1995年にアニメが放送され、社会現象を巻き起こした大ヒット作品、「エヴァンゲリオン」(※)。アニメ終了から約25年になる現在でも多くの人々を魅了し続けています。近日公開予定(その後2021年3月8日公開が決定)の劇場版最新作『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』は、シリーズ完結作品ということで大きな話題にもなっています。なぜエヴァンゲリオンは多くの若者を熱狂させ続けるのでしょうか。
今回は、自身もエヴァンゲリオンのファンという、精神科医で精神医学が専門の心理学部教授の溝部宏二先生に話を聞きました。
(※)GAINAX原作によるSF作品。アニメ版、旧劇場版、漫画版、新劇場版など多数展開し、人気を集めている。
INDEX
シンジ、レイ、アスカ。精神科医から見たキャラクターの性格傾向
エヴァンゲリオンと溝部先生
(編集部)溝部先生がエヴァについて語るのは実は今回が初めてではありません。シリーズ前作となる『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』が公開された2012年に朝日新聞の取材を受け、主人公と現代の若者の心理的側面からヒット要因を分析した記事が2012年12月5日付朝日新聞朝刊に掲載されました。また論文も執筆しています。そもそも溝部先生がエヴァと関わり、研究することになったきっかけはどのようなものだったのでしょうか?
※この記事にはネタバレが含まれています。ここから先は、シリーズを鑑賞したことのある方が読むことを推奨します。
(溝部)精神科医として思春期の青少年を主に診療しているのですが、患者さんから「エヴァを観てください」「シンジくんは私そのものです」「人類補完計画があったら私の苦しみは無くなるのに」などのセリフを頻繁に聞くようになり、患者さんの内界を知る手掛かりになればと思って作品をチェックする中で私自身もハマっていきました。ストーリーのあちこちに宗教や精神分析、脳科学や遺伝学などの仕掛けがたくさんありますが、特に「『わかもの』と青年期の発達課題の克服過程」として観ていくと大変興味深かったわけです。
キャラクター別の診断結果
(編集部)論文にも書かれていますが、若者の共感をよぶエヴァンゲリオンの主要キャラクターの人格傾向とはどのようなものなのでしょうか?
(溝部先生)主要キャラクターである3人のエヴァンゲリオンパイロット、「碇シンジ」、「綾波レイ」、「惣流・アスカ・ラングレー」を、精神科医の視点から診断した結果を解説したいと思います。
・「碇シンジ」
まず、碇シンジ。彼は問題を回避する傾向にあります。「人に嫌われたり恨まれたりする位なら、何もしないほうがいい」という考えを持っていることが基本的な特徴です。人と積極的に関わることを極力避けようとしています。
この人格は「回避性人格傾向」と診断することができます。
・「綾波レイ」
次に、綾波レイ。綾波レイは簡単に言うとクローン人間です。親がおらず試験管の中で生まれました。ゆえに彼女の中に自我というものが育っていない。さまざまな情報源となる親がいないので、彼女は試験管の中で情報をインプットされます。親子の関係や思い出は皆無のため、自我というものがありません。
このように、自分というものが何者なのかわからない状態の人たちを、「シゾイドパーソナリティー」や「統合失調症質」と診断することがあります。
・「惣流・アスカ・ラングレー」
最後に、惣流・アスカ・ラングレー。アスカはドイツ人と日本人のクオーターで、超エリートです。彼女の母親は科学者で、アスカは14歳でドイツの大学を卒業しています。この「エリート」というステータスが自分を守っていくための重要なポイントとなっています。
そして彼女の行動や言動を観察すると、自己愛がとてつもなく肥大している印象を受けます。このようなことから「演技性人格障害」と「自己愛人格障害」の、二つの傾向を考えています。演技性人格障害は、昔「ヒステリー性格」とも呼ばれていました。自分の中にある空虚感をごまかすために、外部へ強烈にアピールをします。
さらに、アスカの母親は自死したのですが、彼女はその第一発見者なのです。時折このシーンがフラッシュバックします。そのようなことから「外傷性ストレス障害(PTSD)」を患っているといえるでしょう。要するに、トラウマを抱えている子でもあるのです。
エヴァが若者に人気なワケ
(編集部)アニメ放送から約25年が経とうとしていますが、なぜエヴァンゲリオンは若者からいまだに支持され続けるのでしょうか?
(溝部先生)若者がエヴァンゲリオンにハマるのは、登場人物が個性的で、なおかつどこにでもいそうな設定であることが大きいのではないかと考えています。
視聴者は、それぞれの登場人物に自分を投影して物語にのめり込むのではないでしょうか。これはアイドルグループのメンバーに感情移入して、「推しメン」をつくるのと似ていると思いますね。
冒頭でも話しましたが、私がエヴァンゲリオンにハマったきっかけは患者さんからの情報です。私は精神科医として、思春期外来に訪れてくる若い患者さんを担当していたのですが、2000年頃から、多くの患者さんがエヴァンゲリオンの話ばかりをするようになりました。エヴァの主要キャラクターの年齢は14歳。年齢が近く、心も体も成長段階にある患者さん自身とキャラクターを重ね合わせて、深く共感したのではないでしょうか。
エヴァのキャラクターと患者の共通点
(編集部)先生は精神科医として、エヴァンゲリオンを通して何か感じることはありますか?
(溝部先生)今の若い人たちと昔の若い人たちでは、悩んでいる内容が違うと感じています。
昔の人たちは「アイデンティティを確立することが大人になること」であると思っていたので、必死に自分というものを探していました。しかし、最近の若い人たちは、このアイデンティティを模索しようと頑張ってはいますが、それほどのストレスや葛藤はないような気がしています。現実の問題で悩んでいるが、それが自分のアイデンティティに結びつかない、ということが現代の傾向です。
では、どのような患者さんがいるかというと、アイデンティティを模索している中で傷つくことを恐れ、シンジのように回避する人が多いように感じます。このような傾向が、不登校や引きこもりの原因になっているのではないでしょうか。
また、アスカのようにプライドが高く、負けず嫌いだった人がライバルに負けてしまうと、「自分なんか存在価値がない」と思ってしまうものです。非常に些細なことであるにも関わらず、自分の存在価値を否定したり、自傷行為に及んだりしてしまうこともあります。
このように、エヴァのキャラクターと患者さんを照らし合わせると、さまざまな共通点がありますね。
碇シンジは幸せになれるのか
サブタイトルの行方
(編集部)先生はこれから公開される『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』にどんな展開を期待されますか?
(溝部先生)新劇場版エヴァンゲリオンは4部作です。今まで公開されている3つの作品にはサブタイトルが付随しています。
「序」は“YOU ARE (NOT) ALONE.” 「あなたはひとりぼっち(じゃない)」
「破」は“YOU CAN (NOT) ADVANCE.” 「あなたは成長できる(できない)」
「Q」は“YOU CAN (NOT) REDO.” 「あなたはやりなおせる(やりなおせない)」
以上がそれぞれの映画のサブタイトルです。
「序」では、劇中でさまざまな出会いがあり、“YOU ARE NOT ALONE.”が達成されています。「破」では、傷つくことを恐れ回避傾向にあったシンジが、自らの殻を破るようなシーンが描かれているので、“YOU CAN ADVANCE.”のストーリーです。しかし「Q」では、シンジの選択が人類滅亡の危機を招く引き金となってしまい、取り返しがつかなくなってしまいます。よって“YOU CAN NOT REDO.”のストーリーだったといえるでしょう。
エヴァンゲリオンの公式サイトを見ると、『さらば、全てのエヴァンゲリオン。』という言葉が、線路上に立つシンジのイラストと共に添えられています。シンジの目線の先には分岐する線路が続いています。そして、4作品目も先ほどのようなサブタイトルが付くと予想しています。それは、“YOU CAN (NOT) BE HAPPY. ”などは如何でしょう。何故ならエヴァンゲリオンのメインテーマは『碇シンジは幸せになれるのか否か』という単純なものであると私は考えているからです。同時に、「個別の生命」vs「永遠の生命」という壮大なテーマもあるのですが、これを語りだすと紙面がいくらあっても足らなくなりますので興味のある方は、「追手門学院大学地域支援心理研究センター紀要14号(2017年度)」をご一読ください。
映画の公開は延期になってしまいましたが、サブタイトルの答え合わせだけでなく、キャラクターたちがどのように成長していくのか、精神科医、心理学者、そして一ファンとしても、公開を心待ちにしています。
まとめ
個性的なキャラクターが登場するエヴァンゲリオン。専門的な知見から作品を考察することで、現代の悩める若者の姿をより深く理解することもできました。『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』は近日公開予定ということで、キャラクターたちの性格やサブタイトルの意味も踏まえて鑑賞すると、より面白いかもしれません。