映画「朝が来る」で注目。児童福祉の現場から、子ども視点で考える特別養子縁組制度

益田 啓裕

益田 啓裕 (ますだ けいすけ) 追手門学院大学 心理学部 心理学科 講師専門:臨床心理学, 子ども学(子ども環境学)

映画「朝が来る」で注目。児童福祉の現場から、子ども視点で考える特別養子縁組制度
出典:映画『朝が来る』公式サイト

10月23日公開の河瀨直美監督による映画『朝が来る』。本作は、「特別養子縁組制度」によって、生後まもない男の子を迎えたある夫婦と生みの母親を中心に、それぞれの心の葛藤を通して「家族とは何か」を描くヒューマンドラマです。現在日本には、生みの親のもとで暮らせない子どもたちが約45,000人いるとされていますが、養子縁組や里親などの制度についてはあまり知られていません。そもそも、養子縁組や里親とはどのような制度なのでしょうか。また、そのような境遇におかれている子どもたちに必要なケアとはどのようなものなのでしょうか。今回は、長年児童福祉施設で子どもの心のケアに携わってきた、心理学部の益田啓裕先生に話を聞きました。

「特別養子縁組制度」の特徴

「特別養子縁組制度」の特徴
出典:日本財団HP「養子縁組と里親制度の違い」
https://www.nippon-foundation.or.jp/what/projects/happy_yurikago/infographics

生みの親・育ての親・法律上の親

(編集部)まず「特別養子縁組制度」の特徴、「里親制度」や「普通養子縁組制度」との違いを教えてください。

(益田先生)大きな違いは、親子関係のあり方=親権の所在です。「生みの親」「育ての親」「法律上の親」と、親の役割を3つに分けて考えるとわかりやすいでしょう。里親制度では、親権は生みの親にあり、育ての親(里親)との間に法律上の親子関係はありません。普通養子縁組の場合、親権は育ての親にありますが、生みの親とも法律上では親子関係が続きます。一方、映画でも取り上げられていた特別養子縁組は、親権が育ての親にあるという点は変わりませんが、生みの親との法律上の親子関係は消滅するというもの。「育ての親」「法律上の親」の両方を担うのが特別養子縁組です。

最善のケアをより多くの子どもに

(編集部)2020年から特別養子縁組の成立要件が緩和され、対象年齢の引き上げなどが行われましたが、改正前の課題を踏まえ、改正のポイントを教えてください。

(益田先生)海外では、体罰や虐待を行えば親権を取り上げられるというケースは珍しくありません。一方、日本では「生みの親の元で育てる方が良い」「子育ては家庭で完結しなければ」という意識が強く、子育てを社会や他人に託すことへの抵抗感があるのは否めません。また制度の特質上、特別養子縁組は成立までのハードルが高かったのですが、子どもにとっての最善のケアを重視すべきだという世界的な動きもあり、対象年齢を6歳から15歳までに引き上げるといった改正が行われました。

過去と未来をつなぐ「ライフストーリーワーク」

過去と未来をつなぐ「ライフストーリーワーク」
才村眞理(編著)2016 「今から学ぼう! ライフストーリーワーク 施設や里親宅で暮らす子どもたちと行う実践マニュアル」より著者の許可を得て転載。

事実に基づいて過去を知る

(編集部)15年以上、児童福祉施設に勤務してきた益田先生ですが、様々な事情で生みの親と暮らすことができない子どもたちが前向きに生きていくために「ライフストーリーワーク(以下、LSW)」(※)という取り組みが重要だとされていますね。LSWの具体的な手法や目的、効果などを詳しく教えてください。

(※)主に社会的養護のもとにいる子どもを対象に、自身の生い立ちやルーツの事実を、安心感を保障しながら共有していく支援

(益田先生)児童福祉施設で暮らす子どもは、生みの親や家族のこと、入所理由など、自分の生い立ちに関する情報を知らされていないケースが少なくありません。周囲の大人は、彼らを傷つけまいとタブー視してしまいがちですが、子どもたちにも知る権利があり、現在につながる生い立ちについて知ることは非常に大切です。なぜなら、入所理由が分からないと「自分が悪いから捨てられた」「自分には生きる価値がない」など、自責感の高まりや自尊心の低下につながる可能性があるからです。実際に、事実を知ったことよりも、逆に事実を隠されていたことの方に強いショックを受ける傾向があります。

子どもは記憶を想像で埋めようとしてしまうので、極端な例では、父母がいたことを知らされてないため、「自分は宇宙人なんだ」と思い込んでいた子もいました。自責感や自尊心の欠如は、アイデンティティが形成され始める思春期に顕在化することが多いため、LSWはできるだけ早く始める方が良いとされています。また、社会的養護のもとでケアを受けている間に、「職員と一緒に」過去をたどる意味も大きい。一人では受け止めきれないような過酷な過去だったとしても、信頼できる大人と一緒なら乗り越えられるからです。加えて、これまで関わってきた施設の職員や大人、友人らとのつながりを見つめ直すことで、「見守られている」「一人じゃない」と再認識する機会にもなります。

LSWでは、以前入所していた児童福祉施設や住んでいた家などの生活拠点を巡ったり、施設職員に会ったりして、少しずつ過去をたどりながらアルバムを作ります。ほかにも、母子手帳などの記録から生まれたときの自分の身長や体重を知る、母親の筆跡を見る、命名の理由を知るといった、多くの子どもが当たり前に知っているような些細な成長の記録を伝え、生みの親とのつながりを見出すことを促します。そうして過去から現在をつなぎ、ストーリーとしての連続性がうまれることで、子どもは少しずつアイデンティティを形成し、未来に対しても前向きに考えられるようになるのです。

子どもが持つ、未来をつくる力を信じて

(編集部)養子縁組制度や里親制度によって施設を出る際の、子どもたちの心理状況と必要なケア、サポートとはどのようなものでしょうか。

(益田先生)養子縁組や里親への措置は公的機関である児童相談所が決定しますが、児童福祉施設側は養親・里親にどのように子どもを引き継ぐかということが重要になります。住み慣れた施設を離れることに抵抗したり、一般的な家庭の雰囲気に慣れるのに時間がかかる子どももいれば、育ての親に親しみを感じることで生みの親を裏切ったことになるのではと葛藤する子どももいて、反応は様々です。これらの子どもの反応には、これまでの生みの親や育ての親が子育てのバトンを引き継いできたことを丁寧に説明することが必要です。また、多くの子どもが「かわいそう」だと思われるのを嫌がります。哀れむのではなく応援すること、子どもが持つ生きる力を信じることが重要ではないでしょうか。様々な境遇のなかで生き抜いてきた子どもたちには、現実を受け入れ、前向きに未来をつくる力があるのです。

ライフストーリーは成長とともに更新され続け、LSWに終わりはありません。大人になっても拠り所としてLSWで作ったアルバムを肌身離さず持っている人もいます。施設入所中も退所後も支援に悩むことが多いですが、なかには退所後立派に成長して施設に顔を見せに来てくれる子もいて、子どもたちが未来を描く手助けができたと報われる思いがしますね。

子どもたちのための家族のかたちとは

子どもたちのための家族のかたちとは
(写真:PIXTA)

周囲に「頼れない」プレッシャーによる孤立

(編集部)養子縁組や里親制度を含め、生みの親のもとで育つことができない子どもたちのための福祉制度における現在の課題を聞かせてください。

(益田先生)冒頭にもお話ししましたが、欧米に比べて日本は子育てを「家庭」のみに頼りすぎる傾向があるのではないでしょうか。実子を手放した生みの親にも、貧困から抜け出せずに罪を犯してしまった、経済的に養育できない、精神疾患を患うなど、自分の力だけではどうすることもできなかった様々な理由や背景があります。子どもを授かり生み育てる早い段階から、周囲の人や社会を「もっと頼っていいんだ」と考えることが、子どもの安全につながると知ってほしいですね。

一方、育ての親に求められるのは、日々のケアを通して子どもたちに安心・安全を保障してあげること。子どもたちは、あえて反抗的な態度をとるなどして養親の反応を試すことがあるのですが、こうした行為に対して過剰に厳しくしたり、逆におもちゃなどを買い与えすぎたりして、結果的にうまく心を通わせられなくなるケースもあります。初めて育ての親となる方の場合は、生みの親と同様にゼロからのスタートです。そうした親を対象に、社会による子育てに必要な専門的な研修などの様々なサポートも行われています。

また、制度や施設の充実も必須。子どもの安全確保から養子縁組や里親希望者の対応まで、児童相談所の負担は大きく、人手不足は否めません。LSWに関しても、ライフストーリーワーカーという専門職がある海外に比べると、日本ではまだまだ知られておらず、実施に必要な知識のある人も少ない。子どもの生い立ちを扱う大切さを知ってもらうための、今後の啓発活動が重要でしょう。

“安心の基地”であること

(編集部)あらためて、子どもたちが育つ上で最も大切なことは何でしょうか。

(益田先生)心理学には、「アタッチメント」という考え方があります。よいアタッチメントとは、子どもが心細いときに大人のもとに立ち寄れる“安心の基地”を提供すること。二者択一的に生みの親か育ての親か、血のつながりがあるか否かにこだわるよりも、子どもに確実に安心の基地が提供できるのは誰か、という視点で養育を考えるとよいのではないでしょうか。そのためには、養子縁組や里親制度、児童福祉施設等が子育ての一つの選択肢として、より開かれた制度・仕組みになるよう充実させなければなりません。これらの取り組みが正しく世の中に理解され、彼らが「自分は生きる価値がある」「守られている」と、胸を張って堂々と生きられる社会であるべきだと思います。

(注)本記事で紹介したエピソードは、子どものプライバシーに配慮し趣旨を損なわない範囲で改変しています。

まとめ

親の視点で語られる機会が多い養子縁組や里親制度ですが、当然子どもたちは大人とは違う感じ方をしています。その視点で考えることで、本当に大切なのは彼らが安心して日々を暮らすためのケアだと気付かされました。また、自分の生い立ちを知り、家族とのつながりを感じるといった一見当たり前のことが、子どもの成長に欠かせないのだという発見もありました。生みの親・育ての親に関わらず、子育てに悩む親を孤立させない社会のあり方を考えさせられますね。

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プロフィール

益田 啓裕

益田 啓裕 (ますだ けいすけ) 追手門学院大学 心理学部 心理学科 講師専門:臨床心理学, 子ども学(子ども環境学)

2000年 中央大学 文学部 哲学科卒業
2004年 追手門学院大学 文学研究科 心理学専攻 修士課程修了
2004年~ 児童福祉施設 セラピスト(臨床心理士・公認心理師)
2017年 大阪大学 連合小児発達学研究科 小児発達学専攻 博士課程修了
2018年~ 甲南大学 非常勤講師
2019年~ 追手門学院大学 心理学部 心理学科 講師
2020年~ 追手門学院大学 大学院 心理学研究科 講師

『今から学ぼう! ライフストーリーワーク 施設や里親宅で暮らす子どもたちと行う実践マニュアル』(2016年)など、ライフストーリーワークに関する共著多数。

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