「大学広報」がNHKドラマ化。「ほぼ神崎真」が見た「大学広報」とは。

谷ノ内 識

谷ノ内 識 (たにのうち さとし) 学校法人追手門学院 広報課 課長 博士(政策科学)専門:広報・PR論、大学経営論、経営組織論

「大学広報」がNHKドラマ化。「ほぼ神崎真」が見た「大学広報」とは。
(出典:松坂桃李演じる大学広報マン・神崎真が主人公のNHKドラマ「今ここにある危機とぼくの好感度について」 https://www.nhk.or.jp/dramatopics-blog/6000/444192.html)

 俳優の松坂桃李さんが大学広報担当者の主役「神崎真」を演じるドラマ「今ここにある危機とぼくの好感度について」が4月24日からNHKで放送されます。大学広報がテーマになるのも、大学の教員ではなく事務職員が主人公になるのも珍しいことです。ドラマはブラックコメディということですが、そもそも「大学広報とは何か」「大学広報を担当する職員は何をしているのか」を知ることでドラマでは描ききれないであろう「大学広報の世界」をより理解できるのではないでしょうか。今回は神崎真と同じくテレビ局出身で現役の大学広報担当者、広報・PR論、大学経営論を専門とし、広報・PRの専門雑誌『月刊広報会議』で「大学広報ゼミナール」を連載している谷ノ内識広報課長の解説です。

大学の広報活動を定義する。「大学広報」と「入試広報」

広報課で企画した追手門学院新キャンパス記者発表会
(広報課による追手門学院の新キャンパス記者発表会。2019年5月)

「大学広報」とは何か。その定義は。

(編集部)編集部自らが「大学広報とは何ですか?」と聞くのも変ですが、大学の現場では様々な意味を含んだ「広報」という言葉が日々飛び交っています。この話題を取り上げるにあたってまず整理が必要だと思うのですが。

(谷ノ内さん)今回のNHKドラマで取り上げられる大学広報は大学の社会的評価を高めるための広報活動イメージアップをはかるための社会とのコミュニケーション活動のことです。しかし質問にもあるように大学広報の捉え方は人によって異なり、この話題を考える時には前提として2つの整理が必要です。

一つは「そもそも広報とは何か」ということ、もう一つは「大学広報が対象とする範囲」を定義しておくことです。そもそも広報は、アメリカから入ってきた考えで英語では「Public Relations」です。直訳すると「大衆との関係づくり」で、良好な関係づくりを通して組織や個人の評判を高め(イメージアップ)、好きになってもらう(必要とされる存在になる)ことです。しかし、日本語で広報「広く報じる」と訳されたことにより、より多くの人に情報発信することが広報であると考える人もいます。この場合の広報は狭義の広報です。本来の広報の意味からいうと、「広く報じる狭義の広報」は「評判を高め好きになってもらうための手段」というわけで、広報の話をするときは狭義の広報か本来の広報か認識を合わせることが重要です。

その上でもう一つの「大学広報が対象とする範囲」ですが、こちらは対象によってとらえ方が異なります。大学広報は「大学の広報」ですから対象は社会全般です。しかし、大学、特に私立大学は受験生がいないと経営が成り立ちませんので、社会の一構成要員である受験生に特化した受験を促進させる宣伝活動が大学広報と重なっている大学も多いです。この受験生向けの宣伝活動を大学業界では「入試広報」と定義して、大学広報から独立させて考える場合と入試広報イコール大学広報と考える場合の2つがあり、「大学広報」がテーマの場合は対象をどこに置いているのかを確認してから話す必要があります。

ドラマが描く「大学広報」

(編集部)では今回のドラマの大学広報とは?

(谷ノ内さん)事前にNHKから発表された概要によると、物語の舞台は「長い伝統を誇る名門帝都大学」とだけ書かれています。おそらく受験業界で難関国立大学をまとめた呼び方である旧帝国大学グループの国立大学の一つをイメージしているのでしょう。こうした大学の場合の大学広報は、「入試広報」以外の大学広報(以下、「大学広報」)を指していると考えられます。

松坂桃李さん演じる主人公の神崎真は「大学の広報マン」という設定です。「大学広報」の担当、いわば大学と社会をつなぐ顔(窓口)として日々イメージアップに奮闘する姿が描かれるでしょう。公開情報によると不祥事対応の連続で、メディアの記者対応をにおわす場面の写真も公開されています。世論を左右しイメージの形成に強い影響力を持つ報道機関の記者対応は、「大学広報」の基本的な仕事ですね。

「大学広報」の仕事。どんなことをしているのか?

学生広報スタッフと協働してつくる大学広報誌「BRIDGE」の製作の様子
(学生広報スタッフと協働する大学広報誌「BRIDGE」の製作の様子)

「大学広報」の仕事はまずメディア対応

(編集部)少し話に出ましたが「大学広報」の具体的な仕事内容を挙げてください。

(谷ノ内さん)まずさきほどお話しした取材対応とかマスコミ対応と呼ばれる報道機関の記者対応ですね。ちょっと古いですが文部科学省が2012年に全国の大学に調査したデータがあり、私も『広報会議』の連載で引用するのですが、大半の大学が「大学広報」担当部署で取り組んでいます。まさに基本となる仕事です。ちなみに記者対応には2つ形があります。一つは「大学広報」担当から記者に取材依頼を出す場合。これはプレスリリースと呼ばれる取材の参考資料を記者に送ることから始まり、それを読んだ記者からの問い合わせの対応、実際の取材のアレンジ、記事化までと掲載後のフォローが一連の流れです。プレスリリースを出さずに特定の記者に情報提供して取材につなげる場合もあります。

追手門学院大学のプレスリリースやメディア情報を掲載

もう一つは、記者が何かしらテーマを持ってそのことについて取材が入る場合。これは大学にとってイメージアップの観点から良い場合と悪い場合があります。良い場合はさきほどのプレスリリース発信後と同じ流れで進みますが、悪い場合、例えば大学に起因する事故や不祥事に関する取材は起こった事案の内容だけでなく、大学の対応や態度次第でよりネガティブな報道となってしまいイメージを傷つけます。こうしたダメージを減らすべく大学内と記者の間を調整するのも記者対応に含まれます。ドラマでは特にこの部分が描かれるようです。もっとも事故や不祥事は事前に予見できる部分もありますので、発生後のイメージ低下を未然に防ぐために事前に学内調整をする「イシューマネジメント」と呼ばれる取り組みも広い意味では含まれます。

広がる「大学広報」の仕事

(編集部)記者対応一つとっても様々ですね。他には?

(谷ノ内さん)イメージアップを図るためには、まず大学を知ってもらわなければなりません。その意味でのTwitterやYouTubeなどのSNSの運用、TVや新聞での広告出稿もあります。この部分については特に受験生に特化する場合は「入試広報」ということになり別の部署が担当することもありますね。あと、大学を知った人が更にその大学の情報を入手し理解を深めてもらうための、広報誌の企画・製作、公式ホームページの運用もあります。『広報会議』でも紹介しましたが、公式ホームページとは別に新たに大学独自のウェブメディアを立ち上げる大学も増えています。皆さんがご覧いただいているこのOTEMONVIEWもそれにあたります。コンテンツマーケティングとかwebマーケティングにあたる取り組みですが、10年前にはなかったもので、仕事の幅はどんどん広がっています。「大学広報」の仕事は企業の広報担当と基本の部分で大きな違いはないです。むしろ企業は商品の宣伝と企業そのものの広報が明確に分かれている場合が多いですが、大学は「大学広報」と「入試広報」が密接に関連しているため、連携が欠かせません。

広報課で管理する大学公式キャラクター「おうてもん」
(広報課で管理する大学公式キャラクター「おうてもん」。幼稚園児に大人気。2017年撮影)

「大学広報」と企業広報の違い

(編集部)「大学広報」と企業広報は基本的に似ているということですが、他に違いを挙げるとすればどこになると考えますか?

(谷ノ内さん)「大学広報」は扱う範囲が企業よりも広いと思います。企業は商品や製品の広告・宣伝は宣伝部、企業の経営方針やイメージアップに関する情報発信やメディア対応、投資家・株主への情報提供、従業員とのコミュニケーションは広報部とはっきり分かれ、コミュニケーションの対象も明確になっています。

「大学広報」はいわばこの企業の広報部と同じような部署ですが、コミュニケーションをとる対象が、社会一般のくくりの下、在学生(とその保護者)、教職員、卒業生、受験生(とその保護者)、高校、大学のある地域や自治体、文部科学省、採用や連携で関わる企業など細分化されそれによって対応も異なります。その意味で企業広報よりも「扱う範囲が広い」と思いますし、そこが企業との違いだと思います。

「大学広報」の組織的な位置づけと適任者

危機管理広報への備え。広報課も参加した教職員による図上訓練の様子
(危機管理広報への備え。広報課も参加した教職員による図上訓練の様子。2018年撮影)

「大学広報」の組織とは

(編集部)今、「大学広報」と「入試広報」の話が出ましたが、組織の位置づけはどうなのでしょうか?

(谷ノ内さん)他大学の方からよく受ける質問ですが、これはその大学が何を一番優先しているか、という経営戦略によって変わりますし、「この組織の形が正解」というものでもありません。学生募集を最優先にしている大学でしたら、「入試広報」が主でその中の一部に「大学広報」が入るという大学もあります。中小規模の私立大学に多くみられます。私たち追手門学院大学のように、「入試広報」も「大学広報」もどっちも重要ということで組織をそれぞれ独立させて連携させる大学もあります。このパターンは国公立大学や大規模私立大学に多いです。

また、意思決定のラインで組織を考えることもできます。イメージアップは経営課題として重要ということでしたら、学長や私立大学の経営責任者にあたる理事長の直下に置かれることもありますし、危機管理を重視する場合でしたら総務部に置かれることもありますし、事業企画において広報的観点が必要ということでしたら、企画部門に置かれることもあります。「大学広報」が組織のどこに位置づけられているかを見るだけでも、その大学の広報活動のスタンスが分かります

ドラマではどのように位置づけられているか楽しみです。

どんな人がふさわしい?

(編集部)「大学広報」の担当にはどのような人が適任だと考えますか?

(谷ノ内さん)松坂桃李さん演じる神崎真の前職はテレビ局のアナウンサー。主人公が大学時代にお世話になった教員が広報マンにスカウトしたとのことです。「記者対応は内部事情を知る報道機関経験者が適任だろう」という考えだと思われますが、もちろん経験があるのに越したことはありません。

しかし大事なのは、自分の大学だけでなく世の中の動きに敏感で情報収集力が高いこと、自分の大学も含めて物事を客観的にとらえられること、事故や不祥事はもちろん未知の出来事に対峙したときに勇気をもって決断し行動できること、で専門知識修得以前の仕事に対する姿勢が重要です。数年前、同僚とある事案で記者対応をしている際「記者とのやり取りの中でもし自分の対応や発言がまずかったら、それは大学全体のイメージを損なってしまう。そう思うと責任は重大で緊張感の中、臨機応変に判断が求められる仕事ですね」と心情を吐露していました。「勇気をもって決断し対応すること」を象徴していると思い、印象に残っています。ドラマでもその辺りの主人公の苦悩が描かれると思います。

「大学広報」担当の採用と配置

(編集部)ドラマの神崎真はスカウトによるテレビ局アナウンサーからの転職とのことですが、「大学広報」担当者の採用や配置はどのように行われているのでしょうか。

(谷ノ内さん)採用はスカウトと公募です。企業と同じですね。最近は「大学広報」という分野に絞って転職サイトに公募を出している大学もみられます。新卒向けに「大学広報」担当の公募を出すことはまずありません。スカウトや公募で「大学広報」担当になった人の過去の経歴をみると、メディア関係はもちろん、受験情報を扱う教育関連企業出身者が多いです。詳しくは「月刊広報会議」の連載記事でも説明していますので、誌面を参考ください。

ただ実際のところ、スカウトや公募での登用はまだ少数です。人事異動で他部署から広報課や広報室といった広報担当部署に配置されるのが一般的です。新卒採用で大学職員になり、広報担当を目指す場合は、さきほど挙げた「広報業務に必要な姿勢」を普段から心がけ身に付けておくのがよいでしょう。広報に必要な知識や文章を書くスキルは後からでも修得できますので。また人事異動についても「大学広報」担当は比較的長く業務を担当する人と2~3年で異動する人に分かれる傾向があります。特に国公立大学では2~3年で入れ替わります。このため国立大学の中には広報専門の教員として採用し、長く広報業務を担当させている大学もあります。組織も採用も異動も大学によって異なるわけですが、これは各大学が「大学広報」にどういうことを期待しているのか、具体的には経営方針や経営計画実現のために広報をどう活用しようとしているのか、それを反映しているのです。

参考:業界では有名な大学職員に関する求人情報のまとめサイト「大学職員への道」

「大学広報」のドラマ化に寄せて

職種としての認知度向上と期待

(編集部)4月24日から始まる「大学広報」が舞台のNHKドラマ「今ここにある危機とぼくの好感度について」への期待も含め何かありますか?

(谷ノ内さん)「大学広報」や大学職員にスポットがあたるのは、それだけ注目度が高くなっているということで感慨深いものがありますね。ドラマというと、警察官とか弁護士とか公務員とか新聞記者とか銀行員とかそういったイメージしやすい仕事が取り上げられることが多かったわけですが、それらの職種の仲間入りをしたというか、認知されているんだなと思いました。ただ、これは『月刊広報会議』の連載でも書きましたが、ドラマ自体は「大学広報」の現場を通して世間ずれした大学組織を描くというブラックコメディということです。旧態依然とした大学内部を面白おかしくドラマ化するだけでなく、教育・研究力を高めようと奮闘する職員も教員も大勢いますので、そうした今の動きを伝えるような前向きな面も描いてほしいですね。

まとめ

ドラマ化を機に「大学広報」も大学職員も注目されそうです。グローバル化、少子化の影響で企業も大学も大きな変革が求められており、それは私たち職員も同様です。従来の延長線で仕事を考えるのではなく、大学を取り巻く環境を見ながらその変化に対応し新しいものを生み出していかなければなりません。「大学広報」の世界はそうした新しいものを生み出すことと親和性が高い一方、大学が社会に開いた窓としてメディア対応を含め組織を客観的にとらえる独特の機能を持っていると改めて思いました。

ドラマがどのような展開になるのか期待も不安もありますが、「大学広報」、大学職員を志す人が増えることにつながればいいなと思いました。

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プロフィール

谷ノ内 識

谷ノ内 識 (たにのうち さとし) 学校法人追手門学院 広報課 課長 博士(政策科学)専門:広報・PR論、大学経営論、経営組織論

NHK記者を経て2006年から追手門学院専任職員。2015年から広報課長。
2018年 同志社大学大学院総合政策科学研究科 博士課程修了
2020年~同志社大学嘱託講師
2020年~一般社団法人国際CCO交流研究所 理事

共著書に『大学の戦略的経営手法』(大学教育出版),2016年
単著に「大学経営における理念の浸透の研究-全国大学調査から-」『大学職員論叢』,2021年
「大学広報はどこまで進んでいるのか―ガバナンス改革期前後の組織比較から―」『広報研究第24号』,2020年
「大学理念の職員に対する効果的な浸透策に関する研究」『広報研究第20号』,2016年
「大学における広報活動の効果に関する研究 : 大学職員を対象とした調査結果をもとに」『広報研究第18号』 ,2014年 など

2019年から『月刊広報会議』(宣伝会議)誌面にて「大学広報ゼミナール」を連載中。日本PR協会認定PRプランナー。

取材などのお問い合わせ先

追手門学院 広報課

電話:072-641-9590

メール:koho@otemon.ac.jp