2017年に誕生した、心理職初の国家資格「公認心理師」。これまで心理学領域で活躍する専門家といえば臨床心理士が代表的な存在でしたが、国家資格である公認心理師がどのような資格なのか、まだ一般的にあまり認知されていません。
追手門学院大学では、心理学部・大学院心理学研究科での学修によって、公認心理師受験資格の取得が可能です。大学院の「臨床心理学コース」では公認心理師と臨床心理士、「生涯発達・生涯教育心理学コース」では公認心理師に加えて臨床発達心理士と学校心理士の受験資格取得ができます。今回は、心理職として注目を集めつつある「公認心理師」を中心に、これまで最も有力な心理職資格とされてきた「臨床心理士」の内容を交えながら紹介します。
記事の前半では「公認心理師」の仕事内容や受験資格、臨床心理士との違いといった概要を編集部がまとめました。 後半では、「公認心理師」を取り巻く現状や将来の展望、大学・大学院を選ぶポイントについて、また心理職に求められる資質について、自身も公認心理師の資格を持ち、追手門学院大学の心理学部および心理学研究科で学生を指導する馬場天信教授、益田啓裕講師が詳しく解説します。
INDEX
公認心理師とは?編集部によるまとめ
心理職初の国家資格「公認心理師」が誕生した背景
(編集部)いま、人々の「心の健康」に対するニーズは多様化しています。これまで心理学領域では臨床心理士をはじめとするさまざまな民間資格が存在し、心理職として活躍してきましたが、国家資格は存在しませんでした。国家資格とは国の法律に基づいて定められた資格のことで、資格取得者は各種分野における個人の能力や知識が一定水準以上に達していることが国によって認定されます。
発達障害のある児童やうつ病などの心の問題を抱える人など、専門家による心理的支援への需要が社会的高まりを見せる中、ついに創設されたのが国家資格「公認心理師」です。2015年に「公認心理師法」が成立、2017年に施行され、わが国初の心理職の国家資格「公認心理師」の誕生に至りました。
公認心理師の仕事内容、活躍できるフィールドは?
(編集部)公認心理師の仕事については、2017年9月に施行された「公認心理師法」の中で次のように定められています。
「公認心理師」とは、公認心理師登録簿への登録を受け、公認心理師の名称を用いて、保健医療、福祉、教育その他の分野において、心理学に関する専門的知識及び技術をもって、次に掲げる行為を行うことを業とする者をいう。
- ① 心理に関する支援を要する者の心理状態の観察、その結果の分析
- ② 心理に関する支援を要する者に対する、その心理に関する相談及び助言、指導その他の援助
- ③ 心理に関する支援を要する者の関係者に対する相談及び助言、指導その他の援助
- ④ 心の健康に関する知識の普及を図るための教育及び情報の提供
(編集部)公認心理師の仕事のフィールドは〈医療・教育・産業・福祉・司法〉の5領域であるとされ、今後は国家資格として、国のさまざまな制度や仕組みに取り組まれていくことが予想されます。
また、公認心理師法ではその義務について『業務を行うに当たっては、医師、教員その他の関係者との連携を保たねばならず、心理に関する支援を要する者に当該支援に係る主治医があるときは、その指示を受けなければならない。』(公認心理師法 第42条)と規定されています。チームの一員として多職種との連携、特に「医師の指示を受ける」存在と定められていることから、医療分野での活躍に期待が寄せられている業種でもあります。
公認心理師と臨床心理士の違い
(編集部)公認心理師は、厚生労働省と文部科学省の共管による国家資格です。注意したいのは、公認心理師とは名称独占資格(公認心理師以外の人は、公認心理師の名称を名乗ってはいけない資格)であり、弁護士や公認会計士のような業務独占資格(有資格者のみが独占的に業務を行うことができる資格)ではありません。2021年時点では、活躍分野の多くが他の心理職と重なっています。
中でもよく似ていると言われるのが、すでに広く知られている臨床心理士です。臨床心理士は、公益財団法人日本臨床心理士資格認定協会が認定している長い歴史をもつ民間資格です。公認心理師も臨床心理士も、医療や教育、福祉などの領域における心理学的アプローチがメインであり、業務に大きな違いはないのが現状です。
資格の取得を目指すには(受験資格、これまでの試験など)
(編集部)公認心理師になるには、年に1度実施される公認心理師試験に合格し、一般財団法人日本心理研修センターに登録手続きを行います。そしてその前段階として、資格試験を受けるための受験資格を得る必要があります。2021年時点で計8つに分けられた受験区分がありますが、そのうち5つは心理職として実務経験がある人や、すでに大学・大学院に在籍している(していた)人に向けて設けられている期間限定の経過措置です。これから大学へ進学する方にとっては、下の図で示す3つの区分が一般的になるでしょう。
(編集部)ポイントは、大学で心理学系の学部に4年間所属し、さらに学部で「心理実習」80時間以上、かつ大学院で「心理実践実習」450時間以上の実習科目を履修して受験資格を得られる、という点です。必要な科目が多岐にわたるため、心理学部であってもカリキュラムによっては公認心理師の受験資格が得られない場合もありますので、大学選びの際はカリキュラムを確認しましょう。
■公認心理師国家試験の概要、合格率
(編集部)第1回の公認心理師試験が実施されたのが2018年です。これまで4回(+追試1回)実施されてきました。 過去の試験日や合格者数、今後の予定は以下のようになっています。
過去の出題形式は全問マークシート方式で、試験時間は午前2時間+午後2時間の計4時間。試験範囲は「公認心理師として具有すべき知識及び技能」とされており、過去問題は一般財団法人日本心理研修センターのWebサイトで確認することができます。
心理学部教授に聞く!公認心理師の現状、心理職に就くために必要なこととは?
(編集部)公認心理師にまつわる概要を確認したところで、ここからは実際に公認心理師の資格をもち、公認心理師を目指す学生を指導する教員に話を聞き、「公認心理師、そして心理職のリアル」に迫ります。語り手は追手門学院大学・心理学部、および同大学院・心理学研究科の馬場天信教授、益田啓裕講師です。
公認心理師を取り巻く現状。国家資格の誕生で心理職はどう変わった?
(編集部)公認心理師の資格取得者が年々増えていますが、まだまだ新しい資格というイメージがあります。実際のところ、公認心理師を取り巻く状況にどのような印象をお持ちですか。
(馬場先生)まず前提として、Aルートと呼ばれる大学・大学院で公認心理師を目指すカリキュラムを修めた人が受験資格を得るのは2024年になります。すでに公認心理師の資格を取得している人は、臨床心理士をはじめ心理職として実務経験のある方々が資格取得しているケースがほとんどなため、公認心理師の仕事内容は、臨床心理士の活躍するフィールドと重なることが多いのです。 ですから、特定の心理職としての明確なポジションや生き方についてはまだ発展途上かな、といった印象です。
(編集部)国家資格ができたからといって、大きくは変わらないということでしょうか。
(馬場先生)いえ、発展途上というだけで、国家資格ができたことで心理職が活躍できる領域は着実に広がりつつあります。これまで心理職といえば学校や病院のカウンセラー、また福祉現場で活躍するイメージが強かったかと思いますが、公認心理師は司法や産業といった領域での活躍に大きな期待が寄せられています。 また、小児科・認知症関連の医療機関での保険診療・検査へのニーズは大きく、現在は医師や一部の医療従事者に限定して認められている業務を国家資格である公認心理師が担っていくことも考えられます。ストレスチェック制度の導入に伴い、社会的関心が高まる産業領域でのメンタルヘルスの予防活動業務なども開拓されていくでしょう。
(益田先生)国家資格ができたことで心理職全体の裾野も広がっていくと思います。各地で公認心理師による職能団体が創設され始めていますし、職種としての独自性が成熟するとともに、横の繋がりや学びの場も増えていくだろうと考えられます。
臨床心理士と公認心理師、どちらを目指すべき?
(編集部)現状でいえば公認心理師と臨床心理士に大きな違いはまだないとのことですが、「これから大学・大学院で心理学を学び、心理職に就きたい」と考える人は、どちらを目指すのが良いでしょうか。
(益田先生)資格としてどちらが優れているというものではないので、難しい質問ですね。結局のところ、現場で重要視されるのは資格の名称ではなく専門職としての知識や技術、そして心理職として人とかかわる姿勢です。どの分野でもそうですが、資格取得すれば将来が安泰だというわけではありません。自分が叶えたい未来に必要な資格を目指す、これが理想だと思います。
……とは言いつつ、近年、例えば医療機関では採用条件に「公認心理師または臨床心理士資格」と提示しているケースが見受けられます。これまで主に臨床心理士で募集がかかっていた職種に公認心理師が加わってきています。また、医療現場で働く臨床心理士の方から「職場から、公認心理師の資格も取得してほしいと言われた」という声も聞きました。 いずれは医療関係での採用条件として必須化する可能性がないとは言えません。
また、先ほど馬場先生が活躍分野のお話をされましたが、「心理職に就く」というリアルな話をするならば……そして公認心理師と臨床心理士、両方目指せる環境ならば、当面の間はダブル取得する方が新卒での就職活動の選択肢は多いかもしれません。
(編集部)「自分が叶えたい未来に必要な資格」というお話ですが、心理学部を目指す人の中には、自分がどういった仕事に向いているかまではわからない人もいると思います。心理学を学ぶ上で大切なことを教えてください。
(馬場先生)大学入学時になりたい職業が決まっていなくても、焦ることはありません。私は、特に大学の学部生時代とは、まだまだ自己と向き合い、心理職としての適性や、自分の心をどのように扱っていくのかといった姿勢を養う時間だと考えます。まずは心理学部という大きな枠で学問全体を学びながら、その中で興味のアンテナを張り、未来像を明確化していきましょう。 資格取得だけを重視するのではなく、広く心理学を学ぶ中で自分の可能性を広げるのだという心積もりでいると良いのではないでしょうか。
必要とされる人材、適性とは?
(編集部)では公認心理師を含む心理職として働くには、どういったスキルや適性が求められますか。
(馬場先生)大切なのは「アセスメント能力・柔軟性・ぶれない軸」だと私は思います。どれか1つという話ではなく、この3つを備えていることが重要です。仕事が認知行動療法でも精神分析でも、求められるのは専門職として相手と真摯にコミュニケーションし、専門家として様々な知見を元に相手のニーズにあうようしっかり落としどころをつけられる人材なのです。
そしてさらに、バイタリティも必要だと考えます。心理職は自身が大いに成長できる仕事である反面、経験も重要な要素ですので“なりたて”で理想の待遇に就いたり、仕事ぶりを発揮したりするのは難しいところがあります。
自分のキャリアをイメージして、非常勤の掛け持ちから始める、第一希望ではない職種・地方勤務も経験してみるなど、ステップアップに向けた継続的な学びや努力が求められます。
(益田先生)私の考えも馬場先生のお話に近いのですが「自分をしっかり持っていること」だと思います。技術や知識と同じくらい「人」としての在り方が重要です。 具体的には、まずオープンであること、でしょうか。クライアントを中心に職場の多職種の方とかかわる上で、素直な自分を見せて相手と信頼関係を築くことが必須の能力だと思います。
一方で、ただ素直なだけではうまくいかない仕事であることも事実です。心理職の仕事は、支援を必要とする人と一緒に問題に取り組み、その方がよりうまく生きていけるように働きかけること。時には専門家としてきっぱり判断を下すことも必要になります。私自身、心理職として長く働いた経験の中で、相手に左右されない判断力も大切だと実感してきました。この2つを嘘偽りなく両立できることが大切だと考えます。
(編集部)知識や技術だけでなく、専門家としての姿勢、人としての在り方を考えていくことが大切なのですね。
公認心理師を目指す人へ。大学・大学院はこう選ぼう
進学先を選ぶポイント
(編集部)馬場先生、益田先生は公認心理師や心理職を目指す学生を指導されていますが、高校生や受験生に向けて、進学先選びのポイントがあれば教えてください。
(馬場先生)心理職の資格取得を目指せる大学は多くあり、公認心理師に限定してみても、2021年現在、関西エリアで資格取得向けカリキュラムが設けられている大学は30を超えています。各大学の特徴や強みは、学部の成り立ちや先生の専門分野で違いが出ているようですが、真剣に学ぶ気持ちさえあればどの大学・大学院を選んでも資格は取れるので大丈夫です。
大切なのは、学びの環境が自分にマッチするか。そして、自分の学びたい専門分野があり、指導体制とカリキュラムがしっかりと整備されているかが大切だと思います。単に資格合格者数などの数字で選別するのではなく、幅広い領域の知識が習得できるか、多様な実習先が確保されているかなど、学習の中身に目を向けることをおすすめします。
追手門学院大学・大学院の特徴
(編集部)追手門学院大学・大学院の特徴はどういったところでしょうか。
(益田先生)本学の大きな特徴は3つです。まず、1つ目は心理学教育の歴史が長く、これまでの実績をもとに多様な心理的支援を学べるカリキュラムを整備していること。特に、公認心理師の資格取得において大学・大学院と一貫して学ぶ環境があり、大学院の「臨床心理学コース」では臨床心理士とのダブルライセンスの取得が可能ですし、「生涯発達・生涯教育心理学コース」では公認心理師に加えて臨床発達心理士と学校心理士の資格取得も可能です。
2つ目の特徴が、この多様な学びを支えている豊富な教員の存在です。司法や福祉の現場で活躍してきたスペシャリストが多く在籍しているので、公認心理師が活躍できるフィールドを網羅的に学べる環境が整っています。
最後に、キャリア教育に力を入れている点です。学生に「心理職としてどう働き、どう生きたいか」を考えてもらうことを重要視しています。特に、大学1年生の時から現場で活躍する心理職のOB・OGと接点を持ち、仕事の話を聞く機会を多く設けています。実際に先輩からリアルな話が聞ける機会は貴重で、学生にも好評です。
(編集部)追手門学院大学で公認心理師を目指している学生はどんな方ですか。
(馬場先生)私のゼミに所属する中では、手話の勉強を始めてから、国内ではまだ珍しい“手話を用いたカウンセラー”として開業することを目標に学内団体を起ち上げるなど精力的に活動している学生や、「社会的ひきこもりのある方向けの居場所をつくる」という夢に向かって頑張っている学生がいます。
(益田先生)「国家資格を取ることが目標」というより、「実現したい将来のために公認心理師の資格を取りたい」という学生が多い印象ですね。みんな意欲的に学んでいますし、教員側が刺激を受けることも多くあります。
(編集部)公認心理師に限らず、資格はあくまで一つの手段であるということですね。
(益田先生)そうですね。私は「資格とは車の運転免許証のようなもの」だと考えます。運転免許証を取得したからといって、すぐにベテランドライバーのように上手に運転できるわけではないですよね。資格を持つことはゴールではなく、心理職として働いていく上でのスタートラインに立つということなのです。 心理職は人の幸せを応援する素晴らしい仕事です。資格を中心に考えるのではなく、「社会の人々が幸せに生きるために心理職で働く。その上で自分が何を実現したいか、それにはどんな資格が必要か」と考え、未来を思い描いていただければと願っています。
(馬場先生)いろいろお話しましたが、公認心理師は心理職を目指す人にとって将来性のある資格の一つであることは間違いありません。これから心理職のさらなる発展が期待される中で、活躍の幅は広がっていくことでしょう。 ご自身の夢に公認心理師のかかわる領域があるなら、ぜひ資格取得へ向けて頑張っていただきたいと思います。きっと可能性を広げてくれますよ。
まとめ
心理職を目指す人の中で注目の「公認心理師」は、国家資格として今後の発展が期待できることがわかりました。一方、公認心理師について掘り下げるにつれ、先生たちからは「心理職とは何か?」という話が多く出ました。心理職という広い範囲で見ると、ただ資格取得だけを目指すことは必ずしも人生を明るくする要素ではないようです。大切なのは心理について学んだ後、どのように社会に貢献したいかを考える。そしてそれは、自分がどんな風に生きていきたいかを考えることと同じなのだと理解できるお話でした。