追手門学院大学では、大学のある茨木市を含む北摂・北河内地域をホームタウンとするガンバ大阪とスポンサーシップの枠を超えたパートナーシップ協定を締結しています。地域社会と一体となったクラブづくりを行うJリーグクラブと大学とのスポンサーシップの形は広告などが中心です。追手門学院大学では、広告ではなく教育に軸足をおいた従来のスポンサーシップの形を越え、2016年より学生のキャリア教育の一環として、ガンバ大阪と協働で「長期実践型インターンシップ」に取り組んでいます。6か月間に及ぶこのインターンシップは、J1チームでも学内でも最大規模。毎年50名以上の学生が、ガンバ大阪のホームスタジアム「パナソニックスタジアム吹田」での誘導等の接客業務に携わるほか、学生自らが現場で発見した課題の報告、解決策の提案・実行など、幅広い試合運営業務に取り組んでいます。
この独自の取り組みにおける教育的価値や学生の成長とはどのようなものか。今回は、キャリア開発センターのコーディネーターとして、企業と学生たちを結ぶ産学協働教育の実践・研究などを行う、基盤教育機構の大串恵太先生に話を聞きました。
INDEX
プロサッカーチームでの大規模インターンシップとは?
ガンバ大阪とのパートナーシップ協定とは
(編集部)プロスポーツチームと企業や大学との関係は、広告を軸としたスポンサーシップが多い印象ですが、どのような経緯でこの大規模なインターンシップはスタートしたのでしょうか。当初の目的や期待していた成果を教えてください。
(大串先生)元は多くの大学と同じように広告出稿(スタジアムへの看板、ユニフォームへの学院名の掲載)がメインでした。2010年から地域貢献活動の一環で取り組んでいた公式戦の来場者に資源ごみの分別を呼びかけるエコボランティア活動をベースに、大学らしい、そして追手門らしい新たなスポンサーシップの形を模索しました。
当初ガンバ側からは来場者へのチケットチェックや誘導をお願いしたいとオファーがありました。しかし、単にその仕事をこなすだけではアルバイトと変わりありません。スタジアムもチームも日本トップクラス。せっかく一流の空間で本物のお客さんと接しながら学び・実践できるチャンスなのだから、接客の方法や服装、人員配置など、どのように・どこまでやるかについては学生たちが考えられるようにして頂きました。また、当時ガンバ大阪の正社員は30名程度ということもあり、社員の目となり耳となって、現場の課題を見つけて改善していくことで、スタッフのおもてなしの面でもトップを目指すことをインターンシップの目的として確認しました。
(編集部)50名もの学生の受け入れ先となるガンバ大阪からのリクエストなどはありましたか?
(大串先生)初年度は、初めての取り組みということもあり、リクエストなどはあまりなく、正直なところ期待値もそれほど高くはなかったと思います。参加した学生には「期待値は低くて当然。驚かせるチャンス」と話しました。幸い、前例がない中でもチャレンジしようという意識の高いメンバーが集まっていたこともあり、初年度から期待を超える成果につながったと思います。
「日本一のおもてなし」を目指して
(編集部)このインターンシップの特徴を教えてください。
(大串先生)この長期実践型インターンシップの特徴は、単位認定型であるという点です。半年という期間は設けていますが、延長の希望を受け入れています。単位はインターンシップ終了後に認定されるので、1~1年半以上続けている学生も少なくありません。
50名もの学生が参加しますので、リーダー・サブリーダー、その下に班長・班員が組織されています。このような体制のもと、スタジアムでの服装や挨拶などのルール、人員配置といった運営業務の進め方まで、全て学生主体で考え実行しています。学生たちが作った業務マニュアルは約70ページにも及び、スリム化に苦心しているほどです。
また、チケットチェックや誘導などの接客業務だけでなく、業務の中で気づいた改善点をガンバ大阪のスタッフに提案するところも特徴です。
(編集部)これまで学生たちが行った提案・改善活動の内容について、具体的に教えてください。
(大串先生)学生たちが提案した改善案から、実際に取り入れられたものは数多くあります。例えば、スタジアム内の案内表示の改善。トイレの目の前にいるにもかかわらず、学生に「トイレはどこですか」と尋ねる人が多いという体験から、「トイレを表すピクトグラムが認識しづらいのではないか」と気づいたのです。そこで、デザインや表示位置の改善だけでなく、英語・中国語併記を加えた提案をした結果、改善案を盛り込んだ新たな看板が設置されました。ほかにも、熱中症対策として、コンコース内の熱がたまりやすい場所や時間、人の密度などを検証して送風機を設置する提案を行い、これがきっかけでスタジアムのコンンコースに送風機が設置されました。こうした小さな気づきからでも改善を積み重ねてきました。
追手門学院大学が考えるキャリア教育とは?
教育コンセプトWIL(Work-Is-Learning)とは
(編集部)追大は教育コンセプトに「WIL(Work-Is-Learning)」を掲げられ、教育を推進されていますが、キャリア教育に対する考え方や教育プログラムの特徴、目的ついて教えてください。
(大串先生)「WIL」とは「Work-Is-Learning」という造語の略称で、行動(Work)を通じて学修(Learning)を行い、同時に学びを即実践に反映する学修=実践のスタイルを身につけようとするものです。「行動して学び、学びながら行動する」を合言葉に、主体的に学び、協働して課題解決に取り組む本学独自の学修スタイルを指します。
WILは、本学が教育理念とする「社会有為(世のため人のために誠意を持って尽くす)」を具現化する取り組みの一つであり、世代や地域を超えて多様な人々と共にさまざまな課題解決に挑み、地域や社会とのつながりの中で実践的な学びを進めることで、生涯にわたって学び続ける力の育成を目指します。
プログラムによっては一年生からでも参加できる点も特徴です。正課科目(授業)や課外活動を問わず、世のため人のためになる活動であり、他者と協働しながら、教員の指導も仰ぎ、最終的な成果を外部へ発信するなど、いくつかの要件を満たすものをWILプログラムとして認定し、学生たちの新たな学びの意欲を喚起しています。
https://www.otemon.ac.jp/guide/neweducation.html
“本物”にこだわったプログラム構成
(編集部)大串先生ご自身が取り組まれる「産学協働教育」とはどのようなものでしょうか。コーディネーターとしての役割やミッション、どのような思いで取り組まれているかを含め、お聞かせください。
(大串先生)学生が仕事への理解を深め、社会人に必要なスキルや考え方を学び・実践する場として、また、専門の学びの必要性に気づいたり実践の中で理解を深めたりする機会として、企業や団体、地域などの受け入れ先の課題に合わせたプログラムを構成しています。コーディネーターの立場で心がけているのは課題や企業の関わり方が“本物”であること。
インターンシップ等の産学協働教育プログラムでは、実際の課題に模した架空のテーマに対して、学生たちが改善策を考えるというプログラムが取り入られることがあります。また、それが実際の事業推進上の課題であっても、そもそも学生のアウトプットに全く期待しておらず、評価も真剣なものではない場合があります。
しかし、それでは学生が自分の本来の評価を掴めません。評価が不明であれば改善ができません。学生に自信をつけさせようと、不十分な成果物に対して、『素晴らしい』などと評価してしまうこともありますが、これも本来は不誠実です。リアリティの高い課題に向き合い、受け入れ先企業のリアルな反応を得ながら高い成果を目指す。そこに学びが生まれるはずです。「実践型」インターンシップは“本物”であるべきだと考えている理由はこれです。
だからこそ、受け入れ先企業に対するヒアリングはとても重要です。始めは、学生のインターンシップに対する企業の期待は高いとは限りません。本当の困りごとを引き出すため、企業の担当者にはよく「もう一人自分がいたら何をしますか」「やりたいけれど、これまで出来ていないことは何ですか」という質問をしています。そうして、学生・企業双方にとって価値のあるプログラムの構築を目指しているのです。
プログラムの教育的価値とこれから
コロナ禍の中でも、貴重な学びと交流の場に
(編集部)今年も多くの学生が参加しているそうですが、新型コロナウイルスの影響を受けて活動内容などに変化はありましたか?
(大串先生)大学側としては、活動実施の見極めと感染症対策を慎重に進めました。毎年1年生の応募が多いのですが、今年も例外ではありません。特に今年は、コロナ禍で同級生や先輩とリアルな交流が制限されていたこともあって、1年生にとっては貴重な場となっているようです。
スタジアムでは、消毒の徹底などコロナ対策に関わる業務が新たに増えていますが、学生たちはこれまで通り真摯に、今できる最善のチャレンジをしてくれています。彼らが生きていくこれからの社会では、予測不可能な変化が次々に起きてきます。今回の“変化”の経験をチャンスと捉え、前向きにチャレンジしてほしいと考えています。
学生・企業・大学が共に発展するために
(編集部)2016年のスタート以来、多くの学生が参加してきましたが、学生・ガンバ大阪・大学それぞれにどのような成果や価値があると考えていますか?
(大串先生)大切なのは、学生・ガンバ大阪・大学の三者が共に発展を目指すこと。「変わりたい」「大学で新たなチャレンジがしたい」と応募してくる学生にとっては、貴重なチャレンジと成長の場です。J1チームの現場に携わるだけでなく、活動のなかで自分の弱み・強みと向き合ったり、チームマネジメントをしたり、チーム内での自分の役割を考えたりといったリアルな社会経験ができています。実際に就職活動の追い風にもなっており、「人前で自分の考えを発言できるようになった」「語れる経験ができて、自信がついた」という学生が多い。これが、これまでに卒業したインターンシップ経験者の就職内定率100%という結果にもつながっているのではないでしょうか。
また、大学にとっては、大学の認知度向上を目的として、スタジアム内に広告看板を掲示するといったアプローチとは一線を画す、「教育」を軸とした広報活動につながっています。スタジアム内で実際に活動する学生の姿から、大学を知って頂くきっかけにもなっていますし、受験生である高校生の目にも魅力あるプログラムの一つとして映っているようです。
一方ガンバ大阪にとっても、学生たちの真剣な姿勢が他のスタッフの刺激になっていると高評価をいただいています。学生たちは身だしなみや挨拶にもこだわっていて、「意識の高いスタッフがいる」と、スタジアムに来場する企業やJリーグ関係者の目にも留まっているそうです。
学生にとって「仕事の報酬は学び」
(編集部)最後に、現在の課題と今後の展望についてお聞かせください。
(大串先生)課題は、前例にとらわれないチャレンジをすること。5年目ともなると、先輩のやり方や成功事例にならおうとしがちです。価値ある取り組みを継続するためにも、より良い方法を考え続け、行動しなければなりません。社会人にとって、仕事の報酬は「仕事」であり、仕事の成果が新たなチャレンジのチャンスに繋がると思っています。学生にとっても同様。2016年スタートメンバー以降、これまでの学生たちは真摯な姿勢で評価と信頼を得ることで、「新たな仕事=学びの機会」を獲得してきました。卒業後も、インターンシップで得た経験を生かし、「自分次第で何でも実現できる」と自信をもって歩んでほしいですね。
まとめ
インターンシップの目的は、就職活動に向けた単なる就業体験にとどまらず、生涯を通して「行動して学び、学びながら行動する」ための力を身につけること。自分の中に社会に出てからもブレない軸をもつことは、変化の激しい時代を生き抜くためにも、とても重要です。また、「教育」を軸にしたパートナーシップ協定だからこそ、学生・企業・大学の新たな関係性が生まれようとしていると感じました。