万博、IR、インバウンド。長引くコロナでどうなる大阪の観光戦略

溝畑 宏

溝畑 宏 (みぞばた ひろし) 追手門学院大学  大阪観光局理事長、客員教授

万博、IR、インバウンド。長引くコロナでどうなる大阪の観光戦略
(出典:getty images)

第6波への警戒など、いまだ収束の予測が立たない新型コロナウイルス。第一回目の緊急事態宣言が出されてから1年半の間に、不要不急の外出自粛や県境をまたぐ移動の制限、飲食店への時短要請などが続き、観光業は大きな打撃を受けています。

これまで大阪の観光を支えたインバウンド(訪日外国人観光客)も2020年度は前年比87.1%減。海外から日本への渡航もいまだに制限されています。デルタ株の感染増加による医療逼迫やワクチン接種の普及など、目まぐるしく状況が変わる中で、今後の観光産業はどうなっていくのでしょうか。そして、2025年の大阪・関西万博、続くIR(統合型リゾート)は、苦しむ大阪の観光産業を立て直す起爆剤となるのでしょうか。

今回は2025年大阪・関西万博誘致やIRの推進に取り組まれた大阪観光局の理事長であり、追手門学院大学の溝畑宏客員教授に大阪の観光産業の現状や将来のビジョンを伺いました。

長引くコロナ禍と観光業界、現状は?

長引くコロナ禍と観光業界、現状は?
大阪観光局の溝畑宏理事長(大阪観光局にて撮影)

人流の抑制や移動の制限で依然大きな打撃を受け続ける、観光業界の今

(編集部)第一回目の緊急事態宣言から約1年半。5度目の緊急事態宣言がようやく解除され、感染者の数も減少傾向にある関西4府県ですが、観光業界の現状をどうみられていますか。

(溝畑先生)度重なる緊急事態宣言による人流抑制、飲食店の時間制限など、観光・飲食をはじめサービス産業は長期間にわたり多大な影響を受けつづけており、昨年と比べても厳しい状況であると言わざるを得ません。感染拡大の防止と経済を動かすこと、この両立を切に願っていますが、今年に入り「デルタ株」が想定以上に医療を逼迫するなど、なかなか先の見通しが立ちませんでした。現時点の観光業界の現状は、宿泊を伴う観光や交通は2019年に比べ3割程度、お土産関連に至っては1割を切っているという状況です。裾野が広い観光業界は、ホテルや交通機関だけでなく、一次産業にも関わってくるため影響は大きいです。

状況を見極めながら、反転攻勢に

(編集部)一方で、ワクチンの接種率は1回目接種が60%、2回目接種も50%を越え(9月15日時点)、かなりのスピードで進んでいますね。

(溝畑先生)欧米の事例では、摂取率が50%程度を超えると、ワクチンパスポートや陰性証明を条件に経済制限の解除に向かっています。日本においても「ワクチン・検査パッケージ」を検討することが発表されました。

ワクチン接種や医療病床の整備、そして個人レベルでの感染拡大防止対策を条件に、この秋をひとつの出口として国内観光・GOTOの再開、インバウンドの段階的な受け入れを想定しています。そしてワクチン接種がほぼ行き渡ることが予想される来年の2月には、北京オリンピックの開催を機にインバウンドの本格的な再開を考えている状況です。

人が動くことのハードルが下がれば、観光業界も状況を見ながら反転攻勢に出ることができます。当面は経済活動を回す「アクセル」と感染防止対策の「ブレーキ」を踏み分けながら進むしかありませんが、ようやく「アクセル」を強く踏むことができる状況になりつつあるのではないでしょうか。

大阪の観光の再生・成長に向けた戦略

大阪の観光の再生・成長に向けた戦略
(出典:PIXTA)

反転攻勢準備を経て反転攻勢へ。ポストコロナにおける方策指針は?

(編集部)ワクチン接種が進むことで新たな段階を迎えるということですね。今後の大阪の観光戦略について、どのようにお考えですか?

(溝畑先生)一刻も早い観光復興を目標に、2021年から2025年の大阪万博開催に向け、観光復興ロードマップを定めています。2021年現在は「アクセル」と「ブレーキ」を踏み分けながら、GoTo事業の再開を想定した国内旅行を重点的に強化し、反転攻勢の準備を。北京オリンピックが開催される2022年には、インバウンド(訪日外国人観光客)をコロナ前の5割程度の水準に。東アジア諸国を中心に、感染リスクの低い人の受け入れを徐々に緩和し、インバウンドの来阪者数は500万人を目指しています。2023年にはコロナ前の水準(2019年比105%の1,300万人)にまで戻し、そして万博が開催される2025年には1,500万人の来阪者数を想定したロードマップを描いています。もちろん、この通りにいくとは限りません。状況に応じてまたブレーキを踏まないといけないこともあるでしょう。しかし、このようなロードマップを描き、「こうするんだ!」という方向性を力強く示すことが、疲弊した観光業界にとって、必要なことだと考えています。

国内外の観光需要取り組みに向けた「量から質への転換」

(編集部)withコロナ、そしてAfterコロナ。これからの大阪の観光は具体的にどのように変わっていくのでしょうか?

(溝畑先生)これはコロナ禍の影響に限ったことではありませんが、ただ単にたくさんの観光客を呼べばいいということではなく、安心・安全で快適なサービス、魅力的な体験をいかに提供し、満足度を高めるか。そのような「量から質」への転換を加速させていくべき時期だと考えています。これからのツーリズムのトレンドは、『少人数・小規模化』。コロナ禍以前のように、団体客を大量に誘致して「爆買い」を促すのではなく、上質な体験やコンテンツを提供する。さらには、IR(統合型リゾート)の整備と合わせてラグジュアリーホテルや長期滞在に対応するウェルネス施設を整備するなど、消費単価を底上げする施策が必要です。

また、国内観光客に目を向けると、これまで大阪を訪れる人は圧倒的にビジネス客が多数でした。いまはテレワークの普及が進んだこともあり、これからはファミリー層に向けた「都市型観光」に改革していくことも必要です。密を回避した観光スタイルを構築し、大阪に眠る観光資源の掘り起こし・魅力の再発信を行いつつ、重点的に国内旅行客の誘致を強化していくことも併せて必要でしょう。

これからの観光産業におけるキーワード

(編集部)観光需要の喚起には、大阪の魅力発信も欠かせませんね。

(溝畑先生)これまで外向きの発信にはかなり力を入れ、成果も得てきました。しかし、今回のコロナ禍を経て、本当に大阪の魅力の掘り起こしができていたのか?と考えた時、やはり少し弱かったことを実感しています。世界から評価される「魅力的な都市」になるためには、環境問題や人権問題、安心・安全、多様性に対する意識を深めること、とくにSDGs達成に向けたコミットメントも必要です。また、文化や歴史をもう一度見つめ直すことも必要なのではないでしょうか。古くから商都として栄えてきた大阪という都市は、歴史的に見ても包容力があり多様性に富んでいます。大阪の観光地としての魅力を今一度考えると、今までは食やエンターテイメントに着目しがちでしたが、これからは商都としての歴史や芸能文化、伝統、そしてものづくりといった分野をもっと強化するべきです。誰もが安心・安全、快適、ストレスフリーで楽しめる環境を整備し、そこに本質的な大阪の魅力をブランディングしていく。そうすることで、大阪は日本をリードする観光都市にとどまらず、一流の国際観光都市へ飛躍していくと確信しています。

また、この日本という国の魅力は何か?と考えた時、まず美しい四季の変化があげられます。そして、安心安全で清潔であること。さらに、礼儀正しく、秩序を重んじる日本人の姿も思い浮かびますね。私は、これら全ては「緑」があるからこそではないかと考えています。日本は古来より、「緑」を守り、共存してきました。だからこそ、美しい四季の変化や日本人の生活様式があるわけで、これこそが日本の素晴らしい文化であり、価値であると思います。これは観光戦略のひとつのテーマとして依然から考えていたことですが、このコロナ禍を経て、未来を育む、次世代に美しい環境を残すというテーマは、世界的にも顕著になったように感じています。

トップレベルの国際観光文化都市「大阪」を目指して

トップレベルの国際観光文化都市「大阪」を目指して
大阪・関西万博の会場イメージ
(出典:公益社団法人2025年日本国際博覧会協会 https://www.expo2025.or.jp/overview/masterplan/

「イノベーティブなチャレンジ」と「次世代への貢献」を成長の起爆剤に

(編集部)2025年開催予定の大阪・関西万博はイノベーションの促進や緑の融合などがキーワードとして掲げられ、「空飛ぶクルマ」の開発も話題となりました。

(溝畑先生)万博のコンセプトは「未来社会の実験場」です。展示を見るだけでなく、アイデアを交換し未来社会を共に創る。開発が進む「空飛ぶ車」の実用化など、みんなが夢を感じて「こんなことがしてみたい」ということにチャレンジができる、参加型の万博を目指しています。いろんな発見や出会いが、新しい社会を作っていくイノベーティブな原動力になるのです。また「いのちの輝き」や「緑」というテーマを掲げるこの万博は「SDGs+beyond」達成へのチャンスでもあります。SDGs達成の目標年度である2030年の5年前に開催される大阪・関西万博は、この取り組みを加速させ、世界共通のミッションであるゼロカーボン社会の実現に向けたメッセージを発信する絶好の機会だと考えています。

万博やIRなど今後の観光戦略を考える上で、「世界の平和、未来の幸せのために行動したい」という気持ちを強く持つようになりました。それはこのコロナ禍において、人類の未来や環境について深く考える時間があったからでしょう。後になって振り返ると、このコロナで苦しんだ期間というのは、きっと何らかの意味があるのだと思います。今さえ良ければという考え方ではなく、未来の世代に良い日本を残したい。そのためにはハード面の整備だけでなく、教育、文化、歴史、環境のことをもっと考え、投資をすることが必要ではないでしょうか。すぐに効果は現れないけれど、それこそが魅力ある日本をつくり、そして大阪がトップレベルの観光文化都市を目指す上での礎になるのだと思います。

世界最高水準の成長型IRへの構想

(編集部)2028年に開業予定のIR、そして大阪の未来に向けた意気込みをお聞かせください。

(溝畑先生)IRにおいては、夢洲を中心とした大阪のベイエリアをアジアの「パワースポット」にすることを目標としています。観光は地域の総合的戦略的産業。できるかぎり大きな投資をせずに世界中からヒト・モノ・カネ、そして情報を集めることで、雇用が生まれ、収入が生まれ、その収入がインフラや社会整備に使われ、さらに地域のブランド力が高まる。このような好循環をつくり出すことが、持続的な経済成長の原動力となると考えています。

東京は外交や金融や国防といった国の統治機能が集まる都市ですが、全て東京一極集中というのは歪んだ構造。観光や食、歴史・文化といった分野では、大阪は東京より優れた側面がたくさんあり、アジアを牽引し、世界でも突き抜けた存在になれると確信しています。2025年の万博までは、成長を加速させる準備期間としての「ホップ」の段階。万博での成果を土台に、大阪が日本観光のゲートウェイとなる「ステップ」を経て、IR開業後の2030年にはアジアNo.1の国際観光文化都市「大阪」の実現に向けて「ジャンプ」する。ピンチをチャンスに変える精神で、そんなワクワクする大阪の未来を描いています。

まとめ

コロナによって大打撃を受けた観光産業。デルタ株の感染拡大による医療逼迫、繰り返される緊急事態宣言、そしてワクチンの普及など、目まぐるしく状況が変化する現状のなか、2025年開催予定の大阪・関西万博、そしてIR開業に向け、大阪の観光は具体的な数値目標を示したロードマップのもと、力強く動き出そうとしています。Withコロナ、Afterコロナに向けた観光のあり方、「量から質」への転換を図るとともに、歴史や文化といった大阪の観光資源・魅力の掘り起こしを行い、さらには世界的な共通の目標である、自然環境や平等というSDGsの視点もプラス。より魅力的に成熟する可能性に満ちた「アジアNo.1の国際観光文化都市」を目指す大阪のこれから、そして未来の世代に向けた先生の力強い言葉に感銘を受けました。

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プロフィール

溝畑 宏

溝畑 宏 (みぞばた ひろし) 追手門学院大学  大阪観光局理事長、客員教授

大分県庁時代に2002年日韓ワールドカップの大分開催やプロサッカーチーム 大分トリニータの設立・育成(2008年ナビスコカップ優勝)など、スポーツによる地域振興に取り組み、2010年に観光庁長官に就任。
2020年東京オリンピック・パラリンピック招致に尽力。
2015年からは大阪観光局理事長として2025年大阪万博誘致やIRの推進に取り組まれ、2017年4月から追手門学院大学の客員教授を務める。

取材などのお問い合わせ先

追手門学院 広報課

電話:072-641-9590

メール:koho@otemon.ac.jp