「老害にはなりたくない」人の社会性のカギは脳の抑制機能? 認知心理学者とメカニズムに迫る

大塚 結喜

大塚 結喜 (おおつか ゆき) 追手門学院大学 心理学部 心理学科 特任助教専門:実験心理学、認知科学(生涯発達、高齢者、高次認知、記憶)

「老害にはなりたくない」人の社会性のカギは脳の抑制機能? 認知心理学者とメカニズムに迫る
出典:Adobe Stock

「老害」とは高齢者の自分勝手なふるまいを揶揄した言葉ですが、昨今では「ソフト老害」なる新ワードも登場し(※)、特に30代・40代の方の中には「自分より若い世代に迷惑をかけるのは高齢者に限った話ではないのだ」とドキッとした人もいるのではないでしょうか。

超高齢社会を迎えた日本では、加齢にともなう身体機能や認知機能の低下がすでに知られています。しかし、「老害」という言葉に繋がるような“高齢化と社会性低下の関係”は研究者の間でもよくわかっていませんでした。 それが今、心理学部 大塚結喜特任助教の共同研究 ―加齢による社会性低下機構の解明―感情と抑制機能を中心とする検討― により明らかにされようとしています。高齢者の社会性の低下はなぜ起こるのか? 社会性維持に必要不可欠な要素とは? 認知科学や脳のメカニズムにおける見地から解説いただきます。

【※参考ニュース】
関西テレビNEWS:高齢者だけじゃない『ソフト老害』が話題に 放送作家・鈴木おさむさん「40代でも行動次第では老害に」(2024年2月14日)

脳の機能と社会性低下にはどんな関係がある?

出典:看護roo!をもとに作図(左から見た脳の断面)

脳は一生をかけて変化するという事実

(大塚先生)今回は「脳のメカニズム」と「社会性」がキーワードですので、まずは脳のことからお話ししましょう。 人間はいろんなことを考えたり、体を動かしたり、人と共感したりすることができます。こういった知性や感情、意識、行動はすべて脳の働きによるもの。そして私たちの脳は、サイズも性能も一生をかけて変化していきます。 性能の変化はパーツごとに異なりますが、脳全体のサイズは20歳くらいをピークに小さくなり、60歳を過ぎるとその速度が急激に加速することがわかっています。

さて、脳の中でも大部分を占める「大脳」と呼ばれる部分があります。大脳は物事を考えて判断を下したり、情報に応じた運動を命じたり、また言語や記憶の活用、注意力の発揮、感情調整など知的なはたらきを司っています。特に、大脳の中でも言語や記憶の活用、注意力、プランニング、感情コントロールなどに関する司令塔的な役割を担うのが「前頭葉(ぜんとうよう)」と呼ばれる部分です。

(編集部)脳の前方に位置する部分ですね。

(大塚先生)前頭葉は「高次脳機能(高次認知)」と呼ばれる脳機能のはたらきを支えます。 たとえば「喉が渇いた」という認識と、「以前に水を飲むと喉の渇きが癒やせた」という記憶があったとして、2つの要素を結びつけて実際に水を飲む動作に導く(プランニングする)のが高次脳機能であり、前頭葉の働きです。 前頭葉が働かないと喉が渇いたままですし、「水の代わりにスポーツドリンクを飲もう」といった発想も生まれません。他にも数字を把握して暗算したり、新聞の記事内容を理解して自分の知識を関連付けたり。自分の感情を認識して過去の経験から行動パターンを選択する、といった流れも前頭葉の高次脳機能の一種(プランニング)です。

これまで「歳をとると融通が利かない」「加齢とともに怒りっぽくなる」などといわれる変化は、この前頭葉の衰えが原因だと考えられてきました。というのも前頭葉の働きは20歳前後でピークを迎え、加齢にともなう脳の縮小によって前頭葉も萎縮し、機能も低下していくことがわかっているからです。 これが社会性の低下とイコールでとらえられていたんです。

(編集部)前頭葉が萎縮すると必然的に感情をコントロールする力が弱まる、というのが通説だったんですね。

(大塚先生)社会性という言葉にどう前提を置くかにもよるのですが、社会の一員として上手にコミュニケーションをとる能力だと考えてみましょう。それは「他者を慮ること」と言い換えられます。

(編集部)怒りっぽい人でも、他者を慮ることはできますよね?

(大塚先生)そうなんです。従来は、前頭葉の衰えから怒りっぽくなることと社会性の低下がイコールで語られがちでした。しかし、それは必ずしもイコールではなさそうです。 後ほどお話しする私の実験結果により、「前頭葉の衰えが社会性の低下とはいえないのではないか」と新事実がわかってきました。

常識が変わる!? 脳の外側の「灰白質」と、内部にある「白質」の話

大塚先生資料画像より(水平で見た脳の断面)
大塚先生資料画像より(水平で見た脳の断面)

(大塚先生)もう1つ、脳の領域について解説しておきましょう。 脳は、外側の層を指す「灰白質(かいはくしつ)」と、灰白質の内側にある「白質(はくしつ)」に分けられます。灰白質は神経細胞が多く存在し、複雑な処理を行う領域。前頭葉・頭頂葉・後頭葉・側頭葉はこの層にあります。 一方で白質は、神経線維が多く存在する領域。これまでは「異なる神経細胞(灰白質)の情報を伝達する組織に過ぎない」と考えられてきました。

(編集部)灰白質が脳の主役で、白質はそれらを繋ぐ情報の通り道だと考えられていたんですね。

(大塚先生)そうです。いわゆるパソコンのLANケーブルみたいなもので、それ以上でも以下でもないといった認識が一般的でした。 この前提があったからこそ、老化による社会性の低下、感情抑制の不自由さは前頭葉(灰白質)の縮小と関係があるだろうと考えられてきたんです。ただ、明らかなデータに基づいた結論ではありませんでした。

それが、この通説に変化が見え始めたのはここ10年ほどです。技術進化によって白質部分の研究が大きく進み、白質部分が情報伝達するだけの物質ではないようだとわかってきた。すると「高次脳機能の低下も、単に前頭葉の縮小に伴う機能低下が原因ではないのでは?」とする見方が出てきました。 その視点が、今回私が研究した「社会性低下のメカニズムと脳の変化」というテーマに繋がったんです。

加齢による社会性低下のメカニズムと脳の変化に迫る

加齢による社会性低下のメカニズムと脳の変化に迫る
出典:Pixabay

実験から見えてきた「抑制メカニズム」と社会性の関わり

(編集部)大塚先生が「社会性低下のメカニズム」に着目した経緯は、先行研究の知見がきっかけになったそうですね。

(大塚先生)記憶に関する先行研究からヒントを得ました。 従来の認知機能に関する研究では、記憶力とは加齢に伴って誰でも低下するものだという前提のもと、いかに記憶力を維持するか、なぜ低下するかといった点に関心が寄せられていました。 しかし近年、海外のいくつかの先行研究から、年齢を重ねても記憶力が全く落ちない人がいることがわかったんです。中には、約40%の人は高齢になっても記憶力が落ちないという報告もあります。

一方、記憶の課題について成績が低い人の中には、思い出せないのではなく覚えていなくていいことを覚えてしまっている人、つまり「目標にあわせた情報の取捨選択ができず、別の答えを口にしてしまう人」が多いことに気づきました。 これって記憶力の低下というよりも、発信する情報を間違えている状態なんです。つまり脳の「抑制メカニズム」にポイントがあると考えました。

あなたはグッとこらえられる? 情報・感情の取捨選択

心理実験
大塚先生の資料より「ストルーブ課題」(左)と「日本語版目から心を読むテスト」(右)

(編集部)抑制メカニズムとは何でしょうか?

(大塚先生)抑制メカニズムは、メインの課題でない情報を押さえたり、覚えたりしなくてよいという脳の抑制機能のことです。言い換えれば、その時々の目的に対し不適切な行動を排除する高次脳機能で、前頭葉が管轄しています。 抑制機能を測るために用いられる「ストループ課題」というものがあります。赤・黄・青など「文字が示す情報」と、文字を彩る「色の情報」が矛盾する表から、色の情報だけを読み上げていく認知テストです。 本来、私たちにとっては文字を読む方が自然な行為ですが、文字を読みそうになる衝動をぐっと抑えて色の情報を認識、発信する。これが「目的に合わせた情報の取捨選択」であり、抑制メカニズムの働きです。抑制メカニズムが鈍いと「とっさに思い浮かんだ言葉をのみ込めずそのまま発言してしまう」といった衝動的な行動に繋がります。 ストループ課題は大人に対して実施するもので、言語の獲得途上にある子ども向けに実施する際には注意が必要です。ご留意ください。

(編集部)大塚先生は抑制メカニズムの視点から、認知機能が及ぼす日常への影響に着目していったということですね。

(大塚先生)人生の豊かさを考えたとき、記憶力が優れていることよりも、人や社会との関わりが円滑な方がメリットが大きいのではと考え、社会性低下のメカニズムを解明したいと思いました。

そして、先ほど私は社会性を「他者を慮ること」と言い換えましたが、抑制メカニズムの観点から「社会性の低下はなぜ起こるか=他者を慮ることが難しくなるのはなぜか」を主題に研究を進めました。 すると実験を通して、「ストループ課題」と「目元の表情を写した画像から心を読むテスト」の成績結果に相関があることが分かったんです

(編集部)相関がある。そこからどんなことが言えるのでしょうか?

(大塚先生)「目元の表情を写した画像から心を読むテスト」はその名の通り、表情から相手の感情を読み取るテストのことです。抑制機能が上手に機能している人は、他人の心情をキャッチしやすいといえます。言い換えれば、とっさの余計な一言を我慢できる人は、他者を慮ることができる(社会性がある)ということ。これが大いに興味深い結果です。

社会性低下を起こさないポイントは「白質」にあり!

(大塚先生)また、脳の状態と社会性にも着目します。これまで白質とは情報の通り道でそれ自体に役割はないとして、着眼されて来ませんでした。しかし今回の高齢者を対象とした実験研究では、白質の「結合性」が高い人ほど、「目元の表情から心を読むテスト」の成績が良かった。 つまり、情報の通り道の質の良し悪しが脳の認知に影響している。これまでの常識を覆し、脳の白質が重要な役割を果たしているという結果が出たんです。

しかも、若い世代を対象とした「目から心を読むテスト」の研究では、白質の結合性と成績の相関はほとんど見られていません。高齢者だけが、高次脳機能の働きにおいて、白質のクオリティの影響を大きく受けている。新しい発見です。

(編集部)今回の研究結果から、灰白質は小さくなっても白質のクオリティが保てていれば人は社会性を保てる……すなわち、高齢になっても一概に怒りっぽくなったり、場にそぐわないお節介をしたりといった社会性の低下を防げるといえるのでしょうか。

(大塚先生)そのように考えています。社会の変化に柔軟に対応できるかどうかも、白質のクオリティを保てているかどうかに関わっていそうですし、加えて現段階では、記憶力の低下に個人差が見られることにも白質のクオリティが関係すると推測しています。

(編集部)脳の老化を防ぐには、灰白質では「サイズ」が、白質は「クオリティ」が性能のカギを握っていそうですね。

(大塚先生)まさにそのとおり。そして、灰白質や白質の変化には“とあるもの”が影響している可能性が見えてきました。

脳の機能低下を防ぐには、脳をいたわるライフスタイルを!?

脳の機能低下を防ぐには、脳をいたわるライフスタイルを!?
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脳が老けない秘訣は睡眠。しかし長ければ良いわけでもない!

(編集部)灰白質や白質の変化に関係しそうな「あるもの」とは何ですか?

(大塚先生)注目しているのがライフスタイルです。先行研究の話題でふれたように、長年にわたる追跡研究から、高齢者の記憶能力の低下、つまり認知機能の低下には個人差が大きいことがわかりました。ここで、脳を長く研究してきた一人として感じるのが、「機能低下の個人差が、生まれつきの性能によるものだけとは考えにくい」ということです。 当たり前ですが、誰しもある日突然に高齢者になるわけではありません。20年から30年ほどの時間をかけ、徐々に老いていくわけですから、脳の性能の変化についてもその過程における検討が必要ではないでしょうか。 そこでライフスタイルにヒントがあるだろうと注目しているのです。

(編集部)日々の暮らしぶりが脳の性能の変化に関わる、ということでしょうか。

(大塚先生)そうです。脳を動かすために絶えず必要なものは何だと思いますか? それは酸素や栄養を運ぶ「血液」です。となると、血液の状態を決める体の動かし方、休息のとり方といった生活習慣は脳の性能に強く関与すると予想でき、ひいては灰白質・白質の性能に与える影響も大きいだろうと考えられるのです。

(編集部)脳の機能低下を防ぐための健全なライフスタイルとはどういったものか、気になります。

(大塚先生)このトピックスはまだ研究が始まったところですから、明確なデータはありません。ただ、研究者の間で注目を集めているのは生活習慣の中でも睡眠に関するデータです。

昨年末、厚生労働省による睡眠に関するガイドライン(※)が更新されたのですが、高齢者向けにこれまでと異なる指針が示されたのは知っていますか? 「長い床上時間は健康リスクとなるため、床上時間が8時間以上にならないことを目安に、必要な睡眠時間を確保する」と記載されるようになりました。

(編集部)床上時間とは耳慣れない言葉ですが、ガイドラインによると「夜間に床の上で過ごす時間」のことだそうですね。「寝過ぎは良くないよ」という意味に受け取ってよいのでしょうか。

参考:健康づくりのための睡眠ガイド 2023(厚生労働省)

(大塚先生)はい、そうです。そしてそこが従来と違うところです。 皆さんの中には「日本人は世界的に見ても睡眠時間が短い。もっとしっかり眠ろう」といった行政の呼びかけ、ニュースを目にしたことがある人もいるのではないでしょうか。 これまで日本では睡眠時間の短さがたびたび問題視されてきました。ところが近年、さまざまな国の研究で「睡眠時間が長すぎる方が健康リスクが高まる」ことがわかってきたんです。特に高齢者は睡眠時間が長いほど死亡リスクが高く、認知機能が低下するおそれも高くなります。

(編集部)たくさん眠れることは健康の証、なんて聞いたこともありますが、寝過ぎるのはよくないんですね。

(大塚先生)もちろん睡眠が短すぎても良いことはないので、脳の若さをキープするには、規則正しく適度な睡眠時間――大人は6~8時間――をキープすることが重要そうです。

年齢が上がるほど「長すぎる睡眠」でダメージ大?

(編集部)大塚先生の最新の研究でも認知機能と睡眠に関する発見があったそうですね。

(大塚先生)今後の展開が期待できるユニークな結果が出ています。研究内容は、高齢者を対象とした睡眠時間(床上時間)の長さと認知機能の関連の調査です。認知機能の評価に空間パズルを用い、パズルの成績と睡眠時間の相関を調べたところ、「73歳までの対象者は睡眠時間が長いほど成績が良く、74~85歳の対象者は睡眠時間が短いほど成績が良い」と結果が出ました。 そして私たちが持つ別のデータでは、高齢になるほど睡眠時間が長くなる傾向も判明しています。これらの要素をふまえ、今は「年齢が上がるほど、長すぎる睡眠時間のマイナス効果が脳機能に生じやすくなるのではないか」と見ています。

認知機能のスコアは前頭葉(灰白質)に由来するため、今回の研究で社会性の低下(白質の質の低下)と睡眠時間の相関関係がはっきりと出たわけではありません。しかし今後、長すぎる睡眠時間のマイナス効果について、白質を含む脳機能への影響をもっと詳しく研究を進めていきたいと思っています。

まとめ

これまで「中高年ほどキレやすくなる」「年齢を重ねれば性格が穏やかになる」といった言説がはびこっていましたが、今回のお話を通して、私たちの社会性には脳の機能が大きく影響していることがわかりました。また、脳の機能はライフステージによって変化していくこと、機能の維持には個人差があることなどから、いかに機能を保持できるのかということが中高年にとっての課題であると実感しました。 まずは課題解決のヒントの1つとなりそうな睡眠について、日々の生活を見直していきたいと思います。

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プロフィール

大塚 結喜

大塚 結喜 (おおつか ゆき) 追手門学院大学 心理学部 心理学科 特任助教専門:実験心理学、認知科学(生涯発達、高齢者、高次認知、記憶)

2007年3月 京都大学大学院文学研究科博士課程修了後、同大学 教育学研究科助教(グローバルCOE)、こころの未来研究センター研究員などを経て、2022年9月より追手門学院大学に着任。生涯発達、高齢者、高次認知、記憶といったキーワードから、さまざまな行動実験や脳研究を通じ認知科学に関する研究を進めている。

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