コロナ禍は避難所100年の歴史の転機になり得るか。

追手門学院大学 地域創造学部田中 正人

コロナ禍は避難所100年の歴史の転機になり得るか。
令和2年7月豪雨の被害を受けた熊本県人吉市中心部の様子(2020年7月撮影) (避難所・避難生活学会理事 水谷嘉浩氏 提供)

九州地方に甚大な被害をもたらした「九州豪雨」。想定を超える豪雨災害が毎年のように起こりますが、今年は新型コロナウイルスの影響で、避難所や復興支援のあり方に対してさまざまな意見が生まれました。「100年変化がなかった」とされる避難所が、コロナ禍を契機に見直されようとしています。設備面をはじめ、私たち国民の意識さえも。今回は、都市計画・災害復興が専門で、阪神・淡路大震災をはじめ国内外の災害復興過程を長期にわたって追いかけている、地域創造学部の田中正人先生に話を聞きました。

風水害の傾向と被災地へのコロナの影響

風水害の傾向と被災地へのコロナの影響
九州豪雨で被害を受けた熊本県人吉市中心部(2020年7月撮影)(避難所・避難生活学会理事 水谷嘉浩氏 提供)

風水害が再び増加!?

(編集部)2018年には西日本豪雨が、そして今年は九州豪雨が発生し甚大な被害をもたらしました。近年の風水害を先生はどのように分析していますか?

(田中先生)ここ100年の歴史をふりかえると、風水害による犠牲者の数自体は減少傾向にあります。

戦前から伊勢湾台風までは、風水害の犠牲者は4桁にのぼっていました。1960年代以降は3桁になり、80年代半ば以降は2桁まで下がっています。治水技術や情報技術の向上が一因ですが、一方で、開発に伴う自然の改変が水害リスクを高めてきたことも事実です。近年の自然災害の激甚化はその証左です。一昨年の西日本豪雨の犠牲者は271名、去年の東日本台風災害では99名、今回の九州豪雨では7月末時点で86名と、再び3桁に迫る犠牲者が発生しています。

被災地を襲うコロナ

(編集部)コロナの流行により、例年と比較して被害や避難、支援活動などに影響はあったのでしょうか?

(田中先生)避難所での感染拡大のリスクとともに、被災地支援ボランティアの不足が顕著です。

水害からの再生は時間との勝負です。木造住宅は、泥出しが遅れると腐食が進行し、時間が経てば経つほど再生が難しくなります。県外からのボランティアがほぼゼロになり、住宅復興に多大な影響が出ていると考えられます。一方、現地のボランティアを後方的に支援する活動が、少しずつですが全国に広がっています(※1)。地域の自立と連携という一つの理想像の萌芽がうかがえます。
(※1)参考:豪雨災害の学生ボランティアを支援するクラウドファンディングの外部サイト URL:https://camp-fire.jp/projects/view/316571#menu

「100年変わらない?」日本の避難所環境

「100年変わらない?」日本の避難所環境
避難所に使われた人吉スポーツパレス(熊本県人吉市)に設置された段ボールベッド(2020年7月撮影)(避難所・避難生活学会理事 水谷嘉浩氏 提供)

避難所での「災害関連死」

(編集部)日本の避難所の課題点にはどのようなものが挙げられますか?

(田中先生)最大の問題は、極端な環境水準の低さに起因する「災害関連死」です。避難所の一人当たりの面積だけを取り上げても国際的なスタンダードを下回っています。

日本は、世界的にみてもきわめて恵まれた国です。政治が多少乱れても、市民生活の安定性は疑いがなく、国家予算は潤沢にある。他のアジア諸国や南米の被災地からみれば、うらやましい限りだと思います。にもかかわらず、なぜいつまでも人間としての尊厳を奪うような事態を止められないのか。この理由をいま一度よく考える必要があります。

関連死の数は阪神・淡路大震災で919人、新潟県中越地震で52人、東日本大震災では実に3500人以上にのぼっています。2016年の熊本地震では、直接死50人に対して200人以上の関連死が発生しました。

災害関連死は、ウイルス感染やエコノミークラス症候群のほか、脱水、低体温症、不眠などによって引き起こされます。その原因は、狭い、寒い、暑い、動きづらい、不衛生など、つまり医療ではなく生活環境の問題です。

災害直後の72時間は「救命のゴールデンアワー」と言われ、それをすぎると一般に生存率が急激に低下することが知られています。この間に、適切な医療が提供できずに亡くなったケースは「防ぎえた災害死(Preventable Disaster Death)」と呼ばれます。

しかしながら関連死は、72時間どころか、1週間、1ヶ月、半年経っても発生し続けます。余命を圧縮しているのは、被災経験ではなく避難経験です。「100年変化がなかった」とも言われる避難所の環境改善は、被災地だけではなく社会全般に関わる問題です。

避難所の環境が変わらない理由

(編集部)なぜ、日本の避難所は改善されないのでしょうか?

(田中先生)根本的な原因は「災害救助法」の運用にあると思います。この法律は1947年に制定され、避難所設置の根拠となっています。避難所がまるで進化しないのは、社会秩序保全・現物支給・自己責任という制定当時の考え方が、未だ支配的だからです。

今は戦後の混乱期ではありません。災害時にも社会のルールを順守する日本人の行動が世界から賞賛されるように、治安・秩序を主眼に置く必然性はもはやありません。要するに、公的な施設に人、物資、情報を集中させる必要はないということです。

現物支給は、現金が意味をなさない場合に限って有効です。今はむしろ、均等に物資を配ることの方が非合理的です。

一方、自己責任の原則に関しては、私たち自身の態度も問われているように思います。被災して住む場所を失い、自分や家族が関連死しても「運が悪かった」とあきらめるしかない国に生きるのか、たとえ被災しても安定した避難生活が保障されている国に生きるのか。私は後者であってほしいと思います。コロナで世界中が被災者となった今、改めて災害と自己責任について考えてみる必要があるのではないでしょうか。

少しずつ進化する仮設住宅

少しずつ進化する仮設住宅
2011年の東日本大震災で建設された応急仮設住宅(福島県二本松市)

(編集部)仮設住宅を含め、避難所を出てからの被災者の生活環境についてはどのようにみていますか?

(田中先生)仮設住宅は少しずつ進歩してきているように感じます。

阪神・淡路大震災では、30万人が避難者となり48000戸の仮設住宅が建設されました。その多くは被災地から離れた場所に作られ、入居先は抽選で決められました。被災者は住む場所を選べず、コミュニティーはバラバラになり、5年間で233人もの「孤独死」を生みました。

2004年の新潟県中越地震では集落のまとまりが重視され、コミュニティーをなるべく崩さずに仮設住宅に入居できる形になりました。

東日本大震災の際には、みなし仮設住宅(※2)が本格的に導入されました。従来の仮設住宅よりも総じて居住性能は高く、何より居住地を自ら選択できるという利点があります。

住宅は「仮」であっても生活は1秒たりとも「仮」ではありません。住宅という「ハコ」を提供するのではなく、生活全体を支えるという発想が求められます。

(※2)地方公共団体が借り上げて被災者に供与する民間賃貸住宅。

コロナはチャンス!?避難所と国民の意識は変わるのか

コロナはチャンス!?避難所と国民の意識は変わるのか
(写真:PIXTA)

日本の避難所に求められるもの

(編集部)今後、コロナの影響も踏まえ、日本の避難所はどのように変化していくべきなのでしょうか?

(田中先生)コロナの影響がなくても、首都直下地震や南海トラフ地震の際には圧倒的に現在のキャパシティでは足りません。よって分散・広域避難が必要になります。倉敷市真備町の住民グループによる「マイ避難先」の取り組みのように、親戚や知人宅など、自分なりの避難先を見つけておくことも重要です。事前協定に基づく宿泊施設利用も必須となります。

また、被災者によっては指定避難所に頼るしかない場合もあるため、同じくその環境改善も必須です。新潟県中越地震以降、簡単な間仕切りや段ボールベッドの導入が、民間の力で徐々に浸透しつつあります。段ボールベッドは衛生面の改善やスペースの確保、エコノミークラス症候群の回避にもつながります。

災害関連死をなくす努力は、あらゆる分野に求められています。医療は最後のセーフティネットです。被災地の医療崩壊を止めるのは、医療現場の強化ではなく、その他のすべての分野の自覚です。コロナの問題も同じです。

災害に備えて私たちがすべきこと

(編集部)私たちが備えるべきこと、または、知っておくべきことはありますか?

(田中先生)災害リスクのない地域は、少なくともこの国には存在しません。どこに住んだとしても、その場所のリスクを適切に理解しておくことが何より大切だと思います。

感染リスクは、原因が目に見えない点では放射線被害に近く、初動の遅れが拡大につながる点で都市大火に近く、終息が見えない点で噴火災害に近く、影響が累積的である点は原発災害に近いと思います。つまり、過去さまざまな災害に向き合ってきたこの国の歴史には、コロナに関しても多くの知見が蓄積されているということです。

コロナによって、多くの人が災害を「我が事」として認識しました。また、地域ごとの自立と地域間の連携が、より安定した社会を実現するということも明らかになったように思います。過去からの流れを無自覚に踏襲するのではなく、立ち止まり、状況を見直すことが必要です。コロナはそのきっかけになり得るはずです。

まとめ

「100年変わっていない」とも言われる日本の避難所は、前例踏襲という固定観念がその根底の一つにあることがわかりました。避難所の環境改善はもちろん、自身が被災者となることを想定して、従来の固定観念を私たち国民が見直す時期に来ているのではないでしょうか。はからずも今回のコロナ禍でそのことに気づかされたわけですが、この気づきを行動に移していくことこそが私たち一人ひとりに求められていると思いました。

この記事をシェアする!

プロフィール

田中 正人

田中 正人 (たなか まさと) 追手門学院大学 地域創造学部 地域創造学科 教授 博士(工学)専門:都市計画、災害復興

1995年~ 株式会社都市調査計画事務所
2007年 神戸大学大学院自然科学研究科 環境計画学専攻 博士課程修了 
2008年~ 株式会社都市調査計画事務所 代表取締役
2016年~ 追手門学院大学 地域創造学部 地域創造学科 准教授
2019年~ 追手門学院大学 地域創造学部 地域創造学科 教授

主な共著書に『これからの住まいとまち』(朝倉書店)、『復興と居住地移動』『復興から日常へ』(以上、関西学院大学出版会)ほか、共訳書に『リジリエントシティ:現代都市はいかに災害から回復するのか?』(クリエイツかもがわ)。

研究略歴・著書・論文等詳しくはこちら

取材などのお問い合わせ先

追手門学院 広報課

電話:072-641-9590

メール:koho@otemon.ac.jp