アーカイブとは何か? 公文書は民主主義の基盤。身近な例からその在り方を考える

藤吉 圭二

藤吉 圭二 (ふじよし けいじ) 追手門学院大学 社会学部 社会学科/大学院 現代社会文化研究科 現代社会学専攻 教授専門:社会学、アーカイブズ学

アーカイブとは何か? 公文書は民主主義の基盤。身近な例からその在り方を考える
藤吉先生撮影:近畿圏の大学では規模の大きな大阪大学アーカイブズ書庫

未来に向けて保存・継承すべき重要な記録(の集積)を指すアーカイブ(archive)は、アーカイブズ、アーカイブスとも呼ばれ、資料そのものだけでなく保管施設を意味することもあります。近年は情報通信技術の発展によりデジタル化されたアーカイブ資料も増え、従来の紙媒体の保存に加えてクラウド保存など利便性が向上しています。しかし一方で、2022年に山口県で起きた4,630万円の給付金誤送金問題(※)では、住民データのやり取りに今や懐かしのフロッピーディスクが使用されていたことが世間の注目を集めました。 また、アーカイブといえば行政機関が扱う公文書もその一つですが、年金記録の破棄や内部文書の改ざんなど、特に不祥事がらみのニュースで耳にする機会が多いのが実際です。

アーカイブとはそもそも何のためにあるのか? 記録の意味や保存の在り方とは? さまざまなデータ管理の上に成り立つ社会で生きる私たちは、アーカイブの役割を今一度、捉え直してみる必要があるのではないでしょうか。今回はアーカイブズや公文書の役割を社会学的見地から研究する社会学部の藤吉 圭二教授による解説です。

【参考ニュース】4630万円誤送金で脚光浴びた「フロッピーディスク」絶滅どころか公的機関でいまだ“現役”の事情

アーカイブの定義とは

アーカイブの定義とは
出典:PhotoAC

単なるコレクションとは違う、アーカイブの定義

(編集部)「アーカイブ=保管する、保管資料」といったイメージがありますが、アーカイブという概念について、まずはどういったものか確認していきたいと思います。

(藤吉先生)アーカイブとは単なる寄せ集めの記録資料ではなく、「体系的に整理してあり、かつ未来にわたって利用価値があると認められる記録資料、データの集積」を指します。この基準に該当すれば、公的機関が保存する公文書も、企業や団体、個人が保存する私文書もアーカイブと呼びます。

たとえば行政に関するアーカイブでは、住民票に記載されるような個々人のデータの集積なども該当します。こういったデータがあるからこそ、お子さんの小学校就学前に「あなたの家のお子さんは来年の春から○○小学校へ入学です」と入学通知が届きます。公共サービスを提供するために活用される公文書のデータ、行政の動きなどが分かるよう体系的に集められたデータは行政アーカイブの代表格です。 企業であれば、顧客から収集した情報や経営にまつわる記録といった資料をイメージしてください。

(編集部)ただ資料として存在するだけでなく、「体系的に整理されていること」が重要なんですね。

(藤吉先生)その通りです。保管スペースに並べてあるだけではコレクションに過ぎず、アーカイブとしての役割は果たせません。紙媒体であれデジタルデータであれ、フィルムや磁気テープ、さらには立体的なモノ、資料であれ、いずれも活用を前提に組織ごとや業務ごと、または事象ごとに時系列に沿って整理されていることが大前提です。

アーカイブの保管には施設もしくは相応の設備が必要となり、中央省庁の行政文書など国の重要なアーカイブを保管するための施設としては国立公文書館がありますし、企業が自社の記録保管のためのアーカイブ施設を設けていることもあります。

電子化でどう変わる? デジタルアーカイブとは

(編集部)世間ではデジタル化が進んでいますが、アーカイブの世界ではどのような変化が起きていますか?

(藤吉先生)電子データ化されたアーカイブは「デジタルアーカイブ」と呼び、大きなメリットがある一方、現状としていくつかの課題があります。 まずメリットは、保管場所の省スペース化の実現と、オンライン公開が可能になり遠隔からでも閲覧可能になったこと、そしてデータに含む作成日時や作成者といった情報からデータ整理の手間が省けるようになったことなどが挙げられます。保管側からすると、貴重な文化財的資料でも現物を傷めず公開できる利点もありますね。

(編集部)誰もが必要に応じてアクセスできるのはデジタルならではですね。

(藤吉先生)一方でデジタルだからこその課題もあります。そのひとつが、データが真に信頼できるものかという「真正性の確保」。紙ベースの書類は押印や署名で証明できますが、電子は複製が可能ですからね。それと同時にサイバーセキュリティ「安全性の確保」も重要な課題です。 また、保存方法も模索が続いています。古くはフロッピーディスクから始まり、MOやCD、USBメモリにクラウドと手段が増えてきましたが、いずれも紙とは異なり百年、千年と残せる媒体ではありません。保存媒体の寿命を見越したデータ移行というランニングコストもまた外せない課題です。

(編集部)外部の攻撃を避け、いかに適切に保管・運用していくかが課題なんですね。

暮らしに生きるアーカイブ。民主主義の基となる公文書に学ぶ

暮らしに生きるアーカイブ。民主主義の基となる公文書に学ぶ
出典:Adobe Stock

不祥事とともに報道される「公文書は重要なものなのに」というイメージ

(編集部)次に、私たちの暮らしに密着したアーカイブという観点から公文書についてお話を伺います。公文書は大切なものなのだろうと感覚では理解しながらも、その存在を強く感じる機会といえば情報漏洩が起きたとか、いつの間にか廃棄されていたとかいったニュースが多く、いまいち実態がつかめません。

(藤吉先生)確かに公文書の存在が顕在化するのは、何か不祥事が起きて報道されるときが多いですね。しかも大抵が「廃棄」「改ざん」「隠蔽」という、残念なパターンに分類されることが多いようです。消えた年金記録問題、外務省の機密文書の漏洩をはじめ、気象庁富士山測候所による68年間分の日誌の一括廃棄、陸上自衛隊による南スーダン国連平和維持活動の日報の隠蔽……。安倍政権下で起きた森友・加計学園問題でも、経緯を検証する材料となる公文書が廃棄、改ざんされたことで大きな問題になりました。 本来、公文書の存在とは私たち市民にとって有益で必要なはずなのに、大変残念に感じるところです。

改めて考える。公文書をアーカイブ化する意義って?

(編集部)そういった不祥事からかえって公文書の重要性が話題になるとは皮肉なことですよね。ここで改めて、公文書の意義とアーカイブ化の重要性について教えてください。

(藤吉先生)日本では三権分立を採用し、立法・行政・司法の3つの国家権力を分散しています。これは高校までの社会の授業でも習いますよね。今回は、暮らしにより身近な行政における公文書から考えましょう。

三権分立というと、この3つがお互いを牽制しているというイメージが強いですが、その見方を少し変えようというのが以下の図のアイデアです。まず立法・行政・司法の役割を図のように整理して、それぞれ「Plan」「Do」「See」と端的に表してみます。立法府は行政がやるべきことを法律でまとめる「Plan」を担い、行政府は立法府が決めた法律に則って任務を遂行する「Do」を担当、司法府は立法と行政が健全に機能しているかを審査する「See」の役割です。これに鑑みると、行政は市民に対して「我々は確かに法律に則って正しく仕事をしました」と説明責任(アカウンタビリティ)を負うことになります。その際に必要とされる証拠書類が公文書であり、その集積群がアーカイブです。

三権分立の役割と公文書

たとえば、各世帯が水道料金を毎月いくら支払ったかといった個別情報は、公的なデータではあっても何十年後までアーカイブとして残す必要はありません。必要なのは、水道料金が設定された経緯や支払いに関するルール、適正に請求業務が遂行されたという記録です。

立法府(国会)での議論は議事録というかたちで残ります。これが意思決定の記録ですね。これと任務遂行の記録である公文書が両輪となって、私たちはその時どきの政策を具体的に評価できるのだと思います。 法律に基づいて業務が遂行されたことを示す証拠を残し、仮に業務成果に疑問が生じた場合は検証する手がかりとする。公文書を体系的に保管し、アーカイブ化する意味はそこにあります。

アーカイブの存在は民主主義のベースである

(編集部)行政におけるアーカイブの意義は理解できました。では、私たち市民はこのアーカイブの存在をどのように考えていくべきなのでしょうか。

(藤吉先生)ひとつ大切なのは、自らの個人情報について「何をどこまで行政に把握してもらうのが適切なのか」を考えることです。そのためには行政から公共サービスを受けるだけでなく、公共サービスの在り方に関心をもつ姿勢が必要です。こういうのも民主主義の基本ではないでしょうか。 私たちは行政のアーカイブ資料を見れば、国や都道府県、市町村が個々人のどういう情報を管理し、どう活用してきたかを知ることができます。市民全体がアーカイブに興味・関心を持って、適切に運用されるよう注目することが健全な民主主義に繋がるひとつの道すじと考えます。

(編集部)私たち一人ひとりが、アーカイブの役割を理解する。それが安心できる社会に繋がるということなんですね。

(藤吉先生)メディア報道に言及すれば、公文書本来の役割よりも廃棄、改ざん、隠蔽といった保管の不備に関する追及ばかりが目立ちます。より建設的な議論を展開するには、「公文書のアーカイブ化がいかに未来に寄与するか」という視点からの指摘が弱いことについて、私たち市民はもっと敏感になるべきでしょう。

アーカイブを生きる資料として活用する施設

出典:国立公文書館デジタルアーカイブ|終戦の詔書(昭和20(1945)年8月14日)※部分
出典:国立公文書館デジタルアーカイブ|終戦の詔書(昭和20(1945)年8月14日)※部分

アイデンティティをつくる歴史的資料としてのアーカイブ

(編集部)ここまでアーカイブと私たちの暮らしとの関わりについて考えてきましが、先生が言われる「未来につながる」という観点で、歴史になっていくということもありますか?

(藤吉先生)まさにアーカイブは、蓄積されることでそれ自体が歴史の資料となり、もっというと組織・団体のアイデンティティの証として活用されることもあります。いくつか例を挙げましょう。

まずご紹介したいのが、国立公文書館の「昭和20年 -戦後70年の原点-」です。第二次世界大戦後の日本がどのように民主的な国家を築いてきたかについて、館内で日本国憲法の原本使って展示をしたり、Webサイトでデジタル画像を使って説明したりしています。

次に、京都市にある「京都府立京都学・歴彩館」では、京都にまつわる資料を収集するかたわら、京都の人々に自分たちが暮らす土地に愛着をもってもらうべく、さまざまな展示やイベントを行っています。

そして「あまがさきアーカイブズ」では、古代から現代に至るまでの尼崎市内の資料や標本、模型が展示されていて、希望者は保管されている公文書を閲覧することも可能です。 この施設、もとは尼崎市立歴史博物館という名称でしたが、市民に説明責任を果たすための文書管理の施設であると示すために現在の名称に変更されたそうです。

(編集部)展示やイベントで親しみやすいように工夫されていると、一般の人々もアーカイブの存在意義を実感しやすいですね。

負の歴史を記録し、未来への教訓を示すアーカイブ

(藤吉先生)重大事件や事故、自然災害など負の歴史の記録として活用されるアーカイブもあります。

たとえば、広島市にある「広島平和記念資料館」。2023年5月に開催されたG7広島サミットでは、岸田首相の案内で各国の首脳が訪問したことでも話題になりました。被爆者の遺品や被爆の惨状を示す写真など、文書だけでなくモノの史料も集め閲覧できるアーカイブズとミュージアムの複合施設であり、人々に「この歴史を繰り返してはいけない」と強く発信する存在といえるでしょう。

また神戸市の「人と防災未来センター」は、阪神・淡路大震災の経験を語り継ぎ、教訓を未来に生かそうと設立されたものです。施設内には被災者寄贈の一次資料や、実際に地震の揺れを体感する部屋もあり、訪問者に災害への備えを問いかける意義を担っています。

もう一つ、「アジア歴史資料センター」をご紹介しておきましょう。こちらは実際の建物を持たないインターネット上のデジタル・アーカイブズです。国立公文書館・外務省外交史料館・防衛省防衛研究所戦史研究センターが保管する日本の明治期から第二次世界大戦終結までの外交関係の公文書を、すべてデジタル化してオンラインで公開しています。第二次世界大戦に関わる資料も大量に含まれていて、当時の日本を研究するアジア諸国の研究者にとっても大変役に立っているそうです。デジタル化がアーカイブの使い方を進化させている一例です。

(編集部)忘れてはならない負の歴史も、未来に残していくべき大切な記録ですね。

重要性を増すアーキビストの存在

(藤吉先生)公的なアーカイブ施設では今、アーカイブ業務を専門にするアーキビストの採用が進んでいます。日本は諸外国に比べてアーカイブ施設の設立やアーキビストの養成が遅れていたのですが、ようやく動き出したイメージです。近年は行政の現場で職員向けのアーカイブ研修が実施されることも少しずつですが増えているようです。 こういった動きは全国の市町村や企業にも広がっており、記録・管理が意識されるようになってきたことは日本のアーカイブ界で大きな変化といえるでしょう。

何のためのアーカイブか。基本に戻って身近な例から考える

何のためのアーカイブか。基本に戻って身近な例から考える
出典:Adobe Stock

仕事は属人化せず、継承する観点が大事

(編集部)ここまでアーカイブの概念や役割について見てきましたが、暮らしを守る、そして歴史につなぐ、様々な役割があるんですね。

(藤吉先生)まだ、他にも役割があります。「仕事の属人化を防ぐ」という観点です。日本の組織でよくいわれる言葉として「仕事は人につく」と言われますよね。記録データよりも、その道のベテランが有する「記憶」が重宝される場面がある。いわゆる属人化ですね。属人化した業務は、その人がいればスムーズに回りますが、負担の偏りや業務プロセスのブラックボックス化、ノウハウの蓄積ができないなどデメリットも多いといわれます。 その点、アーカイブは業務執行の適正さと改善点を確認するためのものです。言い換えればそれ自体が引き継ぎ文書としても役立つもの。アーカイブがきちんと保管されていれば、属人化を防ぎ、組織の「現在の」運営にも活用することができるんですよ。

「保管することが目的ではない」抜け落ちがちな視点

(編集部)アーカイブ化とは記録の体系的な保管である、という基本に立ち返ると、日頃からアーカイブ化を意識した業務はそれだけで効率的といえそうですね。

(藤吉先生)脱・属人化とアーカイブ化を意識した業務改革で、大幅な改善を実現した興味深い事例があります。現・衆議院議員の逢坂誠二氏が、北海道ニセコ町で町長だった時に実施したものです。当時のある調査で、職員の業務時間の3分の1が資料探しに費やされていることが判明しました。そこで逢坂氏は、資料の適切な保管をルール化。職員の退勤時には資料を定位置に整理することを周知徹底しました。すると資料探しの時間が大幅に削減され、本来の業務にまわす時間が増えたそうです。 これはアーカイブ化=資料の体系的な整理を意識した活動が、現場にも未来にもWin-Winであることを示す好例です。

(編集部)アーカイブとは保管すること自体が目的ではない、というポイントがよく分かりますね。

(藤吉先生)アーカイブの原点は、適切な業務遂行の確認、将来の検証による改善といった目的のための存在です。だからこそ体系的な整理が必要で、ただ集積するだけでは意味がない。 その基本を押さえた上でアーカイブを捉えてもらえれば、社会における重要性、在り方についてしっかり考えられるのではないでしょうか。

まとめ

アーカイブと聞くと資料の保存というイメージがありましたが、適正な業務執行の裏付けとなることをベースに、時には市民のアイデンティティを示す歴史資料となり、また負の記録は未来に向けた教訓にもなる。記録に基づく「失敗」の検証は、「誰が悪かったか」という単なる犯人探しでなく「制度のどこがまずかったか」の解明につながります。特に行政においては、法律の運用から法律そのものにさかのぼって検証できるという意味において、民主主義の維持・発展にも貢献する存在といえることが分かりました。

そう考えると、メディアも私たちも、公文書を「政府の不祥事を暴くためだけの道具」という見方から抜け出す必要があるでしょう。安易な廃棄や改ざん、隠蔽がなされないようにするには、私たち一人ひとりがアーカイブの存在へ目を向け、考えていくことが大事だと感じました。そしてアーカイブが未来を拓く貴重な材料として常に健全に、有効に活用されることを願います。

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2023.03.29
瀧端 真理子

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プロフィール

藤吉 圭二

藤吉 圭二 (ふじよし けいじ) 追手門学院大学 社会学部 社会学科/大学院 現代社会文化研究科 現代社会学専攻 教授専門:社会学、アーカイブズ学

人々の共有財産であり、アカウンタビリティ(説明責任)の基礎資料となる公文書が社会で果たす役割について明らかにしつつ、そこから派生して、人々のアイデンティティの拠り所としてのアーカイブズについても研究を進める。近年は公害や薬害の専門家と協力しながら被害と再生に関連する資料の調査・研究にも注力。

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