サッカーJリーグに見る監督交代とは。連敗を止めた「奇跡の暫定監督」が再解説。

松山 博明

松山 博明 (まつやま ひろあき) 追手門学院大学 社会学部 社会学科 教授専門:スポーツ科学、スポーツ心理学、コーチング学

サッカーJリーグに見る監督交代とは。連敗を止めた「奇跡の暫定監督」が再解説。
大分トリニータで暫定監督として14連敗を止め、勝利の雄叫びをあげる松山先生

サッカーJリーグ。5月14日にはJ1屈指のビッグクラブで追手門学院とパートナーシップ協定を結んでいるガンバ大阪で監督交代劇がありました。プロチームがひしめき合うJリーグにおいてシーズン途中の監督交代はしばしばみられますが、その背景はどのようものなのでしょうか?また、選手やチームにどのような影響をもたらし、急遽後任を任された監督は何を思うのでしょうか?

2020年7月1日の記事に続き「連敗を止めた奇跡の暫定監督」松山博明社会学部教授の再登場です。スポーツ心理学やコーチング学が専門の松山先生は、現在もサッカー解説者、そしてJリーグのマッチコミッショナー(試合運営責任者)を務め、かつてヴィッセル神戸や大分トリニータでの指導者時代には、シーズン途中で退任した監督の後任を任され、低迷した2チームをそれぞれ復活させた経験の持ち主です。

実践と研究の視点から監督交代劇には何があるのか?解説です。

監督交代がチームに与える影響

監督交代がチームに与える影響
(出典:getty image)

シーズン途中での監督交代とは?

(編集部)プロスポーツの世界ではしばしば耳にする「監督交代」ですが、こうした措置がとられる背景はどのようなものがあるのでしょうか?

(松山先生)5月のガンバ大阪の監督交代は、チームの公式発表によると「当初の目標であるすべてのステージでの1位を目指す中、10試合を消化した段階でチーム状況が改善することは難しいとの判断」と説明しています。ガンバ大阪に限らずチームの成績不振が続くと監督が交代するきっかけの一つになります。

これは私の経験ですが、成績不振が続きシーズン途中で監督交代が発生するような事態になると、チームの状態は最悪で、自信を喪失している選手も多く見受けられます。監督交代はこうした状態を一から変える「特効薬」ともいえる対応です。現場の最高責任者が変わるわけですから、選手はもちろんチーム全体に大きな刺激となります。悪い流れを断ち切り、チームの雰囲気を変え、心機一転させるチャンスが生まれます。

監督交代の選手への影響とは?

(編集部)低迷するチームの状況を打開しようと、監督交代が行われるということですね。先生の経験から「自信を喪失した選手も多く見みられた」とのことですが、選手はどのような心理状態なのでしょうか?

(松山先生)勝てないことを誰よりも実感している選手の心境は複雑です。「どうしてこのタイミングで監督交代なのか」「勝てないのは監督だけの責任ではないのではないか」など、プレーをする選手本人が自責の念に駆られることもあります。「監督を勝たせることができなかった」という落胆した気持ちですね。

一方、長年プロの舞台でプレーしてきた中堅・ベテラン選手にとって監督交代というのはレアケースではありません。後任監督はそうした中堅・ベテラン選手の存在をうまく生かしながら落ち込んだ雰囲気を変え、チームを再構築していかなければなりません。

連敗チームを大きく変えた、監督交代後の指揮官としての経験

ヴィッセル神戸時代ピッチで選手たちに指示を飛ばす松山先生

松山奮闘記Ⅰ。低迷するヴィッセル神戸、突然の監督交代で後任に

(編集部)松山先生は2004年のJ1・ヴィッセル神戸と2006年のJ1・大分トリニータでシーズン途中から暫定監督を任され、低迷するチームをそれぞれ復活させました。まずヴィッセル神戸時代の監督交代劇の舞台裏はどのようなものだったのでしょうか?

(松山先生)2004年当時、私はヴィッセル神戸でイワン・ハシェック監督の下、監督・選手のサポートをしていました。監督交代が行われたのは、シーズン残り8試合で最下位、このままいけば降格というタイミングでした。

勝てなかったのは指導内容や戦術のまずさではなく、選手と監督とのコミュニケーションに齟齬が見られたことが大きかったのだと思います。通訳の仕方によって大切なニュアンスが伝わらなかったり、選手が誤解してしまったりする場面が見られ、思うようなサッカーができなかった結果、敗戦を重ねていきました。勝てる試合に勝てない、最後の最後で粘り負ける、選手の表情から自信がみられない、そういった空気を感じていました。

そんなある日、三木谷浩史社長から三浦泰年強化部長を通じて「後任としてチームを指揮してほしい」という打診がありました。当時の私はJリーグの監督に必要なライセンスをまだ取得してなかったこともあり「なんで俺なの」「マジかよ」としか言葉が思い浮かびませんでした。実際のところは、監督は別の方が務めその下で実質的にチームを指揮するという変則的な形だったのですが、引き受けました。

三木谷社長からは「任せた以上思い切ってやって欲しい」などたくさんの言葉をかけてもらい励みになりましたね。

監督交代を告げられた選手の心理状態は?

(編集部)監督交代が発表された選手やチームの反応はどのようなものでしたか?

(松山先生)選手は困惑した表情を隠すこともできず、涙ぐむ選手も見られました。そんな状況を前に、私は「今までのやり方は間違いではなかった」と伝えることからはじめました。前監督の路線を否定せず、少しずつ変えていくほうが、選手にとっても馴染みやすいのではないかと考えたからです。

監督交代後の初戦での価値ある勝利

(編集部)松山先生は初戦で見事勝利を手にしましたが、何を意識して取り組んだのですか?

(松山先生)就任してから、試合まで5日しか準備期間はありませんでした。まずは、サッカーの原点にもどりパスの精度を含め基本的なことを見直しました。前監督が行ってきたことを、マイナーチェンジしながら自分の考えを伝え、選手と前監督との間に生じた齟齬を埋めるように、丁寧にコミュニケーションをとることを心がけました。チームの骨格を作るにあたっては、キャプテンで経験もカリスマ性もある「キング・カズ」こと三浦知良選手を中心としたチーム編成を考え、再構築していきました。

 こういった戦略が功を奏し、初戦の東京ヴェルディ戦に勝利することができました。選手にとっては今までやってきたことを否定せず、自信を取り戻すことにつながる非常に大きい勝利でした。

三浦カズ選手にエムボマ選手。世界的スーパースターとの関係性

(編集部)三浦知良選手のようなベテラン選手の力はやはり大きいのですね。この頃はカメルーン代表でJリーグでも活躍したエムボマ選手も在籍していました。

(松山先生)三浦選手は年齢も私より上で選手経験も実績もあり、正直、戸惑いました。最初は敬語を使っていたのですが「監督なんだからカズでいいよ」と声を掛けチームの雰囲気づくりを助けてくれました。

エムボマ選手には、怪我をしてコンディションが良くなかった時、「今の自分では100%の力が出せないから、コンディションのいい選手を使ってほしい」と言われたことがあります。自分も試合に出たいけど、それよりもチームのことを第一に考えるという、チーム愛のある選手でした。

世界的スーパースターに限らず指揮官としてチームをどう一つにまとめいくかは大きな課題ですが、指導者と選手の境をはっきりさせることが大切だということを学びました。どんなスター選手であっても、コミュニケーションを取ることでお互いの理解が生まれます。影響力も大きくチームづくりには欠かせない存在です。選手とのコミュニケーションをどこまできめ細やかにできるかということは、特に監督交代後のチームを立て直す場面で必要だと思います。

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松山奮闘記Ⅱ。14連敗中のチームを勝利へと導いた要因

(編集部)2009年の大分トリニータ時代には、14連敗中だったチームを急遽暫定監督として引き受け、勝利に導きました。この時はいかがでしたか?

(松山先生)2008年のナビスコカップ(現在のルヴァンカップ)で優勝した大分トリニータは、翌年に14連敗を喫していました。そんな状況のなかでの監督交代でしたが、チームの指導に関しては、3つのことに重点をおきました。

1つ目は、基本的な技術をもう一度見直すこと。できているようでできていないこと、基本的な技術や戦術を一から練り直そうと考えました。

2つ目は、戦術の理解度の確認です。これまでしっかり伝わっていない部分も見られたため、もう一度かみ砕いて理解させました。そして私なりの戦術を加え、選手の理解度が深まるまで何度も伝えました。

3つ目は、選手に競争の原理を持たせること。スタメンがある程度固定されてしまうと、試合に出られる選手には慢心が生まれ、出られない選手には諦めの気持ちが生まれます。試合直前まで先発メンバーを発表しないことで、競争の原理を復活させました。つまり、初心にかえるための一種の原点回帰として、基礎の練習や競争の原理を持たせ、それをチームの起爆剤としたのです。

勝利に向けて、監督交代後に代行監督に求められるもの

監督交代後に代行監督に求められるもの
松山先生がシーズン途中から指揮をとったヴィッセル神戸2004年シーズンのメンバー(出典:ヴィッセル神戸公式サイト

選手と監督・フロントが一枚岩になるために

(編集部)監督交代後の後任者に求められることとは何でしょうか?2度に渡る自身の経験と研究者としての視点からどのように考えますか?

(松山先生)コミュニケーションの行き違いによって、監督と選手との間に溝が生じ、結果として「何をしても勝てない」という状況に陥ってしまう、という話をしましたが、私の場合は2度とも外国人監督からの交代だったため、その大切さをより強く感じました。

 スターティングメンバーは11人。それ以外の選手は何らかの不満をもっていたり、悔しい思いをしたりしています。その選手たちにどう言葉をかけるか、ということもとても大切です。

私の場合、練習ゲームなども必ず観察し、スタメン以外のメンバーにも「希望を持って頑張っていけば監督はちゃんと見ている」というメッセージを伝え、チーム全体のモチベーションを維持していました。慢心が生まれる選手や、諦めが生じる選手、そういった気持ちのズレが、チーム全体としてのパフォーマンスに大きなズレをもたらし、結果的に軌道修正が非常に困難な状況に陥ってしまうのです。

監督交代後に限らないかもしれませんが、それぞれの選手とのコミュニケーションにより、チームを最適化していくということ、これが基本です。

試合に勝つために。直前までの入念な準備を。

(編集部)コミュニケーションによるチームづくりを経て、勝つための工夫では何かありますでしょうか?

(松山先生)対戦する相手チームの試合の分析と自チームの分析を徹底的に行うことが必要です。私の経験にはなりますが、過去3試合のビデオを基に相手チームのシステム、攻撃や守備の特徴、選手の特徴、得失点の時間帯、得失点のパターン、交代選手の時間帯と特徴あらゆる視点から分析を行います。また、試合が近くなると、審判団の特徴、スタジアムの構造、アクセス、気候なども視野に入れて準備しておきます。場合によっては、サポーターの情報網にも協力してもらい、チームの情報を取り入れることまで行いました。これは情報戦ともいうべきもので、勝負は試合前から始まっているのです。

また、特に重要視していたのが自チームの分析です。試合では自ら崩れていくことが多く、一番の「敵」は自分たちにあります。課題やウィークポイントを伝えるだけでなく、選手たちの過去の優れたプレーを集めたビデオを見せながら、選手自身にストロングポイントをもう一度思い出させるようにしました。

試合直前でのミーティングでやる気と自信を高める。

(編集部)試合開始直前ではいかがですか?

(松山先生)これも私の経験ですが試合直前のミーティングは、試合開始の4時間前くらいに行います。そこでは、4つの要素を含めて話します。最初に、この試合で戦う対戦チームの全体的な特徴とポイントを伝えます。次に、ポイントを細かく具体的に伝えるため、さきほど紹介した事前に情報収集して編集した動画を見ながら再確認します。その上で「この対戦相手に対して、このメンバーで戦う」と、ここで初めて先発とサブを含めた18名を発表します。最後に、この試合における総括として選手の気持ちに印象付ける言葉を伝えスタジアムへと向かいます。 そうすると、選手はだんだんと本当に自信が湧いてきます。このミーティングは1時間弱とし、話の流れをストーリー化し、シンプルかつポイントを絞って伝えることが重要です。選手のやる気を高め、チーム一丸となって戦っていけるか、非常に大切な時間だと私は考えています。

自分の体現したいサッカーを貫く

(編集部)追手門学院はJ1ガンバ大阪とパートナーシップを結び共に地域を盛り上げようと取り組んでいます。このたび就任した松波正信新監督に自身の経験からメッセージを送るとしたらいかがでしょうか?

(松山先生)「松波新体制」に変わった以上、自分の体現したいサッカーを貫いてほしいと思います。試合もチームも「水物」です。いろんな予期せぬことが起こる中で、臨機応変に常にベストな対応をしなければならない。結果が出なかったら、それは全て監督の責任です。私も自身の経験から、監督になった瞬間から、常に「クビ」を意識していました。ずっと監督で居続けることはできないですからね。

ガンバ大阪のようなビッグクラブになると、関わる人も多く、スポンサーからもいろんな意見が出てくるのでとても大変だと思いますが、チームに長く関わってこられた松波監督だからこそ、自分のやりたいサッカーを貫き、全力を尽くしてほしいと思います。

まとめ

今回は監督交代劇に焦点をあて、選手の心理や後任者の苦悩など経験した松山先生だからこそ解説できる舞台裏を知ることができました。低迷するチームに必要なのは特別な戦術や選手の増強ではなく、丁寧なコミュニケーションと基礎基本の再確認、対戦相手の分析など、どの組織運営にも通じるものでした。松山先生からは「日本サッカーの父」と呼ばれるデッドマール・クラマー氏の「1試合90分で勝負が決まってしまうサッカー競技ではあるが、試合の終了の笛は、次の試合開始の笛の合図である」という言葉を教えてもらいました。試合前にどれだけ準備をしたかで勝負が決まる。改めてその大切さを学ぶとともに、今後、こうしたニュースを目にする機会があれば、今回のポイントを念頭に、チームの状態がどう変化していくのか注視していきたいと思いました。

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プロフィール

松山 博明

松山 博明 (まつやま ひろあき) 追手門学院大学 社会学部 社会学科 教授専門:スポーツ科学、スポーツ心理学、コーチング学

大阪体育大学 スポーツ科学研究科 スポーツ心理学 博士課程後期修了
山城高校で全国高等学校サッカー選手権大会で得点王に輝き、早稲田大学教育学部へ進学。 卒業後、古河電気工業サッカー部に入社。以来フジタ工業を経てベルマーレ平塚、東芝、コンサドーレ札幌でプレー。
指導者としては、ベガルタ仙台でジュニアユース監督、ヴィッセル神戸 監督代行を歴任。

2006年〜 大分トリニータ強化部強化担当に就任。チームの暫定監督としても活躍。
2010年~ ブータン王国 代表チーム監督兼アカデミーヘッドコーチ
2018年〜 追手門学院大学 社会学部 社会学科 教授

主な著書に『スポーツ戦略論』(2017年)、『新・スポーツ心理学』(2015年)など

取材などのお問い合わせ先

追手門学院 広報課

電話:072-641-9590

メール:koho@otemon.ac.jp