今や私たちの暮らしに馴染んだSuicaなどの交通系ICカードやPayPayといったQRコード決済サービスなどの電子マネー。これらの電子マネーの元は、自身のクレジットカードや銀行口座に預けられた法定通貨(円やドルなど)と呼ばれる「お金」であり、国がその価値と信用を保証しています。
一方で近年、仮想通貨とも暗号資産とも言われる新たな「お金」が注目され、投資の対象にもなっています。その代表例が「ビットコイン」ですが、諸外国ではすでに、スターバックスやバーガーキング、コカ・コーラなどでビットコインによる決済が始まっているそうです。 この仮想通貨の存在を支えているのが、「ブロックチェーン」と呼ばれる技術。 「お金」として流通するにはその価値と信用の保証が欠かせませんが、この役割を国に代わって担っているのがブロックチェーン技術を中心とした一連のシステムです。
今、このブロックチェーンの役割は仮想通貨の信用保証に留まりません。高度な流通・決済システムを自動化する仕組みや、仮想空間につくられたさまざまなモノの存在を保証するメカニズムとして活用されています。そしてブロックチェーンの快進撃により、いわば「仮想現実と現実世界の融合」すら始まりつつあります。
企業経営をはじめ、世界の構造を大きく変える可能性を秘めたブロックチェーンとは何か? その革命性とはどんなものなのか? このほどDXに関する大学生向けの教科書として出版された『1からのデジタル経営』(碩学舎)の中で「ブロックチェーンとビットコイン」を執筆し、経営情報論などの授業も担当する情報経営が専門の崔 宇(サイ ウ)経営学部教授の解説です。
INDEX
ビットコインの衝撃とブロックチェーン革命
かつて、仮想通貨はゲームの世界だけの価値だった
(編集部)ブロックチェーンへの理解を深めるために、まずは仮想通貨の成り立ちから見ていきましょう。
(崔先生)今でこそ資産として一般的に認知度が高まった仮想通貨ですが、仮想通貨はそもそも仮想の世界、主にオンラインゲームの世界でのみ流通する「お金」でした。 簡単にイメージしてもらうとすると、ゲームアプリの中にはアイテムを購入するためのコインがあるでしょう。それの高度なものです。
仮想通貨を一躍有名にした存在といえばビットコインです。近年、テレビや新聞でもよく取り上げられますし、皆さんも耳にしたことがあるでしょう。今も仮想通貨の代表的な存在として認知されていますよね。
ビットコインを考案したのは、サトシ・ナカモトと名乗る人物――個人か団体かは今も不明――です。2008年にビットコインに関する論文が発表され、翌2009年にこの世に誕生しました。 ビットコインはコンピュータで自動生成された2進数の文字列であり、当初はそれまでの仮想通貨と同じく、仮想世界でのみ流通していました。ビットコインの仕組みに加わる人たちも、高度なゲームに挑む感覚で参加していたんです。
それが2010年、アメリカのとある人物が「現実の世界でもこの価値は通用するか?」と思い立ち、ビットコインを報酬にピザのお使いを頼みました。仮想通貨が現実世界で価値交換の手段として用いられた最初のケースです。 これをきっかけに、仮想世界でしか流通していなかったビットコインが現実でも使われるようになり、どんどん発展してきました。
ビットコインを支える「ブロックチェーン技術」とは?
(編集部)ビットコインは今や投資や決済に使われるまで発展、普及しています。その決め手は何だったのでしょうか。
(崔先生)ビットコインが画期的だったのは、資産としての高い信用を持ったことです。 現実世界の従来の「お金」は、国が発行し、その信用を担保し価値を保証します。ですがビットコインは、国の保証を必要としない。それなのに、現実的な資産価値として認められた初の存在なのです。 ビットコインを価値のあるものとして裏付けるもの。それが「ブロックチェーン」と呼ばれる技術です。
(編集部)ブロックチェーンはビットコインの存在を支えるものだったのですね。ではその技術とはどういったものですか?
(崔先生)ブロックチェーンは、簡単に言えば「取引のデータをブロック単位で記録し、履歴を一本の鎖のようにつなげて保管する技術」です。 「分散型台帳技術」とも呼ばれ、その最大の特徴は、暗号化技術と合意形成アルゴリズム(コンセンサス・アルゴリズム)を用いることで、データが改ざん・複製できないようになっていること。特に、合意形成アルゴリズムによって、第三者の立場である参加メンバーの合意形成に基づくデータ検証・承認がされる点は重要なポイントです。
従来のインターネット取引は、データや機能を提供する側・利用する側に分かれた「クライアントサーバ方式」でした。 かたやブロックチェーンの通信では、特定のネットワークに参加する者がすべて対等の立場でやり取りする「P2P方式」(Peer to Peer:ピア・トゥー・ピア)が採用されています。このP2P方式を使い、マイナーと呼ばれる参加者たち――仮想通貨の送金や受け取り、また取引の履歴データをブロックチェーンに記録するための検証や処理を行うメンバー――が対等に存在していて、マイナーは手続きの貢献度に応じて仮想通貨による報酬を受け取ることができます。
(編集部)なるほど。第三者の立場である参加メンバー、マイナー達の存在が重要ということですね。具体的にはどのような流れでしょうか?
(崔先生)たとえばAさんが、Bさん・Cさんに5枚ずつのビットコインを送金するとします。すると、マイナー達はAさんが合計10枚のビットコインを確かに所持しているかどうかの確認から送金手続きまで、取引の一連の流れを検証・証明し、処理の速さを競います。 正しい処理をいちばん速く終えたマイナーが、報酬(ビットコイン)を受け取ることができる。さらに、この“いちばん早く処理を終えたマイナー”の処理が本当に正しかったかどうかも、マイナー間で同時に検証します。 開始から終了まで、参加メンバーすべてが確認することで、取引が正確・安全に行われる。これによって高い信頼性を担保しているのです。
そして、これらの正確な取引データは約4,000件ごとに1つのブロックに格納され、時間軸に沿って前のブロックに繋げられていきます。 これがブロックチェーンです。
ブロックチェーンが起こした革命
(編集部)データは正確性・安全性が確認されたもので、時系列で繋がれると遡って改ざんすることができない。だから信頼性が高いのですね。
(崔先生)そうです。仮想世界に「存在するモノ」の複製や改ざんを防ぎ、履歴も記録できるブロックチェーンの存在のおかげで、仮想通貨は現実世界でも資産として取引できるようになりました(デジタル資産の誕生)。 現実世界に普及するに至ったのは、デジタルの先端を知るシリコンバレーなどの投資家たちが将来性を見越して注目したこと、また国や金融機関などを介することなく取引できることから、ダークウェブと呼ばれるインターネットの裏の世界で送金やマネーロンダリングに使用されたことなどが要因になっています。
そしてさまざまな仮想通貨が開発され、投機対象としても世界中に広がりました。 ブロックチェーンは、それまでになかった「仮想世界と現実世界をつなぐ」という革命を起こしたのです。
ブロックチェーンの存在感を高めた「スマートコントラクト」の存在
19歳の天才がもたらした大きな転機
(編集部)ブロックチェーンの登場が、新しいお金の在り方をつくったのですね。
(崔先生)ブロックチェーンの技術発展とともに、金融以外でも活用されるようになりました。 ここで、技術革新の大きなきっかけとなった「イーサリアム」と「スマートコントラクト」について触れておきましょう。
仮想(暗号化)通貨を開発・発行するためのプラットフォームとして2013年に登場したのがイーサリアム。現在は世界最大のブロックチェーン・プラットフォームの一つです。 考案者のヴィタリック・ブテリンは発表当時、弱冠19歳。彼はブロックチェーンにまつわるさまざまな仕組みやシステムに革新をもたらしたのですが、中でも大きかったのが「ブロックチェーン技術とスマートコントラクトの融合」を提唱したことです。
スマートコントラクトとは、1995年頃に開発されていた「取引を自動化するコンピュータ通信の仕組み」のことで、取引の詳細な情報と、契約が実行される条件をあらかじめプログラミングしておき、すべての条件が整うと自動で実行されるというもの。ヴィタリック・ブテリンは「ブロックチェーンをスマートコントラクトと掛け合わせれば、もっと世界のいろんなシーンに応用できるのではないか」と考えました。
そこからブロックチェーンの技術革新が進み、今やブロックチェーン技術は、金融業界のみならず農業や流通における決済など、さまざまなビジネス領域での活用が見出されるようになったのです。
ブロックチェーン×スマートコントラクトで何ができる?
(編集部)ブロックチェーンとスマートコントラクトを掛け合わせる、とはどういうことですか?
(崔先生)スマートコントラクトの情報自体を、ブロックチェーンのデータブロックに書き込んでしまうのです。 これまで企業間での契約において、人が処理してきた手続きを、すべてプログラミング化する。ブロックチェーンならば、取引内容や条件のデータはすべて暗号化され、なおかつ第三者によって正確性が検証されるため、改ざんも不可能だし履歴もすべて残ります。
商品や製品には、生産から流通、消費までサプライチェーンと呼ばれる一連の取引の流れがあります。 消費者がモノを購入するスーパーなどの小売業者は、必要な商品や製品を生産メーカーに注文する発注書を送り、受け取ったメーカーは在庫や生産状況などを確認した後に、必要な分を生産・供給し、請求書を発行し、決済を行います。
スマートコントラクトを整備するということは、この一連の取引の流れをプログラミング化し、ブロックチェーンで取引内容や履歴を暗号化して安全・安心なシステムを構築することです。取引を行う企業や組織間で事前に取引が成立する条件を決めておけば、これまで人などが行っていた途中の確認作業は不要になり、自動的に取引を成立させることが可能になるのです。 人的リソースも削減できますし、正確性・安全性は人間よりも上をいきます。ブロックチェーンとスマートコントラクトの融合は、産業界の視点から見て理想的な形だといえるでしょう。
ブロックチェーンのビジネスへの適用
サプライチェーン・レジリエンスにおける優位性
(編集部)崔先生の専門はサプライチェーンですよね。ブロックチェーンは企業経営にどのような影響を与えると考えられますか。
(崔先生)今、どの企業もサスティナブルなサプライチェーン、あるいは環境負荷の低減を念頭に置いたサプライチェーンの構築を目指しています。しかし難しいのが、調達から製造、消費まですべてが正しい姿であるかチェックすること。もしサプライチェーンの一連の流れにブロックチェーン技術を活用できれば、関わるビジネスプロセスすべてが信用できる仕組みで運営していけることになり、人為的ミスや不正などを最小限に抑えられます。
また先ほどもお話ししたように、これまでの取引は発注や請求書の発行などすべて人の手によるもので、自然災害や昨今のコロナ禍のように予期せぬ事態で人の活動が制限されると、サプライチェーンの寸断が起きていました。そこで、ブロックチェーンやスマートコントラクトで自動化しておけば、不測の事態が起きても諸取引を稼働させ続けることができるでしょう。 これらはサプライチェーン・レジリエンス(リスク管理)にとっての大きなメリットです。
もちろん、ブロックチェーンもまだまだ発展途中で、処理スピードや大量のエネルギー消費、公共性など解決すべき課題を抱えていますから、サプライチェーンのすべてに適用するのは現実的ではありません。 しかし、さまざまな企業がその有効性に期待し、試みを始めています。
企業によるブロックチェーン活用の実例
(編集部)具体的にはどのような企業の取り組み事例があるのでしょうか?
(崔先生)たとえば、花王株式会社は、世界中にグループおよびサプライヤーの拠点を抱えています。そうした各拠点での人権・労働管理のために導入しているのが、ブロックチェーンの技術を利用した「Sedex」というツール。世界約3,000拠点のうち約1,000拠点がこのツールに登録済みで、強制労働や安全衛生などについてモニタリングを行っています。
また有機農業の先進地・宮崎県綾町では、電通国際情報サービス(ISID)などと協働してブロックチェーンと農業を掛け合わる実証実験を行っています。 この事例では、地元ワイナリーが生産するビオワインの付加価値を高めるツールとしてブロックチェーン技術とスマートコントラクトが活用されており、オーガニックな生産過程を確認できるトレーサビリティの仕組みを実現しました。
他にもトヨタが進めるスマートシティー事業では、都市基盤を支えるデータ連係基盤として、ブロックチェーン技術を盛り込んだ都市OSをNTTと共同開発しています。
仮想通貨(暗号資産)からはじまったブロックチェーンですが、もはや金融に限ったものではなく、現実社会の仕組みを変革するところまできているのです。ブロックチェーンが起こした技術革新でアートや暮らしも変わる!?
新世代のコンテンツビジネス「NFT」と、新時代の仮想空間「メタバース」
(編集部)デジタル資産といえば、近年「NFT」(Non-Fungible Token:非代替性トークン)や「メタバース」という新たな技術が注目されていますね。
(崔先生)NFTやメタバースを根本的に支えている技術がブロックチェーンです。 まずNFTとは、アートや音楽などのデジタル資産にブロックチェーン上で所有証明書を記録し、固有の価値を持たせるデジタルアートの鑑定書のようなものです。 従来のコンテンツビジネスとの大きな違いは、スマートコントラクト技術を活用しているため、発行の際にロイヤリティを設定できる点です。これによって、作品が二次流通や転売された際でも、制作者であるアーティスト自身が、一定割合の対価を継続的に得ることが可能なんですね。
世界で最も有名なNFTアーティストといえば、アメリカのデジタルアーティストのビープル(Beeple)でしょう。2021年には「エブリデイズ:最初の5000日」という作品がオークションに出品され、6940万ドルという史上まれに見る高額で落札されました。大きな話題を集め、NFTアート発展のきっかけになったという印象を受けています。
NFTは今、新たな売買市場やビジネスを創出する技術として注目されています。 日本でも大手企業が連日のようにNFT市場への参入を発表し、ゲームやアニメ、お笑いや歌舞伎などのコンテンツビジネスが加速していますよ。
(編集部)アートや音楽に組み込まれていると聞くと、ブロックチェーンやスマートコントラクトがより身近に感じられます。私たちの暮らしにも新時代が訪れそうですね。
(崔先生)「メタバース」と呼ばれる仮想空間とも、ブロックチェーンは深く関係しています。データの改ざんを防ぐブロックチェーンを活用することで、メタバース空間内に唯一無二のデータ(NFT)を資産として作成することができるからです。 これもブロックチェーンが実現する「仮想世界と現実世界の融合」に他なりません。 大容量で安定したインターネット接続環境が広がりを見せる今、新時代の世界「メタバース」の特性を生かした新たな展開が望まれています。
今、インターネットの世界では「Web3」が新時代のキーワードになっています。 Web3は、従来のように巨大企業などが個人情報や利益を独占する中央集権型ではなく、自分のデータを自身のものとして持つ分散型インターネットであり、実現にはブロックチェーンやスマートコントラクトの技術を活用が欠かせません。これらの技術の健全な発展に、大きな期待がかかっています。
まとめ
ゲーム内で通用するだけだった仮想通貨が現実世界で価値を持ち、その技術がサプライチェーンの在り方を変え、現実世界と仮想世界をつなぐカギとなる。この10年ほどで急激に開発が進んだブロックチェーンは、今や私たちの暮らしと切っても切り離せない存在になってきていることがわかりました。
ブロックチェーンが実現する「仮想世界と現実世界の融合」は、少し前であればSFの世界の話でしたが、すでにビジネスで広く導入されているのですね。NFTやメタバースが発展する今、仮想世界は現実世界のオプションではなく、パラレルな存在として拡張を続けています。ブロックチェーン技術はすでに、新しい世界の扉を開いたようです。
好むと好まざるとにかかわらず、世界の在り方が今後ますます変わっていくことは認識しておくべきことなのだと実感しました。
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