新型コロナ感染拡大に伴う緊急事態宣言の解除から約4ヵ月が経とうとしています。再び猛威を振るい始め、都市部だけでなく全国各地で感染者数が増えていますが、このようなコロナ禍で、AI(人工知能)の存在がより注目されています。先日も、国内の医療機器メーカーがAIの画像解析を使い、コロナで発症する肺炎の診断支援を開始することを発表し話題となりました。「withコロナ時代」にAIはどのように活用されるのでしょうか。
今回は、株式会社ホンダ・リサーチ・インスティチュート・ジャパンで人工知能の研究開発にあたり、現在も人の知能を支えるニューラル・ネットワークのメカニズムを研究している、心理学部の庄野修先生に話を聞きました。
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AIができること、できないこと
AIと人間の差
(編集部)最初にAIの基本的なことについて確認させてください。AIと人間を比べたとき、それぞれどのような違いがあるのでしょうか?
(庄野先生)AIは、大量のデータを処理するスピードと正確性に優れています。約10年前になりますが、IBMのAIが米国の有名なクイズ番組に出演し、歴代のチャンピオンに圧勝したという話があります。クイズの場合には設問、答えと関連した情報が文書で記述できるので、AIがそのような文書を数値化したデータベースを構築し、設問に対応する解答を探索していた訳です。このような探索問題であれば膨大なデータベースから効率的かつ広く探索することができます。ですので、課題の解決に必要な情報がデータとして一旦記述でき、適切な解決方法が与えられればAIは高い性能を示します。
しかし、現実の世界で発生する問題では、情報が不十分であったり、簡単に記述できなかったりする場合が多くあります。どう問題を解くべきなのかもはっきりしない場合もあります。そのような場合でも人間は試行錯誤することによって問題の解き方を学習することができます。また、ある程度情報が欠けていたとしても、今までの経験を踏まえたうえで足りない部分を推測・補間して答えを導き出すことができますね。
例えば、写真から犬を見つけなさいと言われても、実際の世界では様々な種類の犬がいます。写真によっては、走っているのか、座っているのかといったポーズも異なっていたり、全身ではなく体の一部だけが写っていたりします。でも人間はたとえ初めて見た犬種であっても数例の経験があれば素早く学習し、見つけることができます。場合によっては初見でも識別できる場合があります。過去の経験を上手く応用して問題を解決している訳ですね。
今後AIに求められるもの
今後はこういった問題に対しても、人の学習のプロセスをAIに導入することで、性能を改善することができると言われています。そのようなアプローチの一つが今注目されている「メタ学習」というものです。さらに、一つの課題だけでなく、他の複数の課題を平行して学習する「マルチタスク学習」も様々な角度からの経験を蓄積・活用することが期待できるという点で注目を集めています。しかし、まだまだ発展途上と言えるでしょう。
(編集部)なるほど。新型コロナウイルスのような未知の脅威に対してAIが活躍するためには、私たち人間が解決に向けた適切な問いを立て、どうAIを使うかということが大切になりそうですね。
「withコロナ時代」にAIはどう活躍するのか?
感染防止、治療に貢献するAI技術
(編集部)では、このコロナ禍で、AIはどのように活用されているのでしょうか?
(庄野先生)感染症対策としてさまざまな用途でAIが実装されています。
例えば、ショッピングモールの入り口に設置されている「体表温度検知カメラ」がこれにあたります。画像から顔認識と温度測定を同時に行うことによって実現しているもので、発熱している人を瞬時に見分けます。
この画像認識は医療現場でも活躍しています。その一つにレントゲン写真を解析し、検査対象者に疾患があるかどうかを見分ける画像診断システムがあります。現在実施されている取り組みとして、中国・武漢市で、新型コロナ肺炎患者の肺部の2000を超える画像データを収集し、ディープラーニング(深層学習)(※2)を用いてAIに学習させるという事例が挙げられます。肺部のCT画像を読み取り、ウイルス性肺炎が疑われる部分を数分で見つけ出し、分布している体積なども参考情報として表示することができます。中国では、新型コロナ肺炎への対応として既に20以上の病院で導入され、主に治療の優先順位付けのために用いられています。
(※2)ニューラルネットワークを用いた機械学習手法のひとつ。層の数が多いのが特徴。
さらには、AIを使うことで既にある薬の中でどのような薬が有効であるのか。過去にあったウイルスに対して薬が標的分子(タンパク質)と相互作用し、どのような影響を与えたのかという大量のデータから、実際に今回の新型コロナウイルスに対して一番適切なものを探し出し、関節リウマチに効くバリシチニブが新型コロナウイルスにも有効である可能性が高いということを発見した事例があります。
距離を感じさせないコミュニケーション
(編集部)「withコロナ時代」と言われていますが、今後AIはどのような活躍をすると予想されますか?
(庄野先生)コロナは人と人との接触が原因で感染します。そのため、直接的な接触を抑える技術が今後活躍するのではないでしょうか。
例えば、ロボットがPCR用の検体を採取することができるようになれば、医療従事者が感染するリスクを抑えることができます。
その他、輸送を自動化することにより、人と接触をせずに商品の運送や販売を行うこともできるでしょう。ただし、ここでの問題は人がするのと同様に販売ができるかどうかです。人は商品を実際に手に取って、ときにはその使い心地を試してから購入を考えます。そのため、今後はバーチャルリアリティーの技術とAIを組み合わせたものが有効になってくるのではないかと予想しています。人と人は離れているけれど、あたかも直接コミュニケーションをとっているような、よりリアルに近い仮想現実を実現することも求められます。
AIの発展を担う「AI人材」の育成とは?
情報を見極める力を養う
(編集部)ここまでを振り返ると「 AIは活用できる人材がいてこそより有効に機能する」といえるわけですが、「AI人材」を育成するために大切なこととは何でしょうか?
(庄野先生)まず「AI人材」と一口にいっても、さまざまなタイプの技術者がいます。
AI技術を駆使し、特定の問題を解決する人のほか、AIに関する知識を豊富に持ち、コンサルタントとして抱える問題に対してどのような技術を用いるべきかを適切に指示する人もAI人材です。また、AI人材を育てる教育者や、新たなアルゴリズムを開発する人もAI人材といえるでしょう。
AI技術は非常に速いスピードで発展しています。そのため、去年の開発された技術がすでに古くなっていることは珍しくありません。新しい情報や技術は大量に生産されますが、何年後に何が残るかを予測することは難しいこと。そのため、広い情報を俯瞰しながらも、何がこれから大切なのかを見極める力を養っていくことが、AI人材育成において非常に大切になると思います。
新たな専攻で伝えたいこと
(編集部)先生はAI人材を育てるために取り組んでいることはありますか?
(庄野先生)来年(2021年)4月、追手門学院大学の心理学部に「人工知能・認知科学専攻」が新設されます。
専攻には人工知能領域として「画像・映像メディア分野」「言語メディア分野」「機械学習・データサイエンス分野」、認知科学領域として「思考・意思決定分野」「身体性認知・制御分野」の5つの研究分野を設け、10年後のAI技術を見据えた知識と実践の修得を目指しています。
私は「機械学習・データサイエンス分野」を主に担当します。この分野では、統計学や人工知能のデータ解析技法を大量のデータを用いて知識を取り出す、いわゆる「データマイニング」や「データサイエンス」、「機械学習」などを具体的な実例を挙げながら、今後どのように応用していくかを考えていきます。
その他、さまざまなテーマを取り上げながら、AI人材としてのキャリアの足掛かりとなるような講義を展開できればと考えています。また、技術進歩が速いこの現代で、その流れに果敢についていき、時代の先端に立てるようなバイタリティを身につけて欲しいと期待しています。
まとめ
AIによる薬の開発やレントゲンの画像解析、感染症防止のための無人輸送やバーチャルリアリティーの応用など、2002年の「SARS」流行時には想像できなかった技術がいよいよ現実になろうとしています。人間がAIを使ってコロナを乗り越えるために、AIをいかに活用できるか。人材の育成こそが重要であり、追手門学院大学をはじめ全国の大学において育成に向けた動きが、急ピッチで進んでいます。
AI開発に従事する人も増加し、AI人材の育成にも注目が集まっているこの状況は、先の見えない新型コロナとの戦いを終わりへと導く、一つの光なのかもしれません。