止まらない上下水道管老朽化と問われる公共サービス。持続可能な経営に必要な改革を考える。

藤原 直樹

藤原 直樹 (ふじわら なおき) 追手門学院大学 地域創造学部 地域創造学科 大学院 経営・経済研究科 教授専門:地域政策、自治体経営、地域産業政策

止まらない上下水道管老朽化と問われる公共サービス。持続可能な経営に必要な改革を考える。
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日本の上下水道は世界でもトップクラスの水質と普及率を誇ります。しかし今年1月末に埼玉県・八潮市で起きた大規模な道路陥没事故をきっかけに、インフラの老朽化問題が改めて浮き彫りに。今年4月末には京都市下京区で水道管破損による道路冠水が発生し、多くの自治体が莫大な費用がかかる水道管の維持管理に苦慮している現状が見えてきました。

私たちの暮らしに欠かせない水道サービスを持続させるためには経営の効率化が必要不可欠であり、政府も上下水道経営の転換を後押ししようとしています。今回は、大阪市下水道施設包括業務委託のPDCA実施にかかる有識者会議委員を務めるなど、上下水道行政に詳しい藤原 直樹教授が登場。欧州や国内事例を参考に、日本の上下水道経営改革の現状や課題について解説します。

日本の上下水道経営の現状と課題

日本の上下水道経営の現状と課題
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老朽化が進む日本の水道設備

(編集部)上下水道経営の課題に先立ち、水道サービスの概要について解説ください。

(藤原先生)上下水道は人々の生活にとって基礎的なインフラです。川から水を取水し、綺麗にした上で地域にポンプで配水。人々が使った水が下水処理場に集められ、微生物によって綺麗にされて、川や海に放流されるというプロセスで管理されています。

また水道は誰しも当たり前のように利用している公共サービスでもあります。主に水を供給する水道サービスと、生活排水や雨水を処理する下水道サービスに大別され、概ね日本では自治体が運営・供給を担っています。自治体ごとに水道や下水道の担当部署があるイメージですね。

なお100万人以上の大都市の中には、上水道と下水道が別々の部署や機関によって管理運営されている自治体も多く見られます。一方で、地方の多くの自治体では、上下水道を一体的に管理する体制が一般的です。また、一般家庭の水道料金は、上下水道の使用料がまとめて請求される仕組みになっています。

(編集部)水道・下水道が本格的に普及したのはいつですか?

(藤原先生)1960-70年代の高度経済成長期です。当時の水道は厚生省(現・厚生労働省)、下水道は建設省(現・国土交通省)の管轄でした。そもそも水道整備は伝染病予防の観点から始まったものでしたので、厚生省が関わっていたのですね。

しかし普及率がほぼ100%となった現在は、一括して維持管理した方が良いだろうということで、水道・下水道ともに国土交通省の管轄となっています。

(編集部)実際に水道管の維持管理を担っているのは自治体だと思いますが、埼玉県・八潮市で大規模な道路陥没事故が起きた要因は何だったのでしょう?

(藤原先生)一般にコンクリート製の下水道管の標準的な耐用年数は50年とされており、「中性化」と呼ばれる化学反応によって徐々に強度が失われ、劣化していきます。つまり1960-70年代に整備された下水道管の多くが耐用年数を超えており、早期に整備事業に着手した都市部ほど老朽化が進んでいると言えるでしょう。 また下水道管は地下に埋めているため、劣化や破損が進むと道路陥没などの事故を引き起こすことがあります。実際、埼玉県八潮市では、老朽化した下水管が原因とされる道路の大規模な陥没事故が発生しました。その対策としては、下水道管を交換するのが一番ですが、大規模な工事になるため自治体も予算の確保に苦慮しています。その他には下水道管を内側から樹脂などで補強する修繕法があり、補強技術も進歩していると聞いています。

(編集部)京都市下京区では水道管の損傷による道路冠水が起きました。全国的に水道管も同様に老朽化に急ぎ対応する必要があるわけですね。どのような対応策が考えられるのでしょう?

(藤原先生)そもそも、老朽化した水道管が破損して路面から水が噴き出るといった事例は、目立った報道がされないだけで以前から発生していました。その対策としては、下水道と同様に水道管の更新が基本的な対策ですが、対策が膨大であることから、自治体は対策の優先順位付けに苦慮しています。 そこで、近年ではAI(人工知能)を使い、上水道管路のみならず下水道管路の老朽化の程度を調査する自治体も登場しています。愛知県豊田市はAIを用いた劣化診断に加え、人工衛星データから水分変化を分析し漏水リスクの高いエリアと特定し、優先的に調査を実施する先進事例が報告されています。ただし世界的に見ても情報技術革新によってコストが劇的に下がる事例はまだ出てきていません。将来的にロボットが自動的に点検から修繕まで行ってくれるようになれば変わってくるでしょうが…。

(編集部)自治体も努力しているものの、まだまだ現実的ではないということなのですね。

人口減少時代の日本が抱える課題

(編集部)日本の水道管が大規模修繕の時期を迎えているということ。また自治体もDXを活用して人件費を抑えつつ効率的に修繕を進めようとしていることがわかりました。しかし予算が不足しているため修繕が間に合わず、道路陥没や冠水が起こっているのですね。

(藤原先生)上下水道事業は独立採算制を旨としており原則料金収入で運営されていますが、これまでは人口が増えるという前提で大規模な設備投資ができていました。しかし現在のように人口が減っていくなかでは家庭での使用水量は減少し、料金による収益も右肩下がりです。維持管理費用をどのように賄うのかが全国的な課題となっています。

(編集部)実際に水道使用量はどれほど減少しているのですか?

(藤原先生)水道料金の対象となる給水量は2000年をピークに減少しており、2050年頃にはピーク時の約2/3程度まで減少する見通しです。当然水道事業の収益は減少しますので、修繕等に必要なインフラ投資がますます厳しくなるでしょう。

(編集部)老朽化と人口減少が、上下水道経営を困難にしているのですね。

(藤原先生)自然災害も大きな課題です。これまで大雨の対策は過去の降雨データや統計に基づき、都市ごとにあらかじめ定められた整備基準に従って進めてられてきました。例えば大阪市では、1時間に60ミリ…つまり6センチ程度の雨が10年に1度の確率で降る想定で、下水道施設の整備が進められてきました。しかし近年では気候変動により以前より猛烈な雨が頻発しており、今後はより高い基準でのインフラ整備が求められます。

また日本は地震大国でもあります。2024年1月に起きた能登半島地震でも上下水道がダメージを受け、最大で約14万戸が断水し、復旧に長期間を要しました。そういう意味でも、今後はより地震に強い上下水道インフラが必要になると言えるでしょう。

(編集部)自然災害に対応したインフラへの更新や、維持管理にかかる費用を自治体が賄う方策は示されているのでしょうか?

(藤原先生)国交省が2017年に、民間企業のノウハウや創意工夫を活用して持続可能な下水道事業運営のための協働を推進する「新下水道ビジョン加速戦略」を策定。そこから日本における水道事業の規制緩和や経営改革につながる動きが生まれています。

海外事例から考える上下水道経営改革

海外事例から考える上下水道経営改革
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民営化や民間委託、広域連携など多様な水道経営

(編集部)海外ではどのような水道経営の事例があるのでしょうか。

(藤原先生)まず、水道を「完全民営化」したのがイギリスです。日本でも1980年代に日本電信電話公社がNTTへ、国鉄がJRへと民営化しましたが、イギリスでは1980年代にサッチャー政権が新自由主義経済政策を推進して公共事業の民営化を推進。水道経営も民営化され、1,500ほどの自治体がそれぞれ担っていた上下水道事業を全国10地域に再編し、大規模事業者に運営を委ねました。日本の電力会社のようなイメージですね。

次に、小さな自治体が大きな水道会社に業務を「民間委託」する方向に進んだのがフランスです。これはフランスが6千万人ほどの人口に対し、数万という小規模な自治体を多数持つ行政形態だったからでしょう。自治体では専門性の高い運営が難しいため、20〜30年の長期スパンで3社の大きな民間企業に水道事業を委託する方向に進みました。この運営手法を「コンセッション」と呼びます。日本の各自治体が水道経営を大手メーカーに委託するイメージですね。

一方のドイツでは日本と同様に自治体が上下水道事業を担っているのですが、「大都市を中心にした広域連携サービス」を展開しているところが日本より進んでいると言えます。ハンブルクなどの大都市が周辺自治体の水道事業を受託しているのですが、例えるならば、大阪市が府下の自治体の水道事業を一手に引き受けているイメージでしょうか。

(編集部)このように効率的な水道経営に舵を切った国々では、今も定着しているのですか?

(藤原先生)一部では「再公営化」の動きもみられます。水道を民営化していたフランスのパリやドイツのベルリン市が公営に戻しました。民営化によりサービスは洗練されたのですが、企業ですので利益追求は当然のこと。そこに対する批判が起こったのです。

(編集部)水道料金が値上がりしたのですか?

(藤原先生)そうですね。物価上昇と比較しても水道料金が明らかに値上がりしているという市民感覚があり、「良質で安いサービスが提供されなくなっている。公共に戻すべきだ」という世論が高まりました。他にも批判点はありましたが、やはり料金の面が大きかったと思います。

そもそも先進国の水道料金は日本に比べて高く設定されています。物価や為替が違いますから一概には言えませんが、日本に比べて非常に水道料金が高い。逆を言えば、日本の水道がいかに高品質で低廉かということだと思います。

日本でも進む上下水道事業の“外部委託”

(編集部)日本でも官民連携方式での部分民営化を進めようと政府が旗振りしているようです。こちらについて解説いただけますか?

(藤原先生)政府は2023年の「PPP/PFI推進アクションプラン(令和5年改定版)」で、「ウォーターPPP」…水道事業の官民連携推進を強く打ち出しました。将来的にはフランスのようなコンセッションでの水道経営に移行することをめざしています。

(編集部)PPPやPFIとは、コンセッションと何が違うのでしょう?

(藤原先生)PFIとはPrivate Finance Initiativeの略であり、公共施設を税金ではなく民間のお金で整備しようというものです。例えば、高速道路の整備費を民間資金で賄い利用料で返済するというのもPFIの一例です。

一方のPPP(Public Private Partnership)は、もっと広い意味での国や自治体と民間の協働した公共サービス供給です。PPPの事例を挙げると、体育館やプールを市役所が建てた後、運営を大手スポーツクラブ運営会社に委託するケースがあります。公共サービスでは収益が上げにくいため、委託料については使用料収入に税金で補填することがほとんどですね。財源の問題もありますが、現場の運営ノウハウを持つ事業者に託した方が社会的価値の高いサービスを効率的に提供できるという考えから、日本政府はPPPを推しています。

なおフランスの事例で紹介したコンセッションとは、公共施設の所有権を自治体が保持したまま、運営権のほとんどを民間事業者に設定する制度のことですのでPPPの一つと言えるでしょう。

(編集部)藤原先生が有識者として関わる大阪市も民間委託での水道経営改革を進めていますね。

(藤原先生)大阪市の下水道の運営管理担当部門では、所属していた1000人ほどの職員を転籍させる形で、大阪市が100%出資する民間会社「株式会社クリアウォーターOSAKA」を設立。運営責任は市が有するものの、施設の運転・維持管理業務は民間委託するという経営に改めました。 同社は2022年度より20年間にわたる包括的業務委託契約を大阪市と結んでいます。これにより効率的な下水道事業運営が進むことが期待されています。

(編集部)組織・事業方法の「企業化」とは、具体的にどんなことが想定されているのでしょう?

(藤原先生)例えば市役所では予算執行でも議会の承認や公平な入札というプロセスが必要です。また採用面でも公務員採用試験を通じてとなるので時間と手間がかかります。しかし民間企業であれば、予算決定も柔軟ですし、スペシャリスト短期雇用なども可能です。つまりは組織的な柔軟性が高まることが期待されているということですね。 さらに付け加えると、企業であるクリアウォーターOSAKAは、他の都市の水道事業を受託することができ、既に河内長野市をはじめいくつかの自治体からの業務受託を実現しています。

(編集部)素晴らしいですね。ですが日本全体を見ると、民営化や民間委託が進んでいないように思えます。

(藤原先生)現在、静岡県浜松市や宮城県が下水道をコンセッション契約で民間委託しています。 また奈良県では市町村の水道業務をまとめる「水道統合」を進めており、奈県内26市町村でつくる「県広域水道企業団」を設立して2025年4月から事業を開始しています(※)。これは各市町村で運営していた水道事業を広域でまとめることで、施設を共同で利用したり、従来よりも少ない職員数で業務を一括対応できる経営的なメリットを考慮しての統合です。ただ、自治体によっては広域的な枠組みに参加することで、水道料金の値上げや自己水源が無くなることなどの懸念から参加を見合わせるところもあります。

【※関連ニュース】 日本経済新聞「奈良県、水道一体化で企業団の設立式 25年4月事業開始」(2024年12月2日)

持続可能な日本の上下水道経営を考える

持続可能な日本の上下水道経営を考える
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広域連携による効率化の可能性

(編集部)上下水道経営改革への合意形成が難しいことが、奈良県の事例でよくわかりました。しかし改革は喫緊の課題です。欧州の事例も参考に、日本はどのように改革を進めたら良いのでしょうか。

(藤原先生)日本の上下水道経営改革が進めにくい理由として、複雑な官民連携事業を実施するための契約締結にかかるコストが無視できないものであることが挙げられます。

欧州の場合、地域差はあるものの大雨が少なく、完全民営化を進めたイギリスの場合は地震対策を考えずに済むわけです。つまり気候変動や天災によるリスクが日本とイギリスでは全然違う。そうなると民間委託する際、維持管理の業務量を示しやすく契約がスムーズです。

日本はやはり災害大国です。民間委託する際、台風や地震の発生頻度から考えなければいけません。例えば年間に台風が7回来るという前提で仕様書を作ったとしても、実際には台風が10回来たり被害が想定より大きかったりする場合、受託者である民間企業の負担は跳ね上がります。そうすると民間企業としては不確実性が高すぎて、補助金などの追加的なメリットがなければ受託になかなか手を挙げられません。そういった背景から、日本ではイギリスのような完全民営化は難しいのではないかと考えています。

水道事業の責任は自治体が有したまま、事業の一部をアウトソーシングしたり、独自に外郭団体を作って運営するなどの手段は取れるかと思いますが…。

(編集部)フランスやドイツのような方法なら可能性があるのでしょうか?

(藤原先生)そうですね。現実性があるのはドイツ型の広域連携ではないでしょうか。大阪市のように大都市が周辺自治体の水道事業を受託する。あるいは奈良県のように多くの自治体がまとまっての広域化であれば、さまざまな意見調整は必要ですが可能性があるでしょう。

実際に政府も、上下水道経営の広域化に対して補助金を出す取り組みをしています。「自治体出資企業が周辺地域の事業を受託する」か「自治体経営だけど広域化」のどちらかに進むのが現実的だと思います。

課題に向き合う自治体と住民理解のために

(編集部)水道に限らず日本では、自治体がサービスを持ち過ぎているのでしょうね。

(藤原先生)日本は自治体の努力が素晴らしいと思います。揺り籠から墓場まで行政がフルサービスをしていますが、人口減少が進む今後は人材面でも財源面でも持続は不可能です。 欧州では、水道事業を担う自治体出資企業がゴミ処理や電気、公共交通サービスまで手がけたりしています。特にドイツが進んでいますね。

また水道料金の値上げも避けられないでしょう。2070年の日本は人口が3000万人ほどマイナス、つまり現在の3/4まで減少すると言われています。その人口でインフラを維持管理するのですから、負担が増えるのは必然です。

(編集部)コンパクトシティといった話にもつながってくるわけですね。

(藤原先生)そうですね。今までがユニバーサルサービス過ぎたとも言えます。今は不便な地域に住んでいても基本的に水道が使えますが、料金を値上げしないのであれば、今後はサービスを限定していくか、そのような利用者に特別費用のようなものを徴収することになるのではないでしょうか。

(編集部)上下水道経営改革を進めるためには、私たち市民の意識改革も必要なのだなと感じました。

(藤原先生)水道だけでなくあらゆる公共サービスについて、どこまでが必要で、どこからが過剰なのかを、一人ひとりが優先順位を持って賢く判断することが必要だと思います。私たち日本人には「水道と安全はタダ」というような感覚がありますが、今後は、求めるサービスを受けるにはどれだけの受益者負担が必要なのかを、よりシリアスに確認しなければいけないと思いますね。

まとめ

上下水道経営をめぐる課題は、老朽化した施設の更新のみならず人口減少に伴う料金収入減や、気候変動による災害の頻発など日本をとりまく諸問題とも結びつき、課題解決は一筋縄ではいかない現実があることがわかりました。また上下水道経営先進国の欧州と比べても、災害大国であるリスクが日本の水道事業の民間委託を困難にしていることや、高品質で低廉なサービスに慣れた市民感覚が料金値上げの可能性のある民営化や広域化を阻んでいることも見えてきました。

しかし水道は、私たちの生活を支える重要な公共インフラです。一人ひとりが社会全体の利益を考え行動しなければ、持続的な公共インフラはあり得ません。受益者負担の意識醸成も含め、賢く合理的にサービスを選択し、持続可能な上下水道経営のあり方を考える時が来ているのでしょう。

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牧野 光朗

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プロフィール

藤原 直樹

藤原 直樹 (ふじわら なおき) 追手門学院大学 地域創造学部 地域創造学科 大学院 経営・経済研究科 教授専門:地域政策、自治体経営、地域産業政策

政令指定都市の自治体において、地域コミュニティの育成、インフラ整備部門の総務・法務、都市プロモーション、国際交流、企業誘致などの実務に従事した後、研究の道へ。2017年より現職。地域政策、自治体経営、地域国際戦略をキーワードに研究を進め、自治体との共同プロジェクトも意欲的に展開中。近著に『地域社会のための公共サービス』(共著・編著)、『ポストコロナ時代の地域経済と産業: ヨーロッパと日本の課題』(共著・編著)、『地域創造の国際戦略』(代表編著)がある。

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