キラキラネーム、カタカナ名称。私たちは「名前」に支配されている?意思決定と名前のヒミツ

本田 秀仁

本田 秀仁 (ほんだ ひでひと) 追手門学院大学 心理学部 心理学科 准教授 博士(学術)専門:認知科学、意思決定科学

キラキラネーム、カタカナ名称。私たちは「名前」に支配されている?意思決定と名前のヒミツ
(出典:shutterstock)

「変わった名前・ふさわしくない名前」として、子供の将来について悪影響を及ぼすのではないかと司法の場においても議論された1994年の「悪魔ちゃん」騒動。それから30年近く経つ現代においても、キラキラネームがしばしばメディアで取り上げられ、名前に関する論争が時に巻き起こります。 今回は、認知科学の視点で人の意思決定に関する研究を行う本田秀仁心理学部准教授に、キラキラネームをきっかけに、名前が周囲に与える影響について伺いました。

キラキラネーム、その定義とは?

キラキラネーム、その定義とは?
(出典:photo-ac)

(編集部)まずはじめに、いわゆる「キラキラネーム」を定義したいと思います。キラキラネームの構成要素とは、どのようなものでしょうか。

(本田先生)一般的な理解としては、難読漢字や極端な当て字などを利用した、初見で正しく読めない名前、外来語など一般的に名前には使用されないような語感がある名前。このいずれかに当てはまる名前が、いわゆるキラキラネームとして認識されています。また、人の名前というのは時代と共に変わっていくものでもありますので、例えば昭和初期の感覚では「名前として珍しい」と思われるような名前でも、現代では違和感なく認識されている名前もあるので、そういった「流行りの名前」とキラキラネームとは一線を画す必要があります。

「名は体を表す」。古来より人は名前の持つパワーを認識していた?

北海道という名前で想起するものも様々
(北海道という名前で想起するものも様々)

思考や行動の意思決定プロセスに、名前が影響する

(編集部)先生は認知科学の分野から、名前の持つ役割や与える影響について研究されていますが、名前によって私たちはどのように影響されているのでしょうか。

(本田先生)世の中にある「ことわざ」には様々な示唆があって、研究においてヒントを得ることが多いのですが、名前の持つ影響を研究するにあたり着目したのが「名は体を表す」ということわざです。

「名前はその物や人の性質や実体を的確に表していることが多い」という意味ですが、実際にその人や物が持つ名前が行動や思考に大きな影響を与えていることを示す様々な研究結果があります。名前がどのように影響を及ぼすのか、思考や行動の意思決定プロセスにはどのような心理学的メカニズムが働いているのか。そのことわざで表される現象は、認知科学の見地から見ると非常に興味深いものがあります。

様々な研究結果より、名前の影響には2パターンあることがわかっています。まず一つ目が、名前を見た人、評価する側に対する影響です。キラキラネームについてはこちらに当てはまりますが、いわゆる「キラキラネーム」を持つ人に対して、それがその人の実態や事実とは異なったとしても「この人はこうであるにちがいない」とバイアスがかかった見方をしてしまう。それがポジティブにもネガティブにも作用する可能性があります。

そして2つ目が、名前を持つその人自身に対する影響です。カリフォルニア大学サンディエゴ校のリーフ・ネルソン准教授とエール大学のジョセフ・シモン准教授の研究により、アメリカのメジャーリーグにおいて、「K」のイニシャルを持つ選手は、スコアブックに「K」と記入される三振の数が、その他の頭文字を持つ選手に比べて三振率が高いという研究結果が発表されました。また同様に、イニシャルにCまたはDを持つ大学生は、成績でCまたはDを取りやすい傾向にあるということも発表されています。

無意識下で行われる「名前」と「事象」の結びつけ

(編集部)興味深い研究結果ですね。自分の名前と成績とは、どのように結びついていくのでしょうか?

(本田先生)多くの人は自分の名前、イニシャルに対してポジティブな印象を抱いていますよね。その文字を好きになり、それと関係することも好きになり、無意識下で結びつけてしまう、という心理が働きます。イニシャルKを持つ打者は、Kの文字を好んでいるため、無意識にK(三振)と結びつけ、結果K(三振)を招いてしまう、というメカニズムですね。もちろん意識して三振やCやDという成績を取りたいと思っているわけではありませんが、ネガティブな事柄についても名前による影響がある可能性が示されています。

(編集部)名前が他人に影響する具体的な事例はありますか?

(本田先生)こちらもアメリカで2014年にイリノイ大学の研究チームが発表した調査結果によると、1950年から2012年までの62年間に発生したハリケーンの被害を調べたところ、被害の大きかったハリケーンのうち、例えばカトリーナといった女性らしい名前のハリケーンの方が、男性らしい名前のハリケーンに比べて犠牲者数が多いことがわかりました。

これは一般的に女性よりも男性の方が「荒々しく力が強い」という、名前の持つジェンダーステレオタイプが影響する事例ですが、女性らしい名前のついたハリケーンは男性らしい名前のついたハリケーンと比較すると弱いイメージを持たれます。そのため、女性らしい名前のついたハリケーンは「それほど猛威を振るわないのではないか」と人々の意識に影響を与え、結果的に備えを怠ることに繋がり、大きな被害をもたらしたのではないか、と考察されています。

参考:女性名のハリケーン、男性名より死者多い傾向=米調査 https://jp.reuters.com/article/hurricane-name-idJPKBN0EE0U220140603

漢字 vs カタカナ。日本語特有の影響もある?

(編集部)アメリカでの研究結果をもとに事例をお話いただきましたが、日本語においてはいかがでしょうか?日本語特有の特徴などありますか?

(本田先生)日本語には同じ名前を表すにも、漢字・ひらがな・カタカナという表記の違いがありますね。そこで、表記の違いや馴染み深さがどのように認知に影響を与えるのか、研究を行いました。日本人にとっては馴染み深い地名である「北海道」を漢字とカタカナで提示し、そのイメージについて記述してもらったところ、漢字の「北海道」の場合は「海産物が美味しい」「冬が寒い」などの解答が多く、カタカナの「ホッカイドウ」の場合は「ラベンダー畑」や「雪まつり」など、漢字表記の場合と異なった解答が多く見られました。通常、特別な理由がない場合、私たちは地名を漢字表記で認識していますよね。つまり、漢字表記が典型的であり、カタカナ表示は非典型であるといえます。そのことが思考プロセスに影響を与え、非典型な表示であるカタカナの場合、非典型的なイメージが喚起されるということが明らかになりました。これは日本語特有の名前が認知に与える影響であると言えます。

名前の持つ力をポジティブに活かすために

東京証券取引所
(出典:PIXTA)

(編集部)私たちの身の回りのものにはすべて名前がついていますが、その全てに何らかの影響を受けているということでしょうか。

(本田先生)誤解されがちなポイントではあるのですが、身の回りのものの名前全てから影響を受けるというわけではありません。日常生活の場面で私たちは常に強い意思を持って判断や意思思決定をやっているわけではなく、「なんとなく」判断や意思決定をおこなっている場面も多々あります。そのような時に、判断や意思決定あるいは、評価のひとつのきっかけとなる場合があるということです。

社名の名付けが株価や企業価値アップの一助に

(編集部)名前が与える影響の「プラスの作用」を用いて成功している事例などはありますか?

(本田先生)こちらもアメリカでの研究になりますが、一般的に読みやすいとされる社名の会社が上場した場合、読みにくいと感じられる名前の会社よりも、株価が上がりやすいという結果が出ています。もちろん、長い目で見ると株価は業績によって変動しますので、あくまで上場した最初の時点のみでの結果ということになりますが、上場直後の会社が認知されていない段階において、社名の「読みやすさ」「分かりやすさ」が人々の評価にプラスの影響を与えるということです。

また、ベンチャー企業などにとっては、自社を市場にいかに認知させ、人や投資を集めることができるかということが企業評価につながることも多いので、社名という最初の認知が担う役割は大きいと言えるでしょう。

商品ブランディングに見るネーミングの大切さ

(本田先生)冒頭の「名は体を表す」ということわざでも触れましたが、大切なのは、その実態と名前とのバランスです。

ブランディングに代表される例ですが、新商品を発売する時、比較的安価な商品は、読みやすくわかりやすいネーミングの方が評価が高くなり、比較的高級な商品は、読みにくく一見分かりにくいネーミングの方が評価が高くなったという事例があります。これは、安価な商品は親しみやすさやなじみ深さが購入のきっかけとなり、一方で高価な商品は格調の高さや希少価値をイメージさせることが消費者により有効的にアプローチできる、という事例もあります。つまり、一概に「良い名前・悪い名前」というのではなく、その物が持つ特性と名前とが合致し、実態とのバランスが取れ、かつその価値を高める名前、が良い名前だということになりますね。

名前が与える影響の大きさは明らか。名付けにおいて大切なことは?

(編集部)名前の与える影響の大きさがよく理解できました。では、その影響力を知った上で、名付けにおいて大切にすべきことは何でしょうか。

(本田先生)キラキラネームに代表される事例のように、「変わった名前」というのは、よくある名前と比べると、悪影響が出る可能性もあるということは認識しておく必要があると思います。例えば、名前が原因で揶揄されたり、いじめの一因になるなどといったことが起こる可能性もあります。

近年「キラキラネームにまつわる論争」をよく耳にします。本来名前というのはラベル付けにしか過ぎませんが、名前の持つ影響というのは思った以上に大きなものですから、単純に「かわいいから」「かっこいいから」だけで安易に名前をつけるべきではないと考えます。人に限らず、名付けにあたっては、それがネガティブにも、ポジティブにも作用するということをよく理解した上で、「実態を最大限的確に表現できる」名前を考えることが大切ではないでしょうか。

まとめ

その賛否を巡って取り上げられることが多いキラキラネーム。漠然としたイメージだけで「良い・悪い」が語られがちですが、様々な角度からの研究結果からも明らかなように、名前が周囲に与える影響、そして本人が受ける影響は大きいと認識することが大切です。今回教えていただいた「名前」に対する認知科学の視点を、実際の名付けの場面でも上手に取り入れていきたいですね。

 

本田先生の著書

よい判断・意思決定とは何か ―合理性の本質を探る― 2021年2月発行
 よい判断・意思決定とは何か ―合理性の本質を探る―
https://www.kyoritsu-pub.co.jp/bookdetail/9784320094673

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プロフィール

本田 秀仁

本田 秀仁 (ほんだ ひでひと) 追手門学院大学 心理学部 心理学科 准教授 博士(学術)専門:認知科学、意思決定科学

2007年 東京工業大学 社会理工学研究科 人間行動システム専攻 博士課程修了
国立情報学研究所 特任研究員、東京大学大学院総合文化研究科 特任研究員などを経て
2020年~ 追手門学院大学 心理学部 心理学科 准教授
著書に、『よい判断・意思決定とは何か ―合理性の本質を探る―』(共立出版,2021年)

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追手門学院 広報課

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