過熱する次世代電池の開発競争「全固体フッ化物イオン電池」が切り拓く未来

高見 剛

高見 剛 (たかみ つよし) 追手門学院大学 理工学部(※) 教授専門:電気電子材料、エネルギー材料、無機化学、固体物理

過熱する次世代電池の開発競争「全固体フッ化物イオン電池」が切り拓く未来
出典:Adobe Stock(AIによる生成)

電気自動車(EV)への期待などに伴い、次世代電池の開発競争が過熱しています。現時点での主流であるリチウムイオン電池は、ノートパソコンやスマートフォンの蓄電池として幅広く使われていますが、容量の問題やレアメタルを使用していることから、より高いエネルギー密度を持つ次世代電池の開発が期待されています。

現在、次世代電池の有力候補とされているのが、国内の自動車メーカーも開発に力を入れている「全固体フッ化物イオン電池」です。今回は新たな電池開発の実現に向け研究を進める高見 剛教授に、リチウムイオン電池やフッ化物イオン電池の課題や次世代電池が切り拓く未来について解説いただきます。

蓄電池の代表格・リチウムイオン電池をめぐる現状

蓄電池の代表格・リチウムイオン電池をめぐる現状
出典:Adobe Stock

ノーベル化学賞につながったリチウムイオン電池開発

(編集部)ひと昔前までは電池といえば乾電池でしたが、今や繰り返し充電して使えるリチウムイオン電池が私たちの生活に欠かせません。まずはリチウムイオン電池の仕組みについて教えてください。

(高見先生)リチウムイオン電池は、正極と負極の間にセパレーター(絶縁体)を挟み、電解液の中をリチウムイオンが移動することで充電や放電を行う充電可能な電池です。これに限らず電池の構造はこの「正極」、「負極」、「電解質」で構成されており、放電時は負極から正極へ、充電時は正極から負極にリチウムイオンが移動します。

(編集部)電気を帯びた状態のリチウムが移動することで電流が発生するわけですね。リチウムイオン電池の発明の素晴らしさは、発明に貢献した化学者3名が2019年にノーベル化学賞を受賞していることからもわかります。先生はその一人であるジョン・グッドイナフ教授の研究室に在籍されていたことがあるそうですね。

(高見先生)今から17年ほど前になりますが、ポスドク時代にテキサス大学オースティン校で研究員を務めており、ジョン・グッドイナフ教授の研究も拝見していました。ですので、2019年にノーベル化学賞受賞の話を聞いた時は、驚きと共に嬉しい気持ちになりました。

(編集部)ジョン・グッドイナフ教授は、リチウムイオン電池開発のどの部分に貢献されたのでしょう?

(高見先生)ジョン・グッドイナフ教授はリチウムイオン電池の正極に使える材料「コバルト酸リチウム」を発見された方です。 ノーベル化学賞を共同受賞した3人を紹介すると、リチウムイオンが出たり入ったりすることで充電や放電を行う原理を提唱したスタンリー・ウィッティンガム教授と、正極の材料を発見したジョン・グッドイナフ教授、そしてコバルト酸リチウムに合わせてカーボン(炭素)を負極にする組み合わせを見出した吉野彰氏の3名になります。なかでも、ジョン・グッドイナフ教授の貢献が大きかったと私は考えています。

(編集部)正極材料の発見が重要だったということですか?

(高見先生)リチウムイオンの出し入れを主に担うのが正極ですからね。リチウムイオン電池開発の歴史を辿ると、当初は負極にリチウム金属を使い、正極にリチウムイオンが入る材料を使用しようという考え方でした。 例えば、ジョン・グッドイナフ教授はTiS2を正極として用いて、2.4 V電池の動作を実証しています。次に、ジョン・グッドイナフ教授は、コバルト酸にリチウムイオンを入れると安定化することをヒントに、正極の方にリチウム材料を用いてリチウムイオンを出し入れすることで安定した充放電を実現しようという逆転の発想で、1980年に正極材料「コバルト酸リチウム」を発見したのです。

(編集部)電池の材料を探すというのは、それほどに大変で時間のかかることなのですね。

ジョン・グッドイナフ教授とポスドグ研究員時代の高見先生
出典:高見先生HP(ジョン・グッドイナフ教授とポスドグ研究員時代の高見先生)

過熱する次世代電池の開発競争

(編集部)現在はリチウムイオン電池に代わる次世代電池の開発競争が加熱しています。なぜ次世代電池の開発が求められているのでしょうか?

(高見先生)まずリチウムイオン電池の課題として、エネルギー密度の低さが挙げられます。スマホやパソコンの蓄電池としては使えても、電気自動車への搭載となると大容量のバッテリーが必要で、航続距離を長くすることが指摘されていますよね。電気自動車のみで考えても、よりコンパクトでより軽く電気エネルギーを蓄える次世代電池の発明が求められています。

もう一つの課題として、リチウムイオン電池は使用している電解液の関係上、高温で発熱して発火する可能性があるのです。韓国で電気自動車の火災が多発しているというニュースや、飛行機内でノートパソコンのリチウムイオン電池が発火するという事例を聞いたことはありませんか? こうした背景からより高性能な次世代電池が求められています。

(編集部)なるほど。そこで次世代電池の開発が進んでいるのですね。

(高見先生)リチウムイオン電池の発火原因は、正極と負極の間にある電解液です。この液体の電解質を固体にすることで安全性を担保しようという発想から「全固体リチウムイオン電池」が注目されており、その他の次世代電池開発でも「全固体」がキーワードとなっています。 しかし、電解質を液体から固体にすると、リチウムイオンのスムーズな動きを維持できないという点が課題となっています。そのため全固体電池の開発においては、イオン伝導率の高い固体電解質が待たれています。近年、電解液のイオン伝導率に匹敵する固体電解質が開発され、全固体リチウムイオン電池の研究開発が加速しています。

全固体フッ化物イオン電池への期待

革新型電池としてのフッ化物イオン電池

(編集部)次世代電池として全固体リチウムイオン電池が注目される中で、先生は前任校である京都大学時代から「フッ化物イオン電池」の研究に取り組んでいます。なぜフッ化物イオンに注目したのでしょう?

(高見先生)そもそもリチウムにはエネルギー密度に限界があります。だからこそリチウムに代わる材料での次世代開発が研究されているのです。フッ化物イオン電池は、リチウムイオン電池の数倍のエネルギー密度が出ます。そのため、私はフッ化物が次世代電池として一番現実味があると考え、これを研究しています。

(編集部)リチウムイオン電池にはレアメタルが使われているのも課題ですよね。

(高見先生)そうですね。「フッ化物イオン電池」はフッ素を含むので資源的な意味合いでは豊富かと思います。ただ一般の方のフッ素に対するイメージが悪いのが残念ですね。フロンガスなどを連想されて「フッ化物イオン電池って、充放電するときにフッ素が出るんでしょう?」などと誤解される方もいます。

(編集部)他にもフッ素を用いる課題はあるのですか?

(高見先生)全個体リチウムイオン電池と同様に、電解質が液体のときは問題なくフッ素イオンが正極・負極を行き来するのですが、電解質を固体にすると急に動きにくくなるのが課題です。フッ素にはもともと動きにくい特性があります。例えば「フッ素加工をしたフライパンは劣化しにくく丈夫」と言われますが、あれはフッ素の結合力の強さを生かした加工だからです。つまりフッ素は非常に結合が強い、つまりは動きにくい材料なのです。

(編集部)ですが液体だと、フッ素もリチウムと同様に燃えやすいわけですね。

(高見先生)そうなんです。電解質が液体だとリチウムイオン電池同様、イオンの動きはよくなるのですが安定性が確保できません。しかし、固体となると安定性はあるのですが、逆にイオンの動きが悪くなってしまいます。負極や正極の材料に関してはほぼ問題ないと思うのですが、課題となっているのが固体電解質の開発で、私はもう5年ほどそこに注力しています。

(編集部)「全固体フッ化物イオン電池」の未来を担っているのが、固体電解質なのですね。

実用化に向けた高見研究室の現在地

(編集部)どのような固体電解質を発見できたら、「全固体フッ化物イオン電池」の社会実装が実現するのでしょう?

(高見先生)端的に言うと“室温状態で超イオン伝導を示し、かつ電位窓(電気化学反応が可能な電位領域)の広い固体電解質”が求められます。現在注目されているのは「ランタン・バリウム・フッ素」という、バリウム(Ba)とランタン(La)とフッ素(F)を合成した固体電解質です。先ほどフッ素はイオン伝導率が低い…イオンが動きにくい特性があるとお話ししましたが、ランタン・バリウム・フッ素はイオン伝導率を劇的に向上させました。しかし室温(25℃)での動きはやはり悪く、最もイオン伝導率が高い温度が140℃と高温のため、実用化は難しいとされています。

(編集部)先生は2020年5月に全固体フッ化物イオン電池の充放電を実証して、国際的にも注目*されましたよね? どのような正極を用いた実験だったのでしょう? *米国物理協会の国際雑誌「APL Materials」のオンライン版に掲載され、さらに「Featured」(注目論文)に選ばれ、米国物理協会から最も顕著な研究成果として「Science Highlight」(Scilight)にて特集された。(>>参考:京都大学News

(高見先生)ビスマス(Bi)と鉄(Fe)に注目した新物質を合成し、全固体での充放電を実証したものです。結果として1回目のみですが360 mAh/g という高い容量を示しました。リチウムイオン電池の放電容量がおよそ150 mAh/gですので、倍以上の性能ですね。

(編集部)世の中にない新たな正極を合成し、それが実際に性能を示したというのは素晴らしい成果ですね!

(高見先生)ところがですね、プロトタイプの電池として実用できるかというとこれが全くで…。基礎研究としては結果を出しましたが、継続して充放電するにはサイクル特性が悪く、まだまだ課題が多いのが現実です。

(編集部)道のりは険しいですね…。 さらなるブレイクスルーが必要なのだと思われますが、何か解決への道筋はあるのでしょうか?

(高見先生)今年6月に発表した「フッ化物イオンとアニオン電子の新たな交換反応の実証」が一つのブレイクスルーだと考えています。

(編集部)本学からもプレスリリースを発信した、米国化学会の学術誌「Chemistry of Materials」に掲載された実験ですね。どういった研究だったのでしょうか?

(高見先生)専門的な解説を省略してご説明すると、これまでの研究ではイオンが動きやすいような構造を持つ化合物の合成や材料の探索を行うことが主流でしたが、今回の研究では「化学反応によって化合物内にイオンが動く隙間を作り出す」という発想の転換を行いました。また、材料が電位窓を広く担保できる元素で構成されています。

(編集部)材料の組み合わせパターンを探りながら新たなイオン伝導体(固体電解質)を創るだけでなく、化学反応を用いてフッ化物イオンの流れを良くするという新しい着眼点を見出したというわけですね。

(高見先生)この実験により新たなフッ化物イオン伝導体の探索対象が広がりましたし、今回の実証をベースに伝導率の向上を目指した研究開発の広がりが期待できると考えています。

全固体フッ化物イオン電池が描く未来

全固体フッ化物イオン電池が描く未来
出典:Adobe Stock(AIによる生成)

クリーンエネルギーの拡大や宇宙産業につながる未来へ

(編集部)全固体フッ化物イオン電池が社会実装されると、どのような技術革新が可能となるのでしょう?

(高見先生)三つの分野に社会イノベーションを起こしていくと考えられます。一つ目は家庭用の電源として生活インフラを支えることができるということ。二つ目はモビリティ(電気自動車をはじめ鉄道や航空機など)や建設機械の電源としての活用です。そして三つ目がクリーンエネルギー、脱炭素社会の実現に向けて再生可能エネルギーの高効率発電に寄与できるだけでなく、災害時に対応する予備電源の確保などが可能となるでしょう。

(編集部)再生可能エネルギーは安定的に発電するのが難しいので、発電量をコントロールする装置として蓄電池を用いることが期待されています。そこにも全固体フッ化物イオン電池の活躍の場が拓けるのですね。

(高見先生)そうです。再生可能エネルギーを、南海トラフ地震などの震災に備える大型電源、航空機や船舶の輸送にも活用できる未来が拓け、宇宙産業への展開も視野に入ってくるでしょう。

(編集部)最後に実用化に向けた先生の想いや今後のビジョンを教えてください。

(高見先生)やはり「室温で基準以上の動作をする固体電解質の創出」ですね。正極は他の研究者や産業界からある程度のものが出てくると思いますが、一番難しいのが固体電解質です。材料の探索や合成技術ももちろんですが、先ほどご説明した研究のように発想の転換も意識しながら、求めている固体電解質を発見したいと思っています。

(編集部)本学の高見研究室では、固体電解質の合成・開発に取り組んでいるのですか?

(高見先生)そうですね。理工学部の開設からゼミ生の配属までは少し時間がかかりますので、現在は学外との共同研究とは別に、本学の学生に手伝ってもらいながら研究室で試料を合成しては測定するということを繰り返して研究しています。新たな研究室もできますので、理工学部の学生がゼミ配属されるようになれば、2人で1テーマを任せるような形で研究に参加してもらいたいと思っています。

ですが、そもそもフッ化物は種類自体が少なく、開発はもちろん合成するのも難しい領域です。だからリチウムイオン電池やナトリウムイオン電池を研究している方は多いのですが、私は研究者として他と異なるところで勝負していきたいと考えます。

本学の高見研究室での実験風景
本学の高見研究室での実験風景

まとめ

次世代電池と聞くと難しい技術が使われているかと思っていましたが、実は「正極」と「負極」、そしてそれをつなぐ「電解質」構造は同じままでした。一方で未来社会が求める高いエネルギー密度を持つ電池を実現するには、それぞれにどのような材料を組み合わせるかという無数の選択肢があり、新材料の合成・開発や化学反応による伝導率向上など、地道な基礎研究が日夜続けられていることに胸が熱くなりました。過熱化する次世代電池開発競争において、高見先生の研究が与える影響が非常に楽しみです。

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プロフィール

高見 剛

高見 剛 (たかみ つよし) 追手門学院大学 理工学部(※) 教授専門:電気電子材料、エネルギー材料、無機化学、固体物理

 
2007年3月、名古屋大学 大学院工学研究科 博士後期課程修了。博士(工学)。テキサス大学オースティン校 ポスドク研究員、名古屋大学 大学院理学研究科 特任助教、大阪大学 大学院理学研究科 助教、京都大学 特任准教授を経て2024年4月より現職。専門は無機材料化学、物性化学、固体物理学。
電気電子分野で、モノ(材料)とコト(機能・機序)の二刀流を先導し、人類が直面している問題に対して、グリーンをキーワードに研究に取り組んでいる。

現在、高校生に向けた講義動画を公開中。
夢ナビ「イオンはどこまで高速拡散が可能か?」
(※)2025年4月開設

研究略歴・著書・論文等詳しくはこちら

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追手門学院 広報課

電話:072-641-9590

メール:koho@otemon.ac.jp