政法人化した国立の博物館も、国立大学と同様、年々運営交付金を減らされ、自主財源を確保することが求められています。 いずれも苦しい状況であることといえるでしょう。

(編集部)博物館は単に鑑賞を楽しむだけでなく、文化に触れられる、文化を守っていくという役割もありますよね。

(瀧端先生)これまで博物館は教育基本法、社会教育法、博物館法という法体系の中に位置づけられていたのですが、近年は文化庁管轄の「文化観光推進法」に強く紐付けられ、博物館は国の観光戦略の一つに位置しています。コロナ禍以前はインバウンド需要が高まっていたこともあり、国としては集客が増えるはずだという前提のもと、「稼げる博物館」を求める政策になっていました。 ですが、そもそもインバウンドで稼げる施設など、大都市かよほどの観光都市に限られるため無理のある話です。博物館全体を見渡せば、現在の国の戦略は甘いと言わざるをえません。

(編集部)たしかに、海外からの旅行者が地方の博物館にどれだけ足を運ぶだろうか?と考えると疑問が残ります。

(瀧端先生)そこへきてコロナ禍による行動制限があり、休館や入館制限を余儀なくされたことで来館者数は激減し、加えて光熱費など維持費高騰の影響を受けています。 すでに国立博物館は2020年に入館料の値上げに踏み切っていました。財源難の打開策としてグッズ販売や友の会による収益増加を進めているところもありますね。 現在は否応なく過渡期を迎えていますが、伝統的に収益事業に力を入れてきた業界ではありませんから、まだまだ自己収入を増やすのが難しい博物館が圧倒的でしょう

入館料値上げは危機回避の一手となるか? これから求められる博物館像とは

入館料値上げは危機回避の一手となるか
デパートと見紛うほどの海外大規模館のミュージアムショップ–ロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館(2016年3月撮影)

高騰する美術館の特別展料金。『美術手帖』で発表した入館料調査が示すもの

(編集部)2022年12月『美術手帖』Webサイトに寄稿した記事で、国内の美術館における料金の調査を行っていましたね。

(瀧端先生)コロナ禍以降、日本の美術館の鑑賞料金が上昇傾向にあり、このままでは人々にとって美術館がさらに「遠い存在」になるのでは、という編集部からの問題提起を受けて調査しました。 内容は、日本各地を代表すると思われる111館の美術館を対象に、一般入館料(常設展観覧料)と11/3(文化の日)を開催期間に含む特別展鑑賞料金を調査するというものです。 調査結果から特に気になったのは、特別展料金の価格設定でした。

瀧端 真理子「2022年11月3日を含む日本の美術館の特別展料金調査」
出典:瀧端 真理子「2022年11月3日を含む日本の美術館の特別展料金調査」をもとに作画(特別展料金分布)※集計・分析に用いたデータはリンクからご覧ください。

調査対象館のうち77館が11/3を含む特別展料金を館の公式サイトに掲載しており、その平均値は1,248円、中央値は1,200円。これらの料金を高い順に並べたところ、2,000円以上が5館(国立4、公立1)、1,500円以上2,000円未満が19館(国立4、公立9、私立6)、1,001~1,500円未満が24館(国立2、公立17、私立5)、1,000円以下が29館(公立24、私立5)でした。 一般的に「高い」と感じるであろう2,000円以上を設定している美術館は、5館中4館が国立美術館・博物館です。作品保護の観点を理解したうえでも、国立館が全体の平均料金を上げていると言わざるをえません。

(編集部)特別展料金で2,000円超え。往復の交通費や図録の購入を考えると鑑賞にかかわる出費はけっこうな額になりますね。

(瀧端先生)美術鑑賞が趣味の人には苦にならない額でも、気軽に楽しみたいという人にとっては高額ですよね。 2,000円超えは少数派ですが、それにしても特別展がまさに「特別に料金のかかるもの」として存在する背景には、日本の美術館、特に公立美術館が昔から作品収集の資金に恵まれず、また多くの館が次世代アーティストの養成に積極的に関わってこなかったということがあります。 独自のコレクションが貧弱であるがために常設展では来館者を惹きつけにくく、どうしても特別展頼りになってしまいがち。特別展で海外の美術館から一時的にコレクションを借り受けて展示するにはお金がかかるため、マスコミ業界の協力(スポンサー)を得るケースが多いのです。

日本の博物館はなぜ「入館有料」という選択をしてきたのか?

(編集部)瀧端先生は「日本の博物館はなぜ無料でないのか?」(※3)という論文も発表していますよね。『美術手帖』での調査研究は美術館が対象でしたが、日本では美術館に限らず水族館、科学館などに入館する際、料金を支払うことが当たり前だという感覚を持つ人が多いと思います。これは日本ならではですか?

(瀧端先生)日本は入館料を設定している博物館が半数以上を占めますが、実はイギリスのように「博物館は入館無料が基本」という国もあります。アメリカでは金額を定めず「入館料は任意の額で」としている施設が散見されます。一方、動物園や水族館は世界的に有料の館園が大半です。

(編集部)なぜ日本では入館を有料とする博物館が多いのでしょう。

(瀧端先生)日本の法制定過程での議論がベースになっていると考えられます。 博物館法ができたのは戦後で、その中では利用について「原則無料」と規定されています。これは今年4月に改定される博物館法でも変わりません。しかし、かつての法制定過程で主に3つの主張があり、「有料やむなし」という業界のベースが醸成されました。 その3つとは、①動物園協会から無料化への反対があったこと、②研究・調査のためには収益が必要だと業界の声が上がったこと、そして③博物館の本来の利用者ではないと考えられた人たち--当時の浮浪者--の排除が意識されたことです。

博物館法に先立ち法制定が進んだ図書館法には、「すべての人に無料で教育の機会を与える」という教育の機会均等を重要視するGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の強い意向で無料閲覧制が導入されたのですが、博物館法に関しては強い介入がなかったこともあり、過半数を超える施設が入館料を設けるという現在につながっています。

(※3)参考論文:瀧端 真理子「日本の博物館はなぜ無料でないのか?―博物館法制定時までの議論を中心に―(追手門学院大学心理学部紀要, 2016年3月)

持続的な博物館の在り方を考える

持続的な博物館の在り方を考える
マンチェスター大学ウィットワース美術館(2017年2月撮影)

収益増を狙うか、地元密着型となるか。迫られる運営方針の転換

(編集部)入館料の値上げに頼るには限界があります。博物館に明るい未来をもたらす運営とは、どういった手段が考えられますか?

(瀧端先生)博物館が置かれている状況にもよりますが、寄付やスポンサーを積極的に集め、かつショップやレストラン等の付帯事業での収益を目指す方法に加えて、地域の福祉・教育に軸を置いた地元密着型として存続していく可能性を示したいと思います。

(編集部)地域密着型の博物館とはどういった存在でしょうか?

(瀧端先生)地域住民が普段使いでき、さらに地域の社会福祉に利活用される博物館になるということです。人が集まるコミュニティ・拠り所となる=地域から求められる=税金を投入する価値を認められる存在になる、ということですね。 そのためには入館料は無料かごく低額であることが望ましいです。イギリスのマンチェスター大学ウィットワース美術館では訪れた人々がめいめい自由に模写を楽しんでいました。特に誰か美術館のスタッフが付いて指導している訳ではなく、ごく自然体で美術館を使っているのには驚きましたが、このような使い方ができるのは入館無料だからこそ。

福祉での活用法としては、たとえば認知症患者またはその予備軍の高齢者に対するケアの一環で「美術館で絵を鑑賞して回想する」という手法が用いられるケースがあります。 もっと気軽に親しめる場所、福祉に活用できる施設としての存在を確立する。特に地方や小規模自治体が運営する博物館にとって、存続の道を探る上で有効だと考えます。

もちろん収益増と地域密着型、両立できるならばそれに越したことはありませんが、博物館は二極化していくのではないかと見ています。

地域の社会福祉に利活用される博物館
左:オアハカ・テキスタイル美術館(メキシコ)の教育エリア
右:ミドルスブラ近代美術協会(イギリス)の高齢者対象ワークショップ

海外の博物館の運営手法から学べることは?

(編集部)海外の例がいくつか出てきましたが、運営資金を自力でまかなう、と考えたときに参考にできる事例はありますか?

(瀧端先生)先ほど、イギリスの博物館の多くが入館無料であり、アメリカは入館料を人々の裁量に任せている施設がある、とお話ししました。これは運営資金の収入源の一つとしての寄付金の存在が大いに関係しています。

イギリスの入館無料の館内には必ず寄付ボックスがあり、人々は入館料代わりに寄付をするのが一般的。アメリカでは地元の名士が集う社交の場として博物館を利用したパーティーが開催されることも珍しくなく、寄附を募るためのガラパーティも開きます。

また、ニューヨークにあるユダヤ博物館やニューヨーク近代美術館(MoMA)でも、認知症患者とその予備軍を対象とした館内ツアーを実施しています。これには美術館側の明確な狙いがあると推測するのですが、実は両施設が位置するのは高級ショッピング街や高級住宅街のすぐそば。近隣に住む資産家の参加が期待でき、介護が必要になっても美術館を利用してもらうことで、美術館への寄付を考えてもらえる可能性があると。また、高齢者とケアパーソン(介護者)が一緒に美術鑑賞をし、積極的に発言もするチャンスは、介護者にとってもリフレッシュの場となっていて大きな意義を感じます。

ニューヨーク近代美術館(MoMA)
ニューヨーク近代美術館の高齢者向けツアーと、参加者にお土産として渡されるFamily & Friends PASS

(編集部)欧米は寄付や社会貢献への意識が強いといわれていますから、そういった活用法がうまく定着しているんですね。

日本の博物館の活路は寄付にある?

(編集部)最近は「ふるさと納税」を活用した寄付もあるそうですね。兵庫県立美術館がコレクション展の無料開放デーを設けたり、福井県立恐竜博物館では展示物の充実や化石発掘などの調査研究に活用していたりする例を見つけました。(※4)

(瀧端先生)ふるさと納税は、寄付者である納税者と寄付を受ける地方自治体がWin-Winの関係にあるのが特徴ですね。たとえば1万円を寄付すると納税者には3,000円ほどの返礼品が届き、寄付金は複数の使途から寄付者が選んだ場合、自治体の文化芸術振興にも使われうるという形が既に構築されている。 個人からだけでなく、愛媛県立とべ動物園は企業版のふるさと納税の恩恵を受けていますし、京都市京セラ美術館など企業によるネーミングライツを導入している公立館もあります。 博物館側が上手にアピールし、博物館への支援が節税に繋がるという理解が広まれば、賛同してくれる人や企業は増えそうです。

寄付文化
小さな博物館にも寄付の箱がある(イギリスのレッチワース博物館、2006年8月撮影)
(※4)・兵庫県立美術館 芸術の秋 コレクション展の無料開放事業ふるさと納税で福井県立恐竜博物館を応援しよう!

博物館は文化保護の要。多面的な利活用が拓く可能性

博物館は文化保護の要
ワシントンD.C.のナショナル・ギャラリーで模写する人(2014年8月撮影)

今と未来の市民のために

(編集部)博物館をとりまく経済的環境についてお話を聞いてきました。最後に、文化保護の要という観点から博物館存続についてコメントをお願いします。

(瀧端先生)文化や芸術は地域のアイデンティの根幹であるとともに、エリアを越える普遍的なもの。そしてそれらは、海外の人達を惹きつける日本のソフトパワーともなり得ます。 私たちの世代でコレクションを使い尽くす、消耗させるということは、何としても避けなくてはなりません。今こそ、博物館運営に携わる人々だけでなく、市民みんなで博物館の在り方を考える時が来ているのではないでしょうか。

多くの人々の手によって正倉院の宝物が現代まで受け継がれてきたように、文化的な財産を将来の世代につなぐ発想が重要です。博物館はその中心であり、調査・研究によって学術や文化の発展にも寄与する重要なポジション。 日本の現状として税金頼みの施設が多いことは否めず、資金難から短期間で脱却できる博物館は多くはないでしょう。ですが、日本の博物館はその在り方、運営の転換を迫られていることは確かです。今と未来の市民にとってより良い存在であれるよう、各施設の創意工夫に期待したいところです。

まとめ

コロナ禍、エネルギー価格高騰と博物館を取り巻く状況は大変厳しいものがあります。その背景をたどっていくと、特別展などの入館料を収入の柱とする一方、公的な教育施設ということで税金が投入され、収益事業や寄付をそれほど重視してこなかった日本特有の事情を知りました。コロナ禍前のインバウンドの高まりによる「稼げる博物館」という国の戦略の根底にあったものも“入館料や付帯事業で稼ぎ、周辺も潤う”という考えでした。しかし教育施設からスタートした博物館の立地は都市部にあるごく一部を除いて不便なところも多く、一朝一夕にはいきません。

今後、博物館が安定して運営を継続していくには、まず博物館の在り方そのものを「たまに行く施設」から「普段から利用する施設」に転換すべく、地域のアイデンティティ、文化の発信拠点となる必要があるように思います。そして利用者側も、文化を共有、継承する場としての存在意義を理解し、寄付やボランティアで支えるという意識の転換も求められているのではないでしょうか。

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藤原 直樹

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プロフィール

瀧端 真理子

瀧端 真理子 (たきばた まりこ) 追手門学院大学 心理学部 心理学科 教授専門:博物館学(博物館研究)、社会教育

公立博物館の成立、形成過程、維持存続の実態、博物館関連法制度、市民参加に関する調査研究を行う。
近年は博物館を巡る価値の多様化、入館料問題、高齢者と博物館の互恵的関係、ミュージアムの寄付金獲得戦略等の研究を手掛け、文献資料及び数値データ、参与観察、聞き取り調査等の多様な手法を用い博物館の社会的機能を明らかにすることを目標としている。

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