東京2020オリンピック・パラリンピックの正式種目としても注目が高まる「ボッチャ」。重度な障がいを持つ方でも楽しめるスポーツであるボッチャはいま、老若男女誰もが楽しめるスポーツとして人気が高まっています。今回は、そんなボッチャの魅力や特徴、知っていると楽しめるパラリンピックの見どころや注目選手の紹介。地域コミュニティにおける役割と可能性にも迫ります。
スポーツによる地域連携の実践的研究に取り組み、実際に地域の方々が参加できる「追手門学院大学 ボッチャ健康サークル」を毎月開催している社会学部 松井健 教授の解説です。
INDEX
誰もが楽しめるスポーツ「ボッチャ」とは?
ボッチャのはじまりと歴史
(編集部)東京2020オリンピック・パラリンピックでも注目の「ボッチャ」ですが、まずは「ボッチャ」のルーツに迫りたいと思います。
(松井先生)イタリア語で「ボール」を意味する「ボッチャ」は、重度脳性まひ障がい者もしくは同程度の四肢重度機能障がい者のために考案されたヨーロッパ発祥のスポーツで、6世紀頃のギリシャで行われていた「玉投げ」がその原型であると言われています。20世紀に入り、重い障がいのある人でも参加することができる競技としてルールが整備され、ヨーロッパから世界中に広まりました。
(編集部)パラリンピックの種目になったのはいつからですか?
(松井先生)1988年のソウルで開催されたパラリンピックから正式種目に採用されました。2000年のシドニー大会では観客数も増え、ボッチャの認知度が徐々に高まりをみせます。2008年の北京大会は、日本選手が初めて出場した大会です。20カ国から88人の選手が参加し、個人・団体戦合わせて7種目で熱戦が繰り広げられました。その後のロンドン大会、リオデジャネイロ大会には、21〜23ヵ国、103名の選手が参加しています。
ボッチャは、ゴールボールと同様、オリンピックに同類の種目がない、パラリンピック固有の競技種目です。
ボッチャのルールと進め方
(編集部)ボッチャはどんなルールでしょうか?ゲームの進め方や、準備するものがあれば教えてください。
(松井先生)非常に単純明快なルールになっています。白1個、赤6個、青6個の計13個のボールを使用します。ジャックボールと呼ばれる白いボール(目標球)を投げた後、対戦する両者がそれぞれ赤と青のボールをジャックボールに向かって投げ合い、自分たちのチームのボールをどれだけジャックボールに近づけられるかを競います。イメージとしてはカーリングに似ており、「地上のカーリング」とも呼ばれています。ローカルルールの部分もありますが、運営している「ボッチャ健康サークル」で動画を作ったので、参考にしてみてください。
ちなみに、ボールを投げる投球フォームに決まりはありません。自由な投球フォームでボールを、ジャックボールに向かって投げていきますが、一般的には、アンダースローです。慣れてくると手の甲を上に向けてアンダースローで投げる方が、狙いやすく投げやすいようです。
https://japan-boccia.com/about
ボッチャに使うボッチャボール
(松井先生)ボッチャに使うボールは「ボッチャボール」として市販されています。以前は輸入品しかなく、高価でしたが、最近はボッチャ人気の高まりで日本製も登場し、比較的安価に手に入るようになってきました。専用ボールを購入するまでもなく、地域のレクリエーションイベントなどで、簡易的に楽しむ場合には、テニスボールに新聞紙を巻いて、ガムテープで固定した手作りボールで楽しむこともできます。
また、公式の競技では、ボッチャボールの他に、審判用具として次に投球する競技者を示す「パドル」、ジャックボールからの距離を測る「キャリパー」、「メジャー」が準備されています。そして競技者が障がいによりボールを投げることができない場合は、投球を補助する勾配具「ランプ」も使用されます。
ボッチャの魅力とは
(編集部)実際にプレーもされている先生から見て、ボッチャの特徴や魅力は何でしょうか?
(松井先生)ボッチャの魅力は、年齢や性別はもちろん障がいの有無や、スポーツが得意・不得意に関わらず、誰でもプレーすることができるユニバーサルなスポーツだという点でしょう。また、ボールを相手より近づけるという単純明快なルールながら、ただ的に寄せるだけでなく、相手のボールを弾いたり押したり、壁を作ったりなど、6球をどう投げて配置するか、という頭脳戦を楽しめるのも面白いですね。
一般的なスポーツは、どうしても年代によってレベルに差が出ます。例えば、タイムを競うスポーツや体育の授業などで行う球技系スポーツなどは高齢者と高校生が一緒に対戦するのはなかなか難しいですよね。それに対して、ボッチャは年齢や性別、体力レベルに関係なく同じレベルで対戦でき、技術を競えるところが魅力です。
ボッチャ日本代表「火ノ玉ジャパン」の活躍に期待!東京2020パラリンピックのみどころ
年々高まりを見せる、日本のボッチャのレベル
(編集部)東京2020パラリンピックに向けて、日本チームの競技のレベルや実績についてお伺いしたいと思います。現在の日本のボッチャのレベルはどのくらいでしょうか?
(松井先生)日本代表チームは2008年の北京大会からパラリンピックに連続出場しています。日本代表チーム「火ノ玉ジャパン」は、出場3大会目の2016年のリオデジャネイロパラリンピックで、混合団体BC1-2チームが銀メダルを獲得しており、2018年にイギリスで開催された世界選手権でも、同チームが銀メダルを獲得しています。以前はヨーロッパ諸国が強かったですが、近年はアジア勢が力をつけています。現在の世界ランキング1位はタイで、リオデジャネイロパラリンピックでは7種目中、金メダル2個を含む全5個のメダルを獲得しました。中国や韓国、オーストラリアも強豪国です。
世界的に見ても、ボッチャ競技において日本のレベルは高くなってきています。東京オリンピック・パラリンピックを控え、ボッチャが注目されていますので、将来の出場を目指す選手も増え、各大会での選手層も若手から年配者までと、幅広くなっています。昨年12月にパラリンピック代表選手を決める予選会が行われましたが、多くの試合が白熱した紙一重の勝負でした。
緻密な戦略を楽しむボッチャ観戦の見どころ
(編集部)どのような点に着目をして観戦したら、よりボッチャを楽しめますか?戦術についても教えて下さい。
(松井先生)ボッチャには激しい動きはありませんが、緻密な戦略と高い集中力が求められます。ただジャックボールに寄せるだけでなく、相手のボールを弾いたり、ジャックの周囲を固めたり、相手の投球位置からジャックボールまでのライン上に配置したりと、数手先を読み合いながらの投球・攻防が繰り広げられます。試合の流れを一気に変えたり、大量得点のきっかけを作ったりと、勝敗を左右する、的確な作戦と正確な投球によるスーパープレーはボッチャの見どころのひとつですね。特にトップ選手は、一手、二手先の展開をシミュレーションして、今、置くべきボールの位置を計算します。そして圧倒的なコントロール力で、狙った場所に正確にボールを置くことができます。わずかな位置の狂いが最終的な勝敗を左右することもありますし、ラスト一球による逆転もありますので、最後まで勝敗の行方から目が離せません。
以前、元パラリンピアンの選手と対戦をしたことがありますが、レベルの違いを実感しました。コントロールの正確さは、さすがトップアスリート。狙ったところにボールを付けたり、当てたりと、こちらの付け入るすきを与えてくれませんでした。
地元大阪の選手など、若手の活躍にも期待!注目選手
(編集部)先生はどの選手に注目されていますか?
(松井先生)ボッチャを楽しむ一ファンとして、どの選手にも注目し、応援したいと思いますが、今回特に、初出場の若手選手にも注目してみたいなと思っています。注目選手一人目は、2019年12月の選考会で念願の代表入りを決めたBC1クラスの中村匠海選手。脳性まひによる障がいがあり、リハビリとしてボッチャを始めた選手で、上手投げからの長い距離の投球を得意とする選手です。2018年の世界選手権で代表チームが銀メダルを獲得したときのメンバーです。日本選手権での初優勝でパラリンピック代表を射止め、東京大会でも個人戦や団体戦での活躍とメダル獲得が期待されています。地元大阪の選手ということもあり、応援しています。
もう一人は、同じく初出場で愛知県出身の河本圭亮選手。進行性の筋ジストロフィーを患っている河本選手は、ランプを使用する最も障がいの重いBC3クラスで出場します。日本選手権ではクラス3連覇を成し遂げている選手です。先を読む展開力と精度の高いコントロール力、距離感が武器の河本選手は、メディアでもよく取り上げられており、注目ですね。2019年に、リオパラの金メダリストにも勝利していますので、東京大会での活躍が楽しみです。
多くの選手はプロではなく、所属での仕事の傍らで一生懸命に練習をして、技術を磨いておられます。また、ボッチャの普及に貢献しておられる選手もたくさんいらっしゃいます。残念ながら今回、2020の代表になれなかった選手も含めて、これからも各選手に注目して、応援していきたいと思います。
東京2020パラリンピック、ボッチャの開催情報
(編集部)今年2021年に延期となった東京2020オリンピック、パラリンピックですが、ボッチャの競技日程はいつに予定されていますか?
(松井先生)新型コロナウイルスの影響により延期となった東京2020オリンピック・パラリンピックですが、ボッチャの競技日程は8月28日から9月4日、有明体操競技場で開催されるスケジュールとなっています。日本代表チーム「火ノ玉JAPAN」は2008年の北京大会でパラリンピックに初出場して以来、4度目の出場となります。前回のリオ大会に続いてメダルを獲得できるよう、ぜひ選手の皆さんを応援しましょう。
ボッチャを始めてみたい!どうしたらいい?
ボッチャが新たなコミュニティスポーツに。ボッチャはどこでできる?
(編集部)東京2020パラリンピックが楽しみです。もし私たちがボッチャをプレーしたいと思ったら、どこで体験できますか?また、サークルにはどんな人が参加しているのでしょうか。
(松井先生)近年は、ボッチャの楽しさや効果に着目し、地域住民の交流の場としてボッチャのイベントや教室を起ち上げ、公民館や体育館で取り組んでいる自治体が増えていると思います。ぜひ、お住まいの市や町の関連部署に問い合わせてみてください。
また、地域のスポーツセンターや大学等の教育機関などで定期的に交流大会やサークルが開催されていることもあります。
近くに教室やサークルがない場合には、身近な仲間とサークルを起ち上げることも方法の一つだと思います。ボッチャは公民館などで10畳くらいのスペースがあれば、簡単にコートを作ることができます。また、体育館で行う場合には、バドミントンコートを利用したコートで本格的に楽しむことができます。
ちなみに、追手門学院大学で開催している「ボッチャ健康サークル」は月2回開催しており、大学の近隣にお住まいの高齢者の方々が中心で、年齢は70~80歳代。最高齢の91歳の方もいらっしゃいます。毎回約15名の方が参加されています。2015年から始めた取り組みですが、参加者同士の交流を楽しみながら、年に一度の茨木市の交流大会で良い成績を残せるよう、みなさん活動を頑張っています。2017年に準優勝、2018と2019年には優勝と、好成績をおさめておられます。
生涯スポーツ、地域の活性化など、ボッチャが担う重要な役割
ボッチャを通してより有意義な地域社会の形成を目指す
(編集部)地域コミュニティの活性化や生涯スポーツなど、ボッチャがもたらす役割や今後の展望についてお聞かせ下さい。
(松井先生)ボッチャ健康サークルでは、参加者の皆さんが、ボッチャを通して自分のプレーやチームメートのプレーに一喜一憂しながら、生き生きとした表情をされています。
そして、心からボッチャを楽しんでいることが伝わってきます。特に高齢者の方には、月に1回でも2回でも、そういった機会があれば、自然と普段の生活も活動的になりますし、毎日の生活における潤いやハリにもつながると思います。つまり、地域の方々を元気にする役割がボッチャにはあると思います。また、仲間同士の交流や練習を通したチームワークの高まりが、生きがいづくりや地域コミュニティの活性化につながるでしょう。ますます高齢化が進むこれからの日本において、まさしくボッチャは地域社会に求められているスポーツだと思います。
生涯スポーツでは、生涯を通じてスポーツを楽しみながら、健康・体力づくりを実現していくことが基本となりますが、「身近な人達と気軽に楽しむことができる運動」は、健康づくりや仲間との交流において、とても有効です。そのうえでスポーツの持つゲーム性によって「試合に勝つ」という目標を持つことができると、なお面白いですね。何歳になっても、目標を持つというのは非常に意義のあることです。今後もボッチャの実践を通して楽しみながら地域コミュニティの活性化に寄与していきたいと思います。