プログラミング教育後進国ニッポン。ロボット・プログラミング教育が生み出すイノベーションとは

福田 哲也

福田 哲也 (ふくだ てつや) 追手門学院 ロボット・プログラミング゙教育推進室 室長

プログラミング教育後進国ニッポン。ロボット・プログラミング教育が生み出すイノベーションとは

かつて「MADE IN JAPAN」を誇った日本ですが、ソフトバンクの孫正義会長が2019年に「日本はAI後進国」と発言されたように、テクノロジー分野では海外企業に遅れをとっています。一方で、世界ではたくさんの子どもたちがコンピュータ・サイエンス分野で活躍し、日本におけるプログラミング教育のあり方についても、現在注目が集まっています。プログラミング教育は、今後の社会にどのような変化をもたらし、どのように寄与していくのでしょうか。今回は、追手門学院大手前中・高等学校のロボットサイエンス部の顧問として、ロボットコンテスト世界大会に6年連続出場し、2018年のレゴ・マインドストームを使った世界最大規模のロボット大会ではチームを世界一に導き、日本のロボット・プログラミング教育の普及・啓発を目指し活動される福田哲也先生に話を聞きました。

プログラミング教育とは?

プログラミング教育とは?
ロボコン世界大会(FLL)で総合優勝したロボットサイエンス部(2018年5月、後列右端が福田先生)

ロボット・プログラミング教育の本質

(編集部)2020年度より、小学校におけるプログラミング教育が必修となりました。プログラミング教育、そしてロボット教育とは、何をどのように学ぶのでしょうか。

(福田先生)プログラミング教育においては、スキルの修得ではなく、「思考のプロセス」を重視しています。ミッションを達成するために、「プログラミングという手段」をいかに使うか、答えを求める過程にこそ、価値があると考えています。失敗を重ねることによって、問題を見つけ成功へと近づける、自分で考えてなんとかする。そんな試行錯誤を繰り返すことで、思考力、そして創造力が鍛えられます。同じ課題を与えても、生徒によって、ロボットの形もそれを動かすプログラムも異なり、中には私が想像もつかなかったロボットをつくりだす生徒もいます。

私自身も、2003年の火星探査をテーマにしたNASAの国際プロジェクトをきっかけに、ロボット教育に携わるようになりました。最初からプログラミング教育をしていたわけではなく、多くの中学生と一緒に、火星環境のデータを調べ、火星のジオラマをつくったり、環境に対応できる火星探査機のデザインを考えたりしました。当時から「ロボットをつくること」そのものが目的なわけではなかったのです。ただ、その時の活き活きとした子どもたちの姿は、未だに目に焼き付いています。

教師が教科書通りに指導をするのではなく、魅力的な課題設定を行い、生徒の興味、関心を引く。そして生徒自身が考え、議論し、試行錯誤を繰り返しながら、課題の解決に近づける。そして、それを目に見えるロボットという形にデザインする。そんな主体的な学びができることこそが、ロボット・プログラミング教育の本質であると考えています。

子どもたちにもたらす影響

(編集部)そんなロボット・プログラミング教育は、子どもたちにどのような影響や成長をもたらすのでしょうか。

(福田先生)ロボットサイエンス部に入部する生徒の動機は様々で、必ずしもロボット開発がしたい思いの生徒ばかりとは限りません。スポーツが苦手で自分の意見もあまりうまく伝えられない、どちらかと言うと自己肯定感が低く、目立たない生徒が多いのも事実です。そんな子どもたちがこの学びを通して、3年生になる頃にはリーダーとしてチームをまとめ、世界大会に出場するまでに。世界大会となると、多くの人の前でプレゼンテーションを行い、質疑応答にも英語で答えなければなりません。そんな大舞台で、堂々と自分の意見を述べることができるまでに成長するのです。

ロボットやプログラミングはあくまで「手段」であり、いくら失敗しても諦めずにやり抜く過程そのものが、成長や成功に、そして自らの自信につながるのだと思います。その意味で、この教育を通して得るものや、子ども達の成長は非常に大きいといえるでしょう。

以前、ロボット開発のテーマを決める際、私は「交通渋滞を解消するシステムを開発してみよう」と提案しました。その提案に対し生徒たちの出した答えは、「海上ゴミを回収するロボットをつくる」ということでした。実はこの提案にも、子どもたちの成長を促す仕掛けがあるのです。私の提案は、あくまで子どもたちの力を引き出すための仕掛け。先生がそう言ったからその通りにするのではなく、その提案を受け、自分で考え、仲間で議論をし、選択をさせる。実際にプログラミングやロボットづくりを始めると、それがどれだけ大変でも、自分たちで決めたことだから、生徒はそう簡単に諦めるわけにはいきません。そういったことも、これからの時代を生き抜く力を養っていると言えます。

世界に大きく遅れをとった、「AI後進国」日本

世界に大きく遅れをとった、「AI後進国」日本
「Pepper」を用いたプログラミング授業の様子。福田哲也先生の指導の下、追手門学院大生が小学生のプログラミング教育をサポートした。(2020年1月、門真市立北巣本小学校にて)

ロボコン世界大会で活躍する子どもたち

(編集部)先生は多くのロボコン世界大会への出場や入賞を経験されていますが、そういった世界大会で活躍する子どもたちについて教えてください。

(福田先生)世界規模のロボコンであるFLL(※1)やWRO(※2)には、欧米諸国だけでなく、東南アジアからも多くの学生が参加しています。中でも印象的なのは、必死に取り組み、活躍している東南アジアなどの子どもたち。なぜそんなに頑張るのかと理由を聞くと「日本のような豊かな国になりたい」という答えが返ってきました。彼らは、国を背負って、そして未来を見据えて取り組んでいるのです。一方で、その目標とされる日本はというと、ロボット教育やプログラミング教育の認知度はまだまだ低く、ようやく2020年に小学校の必修科目となったばかり。世界大会での実績も乏しいという実情です。

(※1)FIRST LEGO Leagueは、アメリカのNPO法人「FIRST」とデンマークの玩具メーカーLEGO社が主催する、小・中学生を対象とした、世界最大規模の国際的なロボットコンテスト。https://firstjapan.jp/
(※2)World Robot Olympiad は、世界の若者を対象とした自律型ロボットの大会。現在50カ国から、8万人以上もの子どもたちが参加している。https://www.wroj.org/

AI分野において日本が遅れをとった原因は?

(編集部)かつて「MADE IN JAPAN」を誇った日本ですが、私たちの身の回りは外国製のもので溢れています。AI分野において日本が遅れをとった原因について、先生のお考えをお聞かせください。

(福田先生)約30年前、平成元年における世界時価総額ランキングでは、Top50に32社もの日本企業がランクインしていました。しかし現在は、日本企業はトヨタ自動車の1社のみ。トップには30年前は存在していなかったIT企業が名を連ねています。周りを見回すと、ハードもソフトも外国製のものばかり。この原因は日本の教育にもあると私は考えています。「テストで良い点を取って、良い学校に入って・・・」という点ばかりが重要視されがちな日本の教育システムでは、「どうしたらよいのか」を多角的に考える力が養われにくい。自分はどんな思いを持っていて、それを実現するためにどうするのか、という「志」を育む教育が大切だと思います。

また、日本ほど教育に対しお金をかけない国はありません。コンピュータ・サイエンス分野に限らず、教育には当然お金も人手もかかります。それにも関わらず、「もっと教育を大切にし、人も、お金もかけるべきだ」という議論がなかなか出てこない。こういった日本の現状が、世界のトップ企業ランキングにも現れているのでしょう。

日本が再び世界の舞台に立つために

(編集部)そのような状況の中、日本が再び世界の舞台に立つためには、何が必要でしょうか。

(福田先生)現在の教育現場は、プログラミング教育の重要性を理解して教えることができる先生が少なく、プログラミングに触れる機会のない子どもたちが圧倒的に多いという現状です。もっとロボットやプログラムを学ぶことができる環境が身近にあったなら、きっと「ビル・ゲイツ」のようになっていた可能性がある子どもたちもたくさんいることでしょう。まずは学ぶ環境づくりが必要です。

私が大切にしているのは、目標に向かって頑張る力、他の人とうまく関わる力、感情をコントロールする力などの、いわゆる「非認知的能力」。これは点数で表すことができず、評価をしにくい力ですが、家に例えると「柱」の部分にあたります。点数やIQなど数値で測れる力、「認知的能力」は、壁の部分にあたりますね。柱は外から見えませんが、柱がしっかりしていないと、壁だけで家を支えることはできません。その柱の部分の非認知的能力の向上に、ロボット・プログラミング教育は非常に役に立つのです。そしてもう一つ、土台・基礎の部分にあたるのが、家庭教育であると考えます。座学優先で知識のインプットのみが重要視されがちな日本の教育制度を変革していくことはもちろんですが、家庭の中でもできることはたくさんあると思います。

私の信条は、「ロボットづくりは人づくり」。プログラミングスキルを習得したから、人が成長するわけではありません。子どもたちと向き合い、真剣に議論する。そして、それを形にする。そこに子どもたちの成長がある。そのような機会を提供してくれるのが、ロボット・プログラミング教育であると思うのです。このコロナ禍のなかで、国や自治体のアナログな対応は、日本が「IT後進国」であることを浮き彫りにしました。次代を担う日本の子ども達が、グローバルな世界で活躍するためには、コンピューター・サイエンス分野に関する実践的な教育をより普及・啓発させる必要性を痛感しています。

これからの時代に必要なプログラミングという手段

これからの時代に必要なプログラミングという手段
ロボットサイエンス部が製作した手話通訳ロボット。2017年の大会で世界3位に入賞。

社会が大きく変容するなか、求められる人材とは

(編集部)世界的なコロナ禍のなか、仕事のあり方や価値観が変化しています。そんなこれからの時代において求められるのはどのような人材でしょうか?

(福田先生)私は、今のこの状況は逆にチャンスだと考えています。世界中がコロナ禍によって、何が正解なのかがわからず右往左往していますが、そんな時代だからこそ、ゼロからイチを生み出す、今までにないものをつくりだすことができるのではないでしょうか。今の世の中にはなくても、10年後、20年後には必要になるものが必ずあります。「新しいものを生み出そう」という意識を持って、クリエイティブな思考を発揮できる人材がますます求められるでしょう。

また、ゼロからイチを生み出す力は、決して一人では生まれません。周りの友達や教師と常にディスカッションできる環境があって、自分の思いを伝えたり、チームで議論したりする過程の中で、そのような力は育まれていくと考えています。

ロボット開発で社会問題を解決する

(編集部)環境問題や食糧問題、世界には問題が山積みです。プログラミングという手段は、今後の社会とどのように関わっていくのでしょうか。

(福田先生)追手門学院大手前中・高等学校のロボットサイエンス部では、「ロボットやプログラムというツールを用いて、世の中のためにどんなものが必要か」ということを徹底的に議論し、環境問題やフードロスなど、SDGsを意識した課題解決のためのロボット開発に取り組んでいます。SDGsという言葉を口にする人は多いですが、あえて「ロボット」という目に見える形にすることによって、リアルに自分の考えを表現できるため、SDGsを深く学ぶ゙機会につながります。

ロボットサイエンス部での取り組みの実際の例ですが、盲導犬の数が足りないという問題を解決するための盲導犬ロボット、生物とプラスチックを識別し、海上ゴミを回収するロボット、フードロスをなくす食品並び替えロボットなど、プロブラミングやロボット開発という手法を用いて解決できる問題はたくさんあります。そのためには単にスキルを習得するだけではなく「プログラミングしたロボットを動かして何をなすのか」という本質を学ぶことが大切。子どもたちの未来のために、そして未来の社会を構築するために、プログラミング教育を行うのだという視点を忘れてはならないと考えています。

まとめ

「プログラミング゙教育」と聞くと、コンピューターの前に座り、黙々と複雑なプログラミング言語を打つというイメージを持っていましたが、先生のお話はそのイメージを180度覆すものでした。プログラミング教育において大切なことは、「まずはやってみること」。間違いや失敗を繰り返しながら、自分で考え、みんなで議論し、目標を達成するその過程こそが、プログラミング教育における重要な要素だとわかりました。コンピューター・サイエンス分野のみならず、これからの日本の未来をつくる教育のあり方について考えるきっかけとなりました。

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プロフィール

福田 哲也

福田 哲也 (ふくだ てつや) 追手門学院 ロボット・プログラミング゙教育推進室 室長

 
1988年~ 田原本町立田原本中学校に理科教諭として着任
1999年~ 奈良教育大学付属中学校へ赴任。2003年よりNASAの教育基金をもとにロボット教育を展開。
2012年~ 奈良市立都南中学校へ赴任 理科教諭
2013年~ 追手門学院大手前中・高等学校へ赴任。ロボットサイエンス部の顧問として、多くの世界大会へ出場・入賞を果たす。
2019年~ 追手門学院ロボット・プログラミング教育推進室 室長

日本のロボット教育の普及・啓発を目指して、ロボット教育のカリキュラム監修や出張講義などにも取り組み、その功績が認められ、これまで、2度の文部科学大臣賞受賞。

取材などのお問い合わせ先

追手門学院 広報課

電話:072-641-9590

メール:koho@otemon.ac.jp