日本における男女共同参画社会を推進する動きは、雇用の分野において1986年に施行された男女雇用機会均等法に始まります。その後、少子化に伴う人口減少社会の到来に合わせるかのように、1999年に男女共同参画社会基本法、2016年に女性活躍推進法、2018年に政治分野における男女共同参画の推進に関する法律、2021年からは中小企業も含め同一労働同一賃金を推進するパートタイム・有期雇用労働法が全面施行され、労働力確保の視点からも女性活躍が推進されています。このような中、女性活躍の現状がどのようになっているのか、地域差を含め客観的にどのようなことがいえるか、まずは知ることが必要です。
今回はデータに基づいて経済学の視点から、経済的地盤沈下が続いて久しいといわれる関西に焦点をあて、女性活躍の現状を広く分析している、労働経済学が専門の長町理恵子経済学部准教授と、女性活躍推進の現状と未来を考えます。
INDEX
なぜ今「女性活躍推進」なのか?関西女性活躍マップが示す現状と課題
女性活躍推進とは?男女共同参画社会と女性活躍推進の歴史
(編集部)男女共同参画社会、特に最近は女性活躍推進というスローガンをよく耳にします。
(長町先生)「女性活躍」という言葉は、政策課題として注目が高まった2013年ごろからよく耳にするようになり、2016年に10年間の時限立法として施行された「女性活躍推進法」以降、認知度も上がりました。さかのぼれば、性別を理由にした雇用差別を禁止する1986年の「男女雇用機会均等法」がその始まりです。続いて1999年に施行された「男女共同参画社会基本法」は、男女が対等な立場で家庭生活や仕事などあらゆる分野での男女共同参画社会を目指すという法律です。
その後、少子化や労働力不足がクローズアップされ2010年代後半以降、「女性活躍」や「一億総活躍」などのスローガンの下、男女共同参画社会の優先順位が高まりました。そして2016年に制定されたのが「女性活躍推進法」です。この法律によって、企業は女性活躍に向けた行動計画を策定し、女性採用比率、勤続年数、労働時間の状況、女性管理職比率などを把握し世の中に公表して「見える化」する必要が生じてきました。
この間、男性の子育て参加やワーク・ライフ・バランス(仕事と家庭の調和)の実現が重要視されるようになってきたこともあり、社会の意識は大きく変化してきました。2018年には、最も遅れている「政治」の分野における男女共同参画の推進に関する法律も制定されています。
経済・社会構造の変化から求められる女性活躍
(編集部)男女共同参画社会を目指す背景にあるものとは何でしょうか?
(長町先生)やはり少子高齢化による労働力不足が大きいでしょう。 バブル経済が崩壊し、1990年代半ば以降、就職氷河期と呼ばれる時代となり、この時期は男女とも就職が難しくなり、新卒採用も抑えられました。一方、パートタイマーをはじめとし契約社員、派遣労働者など非正規雇用で働く女性が増えました。
2010年代に入ると、定年を迎えた団塊の世代が労働市場から大量に退出し、企業が人手不足に陥りました。そこで潜在的な労働力の掘り起こしが必要となり、高齢者の雇用延長や女性活躍推進が加速したのです。また、1990年代後半から女性の高学歴化が顕著となったことや、高度経済成長後、日本の産業の中心が製造業から小売などサービス業へと転換してサービス経済化したことも、女性の働く場所や機会の創出につながっているという側面があります。
経済学から見た女性活躍推進のメリット
(編集部)女性が労働市場で活躍することによるメリットは大きいといえますか?
(長町先生)様々な側面から、女性の活躍が進むメリットは多いといえるでしょう。個人のメリットは、個人や世帯の収入増加が見込め、夫婦では共働きによって家計のリスク分散ができるという点です。なかなか個人の所得の増加が見込めない現在、女性が働くことは家計のゆとりにつながります。社会としてのメリットは、労働力人口が増えることによる経済の底上げはもちろん、男女がともに働くことで多様な視点や価値観を生み出すことも期待できます。
企業にとっては、国連のSDGs(持続可能な開発目標)の目標の一つである「ジェンダー平等」に向かって努力をしていることは、企業価値やイメージの向上にも直結し、女性の視点を取り入れることにより多様なサービスや商品の開発にもつながるでしょう。実際に女性が多く働く企業は、男性にとってもシニアにとっても働きやすいということも明らかとなっています。
世界的なジェンダー平等の流れの中、低迷する日本のジェンダー・ギャップ指数
(編集部)男女格差をはかる「ジェンダー・ギャップ指数」で、日本は先進国の中では最下位というニュースが話題となりましたが、日本の男女格差が解消しない原因は何でしょうか?
(長町先生)「ジェンダー・ギャップ指数」とは、世界経済フォーラムが発表する、経済・政治・教育・医療の4分野における男女格差を数値化したものです。最新のデータによると、156カ国のうち日本は120位です。経済分野で117位、政治分野が147位と「ジェンダー平等」を目指すことが世界的な目標に掲げられている中、男女格差の大きい日本は著しく低い順位となっています。
女性の政治家や経営者が少ないことがその要因ですが、教育面の影響も無視できないと思います。ジェンダー・ギャップ指数の教育分野では、日本は90%以上の平等を達成できていますが、その中身にはまだ男女差があります。例えば、政治や経済に対する関心が低く、大学の学部の社会科学分野における女子学生の割合は35%程度にとどまっています。本学の経済学部の女子学生の割合も約16%と、女子学生が多いとは言えません。また理系分野の女子学生比率も低く、いわゆる「リケジョ」を増やそうという取り組みも増えています。
進学率は高く、就業率は低い?関西の女性活躍推進の現状
労働市場として潜在力の高い関西
(編集部)関西エリアに目を向けてみると、関西における女性の大学進学率や就業率はどのようになっているのでしょうか?
(長町先生)大阪や京都をはじめ関西エリアには多くの大学が集積しています。2020年の文部科学省「学校基本調査」のデータによると、関西の大学進学率は、男女ともに全国平均より高くなっています。女子の大学等進学率(短大含む)の全国平均が58%のところ、関西2府4県では、京都の70.5%をはじめとして、和歌山以外、全国の平均値より高いというデータとなっています。一方で、2015年の総務省「国勢調査」では、進学率とは逆に、関西2府4県の就業率は全国平均より低い水準となっています。関西をはじめどの都道府県も近年女性の就業率は大きく上昇していますが、2015年の関西の就業率は、2000年の全国トップの島根県よりいまだに低い状況です。北陸や山陰など地方の女性の就業率は高く、都会になればなるほど就業率が下がるという傾向がありますが、その要因はさまざまです。地方では3世帯同居が多く子育てをしながらでも働きやすい環境が多く、工場が集積しているなど産業構造の違いも要因の一つでしょう。関西は、大学進学率の高い地域ですが、十分に活躍できていない労働力が多い、つまり労働市場において潜在力が高いといえるのではないでしょうか。
地域特性を可視化した「関西女性活躍マップ」
(編集部)長町先生もワーキングメンバーとして参加している関西広域連合・関西経済連合会「関西女性活躍推進フォーラム」にて、2020年2月に公表された「関西女性活躍マップ」について解説をお願いします。
(長町先生)「関西女性活躍マップ」は、どれくらいの女性が働いているかという割合(労働力率)、正規雇用の比率、管理職の比率、給与の水準、この4つの指標について、全国平均からみた各都道府県の水準と男女格差を散布図に落とし込んだものです。また、仕事だけではなく、家庭・地域社会における活動も多面的に「見える化」することを目的として、「仕事編」、「家庭・地域社会編」に分けて指数化し、全国的な位置づけを「関西女性活躍マップ」にとりまとめています。
関西女性活躍マップ「仕事編」の横軸の「女性仕事活躍指数」は、全国平均を50とする指数に変換し、先ほど述べた4つの指標について平均値を算出しています。縦軸の「男女均等指数」では、4つの指標の男女差を計算し、平均値を算出。男女格差が大きければ指数は低くなりますし、均等度が高ければ数値は高くなるため、この散布図の右上の部分が、仕事において女性がより活躍し男女の格差が小さいということになります。このマップからは、関西2府4県のうち、京都と和歌山をのぞき、女性活躍指数・男女均等指数ともに全国平均より低いということがわかります。
「関西女性活躍マップ」から読み解く、女性活躍の実態
(編集部)地域ごとに様々に異なる要因や背景があるということですね。「関西女性活躍マップ」からは、その他にどんな特性が分かるのでしょうか?
(長町先生)「仕事編」を構成する4つの指標をみてみると、京都・大阪・兵庫・奈良においては、働いている女性の割合は全国平均より低いものの、管理的職業従事者比と現金給与額は全国平均より高くなっています。つまり、働く女性の割合は低いですが、高い大学進学率や女性活躍への取り組みの進展を背景に、正社員として働く女性は比較的好条件で就業できている、ということもいえます。一方、大手企業が多い都市部では、男性の賃金水準が高く、女性の半数以上は賃金が低い非正規雇用であるため、男女均等指数が全国平均よりも低い、つまり男女のギャップが広がっているという側面もあります。
「仕事編」だけではなく、家庭・地域社会における活動を多面的に見える化した「家庭・地域社会編」と合わせてデータを見てみると、さまざまなことに気がつきます。女性の就業と家庭生活は無縁ではありません。「家庭・地域社会編」において、家事時間や育児・介護時間などの全国平均と比較すると、関西の女性の家事時間は滋賀を除いて全国平均よりも長く、特に兵庫では家事・育児・介護・ボランティア等社会活動への参加、4項目全てにおいて全国平均より長いというデータが出ています。一方で女性の就業率が高い滋賀では、家事、介護・看護時間が全国平均より短く、家事についての男女格差も全国平均より小さいため、女性が外で働きやすいという見方もできます。
「関西女性活躍マップ」から読み解く関西の女性の就業の特徴は、就業率は全国に比べてあまり高くないですが、大阪や兵庫などの都市部の労働条件は比較的良いことや、高い学歴がありながら働いていない層が一定数存在していることがうかがえます。関西において女性活躍を推進するためには、「関西女性活躍マップ」で見られる地域ごとの状況や特徴を把握し、その特性を踏まえた政策立案が必要です。京都、大阪、兵庫、奈良などの都市部は、家事・育児のサポートをすることで、働く女性の総数を増やす取り組みが有効なのではないでしょうか。もちろん働くか働かないかは個人の自由ですが、働きたい人が働きづらい環境があるとすれば、それを改善していく必要はあると思います。
女性活躍の推進が関西の活性化につながるか
経済成長の視点から見る、女性活躍推進の必要性
(編集部)現在働いていない女性が就職することは、経済の活性化につながりますか?
(長町先生)そうですね。家庭内で行われる家事や育児・介護などは、無償労働とよばれ、お金のやり取りが発生しないので、直接経済活動には結びつきません。しかし、家庭にいた女性が働こうとすると、家事や育児・介護の一部に外部のサービスを利用したり、外食や中食の利用が増えることもあるでしょう。新たな商品・サービスの創出や経済活動の活性化につながることが考えられます。また、家庭の中で稼ぎ手が増えることにより、余裕を持って子どもに教育費をかけることができたり、旅行の機会が増えるなど、消費の増加は経済の活性化につながるでしょう。潜在的な関西の女性の労働力が市場に投入されると、経済規模の拡大だけでなく、さまざまな側面から経済成長を押し上げることが期待できます。
真の女性活躍に向けて、解決すべき課題
(編集部)女性活躍を推進するために、解決すべき課題とは何でしょうか?
(長町先生)個人や各家庭の状況、個人の考え方、企業の取り組みなどは、実に多様で温度差がありますので、解決すべき課題は多岐に渡るでしょう。終身雇用や年功賃金に代表される日本的な雇用慣行は、高度経済成長を支えてきました。しかし少子高齢化による人口減少を背景に、女性や高齢者の就業が増加し、男性中心に設計された日本的雇用慣行は、次第に労働市場の現状になじまなくなってきています。近年働き方改革が進む中、企業は長時間労働の見直しや同一労働同一賃金の実現を迫られており、生産性を高めつつ、働き方の選択肢を増やすことが求められます。こうした取り組みが、女性の働きやすい職場や環境を創出することにもつながるでしょう。
個人については、価値観に応じた働き方や生活が、幸せの実感につながります。そのために、自分の置かれている労働や生活の環境を客観的なデータによって把握することで、より良い選択肢に気がついたり、生活を豊かにするヒントを得るきっかけにもなります。「男は仕事、女は家庭」といった性別役割分業への考え方も、個人や世代によって異なるものの、家事や育児を合計した「家庭・地域社会編」の活動時間の全国平均をみると、女性は4時間23分ですが、男性はわずか37分というのが実態です。女性活躍推進には、この大きな男女格差を縮小していくことも必要でしょう。家族、企業、社会でお互いの考え方や選択を理解し尊重することが、男女共同参画社会とワーク・ライフ・バランスの実現に近づくと思います。
テレワークが推進されるコロナ禍においては、家庭内での仕事場所の確保や、生活と仕事の切り分けなど、住宅事情を改善し家族の相互理解を深めていく必要もあります。
女性が働きやすい社会は、男性も含めた全ての人にとって働きやすい社会であることは間違いありません。テクノロジーの進化を活用し、社会、企業、家庭生活の全てにおいて「多様な選択肢を提示すること」が、潜在的な女性の労働力が眠る関西を、再び活性化するひとつの解決策ではないでしょうか。
まとめ
男女ともに大学進学率の高い関西。全国平均に比べ女性の就業率が低いという点に驚きましたが、まだまだ活躍できていない女性の潜在的な労働力があるということが、データから読み解けました。関西の女性活躍の特性を的確に理解し対策をすることで、関西経済の活性化に期待が持てることもわかりました。
今回は経済学の視点からの分析でしたが、女性活躍にあたっては個人の価値観やキャリア意識、家庭環境など個人的要因との関係も考えられます。一方、コロナ禍でテレワークなどが浸透し、これまでより働きやすく、就業が継続しやすい労働環境になりつつあることで、女性活躍を推進する側面もあるでしょう。
少子高齢化に伴い、労働力人口の減少が懸念される現代の日本。人工知能(AI)などの先端技術の発展や価値観の多様化など社会のあり方そのものが急速に変化する中で、女性活躍推進は先送りできないテーマであるとともに、「女性の働きやすい社会」とは、全ての人にとっても優しい社会であるということを改めて認識しました。