人間のようなロボットは可能か?認知科学とAIの可能性

乾敏郎

乾敏郎 (いぬい としお) 追手門学院大学 名誉教授 文学博士専門:社会認知神経科学、計算論的神経科学

人間のようなロボットは可能か?認知科学とAIの可能性

「人間のようなロボット」といえばどのようなイメージを持つでしょうか?

「人間のような」を「言葉はもちろん相手の表情や動作を理解し、人と同じような自然なコミュニケーションのできる」と言い換えると、こうしたロボットの代表としてアニメのドラえもんや映画のターミネータを思い浮かべる人も多いと思います。

急速に進歩する人工知能(AI)による第5次産業革命の到来が予期される今、「人間のようなロボット」の基盤となる「人間と同じようなコミュニケーション機能を機械で実現する」研究が心理学を中心とする認知科学の分野で進んでいます。その研究とはどのようなものなのか。どこまで進み、果たして実現できるのか。

2021年4月に本学心理学部に開設した人工知能・認知科学専攻のコーディネートを担当し、認知科学が専門で京都大学名誉教授の乾敏郎追手門学院大学特別顧問に聞きました。

「人間らしさ」とは何か

「人間らしさ」とは何か
(出典:PIXTA)

人間らしさのカギは臨機応変の対応力

(編集部)人間と同じような自然なコミュニケーションが何かを考える時、そもそも「人間らしさ」とは何かという疑問に突き当たります。

(乾先生)「人間らしさ」には多様な側面がありますが、まず不確実性に対する臨機応変な対応があげられます。我々の日常生活は予測できないことの連続です。例えば自宅から会社へ通勤するだけでも、その間に誰と出会うかわかりません。でも会えば、状況に応じたコミュニケーションを図ります。つまり人間はそれぞれの状況に合わせて、膨大な知識から必要な情報を瞬時に引き出し、適切な行動を判断しています。

その臨機応変さの最たる例が、コミュニケーションと言えます。コミュニケーションの特徴は何が起こるかわからないことです。発達障害の一部の方は、会話で次の展開が予測できないから苦労する。それで人との交わりを避けようとします。それほどコミュニケーションというのは、曖昧であり、難しいことなのです。すでに一部で始まっていますが、将来家庭にロボットが入ってくるようになると、一番の課題になるのが人間とのコミュニケーションでしょう。人間は言葉とともに表情、イントネーション、声のトーン、しぐさなど数多くの言葉以外の情報も処理して相手の気持ちを汲もうとします。だから、いわゆる「空気を読む」ということができてしまうわけです。これは今のところ機械にはマネできません。「人間らしさ」を言葉で定義することはできませんが、曖昧な状況下でも適切な行動やコミュニケーションが取れることは重要なポイントです。

自ら学んで成長できるAI

(編集部)「空気を読む」というのは、いかにも日本人的なコミュニケーションのあり方という気がします。AIにはそうした個々の文化性も盛り込まれるべきなのでしょうか。

(乾先生)本来はそこまで考えないといけないと思います。現在はグローバル社会のですので、どの国でも通用する共通のAIを基礎に、そこから個別の文化を学習させていく流れになっていくでしょう。

AIにとっての学習について触れておきます。大事なのは、例えば単に歴史の年号などをそのまま暗記させるような学習ではありません。仮にリンゴがあるとします。AIがそれをみてリンゴと認識することがまず大切なのですが、現実のリンゴには色、形など無数のバリエーションがあります。そこで、いくつかのサンプルからリンゴの特徴を覚えさせ、それを心理学で言う般化(法則として定着)することで、教えられていない形状であっても「これはリンゴである」と自律的に理解していく。それがAIに求められる学習です。まだまだ課題は多いものの、近年AIの学習機能は格段に進んできました。英国の認知心理学者でありコンピュータ科学者でもあるジェフリー・ヒントンが進展させたディープラーニングの成果として、機械も人間の脳と同じような学習ができるようになってきました。スマホに話しかけると、声だけで漢字・カナに変換してくれます。初めて聴く声、アクセントの違い、性別差などいろんな違いがあっても人間のように音声を認識します。これは機械学習の発展がもたらしたものです。

参考:追手門学院大学心理学部心理学科人工知能・認知科学専攻「シンギュラリティ2045」
参考:ジェフリー・ヒントン https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%92%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%B3

人間らしさを追究する4つの研究テーマ

人間らしさを追究する4つの研究テーマ
(出典:PIXTA)

AI翻訳機は実は言葉の意味を理解していない

(編集部)追手門学院大学では、「言語コミュニケーションの探求と実現」「非言語コミュニケーションの探求と実現」「柔軟な協調を支える知性の機構(しくみ)」「個性・社会性の生成機序(メカニズム)」という4つのテーマ研究が進んでいます。

(乾先生)この4つの研究を通じて、ただちに人間らしさを具現化できるところまではいきませんが、「人間らしさの探求と実現」を追究するという意味では非常に重要なテーマを取り上げています。

一つ目の「言語コミュニケーションの探求と実現」については今、最もポピュラーになりつつあるのが機械翻訳です。すでに何カ国語にも翻訳できるAI翻訳機が売り出されています。音声を認識して日本語を英語に置き換えるなどの作業を行っているのですが、かなりうまくいくようになってきました。

(編集部)「言語コミュニケーション」の分野はすでに相当進展しているということですね。残された課題は何でしょうか。

(乾先生)よく誤解されるのですが、翻訳機が高性能化しているからといって、言語コミュニケーションの研究がもう不要になるかと言えば、そうではありません。なぜか。機械は言葉には変換できても、その「意味」を理解していないからです。翻訳機能が進化してきたのでコンピュータも自然に会話できるようになったと捉えられている雰囲気もありますけど、それはごくごく限定的なコミュニケーションに過ぎません。重要なのは言語が表現している意味なのです。意味を理解することなしに、言葉に対して正しい反応・行動はできないからです。介護施設で機能する対話ロボットで考えてみると、「きょうはしんどいなあ」という利用者さんの言葉を踏まえてどう反応するか。そこまで想定すると、まだこれからの研究テーマです。

AIは人間の微妙な表情を読み取れるか

(編集部)それに対して「非言語コミュニケーションの探求と実現」というのは、言葉以外の要素ということですね。

(乾先生)そうです。それほど多くはなく、表情、しぐさ、視線、声の大きさ、大きくはこの4つです。昨今は顔認証が高機能化してきており、そこではどんな表情をされたとしてもその人を特定しなければなりません。非言語コミュニケーションではこれとは逆に、微妙な表情の違いを読み取る必要が出てきます。このことは文化的背景ともかかわっており、日本のようにあまり表情を出さない国と表情の豊かな国、その違いも念頭に置く必要があるでしょう。この分野の重要性は、医療や介護の現場を考えると理解しやすいと思います。実際に看護師さんに聞いた話として、医療現場では患者さんの微妙な表情から健康状態を推測するのだそうです。言語コミュニケーション同様、意味に対応した行動が取れるかどうかが肝心であり、そこまでの到達を考えると、まだまだこれからの分野。研究が進みつつあるという程度の状況です。

また、仮想空間でボディを持って、自分の代わりに行動してくれるアバターも非言語コミュニケーションの一つとして研究が進んでいます。アバターに仮想空間で仕事をさせたり、空間的に離れている人とコミュニケーションを図ったり、いろんなことができる可能性があります。

ロボットが人間の同僚になる?

(編集部)「柔軟な協調を支える知性の機構(しくみ)」という研究テーマでは、どんなことを扱っていますか。

(乾先生)先述の2テーマはロボット対人間のコミュニケーションを取り上げました。今後ロボットと一緒に仕事をしていくとなった場合、さらに「協調」という要素が求められてきます。人間とそれを手伝うロボット、あるいは複数のロボット同士、いろんなケースが想定でき、いずれも相手の状況を考慮しながらこちらの行動を判断したり調整したりする必要が生じます。そうした協調を支えるしくみを研究するのが本テーマです。これも広く言えばコミュニケーションの一つと捉えることができるでしょう。言語は使わないけど、相手に合わせて自分を調整するという点では同じです。

(編集部)どこまで解明され、実現への課題は何でしょうか。

(乾先生)解明という段階ではなく、ほとんどこれからの分野です。もっとも、「協調」ではなく「対戦」ならばAIはかなりのことができます。将棋や囲碁のようにルールという枠組みがあり、それ以外のことが起きない状況にAIは滅法強い。しかしこの研究は一緒に仕事をするときなどを想定しますので、何が起きるかわからない状況です。

課題という点で言えば、大事になってくるのは学習機能です。人間の場合を考えても、仕事についてすべてを教えることはできません。こういうときはこう対応する、などと大まかな方向性は示せても、事細かな指示は出せませんね。現場で起きる細かなことは任せるしかありませんので、AIが相手をみて学習できるかどうかがポイントになります。

「やさしいロボット」「厳しいロボット」ができる?

(編集部)「個性・社会性の生成機序(メカニズム)」の研究は、ロボットの人間らしさにかかわってくるテーマだと感じます。

(乾先生)個性や社会性、それ自体が何であるかという研究が今、徐々に進んでいますが、それでもわからないことがあります。この研究をすぐにAI開発に結びつけるというよりも、「人間らしさの探求」に重きを置いたテーマだと考えています。そもそも個性とは? 社会性が高いとは? 低いとは? これらを明確にすることが、近い将来のAI像を追究する手掛かりになるはずです。社会性とは、相手の気持ちや意図をどれだけ推し量れるかということにかかわります。その意識が実際にどのようなメカニズムで生成されていくのか。それを研究して将来のAI開発に活かしていきます。なお、ここで言う個性は、社会性に関する個性という意味で使っています。そもそもロボットに個性が必要か。これは難しい問題であり、そこも含めて研究を進めます。しかし、社会性という部分は将来のロボットに絶対持たせたい機能です。

AIが人間を超える日が来る?

Boston Dynamics社が開発した音に合わせてダンスをおどるロボット
Boston Dynamics社が開発した音に合わせてダンスをおどるロボット
(出典:YouTube )

認知科学(脳)とロボット工学(身体)の統合も課題

(編集部)人間のようなロボット開発を実現していくためには、認知科学(脳)とロボット工学(身体)の両分野を統合した研究が必要で、それも今後に向けた課題だと思います。

(乾先生)最近は AI の進歩と共にある程度脳を持つロボットが出来つつあり、両分野の垣根は低くなってきています。本学における研究の現況として、現時点で工学部ではありませんが、コンピュータでシミュレーションを行う研究はおおいに進んでいます。研究用の汎用的なロボットも売っていますので、プログラミングして動かしてみたり、実際に介護施設に持ち込んで実験をしたりすることも可能です。しかし人間が使いやすいAI開発をめざすうえで、やはりハードは欠かせません。ですので、脳機能を扱う我々の認知科学と身体を扱うロボット工学を統合した研究は必要です。本学の人工知能・認知科学専攻は現状が完成形ではありません。今後も必要に応じて発展させていくことになるでしょう。

おもに医療・福祉分野での活躍を期待

(編集部)このような研究が進む一方で、AIが過剰に高度化することを警戒する議論もあります。仕事が奪われるといったような。

(乾先生)一部にはそういう職種も出てくるでしょう。でも考えてほしいのです。今コロナ禍でも医療が受けられない人がいます。看護師さんも不足しています。感染しないロボットが医療現場に入れば人手不足の軽減につながります。在宅医療においても将来、ロボットが表情などで健康状態を把握するなどの活躍が期待されます。さらには介護での重労働や保育でも活用も見込めます。ロボットが子供と一緒に遊んだり、危ない場所に行かないように注意を促したりするのです。ほかには人間にとって危険な被災地での活動もAIに担わせられます。多くの職域が想定できますが、私は医療・福祉の領域を有力視しています。

現代人は働きすぎています。時間に余裕をもって生活できる社会。安全・安心な社会。その実現のために、絶対必要になるのがAI です。

AIはあくまで人間がコントロールすべき存在

(編集部)AIが人間の知能を超える転換点、シンギュラリティ(技術的特異点)は到来しますか。

(乾先生)難しい問題です。しかし、AIが人間を超えるのは困難であり、むしろ超えないでほしい。人間のいろんな機能を持ちながらも、人間よりも下であるべきだと思います。先ほど工学との連携が話題になりましたが、人文・社会科学分野からも研究が必要かもしれません。ネット社会の進展に対応した法整備が進んだように、AIに関する法律、AI哲学といった研究もこれから進展するのではないでしょうか。

参考:シンギュラリティ https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8A%80%E8%A1%93%E7%9A%84%E7%89%B9%E7%95%B0%E7%82%B9

まとめ

普段私たちは人間らしいコミュニケーションが何かを認識せず日々を過ごしていますが、認知科学的に再現しようとすると様々な研究アプローチが必要ということを知りました。また、その実現に向けて着々と研究が進んでいることや、人間のような自立歩行型のロボットをつくろうとすると、ロボット工学との統合も必要だということも知り、「人間のようなロボット」誕生への道筋をみました。 一方、コミュニケーションや思考そのものにおける脳が果たす役割を研究する心理学は、様々な人文・社会科学の各分野のそもそもの出発点になっているとも思いました。今回は概論編でしたが、次回以降、各テーマについてそれぞれの専門研究者と掘り下げていきます。

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プロフィール

乾敏郎

乾敏郎 (いぬい としお) 追手門学院大学 名誉教授 文学博士専門:社会認知神経科学、計算論的神経科学

1974年 大阪大学大学院基礎工学研究科生物工学専攻課程 修了(工学修士)
1985年 京都大学大学院にて文学博士を取得
1995年〜 1998年 京都大学文学部人文学科 教授
1996年〜 1998年 京都大学大学院文学研究科 教授
1998年〜 2015年 京都大学大学院情報学研究科 教授
2015年〜 京都大学 名誉教授
2015年~2021年 追手門学院大学 心理学部 教授 
2021年~ 追手門学院大学 名誉教授、学長室特別顧問
日本認知科学会フェロー、日本神経心理学会 名誉会員、日本認知心理学会 常務理事、日本高次脳機能障害学会 評議員、日本神経眼科学会 評議員、日本ヒト脳機能マッピング学会 運営委員、日本学術会議連携会員などを歴任。
著作に『Q&Aでわかる脳と視覚一人間からロボットまで』(サイエンス社, 1993年)、『イメージ脳』(岩波書店, 2009年)、『脳科学からみる子どもの心の育ち一認知発達のルーツをさぐる』(ミネルヴァ書房, 2013年)、『感情とはそもそも何なのか一現代科学で読み解く感情のしくみと障害』(ミネルヴァ書房, 2018年)、『脳の大統一理論: 自由エネルギー原理とはなにか』(岩波科学ライブラリー, 2020年) 、『自由エネルギー原理入門―知覚・行動・コミュニケーションの計算理論』(岩波書店,2021年11月刊行予定)他多数

取材などのお問い合わせ先

追手門学院 広報課

電話:072-641-9590

メール:koho@otemon.ac.jp