性的マイノリティ(LGBTQ)が直面する住宅問題。賃貸契約や不動産購入における社会課題とは

葛西 リサ

葛西 リサ (くずにし りさ) 追手門学院大学 地域創造学部 地域創造学科 准教授 学術博士専門:住宅政策、居住福祉

性的マイノリティ(LGBTQ)が直面する住宅問題。賃貸契約や不動産購入における社会課題とは
(写真:Photo AC)

生活の基盤となる場所、住まい。その選択にセクシュアルマイノリティの人々が不自由を感じている――その実態が、追手門学院大学で住宅政策を専門とする地域創造学部・葛西リサ准教授らの調査から明らかになりました。

性的少数者を意味するセクシュアルマイノリティ(セクシャルマイノリティ)を表す言葉の一つとして、LGBTQという言葉があります。法務省などによると、LGBTQは、どのような性別の人を好きになるかを意味する性的指向や自分の性の認識に関する英単語の頭文字を組み合わせた言葉で、同性愛者や両性愛者、身体と心の性が一致しない性別越境者、性的指向や性の認識が不明な人を含んでいます。

葛西准教授らは、LGBTQの人たちが住宅を探す際に直面している課題を明らかにしようと、当事者へのアンケート調査を2020年と2021年に2度実施しました。とくに、2021年に行った2回目の調査では、NPO法人カラフルチェンジラボ(代表:三浦暢久)と共同で、約1,800名から当事者たちの悩みや不安を集めています。

今回は、2回目の調査の速報値をもとに、これまで実態が明らかになってこなかったLGBTQ当事者の住宅問題について、葛西リサ准教授と、カラフルチェンジラボの代表を務める三浦暢久氏に伺いました。いったいどのような課題が浮き彫りになったのでしょうか。

社会に見過ごされてきた性的マイノリティの住宅問題

左:葛西リサ准教授、右:カラフルチェンジラボの三浦暢久代表
(左:葛西リサ准教授、右:カラフルチェンジラボの三浦暢久代表)

研究の始まりと第1回調査

(編集部)はじめに、葛西先生がセクシュアルマイノリティの住宅問題について研究を始めたきっかけは何ですか。

(葛西先生)私は住宅政策が専門で、主にシングルマザーの住宅問題(居住・貧困)をテーマにしてきました。講演活動や執筆活動を続ける中で、セクシュアルマイノリティの当事者から「私たちも住宅問題を抱えている」という声が届くようになったのが、LGBTQの住宅問題に注目したきっかけです。

しかし、課題の検討を始めようとしたところ、先行研究がほぼなく実態がわからない状態でした。まずはLGBTQ当事者の声を集め実態を明らかにする必要がある、と考え、2020年度に第1回アンケート調査をWebで実施しました。

参考:第1回目のアンケート結果 だれと住むかは私が決める セクシュアルマイノリティの住宅問題に関する調査結果速報

研究者とNPO法人の出会い。そして第2回調査へ

(編集部)第1回の調査結果は新聞やニュース、WEBメディアなど各所で取り上げられていましたね。

(三浦さん)カラフルチェンジラボと共同で実施した第2回目の調査も、第1回目のアンケート調査の記事を見て、私から葛西先生にアプローチしたのがきっかけです。

私は、2015年から不動産会社の方々と共にLGBTQの住まい・引越しをサポートする「みんなの住まい」というプロジェクトを展開していて、理解を広めるための企業向け研修や情報提供を行っています。活動を進める中、私自身がセクシュアルマイノリティ当事者であること、また周囲でも住宅問題で「困った・不快な思いをした」という人が多かったので経験的なエビデンスはありましたが、統計に基づいたデータがなくもどかしさを感じていました。また、ゲイやレズビアン、トランスジェンダーといったLGBTQそれぞれの立場によって直面する問題が違ったものがあるのではないかと常々考えていました。

多様なケースや意見があるはずで、それらを可視化するために研究者の方と一緒に活動したいと思っていました。

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LGBTQが抱える住まい・不動産の課題とは。見えにくい当事者の声がWeb調査で明らかに

(葛西先生)私自身、第1回の調査で印象的だったのが、自由記入欄に幅広い回答が多く寄せられたことです。調査前は、LGBTQの方が感じる不都合とは賃貸住宅を借りる、住宅を購入するといった時に差別や嫌がらせを受けるといったケースを想像していたのですが、実際の課題は多岐に渡ります。

たとえば、同性カップルで暮らしたくても部屋が借りにくい、それなら住宅を購入しようと思ってもペアローンが組めない、仮に購入できても相続問題が発生する、またセクシュアリティを理由に地域コミュニティにとけ込めないなど、回答を見て、住宅問題は生涯にわたって生きづらさを感じる要因になるという点に衝撃を受けました。

また「不動産会社とのやりとりで、これまでにどういった差別を受けたか」という設問に対し、「性的マイノリティに対する差別があると知っているから、差別自体に遭遇しないよう工夫している」といった声が複数寄せられて、不自由な思いをさせている社会構造に改めて問題を感じました。

より多くの対象者に向けて深掘りした調査を実施したい、と考えていたところ、三浦さんから声をかけていただき第2回調査の実施に至りました。

NPO法人カラフルチェンジラボのホームページ
https://cclabo.org/

第2回調査の概要について

葛西准教授と三浦氏が実施したアンケート調査
葛西准教授と三浦氏が実施したアンケート調査

調査する側も驚いた、予想以上の反響

(編集部)第2回目の調査「セクシュアルマイノリティの居住ニーズに関するアンケート調査」では、約1800人から回答が寄せられたそうですね。

(三浦さん)全国にあるLGBTQ当事者のコミュニティに向けて発信したことが大きく影響していると思いますが、それにしても予想以上の反響で驚いています。全国47都道府県だけでなく、少数ですが海外からも回答がありました。

全53問にわたるアンケートの概要

(編集部)回答データの詳しい分析はこれからということですが、今回実施された調査の概要ついて教えてください。

(葛西先生)調査期間は2021年10月22日~11月21日。Web上で実施して1,779名からの回答を得ました。

項目が多くボリュームのあるアンケートでしたが、多くの方が協力してくれました。回答者の居住エリアは東京都が多く、次いで目立った地域は大阪府や福岡県など大都市圏です。これはセクシュアルマイノリティの人々は地方の狭いコミュニティから逃れ、都会に住むケースが多いことが関係していると考えられます。

質問の大枠は、性自認や性指向、居住地域や年齢、職業などパーソナリティに関する内容からはじまり、パートナーや同居人の有無、現在の住宅のタイプ(賃貸か持ち家か)、契約形態について。

そしてセクシュアリティが理由で住居に関する不自由を感じたことがあるかという点について、住宅探しから不動産業者との接点、住み続ける上での不安や不利に感じたこと、今後の希望など具体的に質問しました。

集計をとる関係上、性別は出生時の公的書類に記載されたもので回答してもらい、今回は約84%が男性の回答者です。ただ性自認については多様な返答があり、性的マイノリティをカテゴライズすることへの難しさを感じるとともに、分析の際に留意する必要があると考えています。

調査から見えてきた実態とは

調査から見えてきた実態
(写真:Photo AC)

不安を感じる人が約4割。不自由を避けるあまり高まるリスク

(編集部)回答の中で、特に注目するべき項目はありましたか。

(葛西先生)まず「セクシュアリティが理由で不動産業者に行くことに不安がある?」という質問には、「強く感じる」「やや感じる」と答えた人が約40%でした。

「セクシュアリティを理由に将来の住まいに不安や心配がある?」という質問も、同じく約40%が「強く不安に感じる」「やや不安に感じる」と回答しています。

(編集部)4割の人が住宅問題に不安を抱えているというのは大きな問題ですね。具体的に賃貸住宅の契約面ではどうでしょう。借りにくい、住みにくいといった声はありますか。

(葛西先生)目立ったのが、パートナーと暮らした経験のある人が約半数を占めたのですが、その中で「(賃貸物件で)不動産業者に隠れて同居したことがある」という人が61%にのぼった点です。これはまさに借りにくい、住みにくいという課題が表面化しているのでしょう。

隠れて暮らすって本人にとってもつらいことですし、行為自体が契約違反になります。また不測の事態が起きたときに本人の存在証明ができません。貸し主にも入居者にもリスクがある状態なので、仕組みづくりの必要性を感じました。

(三浦さん)「隠れるくらいならルームシェアの部屋を探せば良いのでは」と考える方もいるかもしれませんが、当事者側からすると話はそう簡単ではありません。

賃貸住宅には「2人入居可」や「ルームシェア可」といった物件がありますが、比較的数の多い「2人入居可」は基本的に家族や血縁関係のある人、または結婚を前提にした異性カップルを想定していて、同性カップルだと審査が通らないケースが多いのです。一方で「ルームシェア可」の物件数はかなり少なく、中には条件の悪い部屋の空き家対策として提示されているケースもあります。希望条件を満たす部屋を借りるには1人の名義で契約するしか手がない、と考えてしまう人もいるのが実情です。

近所づきあいにも壁を感じるという現状

(三浦さん)私は持ち家に住む回答者からの「ご近所づきあいがしづらい」「地域コミュニティにとけ込みにくい」といったコメントに注目しています。

たとえばマンションを購入すると管理組合に入りますよね。LGBTQへの理解者が多いコミュニティであれば良いのですが、もしかすると差別を受けるかもしれません。特にファミリー層が多いマンションの場合、同性カップルは自分たちの関係を明かすことに不安を抱えるようです。

(葛西先生)近年はパートナーシップ制度を設ける自治体が増えていますが、回答の中で該当する地域に住む人が約3割だったので、他の回答と結びつければ制度が実生活にどのように役立っているか、有意義なデータが明らかになるのではと期待しています。

また、前回の調査同様、自由記入欄へのコメントが多いのも印象的でした。調査のフィードバックを期待する声も多く、住宅問題に対するLGBTQ当事者からの注目度は高いと感じています。

「住む」ことは「生きる」こと。性別でつくられた世界を変える

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(写真:PIXTA )

LGBTQ当事者の障壁は、配慮の欠如と業界の「当たり前」

(編集部)今回の調査を通して、どういった課題が見えてきましたか?

(三浦さん)LGBTQ当事者は、不動産業界の方にとって当たり前とされるサービスに困惑や不快感を抱くことがあります。

たとえば日本の住宅事情は、複数人での暮らし=ファミリーが当たり前とされてきました。必要書類の「続柄」が婚姻や血縁関係を前提にしている点からも、それは明らか。そしてそこに当てはまらない人はリスクヘッジ……つまり排除の対象になっている。その点に問題を感じています。

これまで当事者達は不愉快な思いを回避するために、妥協や隠しごとがある状態で「住まい」を手に入れるケースが多かった。ですがそれは、本来なら当然持っている権利を失ったまま暮らしていくということに等しく、安住の地とは言えないのではないでしょうか。

優遇を求めているわけではなく、個々人が「住まいを選ぶ権利」を、ただ当たり前に提供してほしいと望んでいるだけなのです。

アンケートで集まった数字も大事ですが、これまで表に出てこなかった一人ひとりの声、恐怖や困り感を可視化できたことが、今後、業界全体に改善を訴えかけていくエビデンスとしてとても重要になってくると考えます。

(葛西先生)さまざまなケースを知り、改めて気付いたのが不動産市場の特異性です。住宅探しは、個人の契約にしては関わる人が非常に多い。賃貸の場合だと仲介業者や管理業者、大家、保証会社など多くの人にプライベートな情報を提示することになりますが、その中で1人でもリテラシーの低い人に遭遇してしまうと、不快な思いをしたり部屋が借りられなかったりといったことが起こってしまいます。

現に今回のアンケートで「セクシュアリティを理由に契約を断られたら次の不動産業者を探す。そこで抵抗しても時間の無駄だから」という回答がありました。これはすごく悲しいことです。

当事者にとっては業界の無理解なルールに加え、さらにセクシュアルマイノリティに対する偏見があるかもしれないという二重の障壁があります。不動産業界への理解を広め、仕組みづくりから変えていかないといけません。そのためには個々で戦うのは難しく、研究者や活動家が声を集約して訴えていくことが重要だと再確認しました。

取り組みは芽吹き始めている。さらなる展開を

(編集部)業界的な課題ということですが、それを解決していくにはどういったアプローチが必要だと考えますか。

(葛西先生)まずは、住宅事情で大きな割合を占める民間の賃貸住宅市場に働きかけていく必要性を感じています。

これまで長く研究してきたシングルマザーの住宅問題では――彼女たちも不動産業者から倦厭される対象になりがちなのですが――その決定的な理由が貧困です。これは国が家賃補助など経済的支援策を設けることで一定の改善が期待できます。

ですがLGBTQの住宅問題については、不動産業界が現場から変わらなくては解決しないと感じます。当事者に支払い能力があっても、業界側のセクシュアリティへの理解と配慮が欠けているために希望する住居を借りられない、購入できないケースが多いのです。 企業に正しい知識を身につけてもらうための土壌づくりには、適切な研修などが必須だと思いますので、国土交通省に訴えかけてアナウンスを要求することも視野に入れています。

(三浦さん)近年では積水ハウスグループなどの大手企業がLGBTQの住宅問題に注目し始めていますが、不動産関連は少人数経営の企業が多い業界なので、浸透を図るにはやはり全体のサービスの底上げが必要ですね。

私はこれまでもカラフルチェンジラボのフレンドリー企業に向けて、LGBTQへの配慮について研修を行ってきました。その中で手応えを感じたのが、「サービス全体の底上げができた」と評価されたことです。社会にはLGBTQ以外のマイノリティ当事者の方々もたくさんいますから、さまざまな背景を持つ人へのホスピタリティが向上したということでしょう。

(葛西先生)そこに関連してお話しすると、現在の日本では人口減少によって空き家が増えていて、不動産業界は新たな市場を探しています。LGBTQに対する施策がどれほどの市場規模になるかは未知数ですが、人口の約8.9%※の人がセクシュアルマイノリティだといわれる今、満たされていない市場ニーズは確かにあります。

多様な住まいを思考し、LGBTQに限らずマイノリティに配慮した施策は不動産業界が新たなマーケットを開く一手にもなると考えます。

※2019年に電通ダイバーシティ・ラボが発表した調査レポート

社会での話題共有を目指して

(編集部)では最後に、今後の活動について展望をお聞かせください。

(葛西先生)私は、この調査結果を可能な限りはやく論文として発表する予定です。これまでセクシュアルマイノリティの人々が住宅の賃貸や購入に不便があることは感覚的にはわかっていましたが、可視化できていなかった。目に見えない課題は解決されにくく、サービスへの反映も期待しにくいです。社会課題として認知度を高めるためにも、私たちの調査結果を広く届けていきます。

(三浦さん)私はこの調査結果をエビデンスとしてプロジェクト活動に生かします。不動産業界全体の仕組み改善にアプローチすべく、当事者、研究者、企業との横の連携を強め、理解を広めていきたいです。

NPO法人カラフルチェンジラボ(CClabo) 代表理事 三浦 暢久(みうら のぶひさ) 【取材協力】三浦 暢久(みうら のぶひさ)
NPO法人カラフルチェンジラボ(CClabo) 代表理事
セクシュアリティに関係なく、誰もが偏見のない世の中で幸せに暮らせる社会を目指し、2015年より活動をスタート。これまでたくさんのプロジェクトを手がけてきたが2018年に各プロジェクトをまとめ、NPO法人カラフルチェンジラボを設立。 現在は福岡市を中心に多くの企業より賛同を受け、企業・地域/学校にも講演活動や研修/アドバイザーとして幅広く活動中。
NPO法人カラフルチェンジラボの公式サイト

まとめ

調査結果と三浦さんのお話から具体的なケースを聞くにつれ、住宅の選択段階で不自由な思いをしている人がいることへの課題がリアルに感じられました。生活のベースとなる住居は、誰にとっても安心して快適に過ごせる場所であるべきものです。これまで表面化してこなかったセクシャルマイノリティの住宅問題について、実態・課題が明らかになった今、調査結果が多くの人の目にふれ、社会的関心が高まることを期待したいと思います。

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葛西リサ

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プロフィール

葛西 リサ

葛西 リサ (くずにし りさ) 追手門学院大学 地域創造学部 地域創造学科 准教授 学術博士専門:住宅政策、居住福祉

ひとり親、住宅問題、居住貧困、子どもの貧困、シェア居住、空き家などの住宅政策、特に、ひとり親の居住貧困問題に関する研究を行っている。その解決策として、公的施策への提言のほか、民間の不動産関連事業者とともに、空き家を活用したシェアハウスの提案など実践も手掛ける。
2007年 神戸大学自然科学研究科博士課程修了
2020年~ 追手門学院大学 地域創造学部 地域創造学科 准教授
主な著書に『母子家庭の居住貧困』(2017)等 多数

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