始まりは「あっ、そうか!」教育心理学者と考える子どものやる気の高め方

豊田 弘司

豊田 弘司 (とよた ひろし) 追手門学院大学 心理学部 心理学科/大学院 心理学研究科 教授専門:教育心理学、認知心理学

始まりは「あっ、そうか!」教育心理学者と考える子どものやる気の高め方
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「子どもが宿題や勉強をやりたがらず困っている」といったお悩みはどこの家庭でも経験があるのではないでしょうか。 一方で、文部科学省が2020年度に改定した新しい学習指導要領では、育む資質・能力として「生きる力」が掲げられています。(※) この「生きる力」とは、社会や生活が大きく変わると予想される時代に変化を前向きに受け止め、人生をより豊かにしていくためにどうすべきか主体的に考え出す力で、「主体的な学び」が必要であるとしています。

今回は、これまで数多くの教員の卵を育成してきた心理学部の豊田弘司教授に、教育心理学の見地から「生きる力」が必要とされる時代の「子どものやる気を高めるメソッド」について聞きました。

※参考:文部科学省『学習指導要領』

やる気アップのヒントは「あっ、そうか!」

やる気アップのヒントは「あっ、そうか!」
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「やる気があれば理解できる」のウソ

(編集部)子どもの頃に「もっと勉強しなさい」「やる気を出しなさい」と言われて、かえって学習意欲が削がれてしまった……そんな経験がある方も多いのではないかと思います。自分が親世代になってみて改めて感じるのですが、子どものやる気を引き出すのって本当に難しいですね。

(豊田先生)やる気って、何もないところから湧き出てくるものではありませんからね。実はやる気をアップさせるにはコツがあって、それは「あっ、そうか!」という感覚なんです。 皆さんにも覚えがあるでしょう。「そうだったのか」「ああ、わかってしまえば簡単じゃないか」という感覚。子どもは大人よりも顕著で、理解できないとやる気を出せません。発見や納得したときの「あっ、そうか!」というナルホド感と喜びが重要です。

(編集部)「あっ、そうか!」という体験があってはじめて、やる気に弾みがつくんですね。

(豊田先生)「とにかくやる気を出せ。やる気で勉強すれば、わかるようになる」と根性論のように言われることがありますが、あれは間違いです。やる気が理解を生むのではなく、理解が学びへの意欲を生む。「わかった」があるから「じゃあ次もやってみよう」と前向きな気持ちが出てくるのです。

「あっ、そうか!」があると頭に入る。理解と記憶の関係

「あっ、そうか!」があると頭に入る。理解と記憶の関係
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理解すれば自然と記憶に残る!?

(編集部)豊田先生は、子ども達が授業で学ぶ際の記憶の在り方についても研究されてきましたが、記憶にも関係しているのですか?

(豊田先生)関係があります。学んだことが記憶に残るために必要な要素は、ずばり「理解」です。皆さんの小学生時代を思い出して見てください。授業で先生が言っていることをぜんぶ覚えよう、なんて考えていなかったのではないですか? 一部、掛け算の九九や漢字なんかは強く意識して暗記する必要がありますが、多くの場合が「なるほど、こういうことを言っているんだな」とわかったことが自然に頭に残っていたのではないでしょうか。

(編集部)個人的には、漢字の成り立ちや社会の仕組みなんかは覚えようとしなくても頭に残りました。

(豊田先生)つまり、人は覚えようという意図がない状態でも「あっ、そうか!」と理解したことは自然と頭に入るんです。だから先生たちは、子ども達にナルホドと納得してもらえるように授業を工夫します。

納得感が記憶に残る例話として、教育心理学でよく挙がるのが「三角形と四角形の内角の和の話」です。 三角形の内角は180度ですよね。このことを学んだ子どもたちに対して「では、四角形の内角の和は何度でしょう?」と問いかける。子どもたちは四角形の4つの内角を分度器で測ってから計算しようとするのですが……。「実は分度器を使わなくても計算で導き出せるよ」と教えます。四角形に対角線を引けば三角形が2つできる。つまり「180度(三角形)×2つ=360度」で「四角形の内角の和は360度」と簡単に答えが出せます。 これを聞いた子ども達は大抵が「ナルホド!」と納得する、というわけです。そして、もしテストで「○角形の内角の和は?」と聞かれたら、それが六角形でも十角形でも、三角形がいくつあるかを数えればいいのだと気付きを得ます。

「あっ、そうか!」で理解した経験・記憶を活用すると、自分自身で「あっ、そうか!」の気付きをどんどん繋げられる。基本を理解できれば次のステップ、その次のステップ……と理解が促進されていくという好例です。

誰でもいつかは忘れてしまう。忘れる自分を知る“メタ認知”とは

(編集部)納得が記憶をつくる、ということは理解しました。それでも忘れてしまうことってありますよね。学んだ内容を忘れないようにするにはどうしたらよいでしょうか。

(豊田先生)人は忘れる生き物だといっても、「忘れる自分」ってイヤですよね。覚えておきたかったことを忘れると、落ち込んだり自信をなくしたりする。それは子どもも同じです。 大切なのは「物事は忘れるものだ」ということを認識して、「忘れる自分」を理解すること。そして“一定の時間”が経過した後に再び思い起こすこと、つまり復習です。 「なんだ、復習が大事なことくらい知っているよ」と思われるかも知れませんが、大事なポイントがあります。それが“一定の時間”が人によって違う点です。

(編集部)一律で「復習は○○日以内にするのがよい」とは言えないということでしょうか。

(豊田先生)そうです。覚えたことを忘れるまでの期間、すなわち記憶の持続時間には個人差があります。となると、まずは自分の記憶の持続期間を知る必要があります。つまり、自分の記憶能力を知るということです。このように,記憶能力も含めた自分の認知能力を知ることを「メタ認知」と呼びます。 自分がどのぐらいで忘れるのかを「メタ認知」し、どの程度のペースで復習すればよいかがわかれば、効果的に復習していくことができる。すると良い成果が出て、自分に自信が持てるようにもなるでしょう。

(編集部)自分が忘れることを理解することが大事なんですね。子どもに「メタ認知」を促す方法はありますか?

(豊田先生)子どもの場合は、教育者や保護者が「昨日習った○○のこと覚えているかな?」などと、さりげなく手助けしてあげるといいですね。子どもによって記憶の持続時間は異なりますから、試行錯誤して見つけていくしかありません。

(編集部)メタ認知は子どもだけでなく大人も役立てられそうですね。

(豊田先生)メタ認知の能力を養うことは、社会人にも大いに役立つと思いますよ。仕事の仕方を工夫される時などに意識してみるといいですね。

やる気の維持には、自尊感情が高まる経験の積み重ね

やる気の維持には、自尊感情が高まる経験の積み重ね
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行動が成果・評価につながる経験を

(編集部)次に、やる気の持続方法についても、お伺いしていきたいと思います。

(豊田先生)やる気を持続させるには「自尊感情」が大事だといわれています。自尊感情とは、一般的には自己肯定感や自尊心と呼ばれるものです。 では、自尊感情を高めるにはどうすればよいか? という話になりますが、私が注目しているのが「自分の行動(努力)に対して成果が現れる機会が多いほど、自尊感情が高まる」という研究です。

この「自分の行動(努力)に対して成果が現れる機会」のことを、専門用語で「随伴経験(ずいはんけいけん)」と呼びます。 子どもは褒められると喜び、自信がつくことで自尊感情を向上させます。つまり、成果を評価される、ポジティブなフィードバックを受けるという随伴経験がやる気を持続させるカギとなり、一方で行動しても認められない経験(=非随伴経験)は無力感をもたらします。 非随伴経験を具体的に言うと、勉強で頑張ったけどテストの点数が上がらない。クラブ活動で頑張ったのに先生から認められなかった、など。自分の行動に対して周りから評価を受けないという結果になったとき、子どもはやる気をなくします。

(編集部)それは「成績は上がらなかったけれど、君の頑張りは認めているよ」とフォローしたとしても、本人が失敗したと思ったら非随伴経験になるのでしょうか?

(豊田先生)そうです。「自分の行動に対して成果が伴う(=随伴する)」ことが大事で、ポイントは“適正な随伴”。過度に随伴してもだめだし、過小に随伴してもだめなんです。自分が行動したことに意味があった、変わる可能性を期待できる、と本人が認識できる要素が不可欠です。

(編集部)本人の認められたいニーズと、外側からのアプローチがマッチしないとだめなんですね。

(豊田先生)自分の行動に対応したフィードバックが受けられていると実感できたときに、どんどんやる気が出てくるし、自信も育つということになる。だから、子ども達を認めてあげる人の存在、役割も重要です。 心理学では、動機付けに関する随伴経験の研究が2000年代はじめから盛んに行われていて、近年は教育現場でも重要視されるようになりました。

ちなみに随伴経験と非随伴経験って、学習面だけでなく、特に対人関係でもすごく重要なんです。たとえば仲良くしたいと思う相手に話しかけて仲良くなれたら、随伴経験として吸収し、自尊感情が高まります。ところが、仲良くしようと話しかけたらかえって嫌われた、という非随伴経験があると自尊感情は下がる。「生きる力」という観点でも、学習という領域を超えて対人面でもぜひ意識してみてください。

「子どもはとにかく褒めて伸ばす」は幻想

(編集部)ここまでのお話を聞いていると、近年「褒めて伸ばす教育」が定着しつつありますが、褒めるだけではダメということなんですね。

(豊田先生)やる気が生まれる仕組みをもう少し詳しくお話しすると、心理学の領域で“動機付けの理論”というものがあって、人は①わかって嬉しい(知的好奇心が満たされている)、②認められて嬉しい(達成感・向上心が満たされている)という2つの感情を刺激することで、学びへの自発的な動機が生まれます。 大事なのが、①と②の順番です。①「わかって嬉しい」の先に「認められて嬉しい」があると、継続的な努力を引き出すやる気が湧いてくる。②「認められて嬉しい」だけを刺激してしまうと、子どもたに「褒められればそれでよしとする」っていう誤解を招きかねません。 最近は「とにかく褒めて伸ばそう」という論調が多いので、講演会などで保護者の方々に注意を促すところです。あくまでも「わかって嬉しい」がありきです。

(編集部)たとえば、子どもがなかなか上手に勉強できず、やる気が削がれているような場合はどう導いてあげるのが良いのでしょうか?

(豊田先生)無条件に褒めるのも間違いですが、だからといって子どものやり方を否定するのはNGです。子どもが何か言ったら、否定しない姿勢で受け止める。そして提案します。 たとえば母親が子どもを認めてあげると、子どもは「お母さんが認めてくれた!」と嬉しく思うでしょう。これも随伴経験です。そうすると、次に母親が「○○ちゃん、次はこんな風にしてみたらどうかな?」と提案をしたときに受け入れやすくなります。 これが否定から入ってしまうと、話は変わります。「○○ちゃん、そんなことしたらだめよ。こうしなさい」なんて言ってしまうと、子どもは「お母さんってわかってくれない。じゃあお母さんの言う通りになんかしない」となってしまいます。 つまり「お母さんが自分を認めてくれているから、自分もお母さんの話を聞いてみようか」という気持ちにさせることが大事かなと思います。

(編集部)親子で対話ができる状況をつくらないと、親側の働きかけだけで子どもの能力を伸ばしていくことはなかなか難しいということですね。

先の見えない時代を生き抜く力。知恵の育成がカギ

先の見えない時代を生き抜く力。知恵の育成がカギ
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「生きる力」とは何か。教育心理学者・豊田教授の解釈

(編集部)子ども達の学びの場では、2020年度より学習指導要領が改訂されました。新しい学習指導要領には「生きる力を育む」というフレーズが登場し(※)、「生きる力」とは何かを見てみると「自ら課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、自ら判断して行動し、よりよい社会や人生を切り拓いていく力」とあります。 豊田先生流に「生きる力」を読み解くとどのようになりますか?

※参考: 2019/3/13 政府広報オンライン『2020年度、子供の学びが進化します!新しい学習指導要領、スタート!』

(豊田先生)改訂にあたって文部科学省が意識しているのはグローバル化や人工知能。つまり、新たな価値観を受け入れて、いろいろな文化に対応していこうということですよね。いろんな問題・課題が持ち上がる中で必要なスキルが「生きる力」であるならば、それは幅広い知識と問題解決能力を指すのではないでしょうか。 もっと簡単に言い換えるなら「知恵」でしょう。 豊富な知識があっても、それらを掛け合わせて活用できなければ意味がありません。知識の応用から打開策を創造できる人、つまり知恵がある人はどんな問題にも柔軟に対応できる。

(編集部)昔の知識詰め込み型とは異なる学習ですね。たしかに、不確実で先が読めない現代、知識だけで人生を切り拓いていくのは厳しいと誰もが肌で感じていることかも知れません。

(豊田先生)そして、ここで注目したいのが、知能(知識量)の高さと創造性の高さの関連性に関する調査結果です。「知識が豊富な子どもの中には創造性の高い子も低い子もいる。しかし、知識の少ない子どもで創造性の高い子はいない」というもの。ここから、創造性には一定の知能が必要だと考えられています。 アーティストでも豊かな文学作品、芸術作品を生み出す人って、知識や教養をもっている人が多いですよね。

(編集部)考える材料がないと創造ってできない。そう考えるとやはり「あっ、そうか!」から始まる学習の積み重ねが重要なんですね。

(豊田先生)そう、学習の積み重ねです。加えて私独自の解釈として、いつも教員や保護者の方々に、「生きる力とは、生きる意欲である」とお話ししています。学習の積み重ね……幅広い知識と柔軟な問題解決能力の根底には、意欲がないと成立しませんよね。意欲ある学びを重ねることで、自己肯定感も高まる。先の見えない時代、「VUCA時代」と言われる今を生き抜く力。その材料となる知識を確保するためには、やはり「理解して記憶に繋げること」が大切です。

やる気を引き出すことは「生きる力」を育むこと

(編集部)ここまでお話を聞いていると、学びへの意欲、生きることへの意欲はすべてつながるんですね。そしてすべてのスタートはわかる喜びから、ということでした。

(豊田先生)「あっ、そうか!」から始まり、努力が成果に結びつく経験(随伴経験)を蓄積することで知識が増えていく。さらに随伴経験を通して自尊感情を高めると、人生への意欲が高まり生きる力につながる。 だから、子どもの頃の「あっ、そうか!」を実感できる体験って本当に大事なんです。気付きの経験を重ねることが、意欲の好循環を生みますから。 もしも「子どもが勉強にやる気を出さず困っている」「どう導いてあげればいいのかわからない」という方は、その子の学習レベルに合わせた「あっ、そうか!」の機会を与えてあげてください。きっとうまくいくはずです。

まとめ

一定の知識があって初めて創造性が生まれ、その応用性が人生における知恵となり、現代に求められる「生きる力」になる。という豊田先生の解説で、「あっ、そうか!」から始まる学習の積み重ねが「生きる力」に繋がるということを理解できました。

知識がないところに創造性は生まれない、だから知識は必要である。これこそが、子どもたちの「どうして勉強しないといけないの?」という疑問への答えではないでしょうか。また、受験時代に数学の公式や化学方程式の暗記に苦労した身にとって、「理解できれば自然と頭に入る」「忘れる期間を把握して復習することが大事」との解説には深く納得しました。自分の能力を知る“メタ認知”の活用は大人でも能力を伸ばすカギになるとのこと。さっそく取り組んでみたいと思いました。

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川口 潤

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プロフィール

豊田 弘司

豊田 弘司 (とよた ひろし) 追手門学院大学 心理学部 心理学科/大学院 心理学研究科 教授専門:教育心理学、認知心理学

興味関心の根幹は「子どもの幸福感を高めるにはどうすればよいか」ということ。それを追究するべく、これまで記憶や自尊感情、“子どもの居場所”について、対人認知、教師像など数々のテーマで研究を展開。保護者や児童教育に携わる人々に向けた講演も意欲的に行っている。

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