朝日新聞・近畿エリア版で2021年11月にスタートした連載『NMB48のレッツ・スタディー!経済編』。アイドルグループと新聞のコラボレーション記事はこれまでにもありましたが、経済編は少し趣が違います。というのも、アイドルと新聞社だけでなく、『ドラゴン桜』の作者でもある三田紀房氏による投資マンガ『インベスターZ』、そして追手門学院大学から経営学部 宮宇地俊岳准教授を加えた、アイドル・マンガ・新聞・大学の4者コラボという従来にない布陣で記事がつくられているのです。
ちょうど今年4月から、高校家庭科では資産形成という「お金」に関する授業が始まりました。この背景の下、高校生や中学生にも経済や経営に興味を持ってもらおうというのが連載の基本コンセプト。「夢は経営者」というNMB48の安部若菜さんを主人公に、『インベスターZ』が描く学園ドラマの世界観にいかに溶け込ませるか?専門用語の取り入れ方や、中高生が理解しやすい話題など、編集部となる新聞社・大学では回を追うごとに議論が白熱しています。
今回はいつものOTEMONVIEWとは趣向を変えて、『NMB48のレッツ・スタディー!経済編』制作の裏側と新たなメディアミックスが目指す未来について、企画・構成を担当する朝日新聞コンテンツ編成本部の阪本輝昭次長と、企画・解説を担当する経営学部 宮宇地俊岳准教授の掛け合いでお届けします。
INDEX
なぜ朝日新聞が? NMB×マンガで経済・経営を伝えるワケ
アイドルがマンガの世界に入り込む! その企画の背景とは
(宮宇地先生)連載中の『NMB48のレッツ・スタディー!経済編』は、マンガ『インベスターZ』の世界にNMBメンバーの安部若菜さんが入り込み、金融や経済を学ぶというユニークなコンテンツですよね。この企画はどんな着眼点から生まれたのでしょうか。
(朝日新聞・阪本次長)日本経済の低成長がいわれる昨今、世間では個人の資産について「貯蓄から投資へ」という風潮になりつつあります。ところが未だに、経済に詳しいとかお金にシビアなことに対して「銭勘定にうるさい」とマイナスのニュアンスでとらえられることがありますよね。
私はその理由として、そもそも経済がよく分からない人や、経済を自分とは縁遠い世界に感じている人が多いからではないか、と考えていました。ですが本来、経済はとても身近なもののはずで、経済のグローバル化が進んだ今の時代に「経済がどう回っているのか」という基礎的な部分の理解や「正しいお金との向き合い方」の知識は必須のはずです。 経済をもっと分かりやすい話題として提供したい、その思いからスタートしたのが『NMB48のレッツ・スタディー!経済編』です。 そして「経済を勉強してみようかな」と思うきっかけになればと、ターゲットは授業で資産形成を学ぶ高校生、そして小・中学生も含めて若い世代を想定しています。
(宮宇地先生)たしかに経済は私たち誰にとっても身近なものですよね。投資をするにしても、ビジネスの構造を知ることや、社会的な要因が企業に影響を与えること、またその影響で株価がどのように変動するかなど、想像する力を日頃から養うことが重要だと思います。
(朝日新聞・阪本次長)連載では実在するアイドルが自身を企業に見立て、人間的に、あるいは職業人として成長するために必要なことは何かを、企業の取り組みから学びます。企業を一個人の人格に置き換えることで、企業や会社活動に対する漠然としたイメージを払拭することが狙いです。
「好き」をトコトン突きつめるオタクだからこそ
(宮宇地先生)記事内ではマンガ『インベスターZ』のキャラクターや、NMB48メンバー・安部若菜さんが活躍していますが、阪本さんはこのマンガ作品をご存じだったのですか?
(朝日新聞・阪本次長)もちろんです! 私はマンガ全般が大好きで、特に三田紀房さんの作品は『インベスターZ』はもちろん『ドラゴン桜』や『アルキメデスの大戦』など他作品も熟読しています。そして、アイドルオタクでもあります。
(宮宇地先生)そうなんですか! NMB48の企画を立てたのもアイドルオタクだったからですか? それとも担当してから魅力にハマったのでしょうか。
(朝日新聞・阪本次長)2010年10月にNMB48が誕生した時に「新聞社として何か連携してみたい」と考えたことは確かですが、当初の関心はそんなに高いものではありませんでした。主に取材を通してNMB48に深く関わる中で、アイドルも一人の人間であると実感し、グループ内のさまざまな人間ドラマを目にするにつれグループの魅力に強く惹かれていった、というしだいです。
このコラボレーション企画は、アイドルオタクでありマンガ好きでもあるところから思い付けたのかもしれません。
紙媒体の新聞からWebコンテンツへ
(宮宇地先生)今回の連載は、Web媒体「朝日新聞デジタル」でも展開していますよね。従来の新聞企画の枠に留まらない印象があります。
(朝日新聞・阪本次長)立案当初から、紙面で主題を伝え、デジタルコンテンツに誘導することでより理解を深めてもらうという仕掛けを考えていました。 経済の話もアイドルの話も、大枠で説明するだけでは伝わらないことがよくあります。今回の連載で言えば、アイドルが発するセリフ1つを取ってもさまざまなバックグラウンドが存在します。そこで、文字制限のある紙面だけでは語り尽くせない部分をデジタルで紹介しています。紙面とデジタル媒体が相互に補完することで、両方を読んでもらえるようなコンテンツが展開できるのではないかと考えたのです。
(宮宇地先生)企画を提案した当時、社内からの意見や反応はどうでしたか?
(朝日新聞・阪本次長)「あの売れっ子マンガ家の三田紀房さんが本当にコラボしてくれるのか?」という声こそありましたが、デジタルを絡めた展開には好意的でした。経済編の前に『NMB48のレッツ・スタディー!小論文編』で2年半の実績を重ねていたことも大きかったと思います。 新聞社宛てとしては珍しい10代の読者からのリアクションが届くなど、着実に小中高生の読者層を得た実感がありました。
(宮宇地先生)実績にもとづいて、さらなる発展が期待された企画だったのですね。
アイドルが投資部に入部。自身を会社経営者として考える!?
(宮宇地先生)経済編の連載は、NMBメンバーの安部若菜さんが『インベスターZ』の主人公らが所属する投資部に入部するシーンから始まりました。マンガの世界が融合した上で、アイドルが経済を自分ごととして考える。ここが経済編のユニークな点だと思います。
(朝日新聞・阪本次長)各回のトピックスは安部さんの実際の経験や考えがベースになっていますが、安部さんがマンガの世界に入り込む設定を生かすことで、自由度の高い展開が可能になっています。おおむね月1回のペースで毎回取材して構成を練りますが、経済と同じく、アイドルも一カ月たつと、ご本人や周囲の状況が激変している点が興味深いですね。ご本人もマンガの世界に入る設定を楽しみながら意欲的に企画に関わってくれていますし、アイドル界の出来事をライブ感高く伝えることで、現実世界をリアルに表現しつつ記事を届けられていると考えています。
(宮宇地先生)若い方の世界は変化も早いんでしょうね。
(朝日新聞・阪本次長)そうなんです。だからこそ、成長や変化を経済の観点でとらえると面白みが出る。連載ではアイドルの安部さんを「株式会社安部若菜」と見立て、アイドル活動を企業活動に置き換えて考えてみるなど、ミクロな視点から企業活動や経済を学べるようにしています。最近では安部さんの紹介で若手のNMB48メンバーが体験入部し、安部さんと一緒に経済を学ぶ趣向を採り入れています。第一号は7期生の早川夢菜さん。これによって、連載にも一層の幅と奥行きが生まれると期待しています。
経済・経営は身近なものだと伝えたい
意外な共通点が身近さを生む
(朝日新聞・阪本次長)連載では宮宇地先生に各回のキーワードとなる経済用語の解説をお願いしています。最初に依頼した時、アイドル×マンガ×経済と聞いて意外に感じられたのでは?
(宮宇地先生)異色のコラボレーションに驚きましたね。アイドルの登場もですが、「マンガの世界との融合?」ってと感じました。実は『インベスターZ』の作品の存在は知らなかったのですが、連載の話があってから読んでみたところすごく面白い作品で一気に読んでしまいました。投資家の心理が投資の成否につながることを表すシーンや教訓的な部分など、投資に関するエッセンスが盛り込まれていてすばらし作品だと思っています。
(朝日新聞・阪本次長)宮宇地先生の専門は会計学とM&A(企業の合併・買収)ですが、実在アイドルのエピソードから経済の話題を展開することについて、どんな印象でしたか?
(宮宇地先生)組織の合併や分割は、アイドルグループで例えると加入や卒業でメンバー構成が変わる話に通じるものがありますし、さまざまな側面からアイドルをとらえることは企業価値評価に似た印象を受けます。 アイドルを経済に当てはめてみると、意外な共通点がありますよね。経済・経営のさまざまな話題を多く提供していけそうです。
(朝日新聞・阪本次長)まさにそうなんです。NMBメンバーはグループの一員としてのポジションがある一方、一人ひとりが経営者のような存在です。ファンを株主ととらえると、ファン層を広げていくには経営戦略やマーケティングの知識が関わる……。読者の皆さんにはこのユニークな観点から気づきや面白さを感じてほしいですね。
(宮宇地先生)アイドルとマンガ、親しみやすい2つの要素があるからこそ、小中高生にとって日頃はなじみが薄い株式会社の構造や企業活動について伝えられますし、とても有意義な企画だと思います。 実は、小中校生の生活の中でも学校や習い事、交通機関や病院の利用など、お金・経済と関わる場面って多くあるんですよね。連載をきっかけに経済を身近に考えられるようになり、ゆくゆくは経済学・経営学、さらには投資に興味を持ってもらえると嬉しいですね。
記事のテーマはどう考える? 連載記事制作の裏側
各回テーマの着想はどこから?
(宮宇地先生)先ほど連載の企画背景について伺いましたが、毎回のテーマはどのように着想を得ているのですか?
(朝日新聞・阪本次長)宮宇地先生や追大広報課の皆さんとは、定期的にミーティングを設けていますが、毎回いろんな話題で盛り上がりますよね。そこで大枠やキーワードが見えてくることが多いです。 その後、NMBメンバーへの取材でエピソードを引き出し、彼女たちの実体験や語った内容を踏まえて、記事の中でマンガのキャラクターとどのような掛け合いにしていくかを組み立てていきます。
(宮宇地先生)連載ではマンガの内容に絡む展開が見事なので、てっきり筋書きを決めてからNMBメンバーへ取材しているのだと思っていました。取材内容からマンガのシーンとの繋がりを描いていくんですね。
(朝日新聞・阪本次長)はい。取材時もアイドルを企業に見立て、話を聞きながら「それは企業に置き換えるとこういうこと?」と合いの手を入れながら進めます。そして取材を終えてから会社で『インベスターZ』の全巻を振り返り、取材内容に即したエピソードやシーンを探し出します。
(宮宇地先生)そんなにうまい具合に見つかるものなんですか?
(朝日新聞・阪本次長)それが私自身も不思議に思うほどちゃんと見つけられます。 考えてみると、人の社会的活動があるところには、経済学の考えが常にある。そして『インベスターZ』は経済の話題を網羅しているんです。 たとえ「今回のインタビュー内容に合うシーンってあったかな?」と不安に感じても、いざマンガをめくってみると「このシーン使える!」「このセリフが生きるな」となるので、改めてすごいマンガだと思います。
ダイレクトに届く読者の反応が新鮮
(宮宇地先生)読者やSNSでの反応については、どうですか?
(朝日新聞・阪本次長)社に届く感想やSNSにいただくコメントを見ていると、こちらが恐縮するほど好意的な反応が多く、喜んでいます。否定的なご意見も覚悟の上だったので、この状況は正直意外でした。私自身、NMB48メンバーが連載記事について更新したSNS投稿やSHOWROOM配信、ブログ記事など可能な範囲でみていますが、ファンの方々のコメントにも「毎回楽しみ!」といったものがあって嬉しいです。NMB48メンバーからも「良い反応が多い」と教えてもらいました。
(宮宇地先生)デジタル版もSNS公式アカウントもあり、Web上で感想をダイレクトに聞けるのはこの企画ならではかもしれませんね。
(朝日新聞・阪本次長)そうですね。紙媒体の新聞だけの時代、新聞社へ読者が意見を伝える方法は電話か手紙しかなく、しかも個々の記事でお褒めをいただけることはそれほど多くなかったといいます。いま、WebやSNSを通してプラスの反応が見えるのはとても励みになります。 私自身、感想ツイートの一部は連載企画の公式アカウント「朝日新聞 NMB48連載担当Twitter(@asahi_nmb48)」でリツイートさせてもらっています。その感想ツイートを読んだ人からさらに読者層が広がれば良いなと期待を込めて……。
(宮宇地先生)新聞の枠を超えたことで、双方向のコミュニケーションが生まれているんですね。
(朝日新聞・阪本次長)宮宇地先生の周囲の方からの反応はいかがですか?
(宮宇地先生)同僚の研究者や職員から「朝日新聞で連載を担当しているんですね」と声をかけてもらうこともあり、認知が広がりつつあると実感しました。やはり新聞社の媒体の力はすごいですね。中には「もう少し厳密に解説する方が良いのでは?」との指摘をいただくこともあります。学術的な正確さ・緻密さんと、わかりやすさとのトレード・オフを考慮したうえで、この連載では、はじめて経済・経営・投資に触れる中高生がイメージを描けるかどうかを重視するようにしています。さまざまな声がありますが、総じて皆さんが関心を持って読んでくれているのでありがたいです。
新たな挑戦を生むベンチャー企業としてのDNA
メディアミックス企画が目指すもの
(宮宇地先生)阪本さんは記者として活動しながらデスクも務めていますが、『NMB48のレッツ・スタディー!』の企画について、ビジネスの観点からどのように考えていますか?
(朝日新聞・阪本次長)今回の連載は、若い方々にまずは「朝日新聞」という存在を知ってもらうことに主眼を置いています。 もちろん連載記事をきっかけに「面白いから」と新聞を購読してもらえたり、朝日新聞デジタルの会員になってもらえたりしたら、こんなに嬉しいことはありません。 ですが、まずは朝日新聞の存在に触れてほしい。その間口として今回の連載が位置づけられていると考えています。その先で朝日新聞が提供するさまざまなコンテンツに親しみを覚えていただければ、それが媒体の力に繋がっていきますから。
ベンチャースピリットで時代を切り拓く
(宮宇地先生)今回のようなメディアミックスの企画は、朝日新聞社内でも新しい試みかと思います。阪本さんだからこそ実現できたのでしょうか?
(朝日新聞・阪本次長)私だからこそかどうかは分かりませんが、新しい取り組みを提案しやすいポジションであることは確かです。 私が所属するコンテンツ編成本部の使命はいろいろありますが、そのひとつは、デジタル領域で読者の裾野を広げること。そして、各部門から出てくるコンテンツを交通整理し、最適なかたちでの発信の仕方を考えることです。 社会変化のスピードは速く、読者のニーズも日々移り変わっている分、従来の型を破るチャレンジが求められているのだと感じます。
(宮宇地先生)なるほど。会社の中に新しいチャレンジを推奨する気風があるんですね。
(朝日新聞・阪本次長)朝日新聞は1879年1月の創刊以来、新しいことへのチャレンジで拡大してきたメディアです。高校野球(かつての中等学校野球)の全国大会を主催事業として始めたり、また、ラジオの試験放送にいち早く取り組んだりした歴史もあります。また戦前にニュース映画の制作を始めたこともあって新聞×動画の組み合わせも実は長い歴史があったりと、ベンチャー企業としてのDNAが今もどこかに根づいていると思います。
(宮宇地先生)近年、経済学・経営学の観点からは、人口減少やネットメディアやSNSの台頭で、新聞社も紙面の発行と広告収入では立ち行かなくなるといわれます。ですがベンチャー企業のDNAがあるとは、なんとも心強い響きですね。
(朝日新聞・阪本次長)熱意のあるところにこそ道は拓けると信じて、私たちも悲観的な見方ばかりに傾くのではなく、意欲的な取り組みを続けていきたいと思います。
一方で思うのが、宮宇地先生が研究の舞台とするアカデミックな世界は、正確性が求められるでしょう。今回の連載のような新しい試みに参加するには、勇気を要したのではないでしょうか。この企画を成功に導くには、挑戦に理解のある大学や研究者を見つけられるかどうかがカギになると考えていて、これまでの取材先から真っ先に思い浮かんだのが追大だったんです。
(宮宇地先生)追大には常日頃から学生の教育や成長のために努力や工夫を重ねている教員が多く、大学全体としても挑戦を続けていますので、その評価は大変嬉しいですね。 私自身、たしかにこの連載は一つのチャレンジです。だからこそぜひ頑張っていきたいですし、若い方が「経済って面白い」と思うきっかけになってほしい。今後も読み物として面白くなるよう、私なりに工夫していきたいと思います。
まとめ
阪本次長の「一緒にこんなことできないでしょうか」という一本の電話から始まった朝日新聞での連載企画。コラボレーションの多彩さはもちろんのこと、現在進行中のアイドル活動と記事内容をリンクさせる目新しさも、これまでにない面白さをつくり出す大きな要素となっています。 毎回、阪本次長とはアイドルの動向や経済の話題で盛り上がりますが、制作の裏側などは初めて耳にすることも多く、驚きでした。
大学は専門知識や研究知見の宝庫ですが、特に人文・社会科学系の研究者が企業と連携する機会は、これまでコンサルティングや企業の社外取締役以外ではなかなかありませんでした。今回のように新聞社と企画段階から連携し、連載記事を生み出して広く届ける取り組みは、文系研究者の新しい産学連携の形といえるのではないでしょうか。
【取材協力】朝日新聞社 コンテンツ編成本部 次長
現在、朝日新聞デジタルのデスクの一人を務めるかたわら、NMB48のメンバーが論文執筆に挑む「NMB48のレッツ・スタディー!」の「小論文編」、人気投資漫画『インベスターZ』*に安部若菜さんらが潜入する「経済編」の企画や構成を担当。一つのテーマを記者が徹底的に掘り下げて音声で発信する。朝日新聞ポッドキャストの担当次長もつとめている。
朝日新聞デジタル「NMB48のレッツ・スタディー!」
朝日新聞 NMB48連載担当Twitter(@asahi_nmb48)
2013年6月から2017年6月まで講談社の週刊『モーニング』で連載。
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