社会の困りごとを科学的に解決する「オペレーションズ・リサーチ(OR)」とは

小畑 経史

小畑 経史 (おばた つねし) 追手門学院大学 理工学部(※) 数理・データサイエンス学科 教授専門:統計科学、応用数学、統計数学、数学基礎、安全工学、社会システム工学

社会の困りごとを科学的に解決する「オペレーションズ・リサーチ(OR)」とは
出典:Adobe Stock(AI による生成)

オペレーションズ・リサーチ(以下、OR)は応用数学の一分野で、世の中の困りごとを数学で解決することから「問題解決学」とも呼ばれています。例えば、私たちが電車に乗る時に経路を選択する手助けをしてくれる「乗り換え案内」ツールもORの知見が活用されたものです。今回はOR研究を専門とする理工学部 数理・データサイエンス学科に着任予定の小畑経史教授に、私たちの豊かな暮らしを支えるORの歴史や具体的な活用シーン、可能性についてうかがいいました。

オペレーションズ・リサーチ(OR)とは何か?

オペレーションズ・リサーチ(OR)とは何か?
出典:Adobe Stock

軍事研究から始まったOR

(編集部)先生がご研究されているORは、実社会のさまざまな課題解決に活用されている一方で、一般にはあまり馴染みがなく、名称を知る人も少ないようです。AIやデータサイエンスのように、近年盛んに研究されるようになった分野なのでしょうか。

(小畑先生)確かにオペレーションズ・リサーチ(以下、OR)は一般的には耳なじみのない言葉といえますが、実は知られていないだけで歴史ある研究分野です。近年の枠組みでは、データサイエンスを支える学術的基盤のひとつに数えられていますが、ORの研究が始まったのは1940年代。第二次世界大戦中にイギリスが軍事目的で研究したのがルーツだとされています。

(編集部)イギリス軍は、暗号解読に数学者を活用した歴史もありますね。

(小畑先生)ORとは、作戦(Operation)と検証(Research)を意味する言葉です。イギリス軍は経験則を活かしつつも科学的に成果が見込める作戦の立案に役立てようと、数学や科学の知識がある学者に研究をさせました。 戦争で相手にいかに勝つかという発想は、企業がいかにライバル企業に打ち勝って業績を伸ばすかという経済的な活動にも通じます。そこで軍事目的で行われてきた研究が、戦後は企業経営における問題などに活用されるようになったのです。

数理科学に基づき最適な選択肢を導き出す

(編集部)改めてORとは何かをご説明いただけますか?

(小畑先生)ORとは実世界の解決すべき様々な問題に対して、数学的・統計的モデル、アルゴリズムの利用などによって、解決案を見つける科学的技法です。ざっくりとした表現に言い換えると、物事を決めたり選んだりする必要がある時に、なんとなく行う意思決定ではなく、科学的・数学的な根拠がある形で、より良い結果につながる決断・選択をしようという分野ですね。

(編集部)複数の選択肢がある時に「ベストなものを決めてほしい!」ということがよくあります。そういった際にORが活用できるということですね。具体的な活用シーンはありますか?

(小畑先生)何かを決める・選ぶ場面というのは、世の中のいたるところにあります。そのためORの活用の場や研究対象も、企業経営、金融、制御、生産管理などかなり幅が広いのです。「より良いものを選ぶ」という点さえ押さえていれば、何でも研究対象にできます。

例えば「生産計画問題」と呼ばれる問題があります。これは総合的に利益を上げるには、どの製品をどれだけ作れば良いかというようなことを考える問題です。その他にも、いかにレジ待ち行列を短くしてお客さんを待たせない仕組みを作るかという「待ち行列モデル」、カーナビや乗換案内の開発に活用されている最適なルートを考える「最適経路問題」などもOR研究の守備範囲です。

また、先日私は『ラストマイル』という映画を見たのですが、劇中の舞台となっていた流通業界もさまざまな効率の悪さが凝縮した世界であり、ORの研究対象としてよく取り上げられますね。

(編集部)なるほど。いろんなシーンで活用されているんですね。

(小畑先生)流通や製造業はもちろん、病院や交通機関での人員のシフト作成や電車のダイヤなど、この記事を読む皆さんもORという名前は知らなくても、その恩恵は社会のいたるところで受けているはずですよ。

あいまいな人間の主観的判断を数値化

出典:Adobe Stock

判断基準の評価や、判断の最適化を考える

(編集部)ORの研究領域はとても幅広いという話がありましたが、先生自身はORのどのような領域に軸足を置いてきたのでしょう。

(小畑先生)理論寄りの領域から、自分でプログラムを組んで理論を実行するようなアプリケーションを作る情報学的な領域を軸に、さらに具体的なデータを使ってORの理論が現実問題の解決に役立つかどうかを実践するところまでを範疇にしています。
ORには大別して「最良のものをどう選ぶか」すなわち「最適化」と、「ものの良し悪しをどう測るか」すなわち「評価」の2つの軸があります。「最良のものをどう選ぶか」では、良し悪しが測れているものに対して、その中でどうやったら一番良いものを見つけられるかを考えます。

(編集部)良し悪しが測れているのであれば、一番良いものを選ぶのは簡単ではないかと思うのですが・・・。

(小畑先生)皆さんそのように思いがちなのですが、良さの程度が何らかの関数で表されることがわかったとしても、その関数の値が最大になるところを見つけるのは、実はそう簡単な話ではありません。また、選択肢の候補が膨大な組合せになり、しらみつぶしで調べると、コンピュータを使ったとしても気の遠くなるような時間がかかるケースもあります。

また「ものの良し悪しをどう測るか」では、誰もが疑いなく納得できる物差しが存在しないような状況を扱います。例えば、個人の主観によって良し悪しがきまるような場合ですね。「格好良い⇔格好悪い、美味しい⇔不味い」など、主観の基準は人それぞれですので、良さの程度を数値で得るのは簡単ではありません。私はこうした主観的な判断に興味を持ち、人が物事の良し悪しを測る際に使える手法を研究対象としてきました。

他にも、いくつも評価観点があって総合的に良し悪しを判断するのが難しいケースもあります。複数の評価観点をどう統合して総合的な良し悪しにまとめるかが問題になります。「あちらを立てればこちらが立たず」という状況ですね。例えば、大手スーパーマーケットチェーンの本部が店舗の経営分析をする時には、単に売上の高さを見るのでなく、コストや来客数など複数の評価観点を踏まえた上で「一番経営が上手くいっている店舗はどれか」を決めなければいけません。これをORでは「多目的の最適化」と呼んでおり、こちらも興味を持って研究対象としています。

ORの手法を身近に体験できるWebアプリを公開

(編集部)小畑先生は実際にORを体験できるWebアプリケーションを公開していると伺いました。

(小畑先生)一般の方がORを体験できるよりわかりやすいアプリとして、夏のオープンキャンパスでは、主観的意思決定支援システム「好きメーター」を来場した高校生の皆さんに体験してもらいました。好きな漫画や果物を一対一で比較することで、複数の選択肢の好みの度合いをはじき出すことができるというものです。例えば「リンゴ、ミカン、バナナ、ナシ」の中で、あなたがどの果物をどの程度好きかを即座に導くことが可能です。判断に矛盾がないか、整合性も瞬時に計算できて、リンゴとナシのどちらがどれだけ好きかを具体的に数字で表してくれます。また比較内容を「好き」だけでなく「優秀」や「大切」として変更することも可能です。

(編集部)日常生活でぜひ、そばにあってほしいですね。どういったアルゴリズムが使われているのですか?

(小畑先生)AHP (Analytic Hierarchy Process:階層化意思決定法)というORの手法を活用しています。AHPは人間の主観的な判断をもとに対象の重要性や優劣を数値的に求める手法です。判断の対象となる選択肢が複数存在する場合に、リーグ戦のような形式で比較判断を繰り返し、対象の優劣を表す数値を得るのです。その裏では大学数学で学ぶ行列とその固有値の概念が役立っているんですよ。

小畑先生作成の主観的意思決定支援システム「好きメーター」の体験結果例
小畑先生作成の主観的意思決定支援システム「好きメーター」の体験結果例

(小畑先生)最初にORの目的は「決めること」だというような言い方しましたが、それを学術的な用語では「意思決定」と表現します。つまりORとは意思決定の学問だとも言えます。その中でもAHPは個人の好みや重要度などの主観的要素を数値化し、「本当に望むものはなにか?」を明らかにしようとするORの手法ですね。

例えば私たちはスマホを買う時に、価格・重量・機能性・デザイン・バッテリーの持ち時間など複数の評価指標を明確に意識してはおらず、直感的に総合的な判断を下しているようです。AHPはその曖昧さを数理科学的に数値化するものです。

(編集部)自分がどの指標を最も大切にしているかがわかるというわけですね。

(小畑先生)他にもOR手法について体験できるアプリを公開しています。「好きメーター」のもとになったAHP(階層化意思決定法)のほかに、先ほど紹介したスーパーの経営評価の事例のように多目的最適化の事例に活用されるDEA(包絡分析法)、生産計画の分野で活用されているLP(線形計画法)の3手法を簡単に扱えるアプリを公開しています。 【→関連リンク】オペレーションズ・リサーチ手法のWebアプリケーション

(編集部)数学やORに興味がある方に、ぜひ体験していただきたいですね。

オペレーションズ・リサーチ(OR)の展望

出典:「ORを探せ!―暮らしに溶け込むOR―」(日本オペレーションズ・リサーチ学会)
出典:「ORを探せ!―暮らしに溶け込むOR―」(日本オペレーションズ・リサーチ学会)

社会で期待されるORの活用シーン

(編集部)日本オペレーションズ・リサーチ学会のサイトでは、ORが私たちの暮らしのさまざまな場面で活用されていることが紹介されています。現在学会で注目されているホットなOR研究の分野や手法があれば教えてください。

(小畑先生)いくつかありますが、あえて一つ選ぶなら「組合せ最適化問題」でしょう。このカテゴリーには配送トラックの最適な配送ルートを考える「巡回セールスマン問題」や、看護師のシフト(勤務表)を考える「ナーススケジューリング問題」などさまざまな研究テーマがあります

(編集部)確かにシフトを考えるのは大変です。本人の希望やその時間帯に必要な人数から、バランスよく休ませることや、スタッフのスキルなども考慮しなければいけませんものね。

(小畑先生)総合病院には看護師が数十名在籍しており、日勤・準夜勤・夜勤の出勤形態や勤務間インターバル制、スキルの習熟度などの要素を考慮する必要があり、とても複雑です。そのためORが取り上げる問題の中でも一番と言っていいほど解くのが難しい、時間がかかる問題だと言われています。看護師25人の一ヶ月間のシフトでも、数式で表現すると3,000以上の変数が出てくるような問題になります。

(編集部)ORによる解決策は示されているのでしょうか?

(小畑先生)解き方は色々研究されていて、最良の解を得るのが困難でも、それに次ぐ妥当な解であれば実用的な時間で得ることができます。また、これまでは非常に高価な専用ソフトウエアが必要だったのですが、近年は安価に利用できるソフトウエア環境が整ってきました。データサイエンスやAI領域でも活用されているPython(パイソン)というプログラム言語が広まったことが大きな要因です。ORについてもPythonのライブラリが手に入るようになり、小さな企業や個人でも活用できるほど導入ハードルが下がっています。

(編集部)ORに関わる知識を持っていたり、プログラムの素養がある方が組織内にいたりすれば、導入できるレベルのものが普及してきたというのは、朗報ですね。

世の中の本質を見抜くOR教育の可能性

(編集部)最近はAIが判断して解を導くといったサービスも普及しているように思います。ORとデータサイエンスやAIとの位置付けについて伺えますか?

(小畑先生)ORの研究対象には、今回紹介してきたように現実の問題を扱うものがたくさんあり、問題によっては実際にデータを収集し問題解決の根拠を得る必要も生じます。そうした意味では、ORで研究する対象の多くは、データサイエンスでもあるという言い方ができるでしょう。 またAIの行為の一つの側面として、質問に対する回答があります。AIは質問に対する複数の回答候補の中から最適なものを選んでいるわけですが、その「良さを測る」「一番いいものを選ぶ」行為の裏側にあるのがORの「評価」と「最適化」です。つまりORは評価と最適化という部分で、AIと密接に関係していると言えます。

(編集部)ORにあってAIにないもの、ORならではの面白さはどんなところなのでしょう?

(小畑先生)ORでは、現実世界で起こる複雑な事象から問題の本質を抜き出し、抽象化して数式にします。この数理モデルを導く作業が重要で、抽象化によって単純にしすぎても、逆に現実に忠実にしすぎても、適切な分析ができなくなります。そこが難しくも面白いところです。

数理モデルを作るには、問題を解くのに必要な要素を切り分ける必要があります。例えばナーススケジューリング問題でいうと、看護師さんの名前データは不要です。例えば1番、2番、3番…もっと言うと、n1、n2、n3という区別で良いわけです。しかし人対人の相性や、その人の性格、生活習慣など不必要だと思っていた要素が、実は最適化に関係しているということが後々わかることもあり、判断が難しいのです。

(編集部)現実に即しすぎると数式が複雑になり、かといって考えやすいよう単純化しすぎても必要な要素を見落とす可能性があるというわけですね。そうなると単純に数学的素養や情報工学的素養があるからといって、理想的な数理モデルを作れるわけではなさそうですね。

(小畑先生)そうですね。数学や統計などの理論も押さえながら、「世の中の本質を見抜く力」を養うことが必要になると思います。 今はORやデータサイエンスのような数学の応用について学べる大学が増えていますが、本学理工学部では、ユーザ目線でAIやORを使いこなせるようになるだけではなく、数学や統計など理論的なバックグラウンドを身につけたうえで、実社会の問題解決につながることを考えられる学生を育てたいと考えています。そうすれば、社会人となった時に既存の手法をただ使うだけでなく、手直しや応用ができる人材として活躍できるはずです。

まとめ

「問題解決に向けた最適な方法」を導き出す応用数学の一分野であるORは、既に社会の多様なシーンで活用されていることがわかりました。また、人の経験値に強く依存してきたような業務や、混雑など小さな不満が当然のこととして見逃されてきた場面などの日常の困りごとで、ORはますます活躍の場を広げることができるのだと実感しました。VUCA時代に求められる人材のスキルの一つとして「仮説構築力」が注目されています。物事の本質を見抜き、問題にあてはめようとするORの知識は、今まさに必要とされるものではないでしょうか。

【関連記事】
新たな労働力として期待される「協働ロボット」は、社会や暮らしに寄り添う存在になりうるか?
2024.09.20
土井 正好